教師
「えっと、始めまして!フランです!」
教会に入ってきた少女が自己紹介をして頭を下げてくる。
少女の行動に戸惑い驚き、そして苦笑する。
見た感じケンキと一緒に来ていた少年少女と同い年ぐらいだと判断し説明する。
「別に名前を教えなくても良いわよ」
そう言って少女の頭を撫でる。
少女は素直に頭を撫でられ照れくさそうにし、シスターたちは恥ずかしがらずに受け入れている姿に珍しいと好意的に見る。
最近の子供は頭を撫でようとすると恥ずかしがって拒否してくるのだ。
それもあって受け入れてくれる子には可愛がってしまいそうになる。
「うぅ。その……神父さんの話を聞きに来たんですけど、何処に座れば良いんですか?」
「ふふっ。どこでも大丈夫よ。空いている席に座れば良いわ。ただし、うるさくしたりしたら怒るわよ」
「はい!……あっ」
大きい声を出してうるさくしてしまったと顔を赤くして口を押えるフラン。
そのぐらいなら構わないと頭を撫でながら慰める。
他の数が少ないながらいた話を聞きに来た者達もびっくりはしたが可愛い女の子の元気の良い返事だと理解すると微笑ましい目を向ける。
それに気付いたフランが顔を真っ赤にして隠す姿もまた可愛らしく微笑ましくなる。
「くすくすくすっ」
「うぅ~」
少女は顔を見せないために走って席に座る。
その姿にまた笑みが増えた。
「………このように罪を償う為に家族と本人が死ぬ例もあります」
話しているのは罪に対する罰の話。
昔はどのような罪をどういう風に罰したかの話をしている。
普通、子供は興味のない話は眠くなるものだがフランは先程から偶に聞こえてくる死という言葉に恐怖で眠気が吹っ飛んでしまっている。
怖い話に身体を震わせて聞いており、近くにいた大人が心配そうにフランを見ている。
「また罪を犯し、それを知った家族が自ら命を絶つことで罪を犯した者を更生させた話もあります。ですが、これは多くの者を悲しませる方法です」
神父の話を聞いている他の者たちには悪いが隣にいる少女を教会の外に運ぼうかと考えてしまっている。
邪魔になってしまうが許して欲しいと思い、行動に移そうと思うが拒否をされる。
「大丈夫なのか?無理そうだったら近くの大人に言え。男が怖かったら前にいる人は女性だし一緒に教会の外に連れて行ってもらえよ?」
心配そうに声を掛けてくる男にフランは頷く。
かなり子供の時分に気を遣ってくれていることに有難く思う。
「そうよ。今日は死罪についての話だからね。いつもは違うんだけど運が悪かったわね。何時でも頼っても大丈夫だからね」
前の女性にも聞かれたのか心配してくれている。
そのことに有難く思いながら我慢してフランは聞いていた。
「…………終わった」
もう死にそうな眼でフランは呟き、近くにいた者達はそんな少女を心配して見守る。
「えっと、大丈夫?」
そして、そんな少女に教会のシスターが近づいてきたことに安堵する。
下手な大人に任せるよりはこの教会に済んでいるシスターに任せた方が安全出来る。
教会のシスターが少女を支えているのを確認して大人たちは教会から出ていく。
「………一応」
フランの言葉にメルシーは苦笑する。
意地を張っているのが分かるからだ。
とりあえず座っている席を横にして寝かせる。
今日は珍しく重い話だった。
聞くのも辛っただろうと労わる。
「え……」
フランは横にされて寝かされている現状に驚いてしまう。
こんな事をしても良いのかと視線を向けるが、メルシーは口に指を抑えてウインクをする。
今回だけが特別で誰にも言わないようにとジェスチャーをしているのだと察した。
「少し休んだら帰りなさい。今日の話は特別に重かったから」
「あの……?初めて来たんですけど、ああいう話をするのは珍しいんですか?」
仕事に向かおうとしたら話しかけられたので振り向く。
メルシーもただジッとするより会話もした方が気も紛れると思ってフランの近くに座って頷く。
「そうね。いつもは、もっと内容は穏やかよ。死や罰についての話はほとんどしないわね。それでも偶に話すから初めて聞いて、その内容を聞いた貴女は運が悪かったと諦めなさい」
メルシーの言葉にフランは本当に運が悪かったのだな、と溜息を吐く。
まさかの最初の話でキツイのを喰らうとは思ってなかった。
「まぁ、来週もあるし来てみたらどうかしら?今回はキツイ内容だったから次は穏やかな内容になる筈だし」
その言葉に頷くフラン。
今回が辛かったからこそ、払拭するために違う内容の話を聞きたいのだ。
絶対に行くと宣言して立ち上がりふらつく。
急に立ち上がった所為だ。
「大丈夫?もう少し寝てて良いのよ?」
ふらついたフランを直ぐに支えたメルシー。
フランはそれに対して急に立ち上がった所為だと説明して安心させようとする。
そのことに納得したのかメルシーは心配そうな顔を少し緩めた。
「そういえばシスターってどんな仕事をしているんですか?」
「うーん。仕事と言っても家事とか教会の掃除ね。後は町の落ちているゴミを拾ったり教会に遊びに来る子供たちの相手をしたりと、そのぐらいよ」
「………思ったよりも地味?」
「ふふっ。そうね。それでも街のゴミを拾って綺麗にしたり、子供たちの相手をしてあげるのは楽しいわよ」
「そうなんだ……」
街の掃除はともかく子供の相手をするという意味ではシスターという職に興味を持つメルシー。
気になったのもあり、どうやったらなれるか質問をする。
「さぁ?」
が、メルシーは首を傾げて分からないと答える。
その答えにフランは貴女はシスターじゃないの!?と内心、叫びながら目を見開く。
それを察してかメルシーは教える。
「私は色々あって拾われたのよ。それで行くあてもないから教会で働かせてもらって気付いたらシスターになっていたわ」
拾われたとか、行く当てもないとか話された内容にフランはシスターになる方法について聞けなくなる。
知ってしまった情報が重すぎて何を話せば良いのか困ってしまっている。
「あれ?あ。別に気にしなくても大丈夫よ。神父様が助けてくれたお陰で、こうして人並みに過ごせて幸せだもの」
また重い情報にフランは気が重くなる。
人並みに過ごせて幸せとか聞いていて辛い。
「そ……そうなんだ」
フランはメルシーの過去を聞いて、ふらつきながらも教会から出ていく。
その姿を教会から見えなくなるまでメルシーは見送っていた。
「こんにちはー」
翌日もフランは教会に来た。
「あら、どうしたの?今日は神父様の話は無いわよ」
「えっと教会での実際の仕事に興味があって……」
シスターの仕事に興味があると言われて悪い気はしないメルシーは嬉しそうにしてしまう。
自分たちの仕事に興味を持って実際に来てもらうのは嬉しいのだ。
「なら少しだけやってみる?」
そう聞かれてフランは是非!、と答えた。
その様子にメルシーは箒を持ってきてフランに手渡す。
一緒に掃除をしようと考えたからだ。
フランも箒を手渡されて嬉しそうにする。
シスターの仕事を実際に出来るのが嬉しいのだろう。
「当たり前だけど、掃除をする箇所は教会の中と外の周辺よ。朝、昼、夜の計三回、掃除をしているわ」
フランはメルシーの説明にへぇー、と驚く。
学校や家でも掃除をしても一日に一回なのに三回もするとは思ったよりも多いと考えたいる。
「………ここはこういう風に掃除をするのよ。そうそう、そんな感じ」
「手際が良いわね。お陰で助かるわ」
フランはメルシーに掃除の仕方を教えて貰ったり褒められたりしながら掃除を一緒にする。
何時も掃除をしている場所より数倍の広さのこともあり少しだけ汗をかいてしまっている。
そのことにメルシーも気づき掃除が終わって冷たい飲み物をフランに手渡した。
この分だと外の掃除は辛いだろうと休ませることに決める。
冷たい飲み物を飲んでいる間に外の掃除を軽くすることに決めて教会の外へ出る。
フランはその姿に気付いたが事前に待っているように言われて飲み物を飲みながら休憩していた。
「掃除、大変だった?」
そんなフランにメルシーとは別のシスターが話しかけてくる。
自分たちの仕事を他の子供が手伝っていることに驚いたこともあって、何があったのか気になるのだろう。
「えっと、はい。学校や家で掃除をしている時よりも広くて疲れてしまいました」
それもそうだろうなとシスターは頷く。
自分の学生時代を思い出し、割り当てられた掃除箇所の広さと比べてみて、かなりの広さで掃除の仕方も複雑だと思い出す。
それをしたら小さい女の子が汗をかくだろうなと考える。
「それにしてもシスターの仕事を手伝うなんて、シスターになりたいの?」
「……興味はあります」
フランの言葉にシスターは少しだけ顔をしかめる。
何故ならシスターになったら、その身は神に捧げた者として好いた男と結婚できなくなる。
顔をしかめたシスターは好きな男もいないし後悔も無いが、将来をシスターになると決めるのは早過ぎると考える。
「まだ将来を決めるのは早いわよ。シスターになったら好きになった男の人と結婚することも諦めないといけないし、シスターになると決めるのは、もっと色々と経験を積んでからにしなさい」
フランは最初は否定されたことに嫌な顔になったが、続けられた言葉に納得して頷く。
女の子なのだ。
結婚もしたいし、好きな人に作った料理を美味しいと言ってもらいたい。
そして愛する人との子供も欲しい。
そう思ったからこそシスターになるという夢は考え直す。
「………でも、それでも偶に仕事を手伝いに来て良いですか?」
「……うーん。私は構わないけど貴女は大丈夫なの?友達とか」
「はい。友達には将来の勉強と言っておきます。それに友達の皆も何かしら習い事をしているし、私もここで色々と学んだら将来の役に立ちそうです」
「へぇ、例えば?」
「家事とか」
フランの即答にシスターは納得する。
たしかに掃除とか家事の良い勉強になるだろう。
それに教会で手伝うということは必然的に神父の話を聞くことも多くなる。
その結果、教養も高くなるかもしれない。
「たしかにそうね。ついでに音楽の勉強もする?教会ではピアノを弾いて聖書の詩を歌う技能も必要だし」
「是非!」
ピアノの練習が出来ると聞いて喜ぶフラン。
目にする機会は多いが特に触れることが無い楽器の練習が出来ると聞いて目を輝かせる。
絶対に童話の曲を弾けるようになりたい。
「まぁ、流石にそれは偶にしか出来ないけどね」
目を輝かせるフランにシスターは微笑ましく見る。
まさかピアノの練習を出来ると聞いて、ここまで目を輝かせるとは思わなかった。
子供らしい好奇心に可愛らしく思う。
「それで今日は出来るの!?」
「………うーん。人が少ない時間。例えば夜の遅い時間とか、朝の早い時間なら大丈夫だけど、今は無理ね」
その言葉を聞いてフランは少しだけ残念そうにする。
だけど話に聞いた時間なら練習が出来ると聞いて朝を早く起きれるようにならないといけないと決心をした。
後は神父やシスターが何時から起きているか気になる。
時間によって教会に行くのも迷惑になる。
「私たちは基本的に五時に起きているわよ」
「早っ!?」
フランが普段起きている時間は七時くらいだ。
それに比べると確かに早い。
そんなに早く起きて何をしているんだと思う。
「………そうね。でも、こんなに早く起きているから他の教会より暇な時間があるのよ。それに暇な時間は基本的に自由に使っても良いし」
その説明にフランは早起きは三文の徳という言葉を思い出す。
速く起きれば、その分良い事があるという意味だったはずだ。
「私も早く起きれるようにならないと……」
早起きは苦手だが、出来るように頑張ろうと決意するフラン。
そうでないと練習する時間が減ってしまう。
「一応言っておくけど、ちゃんと寝なさいよ。子供は寝ないと成長しないんだから」
子供と言われて膨れるフラン。
その姿が可笑しくてシスターは笑い、その反応にフランはますます膨れる。
「くすくすっ。そうやって反応するから子供だと言われるのよ。それに寝ないと身体も大きくならないわよ?魅力的な女の子になりたいなら睡眠をちゃんと取らないと」
そう言われて頭を撫でられてフランは何も言えなくなる。
流石シスターと言うべきか慈しむような目で見られてはフランは何も言えなくなる。
「あれ、先輩。フランちゃんと何を話しているんですか?」
後ろからメルシーが声を掛けてきた。
「「キャァァァ!!」」
気配も何も感じなかったせいで悲鳴を上げてしまう二人。
メルシーも悲鳴を上がられたことに吃驚して二人から少しだけ距離を取ってしまう。
「吃驚したー。急に後ろから話しかけないでよ。驚いて悲鳴を上げてしまったじゃない」
「あはは。ごめんなさい。それで何を話していたの?」
「ちょっとピアノの練習とかしたいみたいだから約束したり、シスターの仕事について教えていたのよ」
先輩シスターの言葉にメルシーは成程と頷く。
シスターの仕事を手伝ったりと確かに興味はあるのだろうと。
それについて先輩シスターはたしかにメルシーより詳しい。
「そうそう。時間が空いた時に今度からフランちゃんがいたらピアノを教えて上げようと思うけどメルシーは構わないかしら?」
先輩シスターの質問にメルシーは頷く。
確かに教会内にピアノの音が響く分、うるさくなるかもしれないが自分たち以外の誰かが練習をしているのは良い刺激になりそうだと考えている。
フランは子供だから教えても吸収力が高そうだから自分たちよりも早く上手くなりそうだと予想する。
「それじゃあ神父様にも許可を貰わないといけないわね。私は神父様の元へと行ってくるわね」
そういって先輩シスターは去っていった。
残ったのはフランとメルシーの二人だけだ。
「確認だけど貴方はシスターになりたいの?」
先輩シスターにも聞かれたことを質問するメルシー。
フランはその質問に対して最初は憧れていたけど、今は違うと答える。
「そうなの?」
「うん。だってシスターになったら好きな人と結婚するのはダメなんでしょう?そう考えたらなる気も薄れちゃって」
「そっか」
メルシーは自分も同じ年頃の頃は結婚や好きな人の子供を生むことに憧れを持っていた。
だが今では男の人と関わること自体が苦痛になっている。
もちろん救ってくれた神父様は別枠だし、男と言っても性的な事に無知である年頃の少年なら普通に接する。
他は笑顔で嫌悪感を隠しながら接している。
そういう意味ではケンキは腹は立つが性的なことは一切感じず接しやすかった。
むしろ無遠慮な所が純粋な子供らしく感じている。
「………好きな男の人ができても盲目になったらダメよ。本当にその人の子供を産んで良いのか調べないと。世の中には良い顔をして女を食い物にする下衆がいるのだから」
辛い経験をしたのだろうが、小さい女の子に教えることでは無い。
もし他に話を聞いていた者がいたらメルシーを叩いていたであろう発言だ。
「え?」
当然、話を聞いていたフランはメルシーが先程何を言ったのか困惑する表情をしてしまう。
穏やかな表情から下衆という言葉が聞こえたのは聞き間違いだろうと思い込む。
「私ね。一度カッコいい男に口先三寸で騙されて数年間、ひどい目にあったことがあるの。だから特に容姿の良い男には気を付けなさい。結構な確率で下衆な可能性が高いわ」
二度も聞こえた下衆という言葉に聞き間違いだと否定することはできなかった。
そしてひどい目に遭わされたという経験を聞きたくなったが顔を青褪めている姿に聞けなくなる。
おそらくはフランを注意するために自分のトラウマを話したのだと理解する。
「………そ、そうなんですか」
どんな過去があったのかは予想しか出来ないが震えている姿にフランは余程辛い目にあったのだと理解する。
男に関する警戒心は高くした方が良いと理解した。
「そういえばピアノを教えて貰えるって聞いたんですど、教会の人って、どれぐらい弾けるの?」
話題を変えるためにフランはピアノの話を聞く。
弾けるのは教えて貰えることから分かるが、どの程度弾けるのかは知らない。
「……そうね。子供を楽しませるために全員が誰もが知っている曲を練習して弾けるようになっているくらいかしら?」
つまりは平均よりは上の実力を持っているとフランは判断する。
早速だから何か弾いてほしいとフランはメルシーに頼む。
「うーん。じゃあ、これなんてどうかしら?」
メルシーはフランの頼みを笑顔で受け入れて曲を弾き始める。
「おぉ!」
実際に曲を弾いている姿を見てフランは感動する。
そして一曲が終わると今度は別の曲を弾いてくれる。
それを続けて十曲を超えるとピアノを弾くのをメルシーは止める。
「実際に弾いて聞かせてみたけど、このぐらいの実力はあるわ」
フランはその言葉を聞いてメルシーに拍手を送った。
聞いていて楽しかったのもあるし感動したからだ。
「メルシーが弾いていたのね。あっ、それと神父様も教会でピアノの練習をして良いらしいから時間があったら来ても良いわよ」
そして先輩シスターも来る。
神父様も一緒に連れて。
「良いんですか!?」
そしてフランは許可を貰ったと聞いて神父様に駆け寄り真偽を確かめる。
それに頷いた神父様にフランは歓声を上げる。
ここまで喜んでくれるなら悪い気はしないと神父様も思う。
そしてフランは教会で色々なことを学べることになったと両親に伝えるために教会を後にした。
「………お父さん!お母さん!」
家に帰るなりフランは両親にはしゃぐいで抱きつく。
余程、教会でピアノの練習が出来ることが嬉しいらしい。
「急に抱きついてどうしたの?」
「何か良い事があったのか?」
二人の疑問に満面の笑みで頷くフラン。
早速、教会の元で習い事がで斬るようになったと教える。
「うん!教会で働いているシスターさんたちがピアノを教えてくれるって!」
フランの答えに両親たちは驚く。
まさか教会で働いているシスターたちが娘に教えてくれるとは思ってもみなかった。
教会の仕事で忙しいはずなのに娘を面倒を見てくれることに今度、感謝を伝えに教会に行かなければならないと考える。
「そうなの!?仕事の邪魔にならない!?」
「礼拝者がいない時なら大丈夫だって!」
母親は本当に大丈夫なのか声を掛け、娘は安心して欲しいと言わんばかりに頷く。
娘の言葉を信じていないわけではないが、教会に信じて良いか確認した方が良いという考えも脳裏に浮かんでしまう。
「……そう。ちゃんとシスターさんたちには感謝を忘れずに練習をするのよ」
母親の言葉にフランは当然とばかりに頷く。
折角、教えて貰えるのだ。
失礼なことも不快になるようなことも決してしないように心掛ける。
「なら良いけど……。まぁ、良いわ。手を洗ってらっしゃい。お腹が減ったでしょう?ご飯にするわよ」
「はーい」
母親の言葉に返事をして手洗いに行くフラン。
その姿を見送って両親たちは食事の準備をした。
「いただきます!」
並べられた料理を見てフランは手を合わせてから食べ始める。
それに微笑ましく思いながら父親はフランへと話しかける。
「それにしてもフランがピアノに興味を持っているとは思わなかったな。前は興味を持っていなかったと思うんだが……」
「うん。前に買ってやろうかって言われたときは興味が無かった。でも、その後に実際に色んな曲を弾いているのを見て興味が湧いたの」
父親はフランの答えにそう言うことかと納得する。
以前に興味が無いと言ったのは遠慮をしたわけでは無くて本当に興味なかったのだと。
今、ピアノを買ってやったら喜ぶだろうと父親は考える。
「成程な。なら今度買ってやろうか?」
「え?」
「ダメよ」
父親の提案に娘が目を輝かせ、母親は否定する。
その事に娘と父親は不満を言おうとするが、その前に睨まれて口にすることが出来なくされてしまった。
どうやら過程で一番強いのは母親の様だ。
「この家でピアノを買っても置く場所が無いし響いて他の家の迷惑になるわ。だからダメ」
否定されて落ち込む二人。
母親の言っていることは事実だからこそ言い返せない。
そんな二人に母親は溜息を吐く。
「どうしても欲しいなら学校のテストで良い結果を続けて出しなさい。そうしたら直ぐには無理だけど家も広くして防音対策もしてから買って上げるわ」
「ホント!?」
母親の提案にフランは目を輝かせる。
ピアノを買ってくれる条件は厳しいがピアノを買ってくれると言うのなら努力は出来る。
父親も妻が最初に断っていたが条件付きで許可を出してくれたことに安堵する。
「えぇ。だけどさっきも言ったけど、ちゃんと勉強しなさいよ」
でなければ、この話は無しだという母親にフランは強く頷く。
「頑張れよ」
父の言葉に頷いて食べ終わりフランは部屋へと急いで戻る。
当然、勉強をするためにだ。
その姿に自分の策略は上手くいったと母親はほくそ笑む。
将来の為に勉強をすることは必要だがモチベーションが上がらないのは知っている。
だから物欲で釣って見たら上手くいった。
「まさか物欲で上手く釣るとはな。これでフランも少しは成績は良くなるだろう」
当然ながら夫には見抜かれている。
そのことに少しだけ嬉しく思いながら夫の言葉に頷く。
娘の成績は悪くない。
悪くも無いが良くもないのだ。
いわゆる普通と言っても良い。
それなら少し努力すれば成績も良くなるはずだと考えて母親は勉強するように仕向けたのだ。
「勉強が出来るとその分、使える時間も増えるし将来的にも有利になるからね。勉強をする習慣を付けて貰わないと」
妻の言葉に夫は苦笑する。
娘のことを思っているのは分かるが、それを聞いても娘は勉強に熱心にならないと予想しているからだ。
妻とは大人になってから出会ったから学生時代のことは知らないが、自分は学生時代は真剣に勉強していなかった。
それを考えると娘も何か餌を与えないと真剣に勉強することは無いだろうと予想してしまう。
「………そうだね」
「貴方にも手伝ってもらうからね?」
妻の言葉に夫は困った表情をしてしまう。
娘に与える餌を毎回、考えるのは飽きられそうだと予想してしまったためだ。
「何を困った顔をしているのかしら?娘の将来は不安じゃないの?私がテストの結果が良かったらピアノを買ってあげるのも、手に職が困らないためなのよ。少なくともピアノが上手くなればピアノ教師とかプロの道も可能性だけとはいえ広げられるんだし」
どこまでも娘の将来を考えている妻に夫は笑う。
こんな自分と結婚してくれて子供を愛してくれる妻が大切で大切で愛おしくてしょうがない。
「何を笑っているのかしら?」
妻は夫が笑ったことに不満そうにし、夫はそれを見て更に笑みを深くする。
「何を笑っているの?」
終いには夫に手を伸ばして頬を抓り始める。
それでも夫は更に笑顔になってるのを見て溜息を吐いて止める。
「いや、娘の事を本当に愛しているんだなと嬉しく思ってな」
その言葉に妻は夫に手を出していたことに顔を赤くする。
「当然でしょう。貴方と私の間に生まれてきたんだから」
「それもそうだな」
こんな屑に、こんな愛おしい妻と娘が手に入ったことがたまらなく嬉しくなる。
だからこそ自分の過去が苦しく感じてしまう。
過去に犯してしまった罪が身体にのしかかり、被害者が今はどう暮らしているのか考えるだけで身体が重くなる。
もし出会ったとしたしたら妻と娘は関係無いと頭を下げて赦しを貰うしかない。
罪は自分だけこそあるのだから。
「あなた……?」
急に黙り込んだ夫に妻は心配そうに夫を盗み見る。
それに気付いた夫は妻に何でもないと安心させるように抱きしめる。
誤魔化さられていると分かっていながら妻はそれで何も言えなくなる。
「あとで娘の元へ行こう。頑張っているのならお菓子を上げるのも良いかもしれないな」
「………それならあなたが見に行って。私はお菓子を作っているわ」
それに頷き夫は娘の部屋に近づく。
そして妻は娘の好きなお菓子を作る為に台所へ戻る。
「さてフランは勉強をしているか?」
父親は娘の部屋を気付かれないように少しだけ開けて盗み見る。
そこには机に座ってカリカリという音を響かせる娘の姿がある。
「ちゃんと勉強をしているみたいだな」
そのことに感心して妻の元へと向かう父親。
娘がちゃんと勉強をしていることを伝えるためだ。
「……フランはちゃんと勉強をしていたぞ」
「本当?なら造っているお菓子も無駄にならないわね」
そう言って安堵する妻。
もし勉強してなかったら、そのお菓子はどうするつもりだったんだと気になって質問してしまう。
「私たちで食べれば良いじゃない。フラン用に作ったから量も大きさも大人からしたら少ないぐらいだし」
「……なるほど」
娘が勉強していなかったら妻の手作りお菓子が食えたのかと夫は少しだけ残念に思う。
普段から妻の手料理を食べているとはいえ、最近お菓子を食べていない。
だから
「今度お前の手作りのお菓子を作ってくれ。俺も食べたい」
夫は妻に作ってくれと頼む。
「もう。あなたったら……」
そんな夫の甘えに妻は嬉しそうに笑って頷いた。




