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会話

「久しぶりだね。ケンキ君は元気だったかい」


 言葉通りに久しぶりに会うラーンの父親にケンキは首を縦に振って頷く。

 何度かラーンの家には行ってはいたが一か月以上は会っていない筈だと計算する。

 それほど忙しいのだろう。


「……そうか。それなら良かった。君の時間がある時とはいえ我が騎士と子供たちを鍛えてくれているのは聞いている。子供の君では体力が辛いとは思うが、これからも頼む」


 頭を下げてくる大人にケンキは黙って頷く。

 厳しく鍛えて文句を言わないのなら構わないと考えてさえいた。


「……ところで家の子供たちはどうだ?君の視点から子供たちが頑張っているか聞きたい」


「「父様!?」」


 父親の言葉に子供たちは顔を赤くして恥ずかしがる。

 自分の評価が親に聞かれるのは何となく気恥ずかしい。


「………努力家。他にもやること学ぶべきことがあると考えると、よく頑張っている」


 ケンキは他にも学ぶべきことの内容を聞いたが、それでよく参加したり鍛えて欲しいと頼んできているなと思う程にラーン達は多くのことを学んでいる。


「そうか。君にそう評価されているのなら私も嬉しい」


 ケンキの言葉にラーン達の父親は喜色満面の笑みを浮かべ、ラーン達はケンキの評価を聞いて嬉しそうにしている。


「それで子供たちは君の目から見てどのくらいの実力に至っているんだ?」


「……ここにいる騎士と互角程度」


「ほぉ」


 感心したような目で父親は子供たちを見る。

 騎士たちの実力を知っているからこそケンキの評価に驚く。


「……父様?」


「いや、すまない。ケンキ君の言葉に感心してね」


 だが、と続ける。


「悪いが騎士たちと戦って実力を見せてくれないか?騎士たちの実力を知っているからこそ信じられない気持ちもあるんだ」


 父親の言葉に子供たちは不満を持たずに納得する。

 騎士たちの実力を知っており、知っているからこそケンキに鍛えられたからといって互角に戦えるのは自分でも信じられない気持ちになってしまう。


「いえ彼らの言っていることは事実です。ご子息は私たちと互角以上に、この歳で戦えています」


「それはつまり、お前たちは子供に負ける騎士ということになるのか?」


「………結果から見るとそうなります」


 仕えし主の言葉とは言え馬鹿にするかのような言葉に事実として受け入れる騎士たち。

 何か言い返すかと思ったら、事実は事実だと受け入れた姿にラーンの父親は溜息を吐く。


「私からすれば否定なり、何なり言い返せば嬉しかったんだけどな……。事実だからと受け入れているんじゃなくて直ぐに子供たちより強くなるとか言って欲しかった」


「もう既にケンキがいるので……」


「……すまない。たしかにそうだったな」


 騎士にケンキという規格外の存在がいることを思い出されて何も言えなくなる。

 たしかにケンキも子供だ。

 アレに勝つと言うのは難しいだろう。

 既に騎士たちは子供より下だとラーンの父親自体も認めている。


「………彼は別に考えた方が良いんじゃないかしら?」


 これまで、ずっと会話に参加しなかったラーン達の母親も意見を出して来る。


「彼はもう例外として考えないと誰もが子供以下の騎士になるじゃない」


 その言葉に確かにと全員が頷く。

 それでも彼は子供なのだとラーン達の父親は言う。


「確かにケンキ君は強い。我が国どころか世界で一番かもしれない。それでも子供だ」


 強いからといって特別視をしてしまわないようにラーン達の父親は注意する。

 まだまだ子供だと、強いだけで他も優れているわけで無いのだと。

 その言葉に騎士たちは頷く。


「まぁ、たしかに強いだけで色々と子供らしく抜けている部分はありますね」


「そうね。少しだけ目が曇っていたかもしれないわね」


 強さに目がくらんでいたことを騎士とラーンの母親は認める。

 それでも例外として扱うことは止めるつもりはないらしい。


「それでも私は彼を例外として特別扱いをするわ。他の子供たちは私たちの息子も同じようなことは出来ないと忘れたくないもの」


 妻の言葉にラーンの父親も納得する。

 ラーン達の父親も自分の子供がケンキのようにはなれないと考えている。

 大人の騎士に勝てるケンキが、どう考えても異常なのだ。

 互角に戦えるようになったと聞いても異常なケンキに鍛えられたからこその結果だ。

 そうでなかれば勝てる見込みは、まだまだ無かった。


「………さっきから目の前で異常だと言わないで下さい。俺をどう思っているのか理解したけど、少し悲しくなってくる」


 途中でケンキが会話に入って来る。

 その内容に意識を子供たちに戻すが、悲しいと言っているケンキの表情は全くそう見えない。

 むしろ自分たちの産んだ子供たちの冷たい視線の方が堪えてしまう。


「………そういうのは誰も周りにいないことを確認してやってくれません?目の前でやられると、ものすごく腹が立つんですけど」


 シーラは自分が言われる分にはまだ我慢できる。

 だが好意を持っている友達が悪く言われて我慢できるほど大人では無かった。

 それはラーンも同じでシーラの言葉に深く頷いている。


「……そうだな。ケンキ君、すまなかった。愚痴を言うのも時と場を考えるべきだった」


 ラーンの父親に続いて、その妻と騎士もケンキに頭を下げる。

 それに対してケンキは気にしないと告げ、この話はここで終わりだと提案した。

 ケンキの提案にラーンの父親たちは気を取り直すために頷いた。


「あ。話を戻すが実際に騎士たちと戦ってくれないか?」


 ラーン達の父親は子供たちに向かって、そう言う。

 実際に騎士たちと互角に戦える姿を見たいのだ。

 そして、それが事実なら見ていない部下たちに自慢したいと考えている。


「………わかった。シーラ、勝ってケンキの教導としての実力を認めさせるぞ」


「!そうね。絶対に勝つわよ!」


 ケンキの為にやる気を見せる二人。

 その姿に少しだけ、ケンキのことが好きすぎないかと二人の父親は思う。

 ケンキの方を見ると無表情でおり、何を考えているのか理解できない。


「………ケンキ君は騎士たちの実力をどう見ている?」


 何となく気になった。

 ケンキ程の実力者が騎士たちの実力をどう見ているのか?

 国でもトップクラスの実力を既に超えているケンキからすれば、どう見えているのだろか?


「「「「……」」」」


 それはラーンの父親だけでなく子供たちや妻、騎士たち本人も気になってケンキに注目する。


「……雑魚」


 その評価に聞いていた全員が何も言えなくなく。

 騎士たちも怒るべきだが、何を当たり前の事を言っているんだという様子に何を言えば良いのか分からなくなっている。


「ケンキ……?雑魚って……」


「………事実。お前らと同じように少しやる気になれば一撃でやられる者が多すぎる。根性だけでもと立ち上がる者達も少ない。………こんな子供にいいように負けている時点で雑魚。……無いとは限るけど戦争が起きたらラーン達を護れるの?」


 厳しい意見だ。

 だが正論でもある。

 悔しくて何も言い返せない。


「それは君が強すぎるからだろうが!」


 言い返す者もいる。

 だが、その内容にケンキは冷めた視線を送り溜息を吐く。

 それは本気で言っているのだろうかと。


「………それ本気で言っている?」


「な………!だっ!?」


 ケンキの言葉に怒りを露にしたところで近くにいた上司が頭を殴る。

 その視線はケンキと同じだった。


「……彼が強すぎるから?それが言い訳になると本気で思っているのか!」


 上司の怒りに近くにいた騎士も同じことを考えていた騎士も肩を震わせる。

 同時に上司の言葉に同調している者達は、ケンキが強すぎると言い訳した者に厳しい目を向けている。


「………お前は自分より強い者に負けたら、そうやって言い訳をするのか?」


 そしてケンキの言葉に恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「………まぁ、俺より弱くても一撃をもらったら意識があっても立ち上がらないから、どいつもこいつも同じだ。どうせ目の前で主君が襲われても立ち上がらないんだろう?………いつも倒れたままだし」


 続けられた言葉に騎士たちが悔しそうに顔を真っ赤にする。

 ケンキの苛立ちを含んだ嘲りの言葉に護るべき相手を心配していることが分かるからこそ何も言えない。

 要するに自分たちが本当に主を護れるのか不安なのだろう。

 そのことに不満を抱く者がいるが事実ケンキより弱いので言い返せない。


「……そうか。君の不満はわかった。なら、これからも騎士たちを強くするために鍛えてくれないか?」


 その言葉にケンキは首を縦に振る。

 そのぐらいなら構わないのだ。

 むしろ言われなかったら、こちらから提案していたかもしれなかった。


「ケンキ君も頷いてくれるし、君たちもこれまで以上に頑張ってくれよ」


 騎士たちは主の言葉に頷く。

 少なくともケンキとある程度、戦える領域に辿り着くことを目標とする。

 そのぐらいのレベルになれば、有り得ないと思うがケンキと同程度の敵に襲撃をされても主とその家族を逃がせれるようになるはずだと考えている。

 これまで以上にケンキの訓練を必死に受けなくてはならない。


「それでケンキ君はどのくらいの領域に至れば安心できる?」


「……俺より強くなれば良い」


「………無理だと思う。最低限、どのくらいのことは出来るようになって欲しい」


 ケンキは安心できる領域と聞かれて正直に答えたのに、無理だと言われて不満を抱く。

 そして最低限の騎士として出来るようになって聞かれて、直ぐに思いあたった。


「……意識があるなら、どんな状況でも起き上がれて戦えるようになって欲しい」


 そのぐらいなら意地が誇りがあるなら出来る筈だとケンキは考えている。

 むしろ、こんな子供にやられているのに倒れっぱなしで悔しくないのかと思っていた。

 これからは一撃で終わらないことを期待できそうだと予想する。


「………まぁ、そうだな」


 だがラーンの父親たちは、それはまだ厳しいだろうなと考えている。

 ケンキの一撃は見ているだけで、かなり強力だと理解できる。

 意地があろうと耐えられるものでは無いと思っている。


「……それで騎士たちとラーン達は早速、戦うのか?」


「そうだな。……見たいか?」


 ケンキは頷く。


「よし!食べ終わったら早速、戦って貰うぞ!」


 ラーン達の父親の言葉に全員が頷いた。




「はぁぁぁぁ!!」


「おぉぉぉぉ!!」


 騎士とラーンがそれぞれの獲物を持って戦っているのをケンキとラーン達の父親は飲み物を片手に眺めている。

 まるで試合を見にきた観客の様なノリだ。


「ふむ。たしかに互角に戦えているな。我が子ながら凄いな!!」


 我が子の実力に感心し自慢げに胸を張るラーン達の父親。

 その立役者であるケンキの背中をよくやったと言わんばかりに叩く。


「………痛い。衝撃で飲み物を落としそうだから止めて。勿体無い」


 ケンキの言葉にすまんすまんと言いながら笑う。

 自分の子供が強いことが、そんなに嬉しい事なのかと首を傾げてしまう。


「しかし、君が強いのは知っていたが教導にも優れているとはな。どうやったんだ?」


「………聞いていないのか?」


 ケンキは自分のやり方を報告されていると予想されていた。

 あまりにも酷い出来だったら辞めさせられると思っていたが、そんなことは無かったために上手くやっていると自画自賛をしていた。


「いや。聞いていた。それでも本人から直接、聞きたくてな」


「………そう」


 そう言うことかとケンキは納得する。

 報告で聞くよりも直接聞いた方が意図を知れると考えたからかもしれない。


「……組手をして痛みを与えることで、どう避けるか考えさせたりしている」


「態と痛みを与えているのか?」


「……痛い方が覚えるだろう?」


 少しだけ鋭くなった視線を気にせずケンキは当たり前の事と言わんばかりに言い返す。

 ラーン達の父親は、それで子供たちが強くなったのだから文句は言いづらい。


「……それに下手に筋トレをするよりは組手をした方が必要な筋肉がつく」


「そういえば筋トレをしないように指示していたな」


「………筋トレは使わない無駄な筋肉も付くからな。強くなりたいなら、ひたすらに組手をする方がマシ。後は念入りなマッサージをすればよい。そうすれば怪我をする可能性も低くなる」


 子供ながら、かなり考えて鍛えていることにラーン達の父親は感心する。

 これは息子たちが強くなるわけだと。

 同時にこれだけの逸材がどこかに行ってしまうと不安になる。

 この国に留める為に今の内に婚約でもさせて縛り付ける必要があると考える。

 必要なら可愛い娘を使わなければいけないと覚悟をする。


「………そうか」



「はぁぁぁぁぁ!!」


 ラーンは全力で攻撃を仕掛けていく。

 ケンキの教導の成果を父に見せつけたい気持ちもあるが、それ以上にこれだけ強くなったのだと父に自慢したい。

 その為に本来、自分達を護ってくれる騎士に挑み勝ちたいと思っている。


「ふっ!」


 だが騎士も負けられない。

 護るべき相手より弱いとは自分の存在する意味が無くなってしまう。

 これまでも何度か組手をしてきたが、これまで以上に全力で相手をしている。


「そこっ!」


 ラーンの剣を剣で防ぎ、鈍い音が響く。

 そして鍔迫り合いになる。


「おらぁ!」


 乱暴な掛け声と共に腹に衝撃が奔る。

 ラーンの方を見ると足を振り上げており、蹴られたことが理解できる。

 そのせいで騎士は距離を取って腹を抑える。


 ちなみにケンキはラーンの乱暴な掛け声を聞いた両親に冷たい目で見られる。

 自分達の子供に相応しくない掛け声の原因だと推測され、怒りが籠っている。


「………シーラも偶にあんな言葉使いだぞ」


 何を勘違いしたのか女の子のシーラも乱暴な掛け声をすると教えた。

 その所為で二人の両親からは更に強く睨まれる。

 少なくとも母親の方は女の子として口調は改めさせないといけないと決意する。


「それにしても息子は騎士らしくない戦い方だな」


「………生き延びるために何でも使えと教えた。使える手があるのに格好を気にして死ぬのはダサい。……そもそもラーンもシーラも騎士では無いし」


「まぁ、そうだな。もし戦場で戦うことになったら、そんなことは言ってられないか」


 ちょっとした不満だったのだろう。

 ケンキの言い分を聞いて直ぐに納得する。

 母親の方は子供たちが生き延びるためだと戦い方は黙認する。


「それにしても本当に息子は騎士たちと互角に戦えるんだな……。ケンキ、これからも子供たちと騎士たちも鍛えてくれないか?」


「………時間がある時なら」


 条件付きでケンキは頷き、ラーン達の両親も苦笑しながら頷く。

 正体を気付いていないとはいえ、自分に条件を付けるケンキに少しだけ嬉しくなる。

 妻の方も少しだけ不快な気持ちになるとはいえ、自分も正体に気付いていないケンキの行動に癒されたり楽しんだりしている時もある為、何も言えない。


「それで良いよ。君はまだまだ強くなりたいんだろう?」


 ケンキはその言葉に頷く。

 まだまだ自分は強くなれる。

 根拠も何も無いがケンキは自分をそう信じている。


「ふふっ」


 その強くなるという意思を宿した瞳にラーン達の父親は眩しく見える。

 父親になろうと男なのだ。

 ラーン達の父親もケンキと同じ年頃のころは、同じように純粋に強くなりたかったのだ。

 否、それ以上に純粋に強くなろうとしている瞳にラーン達の父親は応援したくなる。


「これだから男は……」


 ラーン達の母親は二人の話意を聞いて溜息を吐く。

 目的も無いのに、ただただ上を目指すのは呆れてしまう。


「なんで意味も無いのに強くなりたいんだが……」


 それが男だとラーン達の父親は返す。

 男という生き物は誰もが最強という称号に憧れ目指してしまうものだと。

 それを聞いて、またも溜息を吐く。


「ケンキ君は何で、そんなに強くなりたいの?」


 ラーン達の母親はケンキにも質問する。

 どうして、そこまで強くなりたいのか理由が知りたい。


「………何となく?」


 だがケンキも特に理由を思いつかず首を傾げて答える。

 その様子に溜息を吐いてしまう。


「はぁ。……なら私が理由を与えるから、その為に強くなりなさい」


 ラーン達の母親の言葉にケンキは嫌そうな顔をする。

 強くなるのは、もはや趣味みたいなもので義務にされるのは嫌だった。

 すぐさま拒否をした。


「……嫌です。俺は基本的に自分の為に鍛えた力を使いたいです。誰かの為とか縛られたくありません」


「私たちの息子を鍛えるのに使っているじゃない?それは誰かの為じゃないのかしら?」


「………仲の良い友達が強くなりたいと言っていたし。それに俺も力が無いから襲われて怪我をしたと聞きたたくない」


 それはやっぱり誰かの為じゃないかと思うがラーン達の母親は何も言わないことにする。

 どちらにしても自分の子供の為に力を振るってくれるなら有難いと考えていた。


「そういえば騎士たちはどういう風に鍛えるつもりなんだ?」


 騎士たちも鍛えるなら、どういう風に鍛えるのかケンキに質問するラーン達の父親。

 何となく気になった。


「………ラーン達と同じやり方で鍛える。とにかく組手中心」


「相手は?」


「………俺一人」


「いや、ダメだろ」


「………あいつら、弱いから大丈夫。……俺が怪我しても、戦えなくなっても俺の選んだ責任だから問題ない」


「問題だらけだ!」


「それもう、誰かの為というより私たちの子供の為よね!?」


「……仲の良い友人だから手助けはする。そうでなければ、ここまでしない」


 ラーンの両親たちは誰かという名前の知らない誰かの為に力を振るうのが嫌なだけで友人の為なら力を貸してくれるのではないかと予測する。


「………はぁ。貴方も鍛えるときは怪我をしないように気を付けなさい」


「……無理。強くなるための訓練だから、どうしても怪我をする可能性はある」


 ケンキの言い返しにそういうことを言っているのでは無いと頭を思わず抱えてしまう。

 どうもケンキはこちら心配していることをズレて考えているように思う。


「………強くなるためには、そのぐらいのリスクはあって当然。可能性自体は低いけど訓練の事故で毎年、戦えなくなる奴がいるのを聞く」


「………それは」


 二人も聞き覚えがあるのかケンキの言葉に黙り込み、子供を見る。

 今は大丈夫そうだが怪我をして動けなくなることに不安を抱いてしまう。


「……その可能性を少しでも減らすためにストレッチと専門の医者を用意した方が良いんじゃないか?」


 ケンキの言葉に慌ててラーン達の母親は家の中の部屋へと戻り腕の良い医者を探そうとする。


「お前!?」


 妻の急な行動に夫も慌てて後を追う。

 その様子にケンキは時間が掛かるが専門医をつけるのだろうなと予想する。

 それにしてもと思う。


「………ラーン達の戦いを見なくても良いのか?」


 ラーンの戦いはまだまだ続くとは思うが最後まで見る必要は無いと考えたのかもしれない。

 既にラーンは騎士と互角に戦っているのを見て充分だと思ったのだろうか?

 目の前ではラーンと騎士の剣がぶつかり合って響く音が聞こえてくる。


「………暇だ」


 二人の闘いを見て思うことは、それが大半を占めている。

 正直に言って自分も戦いたいという欲が襲ってくる。

 それを必死に抑えながら見ているせいで集中して見ていられない。


「………ふぅ。すまない、少し席を外した」


 そこにラーン達の両親が戻って来る。

 夫が妻を連れ戻した形だ。

 会話をしてくれることに少しだけケンキは感謝する。

 その間だけは我慢していることを忘れられるのだ。


「よかった。まだラーンは終わってないか」


「……そうね」


 意外と直ぐに戻ってきた二人にケンキは驚く。

 思わず何をしていたのか確認してしまう。


「……急に家の方に戻って何をしていたんですか?」


「あぁ、この家にも専門医を付けようと思ってな。今すぐに決めても焦って問題があるかもしれないし、後でじっくり考えて決めようと妻と話し合っていたんだ。それに子供の戦いも見逃したくないしな」


 ケンキの質問に隠すことはないという様子で平然と答える。

 その答えにケンキも納得する。

 たしかに医師は良く調べてから決めた方が良い。

 偶にいる藪医者に引っかかったら目も当てられない。


「あぁぁぁぁぁl!」


「っつう!!」


 そしてラーンの戦いは終わったようだ。

 最後の叫びを聞くとラーンは立ち、騎士は倒れている。

 勝ったのはラーンだ。

 途中で席を一時的に外してしまったとは言え最初から見ていた両親たちは勝ったことに驚き歓声を上げる。

 騎士に勝つとは、それだけの実力があることなのだから。

 国全体でも上から数えた方が早い位置に実力があることを示す。


「どうだ!勝ったぞ!」


 剣を持った腕を上げて父へと向ける子供に父は苦笑した。





「まさか、本当に勝つとはな」


 こちらに近づいてくるラーンにラーン達の父親は立ち上がり頭を撫でる。

 未だ自分の背にも届いていないのに騎士に勝つとは我が子ながら凄いと感心する。


「ちょっ……。父様!」


 頭を撫でられるのが恥ずかしいのか手を振りはらう息子の姿に両親は微笑ましそうに笑う。


「まさか、ここまで強くなっていたとは。ケンキ君の教導は確かに優れているのだろうな」


 その言葉にラーンは嬉しそうに笑う。

 ケンキが認められて本当に嬉しそうだ。


「それよりもラーン。怪我は大丈夫?何か違和感があったら直ぐに教えなさいよ?」


 ラーン達の母親はラーンに駆け寄り怪我を心配する。

 ケンキの脅しにすっかり心配になっている。


「えっと。大丈夫なんだけど……」


 なんで、こんな風に心配されているのか困惑してケンキ達を見る。

 だが、それに父親は顔を逸らして答えず、ケンキはどうでも良さそうに見ているだけ。

 その姿に頬を引き攣らせる。


「………次は私ね」


 そうしている間にシーラも準備を終わらせる。

 娘が戦うと聞いて今度はシーラの方へと向かう母親。

 解放されたことにラーンは一息を付く。


「何で母様はあんなに心配していたんだ?」


 ラーンは顔を逸らしている父親に正面を向くように近づいて質問する。

 嘘は許さないという気迫を持って近づいている。


「……実はケンキが強くなるためには怪我は、どうしてもしてしまうと言ってしまってな。それを聞いてあいつはかなり心配してな」


 あまりの気迫に教えてしまう父親。

 それを聞いたラーンは思わずケンキを睨んでしまう。

 元凶の癖にどうでも良さそうな態度は止めて欲しいと考える。


「まぁ、今はそれよりも早くストレッチをしてくれ。息子が怪我をして動けなくなる姿は見たくない」


 何のことだと疑問に浮かべながらラーンは言葉通りに従ってストレッチをする。

 ついでに詳しい説明を聞く。


「どういうことですか……?」


「?ケンキ君が言っていたがストレッチは怪我をする可能性を減らしたりすると聞いたぞ」


「……あぁ。そういえば」


 父親の言葉に納得してラーンは頷いている。

 後遺症のある怪我をすることに不安を抱いているのだと理解したのだ。


「それにしても、よくやったな。まさか騎士に勝てるとは思わなかったぞ」


 再度褒められたことにラーンは顔を赤くする。 

 何度も褒められても嬉しい事には変わらない。

 それだけ父にとっても騎士は自分達を護ってくれる強さの象徴なのだ。

 つまり、それに勝った自分は強さを認められている。


「シーラも勝てるよ。情けないと思われるかもしれないけど、俺と同等の実力者だし」


 妹も騎士に勝てると言うと父親は渋い顔になる。

 ラーンは自分の時は疑わしく思ってはいても受け入れていたのに、どうして妹のことになるとそんな表情になるのか理解できない。


「………女の子が強くなりすぎると嫁の貰い手が。最悪、強すぎると政略結婚でも無理になるんじゃないか?」


 妹が政略結婚に使われると聞いて嫌な顔をしてしまうが、そういう家の者として生まれたのだからしょうがないと諦める。

 それに父親も口ではこう言っているが、政略結婚に使うのは本当に最悪の場合だけだろうと知っている。


「……あれ?」


 そこでラーンは一つの案を思い浮かぶ。

 これなら政略結婚だとしても妹が喜ぶかもしれないと予想する。

 父もラーンが急に何を思い浮かんだのか気になって顔を向けている。


「ケンキと結婚でもさせたらどうだ?少なくとも妹は好意を持っているし、あれだけの実力者を我が国に縛れるし」


「何!?」


 驚きラーンを見る父親。

 息子が政略結婚の案を言い出したことに驚いたのか、それとも娘が好意を持っていることに驚いたのか分からない。


「シーラがケンキ君に好意を持っているだと……?」


 父親の言葉に頷くラーン。

 どうやら娘の好意に驚いているらしい。

 基本的に家が帰って来ることが少ないせいで知らなかった情報に動揺している。


「悪い案では無いと思うけど父親としては不安か?」


「いや、良い案だとは思う。思うが本当にか?」


 未だに信じられないといった様子の父親にラーンは頷き、ケンキの方を指差す。

 そこにはケンキの方に近づいて行くシーラの姿がある。


「ねぇ、ケンキ。これって私たちが貴方の教導の才能を認めさせるための戦いでもあるんだけど、もう既にラーンのお陰で認められているわよね」


「………そうなんじゃないか?」


「じゃあ私が騎士に勝ったら何かご褒美頂戴」


「…………………まぁ、良いや」


「間が空き過ぎじゃない?」


「……ご褒美何て思いつかない」


「じゃあ、今度一緒に買い物に行くわよ」


「……それで良いの?」


「私が満足するまで付き合って貰うから問題は無いわ」


「……そう」


 最後のケンキの言葉を肯定として受け止めてシーラは騎士たちの方へ向かう。

 そして。


「ほら」


「………」


 ラーンと父親は二人の会話を聞いてデートの約束だと理解する。

 ケンキの表情は変わっていなくデートだと認識していないかもしれないが、シーラが好意を持っているのがわかる光景だ。

 ラーンはニヤニヤといて見ていて、父は複雑そうな表情。

 そして母親もケンキに任せて大丈夫なのかと不安そうな表情をしている。

 見事に一家そろって別々の表情をしていた。

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