恐怖
「一体、あのシスターは何が言いたかったんだ?」
男は教会から離れて先輩シスターとの会話を思い出す。
脳裏に浮かぶのはメルシーと呼ばれていたシスターの怯えと敵意、そしていつもとは違うシスターの様子。
普段なら懺悔の内容なんてシスターが聞いてくることは無かった。
「………いや、まさかな」
思い浮かぶのは自分の罪。
その過去に虐げた少女たち。
所属していた組織が潰れたのも逃げ出した少女を追っている最中に潰れた。
お陰で自分はバレずに逃げ切ることが出来た。
「あのシスターが俺の被害者ということはないよな?」
もしそうなら非常にマズイと考え冷や汗が大量に出る。
自分はともかく罪の無い妻と娘までが周囲から敵意を向けられる。
よしんば自分だけが敵意を向けられても血縁者と元妻というだけで冷たい視線にさらされるのが予想出来てしまう。
「………確認するべきか?」
少なくとも自分の被害者だとしたら、いるだけで今の幸せが壊されてしまう可能性がある。
それを防ぐために確認する必要があるかもしれない。
それで被害者だとしたら、この地から離れる必要がある。
一番は自分たちの幸せだ。
そのためには相手がいくら心に傷を負っていようが、それを利用してでも逃げきってみせると決意する。
「だとしたら、どうやって確認するべきか……」
他にも引っ越しをするとなったら妻と子供に対して言い訳も考えないといけない。
急に引っ越しとなったら怪しまれるし、タイミングを見計らう必要もある。
それに、あの教会は娘が習っている場所だ。
娘が引っ越しと聞いて、どうなるか予想も出来たものでは無い。
「………いや待てよ」
話を聞くと娘はあの教会のシスターたちに可愛がられているらしい。
自分の罪と関係があっても無関係な娘も被害に遭うと考えたら黙ってくれる可能性がある。
そう考えると、このままでも良い可能性がある。
それでも今までより教会に行く頻度は減らして、ゆくゆくは行くのを止めた方が良いと考える。
「……まずは娘に扱いが変わらないか確認するか」
娘が世話になっていると教会でいったのだ。
気付いている者は気付く者もいるかもしれない。
ここ数週間ほどは娘に対して扱いが変わっていないか確認するべきかもしれない。
「………あれ?お父さん?」
そう考え事をしながら帰路に付いていると後ろから声を掛けられる。
振り向くと娘が友達と一緒におり近寄って来る。
「お父さんも今からおうちに帰るの!?なら一緒に帰ろう!」
「友達は良いのか?」
「うん!そこで友達の家とは別れ道だし」
そういうことなら別に良いかと考えて男は娘と手を掴んで歩きはじめる。
「じゃあねー!」
娘が友達に手を振り、男は頭を下げて娘の友達と別れた。
「学校は楽しいか?」
男は娘の頭を撫でながら質問する。
娘は撫でられていることに恥ずかしながらも嬉しく思いながら頷く。
「……そうか」
「急にどうしたの?」
娘の疑問も当然だ。
急にそんなことを聞かれたら疑問に思ってしまう。
「……まだ決まっているわけではないが転校するかもしれないからな」
「え……」
信じられない言葉に娘は父親である男の顔を見上げる。
それに対して嘘では無いと男は告げる。
「実際にはどうなるか分からないが、この転校することになるかもしれない話が来ている。それまで友達との時間を大切にしておけよ」
当然、半分は嘘だ。
この地から離れる必要は自分の過去がバレる可能性があるから。
離れるという話も実際には希望者だけで、望まない限り転校する必要はない。
それに希望しても思った通りに行くわけでも無い。
「………とはいえ転校する可能性は低いからな。それでも周りには黙っていろよ」
「……うん」
娘が納得して頷いてくれたことに男は安堵のため息を吐く。
折角の仲の良い友達がいるのに離れ離れになることに文句を言うと思っていたからだ。
それが無かったことに助かったという気持ちになる。
「………ねぇ、転校するかもしれないって、どれくらいの可能性があるの?」
「……かなり低いな」
「どれくらい?」
「ガラガラをやって大当たりが出るくらいか?」
「………それって、ほとんど出ないよね?」
「そうだな。でも実際、そのぐらいだ」
「そっか!」
暗そうな顔をしていた娘は転校する確率を聞いて明るくなる。
ほとんどの可能性で転校する必要は無いのだ。
仲の良い友達と離れる可能性が低いと聞いて笑顔を浮かべる。
「それなら話す必要ないじゃん!」
「悪かったな。それでも話しておいた方が良いと思ったんだ」
娘は自分を驚かせた父親の脛を蹴る。
男はそれを不安にさせてしまった代償として甘んじて受け入れている。
そこまで痛くないし娘の可愛らしい反抗に微笑ましく感じてしまっている。
「もう!不安にさせないでよ!」
文句を言いながら蹴ってくる娘が可愛らしくて男は娘を抱きかかえる。
そのまま家まで運ぶことにし、娘は放せと暴れるが無視をして玄関まで抱きかかえていった。
「放してってば!」
娘は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら暴れる。
「どうしたの?」
玄関でも騒いでいたせいか妻である女性が玄関まで歩いてくる。
既に降ろした娘が母親に抱きついて父親である男に指を差す。
「お母さん!お父さんが酷いんだよ!あいたっ……!」
「話は聞くから指を差すのは止めなさい」
指を差した娘に母親はそのことを注意して頭を叩く。
その所為で娘は指を差していた手を頭に置いて叩かれた場所をおさえている。
「全く、それでお父さんがどうしたの?」
「……転校するかもしれないって嘘を付いた」
母親は娘に視線を合わせて質問し、娘はそれに答える。
転校すると聞いて母親はまず自分に話していないことから、それが嘘だと理解して苦笑する。
この地から離れるとなったら色々と準備をしないといけないから、まず自分に話す必要があると考えているからだ。
「………嘘ではないぞ」
「は?」
だが夫の言葉にどういう意味かと視線を向ける。
色々とやらなければいけないことがあると分かっているのに今、話すのはどういうことかと怒りの感情が視線に込めている。
「い……いや。まだ実際に決まった訳では無いし、そういう話が来ただけだぞ。可能性もかなり低い話だし」
「……なるほど。それって今日、話が来たの?」
「そうだ。まぁ、この地を離れる可能性はかなり低いと言っていたからな頭の片隅にでも置いておいてくれ」
「………わかったわ。実際に決まったら教えてね」
「わかっている」
話が来たのも今日だと聞いて母親は夫に対しての怒りを消す。
転校の話も急ではあるが、そもそも話が来たのも今日なのだ。
ちゃんと話してくれたから怒ることでもない。
それに可能性は低いから頭の念頭に置くだけで良いと言うのもある。
「二人とも先にご飯を食べる。それともお風呂?」
帰ってきたばかりの二人に母親は質問する。
丁度、夕食の時間でもあるが返ってきたばかりだから風呂に入りたいだろうと思ったからだ。
「じゃあ、お風呂!お父さんも一緒に入ろ!」
「いいぞー。お母さんが抱きしめていたのを自慢してきたからな。俺もいっぱい抱きしめるからな」
「私からも抱きしめて上げるからね!」
娘の反抗期はまだまだ先だなと思いながら二人の会話を母親は聞く。
父親と娘の仲が良い事に微笑ましく感じ、そして両方に嫉妬する。
娘には夫と一緒に入ることに、夫には娘と一緒に入ることにだ。
「今度、お母さんとお父さんと一緒に入ろう!」
「うぇっ!?」
「うーん」
娘の急な提案に母親は顔を赤くして、父親は複雑そうな顔をする。
妻は夫の反応に瞼を吊り上げる。
「なんで複雑そうな顔をしているのかしら?」
まだ三十台になったばかりなのに一緒に入りたくないと思っているのか確認したくなる。
もしかしたら自分よりも良い女がいて、そちらに熱愛しているんじゃないかと不安になる。
「いや、家族全員で風呂に入れるほど広かったかと思ってな」
そう言われて風呂場の広さを母親は思い出す。
娘は顔を傾げて大丈夫じゃないかと思っているが、それは子供だからこその身体の小ささから見れる世界で信用できない。
「………ギリギリ大丈夫じゃないかしら?」
妻の言葉に夫は首を傾げ、広さを娘と入りながら確かめると告げて風呂の準備をした。
「フラン、髪を流すぞ」
「ひゃあぁぁぁ」
父親は娘の髪をシャワーで洗い流す。
娘は髪をワシャワシャと洗われたことに軽い悲鳴を上げて、されるがままにされている。
「よし。じゃあ頭を拭くから目はまだつぶっていろよ」
「うん」
娘は言われた通りに目を瞑って頭や顔を拭かれている。
時折、くすぐったいのか身体をビクつかせている。
「ふぅ。お父さん、背中を洗ってあげるね」
「あぁ、頼む」
娘に背中を洗って貰うことに感動しながらお願いする父親。
ごしごしと力は弱いが娘の気づかいに有難く思う。
「ふぅ……。ふぅ……。終わったぁ……」
疲れた息を吐いて終わったと告げる娘に父親は苦笑する。
まだまだ小さいし、背中を洗うのも疲れたのだろうと察する。
「ありがとう。それじゃあお湯の中に入るぞ」
「うん!」
二人で一緒にお湯の中に入る。
お湯が溢れ、娘は同時にザバー!と声に出す。
可愛らしい行動に顔が緩んでしまう。
「よーし。百を数えるまでお湯の中に入るぞ」
「うん。いーち、にー、……」
娘が数え始めたのに合わせて父親も声をそろえて数え始める。
仕事の先輩には娘が一人で入りたいと言って来たり、甘えてくるのも止めてきたりと意外と反抗期は早いと聞いている。
それまで甘えてくる娘を可愛がろうと父親は甘やかすつもりだ。
「ひゃーくぅ……」
そこまで数えて父親は娘を抱えてお湯から出る。
娘の顔が真っ赤になっていて、ふやけていた。
「ほら身体を拭いてご飯を食べるぞ」
「うん。……そういえば、お父さん?」
「何だ?」
「お母さんと三人でお風呂に入れそう?」
娘の質問に父親は頷く。
「少し狭いと感じるかもしれないが、無理では無いな」
「ホント!なら今度一緒に入ろうね!」
父親は娘の言葉に頷き、甘えてくる娘の頭を撫でながら微笑んだ。
「二人ともご飯は既に準備しているから座って」
身体を拭き服を着て食卓に向かうと既に料理が盛り付けて会って並んである。
「盛り付けてもしてくれたのか?ありがとう」
「ありがとう!頂きます!」
「どういたしまして。フランはちゃんと噛んで食べるのよ」
既にご飯も盛り付けてあることにお礼を言って二人はご飯をバクバクと食べ始める。
娘も夫も美味しそうに食べていて嬉しくなって母親は顔が緩んでしまう。
だが娘はまだまだ背が小さいのもあってちゃんと食べなければ呑み込めずに喉を詰まってしまうのではないかとも心配してしまう。
「うん!」
フランは返事をして食べることに集中する。
母親は好き嫌い無く食べている姿に嬉しくなり、父親は感心の笑みを浮かべる。
他の子持ちの仕事仲間には、このぐらいの子供は好き嫌いが多いと聞いていたのに残さずに食べきっていたからだ。
「あ、そういえば忘れてた」
食べ終わって飲み物を一飲みすると娘がそんなことを言い出して両親揃って、娘を見る。
両親の視線に娘は部屋に戻る。
目的は忘れていたものを説明するためにだ。
学校の教師からは絶対に親に見せるように言われている。
「急にどうしたんだ?」
「さぁ?」
娘が説明もせずに急に部屋に戻ったことに両親は顔を見合わせて首を傾げる。
そして首を傾げている間に娘が戻ってきており、写真と紙を渡される。
「な!」
紙はともかく写真に写っていたのは男の若い頃の写真だった。
それを見て激しく動揺し、娘と妻は男の反応に首を傾げる。
「これ、今日先生に渡された犯罪組織の一員の写真だけど知っているの?」
娘の言葉にかつて所属していた組織は潰れたはずだと男は思う。
今更になって何でこんな指名手犯のようなことになっているのか理解できない。
そんなことよりも怪しまれないように言い訳をする。
娘は当然だが、妻はこんな姿をしていたことは知らないはずだ。
「あ……あぁ。それは結構昔の写真じゃないか?」
「そうだけど……」
「もしかして知り合いかしら?」
「いや、学生時代にそんな恰好をしていた奴を学校で見かけていただけだ」
男の言葉に二人は納得する。
まさか自分たちの父親であり、夫である男がこんな格好をしていたとは予想すらしていない。
「えっと。紙には、ようやく判明した逃げ延びた犯罪者と書かれてあるわね。見付けたら近寄らずに報告してくださいと注意が書かれてあるわ」
「……うん、この街に暮らしている可能性があるって言われて両親と一緒に注意してもらうようにって先生に言われたの」
男は余計なことを言うまいと黙っている。
どこからボロが出るかわかったものでは無い。
だから、この写真は古い物じゃないのかという確認を男はしない。
「なるほどね。わかったわ。でもフランも似たような人を見付けたら絶対に距離を取りなさいよ。好奇心でとか手柄欲しさに近づいたらダメだからね」
「う……うん」
母親の言葉に娘は頷く。
当たり前のことを言われて混乱していた。
散々、教師にも注意をされているから近づく気にもならない。
「ここまで私たちが注意するのはね。以前、好奇心で近づいて悲惨な目にあった子供を知っているからよ」
「悲惨な目って?」
どんな辛い目に遭ったのか分からないため好奇心でフランは聞いてしまう。
そして当然ながら後悔してしまう。
「数年ほど誘拐されて見つかった時には心が壊れていたわ」
「心が壊れた?」
「あぁ、まだ意味がわからないわよね。えっと……」
「………死んでいるのと変わらない状態でいる人のことだ」
どう説明するか迷っている母親に父親は助け舟を出す。
幼い娘に余計なことを教えるなと妻は夫を睨みたいが原因は自分な為に我慢する。
それよりも怯えている娘を抱き締める。
「大丈夫よ。怪しい相手に近づかなければ、そんなことにならないから」
「う……うん」
それでもフランは怯えて震えたままで母親に抱きついている。
「ねぇ……」
「なに?」
「お母さんたちも近づかないよね……?お父さん何て学校の友達なんでしょ?」
娘の不安に笑って両親は大丈夫だと答える。
両親ともに自分から近づくつもりは無いと顔を合わせて話してようやく納得してくれる。
「……わかった。でも今日は一緒に寝よう?」
娘の甘えに両親は笑顔で頷いた。
「ふぅ……」
夕食を食べ終わり、それから娘とテレビを見たり親子で学校の宿題を見て上げたりとして三人で川の字になって寝る。
そして二人が眠りに落ちたのを確認して夫は一人、起き上がる。
起きて向かった先はリビングの覚えやすいようにと飾ってあった写真。
写っている人物を見て深いため息を吐く。
「やっぱり、これは……」
これが男だと妻も娘も思わないのは自分の家族だからと思わない他にも理由がある。
今とこの写真の男は色々と違いすぎる。
もし過去と今の男の両方を知っている者が見たら、余りにも違いすぎて声を上げることだろう。
「何で今頃になって……!」
男は自分が最悪な過去を犯したことを自覚している。
そして、今になって過去が追いかけてきていることに忌々しく思っている。
「ようやく幸せになって忘れてたのに思い出させて来やがって………!」
男は今まで忘れて来たくせに何で思い出させてくるんだと憤りを感じる。
何年前の事だと、既に時効じゃないかと思ってしまう。
「………ボロをださなければ大丈夫な筈だ。指名手配もこの地以外には広がっていない筈だ」
主な活動地点はこの地だ。
他の場所では記憶にあるかぎり行動に移していない。
やはり逃げるために、この地を離れるべきかと男は考える。
(……だが、どうすればこの地を離れられる?仕事で離られる可能性もあるが、妻と娘に話した通り可能性は低い。熱心に頼んだら、頼んだで怪しまれる可能性がある)
男はどうすれば一番安全な方法である、この地を離れることが出来るか考え込む。
どんな低い可能性でも有り得ると考えてしまって思考が固まってしまっていた。
「逃げるためにどうすれば良い……」
男は娘と妻の幸せの為にも自首をする気は一切ない。
そんなことをすれば犯罪者の夫を持った妻と娘として後ろ指を指される可能性がある。
想像するだけで心苦しい。
そして罪を犯した過去の自分を殺したくなってしまう。
少なくとも過去に罪を犯さなければ、こんなことに怯える必要は無かった。
「くそ………。何で過去の俺はあんなことを………」
男は自分のしたことを悔やみ、忘れるようにビールを取り出して一気に飲む。
そして何缶も飲み干していく。
「くそ……。何で俺は………」
ビールを飲みながら男は涙を流しながら食卓を叩く。
「うーん……」
その音が思ったよりも高かったせいで妻が呻き声を上げてしまう。
いくら自責の念で頭がいっぱいになり、酔っていても妻の声に頭が冷えてしまう。
一人起き上がって酒を飲んでいたと知られたら心配を掛けさせてしまう。
「くぅ……」
しばらく起こさないように静かにすると妻の寝息が聞こえてくる。
夫はどうやら起こさなかったみたいだと安堵した。
これ以上は飲むのも危ないしと、男は片づけをする。
「うぅ……。あっ……」
片付けがある程度、終わると娘の声とガラっとした音が聞こえてくる。
起こしてしまったかと寝室の扉を開けると目の前に娘がいた。
「おわっ!」
娘もびっくりした声を上げて股を抑えている。
それだけで父親はトイレに行きたくなって起きてしまったんだなと予想してしまう。
「お父さん、トイレまで着いてきて………」
周りを見るとまだまだ暗い。
幼い娘には怖いのだろうと考えて頷く。
娘の手をとって男はトイレまで一緒に歩いた。
「………お父さん、いる?」
「いるぞ」
「………まだいる」
「いるいる」
そんなやり取りを数度繰り返してから、ようやく娘はトイレの流す音と一緒にトイレから出てくる。
そして出てきたと思ったら直ぐ様は男に抱きつく。
「何だ?そんなに怖いのか?」
父親のからかい交じりの言葉に娘は黙って頷くだけ。
そんな姿に父親はからかうのはダメだったと反省する。
「………お父さんも一緒に着いてきて」
娘の言葉に頷いて父親は一緒に寝室へと向かい娘を寝かせる。
「ん……」
そして横になると娘は父親と母親のそれぞれの小さな手で掴む。
父親は娘の行動に苦笑して寝るまで背中をポンポンと叩いていた。
「あら?」
母親が目を覚めると娘が自分と父親の服を掴んでいることに微笑み、そして夫の顔が目の前にあり自分と娘を抱き締めていることに顔を赤くする。
夫は娘が寝たのを確認すると妻も抱き寄せたせいだ。
妻は当然、寝ていたから気付いていなかった。
そして、そのままの状態で深呼吸をして母親は娘の手を名残り惜しそうに外し夫の腕の中から外れる。
「さてと朝食の準備をしなくちゃ」
可愛らしい娘の寝顔も夫の腕の中にいるのも良いが、自分の料理を食べてくれる姿も好きなのだ。
まだまだ一緒に寝たい欲望を抑えて朝食の準備に取り掛かる。
「まずは着替えて……」
寝間着を脱ぎ、普段着に着替えてエプロンを付ける。
そして朝食を作って更に盛り付ける。
ここまで準備するのに結構な時間がかかり、それでもまだまだ起きる様子の無い二人を母親は起こす。
これが何時もの朝の光景だった。
「ほらほら、ご飯が出来たらから起きなさい」
母親は妻と夫の身体を揺さぶって起こす。
「うーん。おはよう」
「おはよう」
「ほらほら。顔でも洗って目を覚まして来なさい」
欠伸をしながら起きてくる二人に顔を洗って目を覚ませと言って母親は寝室を出る。
そして顔を洗った二人が食卓に座って手を合わせる。
「「「いただきます」」」
その言葉を合図に朝は家族全員揃ってご飯を食べる。
「それじゃあ行ってきます!」
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃいー!」
二人は食べ終わると、それぞれ学校に行く準備と仕事に行く準備を始め母親はそれを見ている。
準備が終わると二人は言ってきますと家を出ていき母親は返事をする。
そして二人が出掛けるのを見送って母親は家事に取り掛かった。
「まずは玄関から掃除をしようかしら?」
「はっ………。はっ………。はっ………」
フランは家から離れ父親とも姿が見えなくなったのを確認すると逃げるように走り出す。
原因は昨日の夜、もしくは朝早くに起きてしまっていた父親の独り言を聞いてしまっていたせいだ。
幼い子供でも写真の犯罪者本人か深い付き合いのあった相手だと理解してしまった。
下手に誰かに相談して誘拐されてしまうと考えると誰にも話せないと考えてしまう。
「あれ?……フラン、おはよう」
「フラン、おはよう」
友達二人はフランに挨拶をしても返事が返ってこないことに、どうかしたのかと思って前に回り込んで顔を覗き込む。
「「きゃあぁ!!」」
その顔は青ざめていた。
少なくとも少女二人が心配するぐらいには酷い顔色をしており、保健室に連れて行くことを決意される。
「大丈夫?取り敢えず肩に掴まって」
「先生には伝えておくから、お母さんかお父さんに迎えに来てもらって帰った方が良いよ?」
「………そんなに顔色が悪い?」
「「うん」」
二人のあまりの心配様にフランア自分の顔を触る。
そんなに顔色が悪く見えるのか不思議だ。
少なくとも両親ともに顔を見せていたし、顔色についても何も言わなかった。
どうしてだろうかと疑問に持つ。
「それじゃあ保健室に連れて行くからね」
考え始めるフランを無視して二人は保健室へと連れて行った。
「………熱は無いわね。でも顔色が流石に悪すぎるし、今日はもう帰りなさい」
フランは保健室の教師へと帰ることを進められる。
運んで来た友達は保健室へと運ぶと心配そうにフランを見ながら教室へと戻っていった。
「ご両親からは何も言われなかったの?」
「……そうですけど」
フランの答えに保険医は怒りの感情を覚える。
朝に顔を見合わせたはずなのに気付かなかったのは親として、ちゃんと行動しているのか確認したくなる。
「ねぇ、今はどちらか家にいるのかしら?」
「はい。お母さんならいますけど……」
「なら連絡して貰って良い?いくつか伝えたたいことがあるから」
保険医の言葉にフランは頷いて連絡をする。
「あ、お母さん?……うん、ちょっと先生に代わってもらうから」
「お母様ですか?少し話したいことがあるので大丈夫でしょうか」
フランが家に連絡を取り、保険医に渡す。
母親は学校に行ったはずの娘からの急な電話と先生からの話からあるという言葉に困惑する。
「はい、なんでしょうか?」
『娘さんの顔色が悪くて今保健室へと休ませているのですが……』
「え?」
保険医の言葉を聞いて母親は電話を落してしまう。
そして、そのまま数秒ほど固まり学校へ出かけるために着替える。
電話機は落ちたままだ。
『お母様?お母様!?』
電話機の向こう側では物が落ちた音が聞こえて不安になって母親を呼び掛けている。
話を聞いて母親が倒れたのか、それとは別に物を落してしまっただけなのか判別が出来ない。
『返事をしてください!!』
電話機から高く聞こえる声に出かけようとしていた母親の動きが止まる。
娘が顔色が悪いと聞いて電話をしていたことがすっかり忘れてしまっていたらしい。
慌てて電話機に近づき手に取る。
「すみません!今すぐに、そちらへ向かいますので!」
『え!?ちょっ………!』
向こうの返事を聞かずに母親は学園へと家から出て向かった。
「君のお母さんはせわしないのね……」
隣で電話を聴いていたフランもその言葉に否定できず苦笑いを浮かべる。
そして電話越しだが母親の行動にホッとする。
子供に対して親としての愛情を注いで無いのかと思ったが、そんなことはなかったみたいだからだ。
今では、どうしてフランの顔色が悪いのか気になる。
「あはは……。顔色が悪くなったのは多分、理由はわかるんですけど説明するのが難しいというか……」
本当に何て言えばいいのか迷っているフランを見て何も聞かないことに保険医は決めた。
それに理由を無理に聞こうとして顔色が酷くなることを思い出させるのも悪いと考えている。
「まぁ、無理に話さなくても大丈夫だからお母さんが来るまで寝ていなさい」
フランは保険医の言葉に頷いてベッドで寝るが、そんなに顔色が悪いのかと確認したくもなる。
保健室に運ばれてから鏡を見てないから分からない。
「きっと、お母さんにも聞かれるだろうな……」
そんなことを考えてフランは気が重くなる。
確証があるわけでもないし、あっても話せることではない。
どうやって誤魔化すが考えてしまう。
「フラン、いる!?」
そのままベッドで考えていると母親が保健室の扉を勢いよく開けて入って来る。
予想以上の速さにフランは驚く。
よく見ると母親は汗でびっしりと濡れており走ってきたのだと分かる。
「あぁ、良かった。本当に顔色が悪いし家に帰りましょうね?」
母親の言葉に頷こうとしたところで父親の顔が浮かび震えてしまう。
「いやだ……」
それは意図せずに出た言葉だった。
「フラン?」
「あの家に戻るのは嫌。……お父さんと一緒にいたくない」
急な言葉に母親は混乱する。
少なくとも朝までは普通に父親と一緒に食事をしていた。
それが急にこうなったのだ。
意味がわからない。
「すみません。お父さんに何かされた?」
保険医の質問に首を横に振る。
「じゃあ何かされても黙ってろと言われた?」
この質問にもだ。
母親と保険医は顔を見合わせて首を傾げる。
娘の言葉が事実なら父親に怯えている理由が分からないし、嘘ならいつも家にいるのに母親が気付かなったのも可笑しい。
「………お母さんは大丈夫?」
フランはコクリと頷いて母親に抱きつく。
「うーん。すみませんが今日は帰ります。もしかしたら何日間か学校にも通えないかもしれませんので、その場合は報告しますね」
母親の言葉に保険医は頷く。
「それじゃあフラン。今日はおじいちゃん、おばあちゃんの家に行くからね」
「え、本当!?」
大好きなおじいじゃん、おばあちゃんの家に行くと聞いて喜ぶフラン。
それを聞いて保険医は何を察して遠い目になった。