出会いと忘却
「はじめまして」
フランが学び、メルシーが在籍する教会に女の人が手土産を持って挨拶をしてくる。
これを、と手渡してくる女性に流石に受け取れないと拒絶しようとするが押しが強く結局、受け取ってしまう。
「いつも娘にピアノを教えて貰ってありがとうございます。せめて、これだけでも受け取ってもらえると有難いです」
そう言った女性に手渡された手土産の中身からは良い匂いがしてくる。
そして娘にピアノを教えてるという言葉から目の前にいる女性が誰か察する。
「もしかしてフランちゃんのお母様ですか?」
「あっ!そういえば自己紹介していなかったですね。そうです、フランの母親です」
教え子の母親と聞いて頭を下げるシスター。
手土産を渡してきたのも無償でピアノを教えて貰っているのは悪い気がするからだと納得する。
「ところで家の娘の様子はどうですか?よく、そちらで色んなことを教えて貰っていると聞いているんですけど実際にどんな様子か知りたくて」
恥ずかしそうにそんなことを言うフランの母親。
シスターは恥ずかしそうにしている母親に微笑ましい気分になって良いですよと教会の中へと招き入れる。
折角だからじっくり、腰を据えて教えようと考えている。
可愛い生徒の様子を母親に教えるのも面白そうなのだ。
「…………その申し訳ないのだけど、娘がそちらに迷惑を掛けていませんか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。そもそも、こちらからピアノを教えようかと誘いましたし」
そうなのかと母親はシスターに視線を向け、シスターはそれに頷く。
「彼女に教えるお陰で、こちらの者も負けてられないと、そして聞かれたら教えられるようにとピアノを今まで以上に頑張るようになったんですよ」
「そちらの者ですか?」
「えぇ。見習いのシスターが偶に実習でこの教会に来たりするのです。それで可愛い女の子がピアノを練習をしているのを見て手伝いたいと考える子が多くて」
娘が愛されていることを知って母親は嬉しくなる。
そして同時にシスターになろうとしている者達は優しいのだなと感謝をしたくなる。
態々、娘の為にピアノを学び教えようと考えるくらいには。
「あぁ、一応言っておきますけどシスターはピアノは必修科目ですよ。聴かせて楽しませることも出来ますし聖歌を歌うときにメロディを誰かに弾いてもらう必要がありますから」
そういえば聖歌を歌う際にはいつも神父かシスターが弾いていたことを思い出すフランの母親。
シスターや神父がピアノや歌といった音楽が上手いのも納得する。
「………あわよくばと狙っていた部分もあるので無償なのは気にしなくて良いですからね。先ほども言いましたが見習いシスターが率先して努力をしてくれるようになりましたし」
シスターが利用しているように感じるが、娘からの話では真面目に教えてくれてもいるから何も言う気は無い。
むしろ無償の理由が分かってスッキリしていた。
「そういえば娘に何を教えているんですか?よくピアノの他にも色々と教えて貰っていると聞いていますけど、色々の部分を教えてくれなくて」
「学校の勉強とか教えていますね。そこまで本格的じゃないけど、懐かしいって言いながら皆が教えています」
成績が良くなったのは娘の努力の他にシスターたちの手伝いがあったからだと知り、やはり手土産ぐらいは持たせた方が良いのではないかと悩み始める。
シスターたちがピアノの教師どころか勉強の教師もやっていて、どれだけ可愛がられているのか娘に対して自慢しなくなる感情と少しだけ呆れた感情が混ざり合ってしまう。
「あの本当に、そこまでして頂いて良いんですか……?」
思わず尋ねたフランの母親の質問にシスターは目を逸らして答える。
それだけで答えはわかってしまう。
「やはり月謝とか払った方が良いんじゃ……」
「いえ、このままで大丈夫です。ただ……」
「ただ……?」
「できれば教会の者から教えて貰っているというのはくして欲しいわね」
シスターの言葉にあぁ、やっぱりと思ってしまうフランの母親。
やはりバレたらマズいのだろう。
そうでなければ、こんなことは言いやしない。
「わかりました。こちらも夫と娘に周りに言わないように注意しますが、そちらも娘に注意をお願いできますか?」
「えぇ、構いません。こちらこそお願いします」
無償で教会が教えているとなったら、お互いにマズイと約束する。
フランたちはバレたら他の家は金を払って習い事しているのに無償で習い事をしていてズルいと冷たい目で見られて、教会たちは一家族に贔屓をしすぎたと責められる。
教会に関しては潰れるか全員がどこかに飛ばされる可能性がある。
それを防ぐためにも隠すように言わなきゃいけない。
「流石に娘に色々と教えているせいで迷惑を掛けてしまうから、マズイと思ったら止めても良いですからね」
「………ありがとうございます」
シスターたちの方からの申し込みだから自業自得といえるのだが、教え子の母親の言葉にいざとなったら甘えることを覚悟する。
もし、それで責められることになったらフランも被害に遭うかもしれない。
こちらの責任が大きくて、そんなことは起こしたくないのだ。
「………それじゃあ失礼しますね。それと、これはシスターさん達で召し上がってください」
手土産を置いてフランの母親は教会から去る。
先程も言っていたが無償で教えて貰っているのに何も返していないのは心苦しいのだろう。
実際は無償でも、こちらに利益があるのだが実感が湧かないのもあるのだろうと考え快く受け取った。
「あれ?それは何ですか?」
そして教会の奥にある住居スペースに渡された手土産を置こうと運ぼうとすると見習いシスターが話しかけてくる。
彼女は研修として一月ほど、この教会に滞在している学生だ。
手には箒を持っており掃除をしている。
「フランちゃんがいるでしょう?彼女の母親がお礼にと渡してくれた物よ。良い匂いがするから菓子類だと思うから休憩時間になったら皆で食べましょう」
お菓子と聞いて目を輝かせる見習いシスター。
甘いものが好きなのか嬉しそうな表情をしている。
「あれ?話に聞いていたけどフランちゃんには無償で教えているんですよね。先輩は教会で弾いているから、それだけで意味があるって言ってましたけど態々くれたんですか?」
「多分、教会で弾くことに意味があるとは言ったけどフランちゃん自身は意味がわからなかったんじゃない。だから教えなかったか母親も意味がわからなかったのでしょうね。貴女たちだってそうでしょう?」
「え?こちらの子供でもこんなに上手いのだから努力しろとかいう発破じゃないんですか?わかっていないのも確かにいますけど、気付いているのもいますよ?」
「でも数少ないでしょう?」
「………まぁ」
シスターの言葉に見習いシスターは顔を逸らす。
研修に来ているのはわずか数人とはいえ大半が気付いていない。
気付いているのは自分も含めてたった二人しかいない。
「………はぁ。まぁ良いわ。それで一応言っておくけど無償で女の子にピアノを教えるのは秘密にしなさいね。それで責められたら原因は私たちの所為だし教会のシスターとしても許せることでは無いわ」
「………あぁ!」
シスターの注意に見習いシスターはどういうことだと考え直ぐに納得する。
無償でピアノを教えて貰っているのがバレたらフランが学校の友人やその親たち。
そしてフランの両親たちも周りの大人から責められるのが目に見えてしまう。
こちらから誘ったことは知っているから元凶は教会だとも気付いて、これは隠さなきゃいけないと冷や汗が流れる。
「他の子たちにも説得お願いできるかしら?」
「………わたしより先輩が説明してくれた方が嬉しいです。理解は出来なくても、そんなものだと納得してくれそうですし」
「………はぁ、わかったわ。それじゃあ今から説明するから貴女はそのまま続けて掃除をしていなさい」
シスターの条件に見習いシスターは頷いて掃除を続ける。
不満は無い。
少しの間、一人で掃除をすることに寂しさを感じるがそれだけだ。
多くの者に一斉に説明するよりは楽だと考えている。
「さてとまずは集まるように呼びかけないとダメね。それぐらいは手伝って貰えるわよね」
先輩シスターの質問に当たり前のように見習いシスターは頷く。
「それでは掃除しながら近くにいるシスターに呼びかけていきますね。あ、時間は何時にするんですか?」
「そうね。……一時間後に礼拝堂の近くに集まってくれるように言ってくれる?」
「わかりました」
頷いて見習いシスターは掃除をしながら目に映る位置にいるシスターに近づいて行く。
それを確認してシスターはこの近くにいないシスターを探してこの場から離れた。
「………あら、メルシー」
教会の外を出歩くと早速、先輩シスターはメルシーを見付ける。
近くには何人かの他の見習いシスターもいて丁度良いと幸運だと感じる。
「少し良い?」
他の見習いシスターたちは邪魔になるのかもしれないと距離を取ろうとするが、それを先輩シスターは、そっちにも話はあるからと押しとどめる。
「全員、注意しないといけないことがあるから礼拝堂に集合ね」
「「「え」」」
先輩シスターの急激な集合に何かやらかしてしまったのかとメルシーたちはざわめいてしまう。
その様子に言い方を間違えてしまったかとかんが考えながら安心させるために微笑みかける。
「ただ単純に伝えなければいけないことがあっただけだから安心しなさい。ちなみに話す内容も一つだけだから、それを気を付けて置けば大丈夫よ」
先輩の話を聞いてただの連絡事項かとメルシーたちは安心する。
自分たちが気付かぬ間に何かやらかしていないと理解してホッと一息ついている者もいる。
その様子に先輩シスターはミスをしてしまう自覚はあるのかと溜息を吐いた。
だが、一旦それを置く。
無自覚だったら説教をしていたが自覚して治そうと努力している姿を見ているから何も言わないことにした。
「貴女たちも他のシスターを見かけたら伝えてね」
「わかりました!」
そして先輩シスターの言葉に見習いシスターたちは頷き時間まで教会の外を掃除することを決めていた。
「さてと皆集まっているわね」
先輩シスターの指示に従って、この場には多くのシスターが集まっているが全員では無い。
そのことに疑問を持って、首を傾げている者もいる。
「あの?何人か来ていないんですけど?」
「あぁ、気にしなくて大丈夫よ。彼女たちは最初から内容を知っているから」
疑問に思ったシスターの質問に先輩シスターは大丈夫だと伝える。
それで納得したのかシスターも頷いて黙る。
「それで話さなければいけないことだけど、それはフランちゃんに関わることよ」
フランの名前が出て来てシスターたちは騒めいてしまう。
彼女は多くのシスターから可愛い妹分として扱われている。
その彼女に関わると聞いて動揺していた。
「彼女にピアノを教えているのは良いわ。私たちこの教会に住んでいるシスターたちにとっては公然のことだから。でも、それを周りには秘密にする必要があるわ」
先輩シスターの言葉に対して、そんなことか、や当たり前の事、どうして、といった色々な反応が返ってくる。
「反応から理解している者も多いみたいだけど、念のために説明させてもらうわね。私たちが無償で何かを教えているせいでフランちゃんに反感を周りに抱かれる可能性があるの。神に仕える者として、こちらのせいで周りに責め立てられることは防ぎたいわ」
「他の子たちにも習わせるのはダメなんですか?」
「面倒を見れるのは一人だけよ。そんなことをして二桁の数でも来たら本来の仕事が出来なくなってしまう可能性があるわね」
「それじゃあ今からでも理由を説明してフランちゃんにピアノを教えるのは無理になったと伝えれば良いんじゃないですか?」
「………詳しいことは教えないけど、こちらにも得があるからそれは無しにしたいわね」
「「あぁー」」
フランにピアノを教えることを止めると言う意見に拒否をする理由に心当たりがあるのか数人は納得の声を上げる。
実際に何人かフランにピアノを教えたら負けられないとピアノを努力して弾く者もいる。
勉強を教えていたら聞かれたときに答えられるようにならないと、と勉学に集中するようになった者もいる。
そして料理や掃除といった家事に対しても同じだ。
「………そうなんですか?」
「そうなのよ。自覚して無い者も多くいるみたいだけどね」
先輩シスターは自覚していないことに溜息を吐く。
今、質問してきた者も含めて、この教会にきた当初よりフランが来てから努力をする者が増えた。
もう少し変化に気付いて欲しいと考えてしまう。
「………わかりました。注意するべきことは私たちが個人に教えていることを誰にも教えないで秘密することで良いでしょうか?」
一人のシスターの疑問に先輩シスターは頷く。
そして今の言葉を理解したか全員の顔を見る。
「全員、理解しているみたいね。それじゃあ解散して良いわよ」
先輩シスターの解散の許可にそれぞれ元の仕事場へとシスターたちは戻っていく。
その中で何人か残っている者達もおり、先輩シスターへと近づく。
「あの、私たちはともかく。フランちゃんが話さないか大丈夫でしょうか?まだ子供だし自制心も低いと思うのですけど……」
別の場所からバレてしまうのではないかと不安になるシスターたちに安心させるように肩を叩いで笑う先輩シスター。
その行動に既に手を打っているのかと安心してしまう。
「既にフランちゃんの母親には注意をしたわ。理解もあって頷いてくれたし、多分大丈夫。一応、フランちゃんが来た時にも私が注意するから安心して」
予想通りに既に手を打っていたことにシスターは安堵する。
他のシスターたちも同じことを気になっていたのだろう。
同じように安堵をしてから先輩シスターに頭を下げて仕事へと戻っていった。
「ふぅ。他のシスターたちも気になっていたのはフランちゃんのことだったみたいね。まぁ、子供だし当然か……」
先輩シスターも一番の不安は子供であるフランだ。
子供だからこそ自制心が足りないし、話してしまうと考えている。
いくら良い子でも馬鹿にされたり挑発に乗ってしまえば話してしまうだろう。
良い子だからこそ話してしまう可能性もある。
「そうなれば私たちが黙っていても無駄なのよね……」
その結果、色々と教えられることが出来なくなるのは残念だが諦めるしかない。
それに、もしそうなったとしても被害がいかないように責任は先輩シスターが取るつもりである。
もともとは得があるからとピアノを教えることを拒否しなかった、こちらにあると考えているからだ。
「ごめんください」
そう考えていると一人、教会に入って来る。
何の用かと声を掛けるために近づく。
「……っつ!!」
そこにはメルシーが怯えていた男がいた。
「何の用でしょうか?」
「あぁ、いや。娘がこの教会によく行くと聞いてね。お礼を言いたかったんだ」
「娘さんですか?」
どんな子供なのか知りたいが、同時に関わりたくないと先輩シスターは思う。
メルシーをあれだけ怯えさせた男の娘だ。
最低な子供だと予想する。
おそらく妻も男に見合った最低な性根をしているのだろうと考えている。
「可愛い娘だけど色々なことに挑戦したがる子供でね」
娘の自慢をしてくる男に先輩シスターはイライラする。
それだけの要件なら、さっさと帰ってくれと考えている。
「何かあったのかな。不機嫌そうだけど」
「そうですか?」
有無を言わさない迫力に男は押し黙る。
そして手に持っていた菓子を手渡す。
「まぁ、娘に世話になっているんだ。これを教会の者達で食べてくれないか?」
「……ありがとうございます」
笑顔で礼を言うが先輩シスターはこれを後で燃やすつもりで受け取る。
顔を見せただけで可愛い可愛いメルシーを怯えさえた男だ。
そして神父に聞いたメルシーの過去。
中に何が入っているかわかったものでは無い。
中身を確認次第、燃やすつもりだ。
「さてと懺悔室は今日も空いているかな?」
どの口が!と思いながら先輩シスターは頷く。
メルシーの心をあれだけ傷付けて置いて許されていると思っているのだろうかと考えてしまう。
「それでは、どうぞ」
そして、こうも考えてしまう。
メルシーを傷付けた相手だと知らなければ真剣に罪を悔いていて許されることを祈っていたのではないかいと。
結局は傷付けた相手次第で許せるかどうかも変わってしまうシスター失格なのでは無いかと考えてしまう。
「先輩、どうかしましたか?」
男を懺悔室に案内して、落ち着くために飲み物を飲もうと教会の奥に戻ろうとすると件のメルシーが話しかけてくる。
以前のようにしないために懺悔室から遠ざけようと先輩シスターはメルシーの腕を取る。
「………もしかして、あの男がいるんですか?」
先輩シスターの行動にメルシーは自分を傷付けた男がいると察してしまう。
身体は可哀想なぐらいに震えており、マズイと思って先輩シスターは離れさせようと腕を掴む。
「……ごめん。………待って」
怯えながらも動こうとしないメルシー。
何を考えているのかと離れさせようと先輩シスターは力を込める。
「念のために私を覚えているか確認したい……」
何を言っているのかと先輩シスターはメルシーの頭を疑う。
「………何時までも怯えていたくない!だから……確認させて」
どれだけ力を入れても動かないメルシーの意思に溜息を吐く。
こうなれば梃でもう動かないだろうと諦めてしまったのも理由だ。
「………わかった。でも私が無理だと判断したら無理矢理にでも距離を取らせるわよ」
メルシーは先輩シスターが、その条件を受け入れない限り許可はしないことを察して頷く。
自分を気に掛けてくれることにくすぐったく思いながら、頼りになる人が隣で見守ってくれることに感謝して男が懺悔室から出てくるとこをメルシーは待つ。
「……ありがとうございました。………ふぅ」
懺悔が終わったのか男が懺悔室から出てくる。
そこにメルシーが質問するために前へ出る。
「すみません。私を覚えていますか?」
男は突然に現れた少女の質問に面食らう。
男にとっては身に覚えのない少女の質問に困惑するしかない。
「えっと。どこかで会ったかな?」
男が覚えていないということにメルシーは憎しみを覚え、先輩シスターは怒りを覚える。
懺悔室で罪を悔いていると思っていたのに少女の事を覚えていない姿に語りだけなのだと理解してしまう。
「本当に私の事を覚えていないんですか?」
「え……?すまない、記憶にない。もしかして君の記憶違いじゃないかい?」
「そんなことない!」
憎しみの籠った眼でメルシーは男を睨む。
そして、これ以上は男の前にいるのが耐えられないのか教会にある自分の部屋へと走り戻る。
「…………ふぅ。あの子がすみません」
「いえ、大丈夫ですけど。一体……?」
先輩シスターは怒りを上手く隠してメルシーの行動を謝罪する。
男はメルシーの怒りに気付くことなく謝罪を受け入れる。
「その申し訳ないですけど、懺悔の内容を教えて貰っても良いでしょうか?」
先輩シスターはついでとばかりに懺悔の内容を聞こうとする。
本来なら禁止されるかもしれない行為だが似てるだけで別人の可能性も考慮に入れている。
本当に罪を悔いているのならメルシーの顔を見て覚えていないことは有り得ないだろうし、何かしらあるはずだという考えからだ。
「………それは」
男は悩む。
当然だ。
シスターとは言え、無関係の他人に話すことでは無いし、女性にとっては不愉快な話だ。
内容も責められて教会の出入りを禁止にされても文句を言えない話だ。
「………態度が悪かったかもしれないけど、あの子も話を聞いていたみたいだからね。こっちが悪いから、どんな犯罪を犯したと聞いても否定はしないわ」
男は先輩シスターの話を聞いて納得する。
覚えているか、という質問には意味がわからなかったが、あの反応の理由が理解して疑問が解消する。
「……だから気にせずに教えてください」
先輩シスターの宣言に男は安心したような笑みを浮かべ話し始める。
そして先輩シスターの言った宣言は勿論、嘘だ。
本音はどこまでメルシーを傷付けた男かどうか確認したいだけだ。
「………実は」
そして話された内容は女性なら不機嫌になるようなものだった。
時には女性をさらい、時には強引にナンパをしてから調教し性奴隷のように扱う。
偶には見知らぬ男性に強制的に援交をさせ受け取った金を、そのまま自分達に渡させる。
そういったことを組織立ててやってきた。
「………そのことを奥さんと子供は知っているんですか?」
「嫌。両方とも知らないはずだ。話せることでも無いしな……」
男には妻と子供がおり、どちらも知らないらしい。
先輩シスターは女性として男のことに嫌悪感がわき、その妻と子供が哀れに感じる。
もし男の過去が知れ渡れば確実に周りから迫害を受けるのが予想できる。
男はともかく、騙されたであろう妻と子供が迫害を受けるのは認められないために誰にも話さないことを先輩シスターは決意した。
「そうですか。……更に質問させて頂きますが、よろしいですか?」
ここまで話したら何でも聞けという心情で男は頷く。
先輩シスターは関わっていた当人だからこそ聞きたいことがあると、これ幸いに質問する。
「何だ?」
「貴方が所属していた組織はどうなったの?」
「………潰されたよ。俺が組織から少し離れていた間に全員が捕まって牢屋に入れられていた。もし、俺が潰された日に組織に行っていたら捕まっていただろうな」
男が捕まっていないのは運が良かっただけ、妻にとっては運が悪かっただけだと先輩シスターは理解する。
こんな男に捕まらなければ子供も最悪の環境で生活する可能性が無かっただろうにと思う。
夫の罪がバレたら苦痛の生活が始まるだろう。
「………それって全員が捕まったの?もしかして未だ捕まっていないのが貴方を含めて複数人いる訳でないわよね」
「いや、俺以外は全員が捕まっている。俺だけが捕まっていない」
本当にこの人の妻は運が悪いなと先輩シスターは思う。
まさかの夫が犯罪者とか思ってもいないのだろう。
「………そうですか。懺悔をしている様子から罪を悔いているように見えますから何も言いません」
先輩シスターからは何も言う気は無い。
何かあっても当然だが庇護するつもりもない。
この男は女の敵だ。
本当に悔いているのならメルシーのことも覚えているはずだ。
違っていたとしてもメルシーの反応で自分たちの被害者だと予想していても可笑しくないのに何も反応が無い。
本当は全く過去を悔いておらず懺悔も形だけだと予想できる。
「………シスターさんに、そう言ってくれると嬉しいです。それでは帰らなくてはならなので、また」
男は頭を下げて教会を去る。
そして姿が見えなくなるまで先輩シスターは見送り、近くにあった教会の壁を思いきり殴った。
「ふざけるな……」
見られたら普段とは全く違う姿に怯えられるかもしれない。
それほどまでに先輩シスターの形相は怒りに満ちていた。
「本当に悔いているのならメルシーの様子で察していたでしょうが!」
内心の怒りを隠して男に接していたせいで我慢がならなかったんだろう。
憤りを発散させる勢いで壁に拳を何度もぶつけている。
「何をしているんですか!?」
そんな先輩シスターに後輩のシスターの一人が慌てて近づいてくる。
そして壁にぶつけていた手をとり、骨が折れ血に濡れた拳を魔法を使って治療する。
「……大丈夫ですか」
「ごめんなさい。そしてありがとう治療してくれて」
お礼を言われたことに後輩のシスターは嬉しそうに微笑み手を離す。
そして、どうして怪我をしたのか質問する。
教会の壁に殴ったような跡もあるが、尊敬している先輩がやったのか疑問だからだ。
「えぇ、少しムカついてしまってね。詳しいことは個人的な事だから話せないから、ごめんね」
そういうことなら構わないと首を縦に振る後輩のシスター。
その姿に安堵の溜息を吐いて先輩シスターは仕事に戻ろうとする。
「あれ?先程まで教会にいた男は?」
「あの男は既に帰ったわよ。メルシーはもう大丈夫なの?」
「う……。すみません、途中で逃げ出してしまって……」
「気にしなくて大丈夫。私から見れば逃げ出してしまうのも納得よ。よく途中まで耐えられたわね」
「え……。え……」
メルシーと先輩シスターの会話に後輩のシスターはどういうことか戸惑ってしまう。
特に良く親身になって話を聞いてくれるメルシーが逃げ出すと聞いて話の内容が気になる。
よく見るとメルシーの身体は未だに震えていて、それが恐怖からくるものだと察せれる。
「貴女は部屋に戻って休んでなさい。そんなに身体を震わせて顔も青褪めていたら仕事をさせる気にならないわ」
先輩シスターの言葉にメルシーは頷いて部屋へと戻る。
そして。
「あのメルシーはどうしたんですか?」
「答えるつもりは一切ないわ」
後輩の質問に一切答えず先輩シスターは仕事に戻った。
それは他のメルシーを見たシスターたちに対しても同じ答えを返していた。




