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鍛錬と周りの者達

「あれ、君は。………もしかして映像でゴーレム相手に瞬殺していた子かい!?」


 朝、ケンキが訓練所で本を読んでいると後から来た学生に驚かれる。

 質問に対して頷くと感心したような声を上げられる。


「それで何で訓練所で本を読んでいるんだい?ここは訓練をする場所だよ」


「約束で来たんですが、まだ誰も来てなくて暇だったのでつい……」


 咎めるような口調に本を閉まって答えるケンキ。

 本を仕舞ったことに満足して学生は満足げに頷く。


「なら、それまでこの場所で身体を動かして鍛えると良い。そのぐらいは許してくれるはずさ」


 ケンキはその言葉に頷き、早速大剣を取り出す。

 その様子に学生は苦笑する。

 どうも動きたくて仕方が無かったが我慢するように見えたのだ。

 誘って正解の様だ。


「ふっ!!」


 そしてケンキは言葉に甘えて大剣を構え訓練を始めた。






「は?」


 ケンキは大剣を振るう。

 頭の中に有るのはただ一つだけ。

 誰よりも何よりも大剣を速く重く振るうことしか頭に無い。

 だからこそ誰よりも速く大剣を振るえる。

 それこそ斬撃が飛んでしまう程度には。

 予想外の出来事に先輩はポカンとする。


「っ!」


 そして何度も何度も大剣を振っていく。

 上段から、下段から、中段から。

 飽きもせずに何度も何度も振るっていく。

 しかも全ての素振りから斬撃が飛んでおり反対側の壁には切り刻まれた跡が残る。


「待て待て待て!!」


 訓練を推奨した学生は冷や汗を流しながら全力で訓練所から逃げる。


「ふっ!」


 その事に気付かずに剣を振っていく。

 まずは上段から数百、同じく中段から数百、そして下段でも数百を超える回数を振る。

 下段から数百と超えたら、また上段からと振っていく。

 それを何度も繰り返して剣を振っていく。


 途中でケンキは剣を振るのを止める。

 そして動きを止めたかと思うと今度は移動も始めた。

 他の誰にも目に映らぬ速度で動いており、同時に生まれてしまっている衝撃波が絶えずに訓練場で発生している。

 当然ながら動いている最中にもケンキは大剣を振っている。

 その所為で斬撃が手当たり次第に飛んで大変なことになる。

 その事を知らずにケンキは大剣を更に鋭く、動きをもっとキレのあるものへと変化していく。

 そして更に訓練所がサイカの移動で生まれた衝撃波と飛ぶ斬撃のせいでボロボロだ。


「まだまだまだ!!」


 だけどケンキは訓練所がボロボロになっていようが全く気にしていない。

 それどころか更に動きを激しくしていった。

 暴れ回っているせいで他の者が訓練所を使えない。

 その事に全く気付かずに己を鍛えていく。



「すげぇ」


 いつの間にか集まっていた生徒の一人がケンキの訓練を見て感嘆する。

 只ひたすらに己を鍛えるケンキに尊敬の念を送っている。

 それも一人ではない。

 訓練所の外側からケンキを殆んどの者が同じ感想を抱いている。


「どうやって斬撃を飛ばしているんだ?」


「魔法も使っていないよな?」


 斬撃を飛ばしているケンキにどうやっているのか話し合っている者もいる。

 その中には当然、ヒイロたちもいた。


「ケンキ君、確実に俺たちとの約束を忘れているよな、あれ?」


「そうね。私もそう思うわ」


「なぁ、ヒイロ。今日は俺たちがケンキと戦うつもりだったんだよな?俺は勝てる気がしないんだけど」


 ヒイロとエリスの間にティルが口を挟む。

 それに対してヒイロは目を逸らす。


「いや、まさか。あれだけ強いとは思わなかったんだ。本来なら俺たちより強くてもケンキ君の技に巻き込まれる心配はないと伝えたかったんだ」


「いや、無理。俺なら巻き込まれた時点で死ぬ」


 その言葉にヒイロはそうだろうなと頷く。


「おい」


「いやだって、ゴーレムを瞬殺したとは知っているけど、本気をだしたらこうなるとか予想できるはずが無いだろ!もっと弱いと想定していたんだぞ!」


「いや、まぁ。俺もそうだけどよ。これ全員で挑んでも勝てないだろ」


 ティルの言葉に全員が頷く。

 ここまで強いとどうやってパーティの重要性を教えるか悩む。

 もともとパーティの重要性を教える為の迷宮をソロでクリアできたから実力的には問題が無い。

 それをどうやって伝えるのか難題だ。


「うわ、凄いな!」


 そう悩んでいるとメイが七学年の生徒と一緒にヒイロたちの前に現れる。

 あまりの人だかりに何を見ているんだと身を乗り出して訓練所を眺めるとケンキの訓練の様子を見ている。


「やっぱり凄いなぁ」


 熱の籠った言葉に一緒に居た七学年の生徒がケンキを見る。

 そして、もう一度メイを見てケンキへと視線を移動する。


「ふぅん。メイってば年下好きだったんだ。あの子見た感じ一学年の生徒でしょ。それにしても凄いわね。生徒会長とタメを張れるんじゃない?」


「違います。単純に感心しているだけです!」


 メイと七学年の生徒の会話より生徒会長が今も暴れまわっているケンキと同等との言葉に振り向く。

 確かに生徒会長は学生で一番強い者がなれるが他にも学生でこのクラスの化け物がいることに耳を疑う。

 思わず本当か聞いてしまう。


「えぇ。本当よ。生徒会長も斬撃なんて素で飛ばして来るわよ」


 もしかしたら七学年には他にも同等の実力者がいるかもしれない。

 今、目の前で話している七学年の生徒も同じかもしれない。


「一応言っておくけど私たちの代で規格外なのは生徒会長だけだからね。まぁ、メイもそうだけど。他の七学年の生徒はここまで強くないわ」


 その言葉に安堵をする。

 あと四年でケンキと同じように斬撃を飛ばすとか出来る気がしないのが理由だった。


「それにしても強すぎるわね。生徒会長が勝負を挑まなければ良いのだけど……」


「呼んだか?」


「キャアァァァァァ!!」


 ぼやいた七学年の生徒の後ろから金髪の偉丈夫が後ろから声を掛けてくる。

 その所為で女生徒である七学年の生徒は悲鳴を上げる。

 女性の悲鳴という理由で視線が集まる。


「呼ばれたと思ったから声を掛けたのに悲鳴を上げるのは酷くないか?」


 そう言った直後、メイが偉丈夫に拳をぶつける。


「だからって後ろから急に話しかけるのは、どうなんだ!?気配まで消してきて!少しは考えろ!」


「ふむ。すまんな。気配を消していたつもりは無いんだが。それにしても久しぶりだな、メイ。学友から好きな男が学園で出来たと聞いたが本当か?しかも会うために態々、学園に来たと聞いたが」


「………誰から聞いた?」


「何だ?本当なのか?」


「違うよ。それよりもそんな噂を流したのは誰だ?」


「誰だも何も、そこにいるだろ。念話や色んなものを駆使して広げていたが?」


 直後、女生徒の頭をメイがぶん殴る。


「痛い!」


「私、違うと言ったよね!何で嘘を広げるんだ!」


「いや、あんな顔をしといて何を言っているのよ!?」


「なんだ!?あんな顔って!?」


 メイと女生徒の口喧嘩を尻目に生徒会長はケンキの訓練を眺める。


「ほぉ。素晴らしいな」


 口から出たのは賛美。

 しかも心から言っているのが聞いているだけでもわかる。


「まさか斬撃を飛ばせるとは。俺も出来るが、この国でも数少ないのだがな。しかも単純な移動で衝撃波を生み出すとはな。学園最強と称されている俺より強いのではないか?」


 そう言ってクククと笑う生徒会長。

 その目は戦意に溢れていて今にも襲い掛かりそうに見える。


「まぁ、今は我慢するか。それよりも………」


 生徒会長は戦意に溢れていた目を閉じ息を大きく吸う。

 そして。


「生徒ども!いい加減に教室に戻れ!」


 いつまでも訓練室の前に戯れていた生徒たちを一喝する。

 ケンキは止められなくても他の者はそうでもない。

 生徒会長として全ての生徒を訓練所から追い出して教室へと戻す。

 そして最後に自分もケンキの訓練を尻目に教室へと戻ろうとする。


「あっ。私はケンキ君の訓練を見ているよ」


 そこではメイが椅子に座ってケンキを見ながら生徒会長に告げている。

 ただ見ているだけなのに楽しそうな横顔に生徒会長は、やはり七学年の女子生徒の言葉は間違ってはいないと思いながらも口にせずに頷いて去っていった。





「ねぇ。ロング?」


「何だ?ノウル」


「やっぱり、メイちゃんは訓練所で鍛えてた子のこと……」


「だろうな。本人に自覚有るか無いかは置いといて可能性は高いだろうな」


 部屋の外に出てメイと一緒に来た女子生徒ノウルの言葉に生徒会長ロングは頷く。

 あの横顔はたしかに恋する女性のモノだ。


「それにしても、あのメイがな」


「そうよね。あの魔法バカがまさかの恋愛ごとに興味を持つなんて……ね」


 学生時代の最初の頃、メイは魔法の鍛錬ばかりして他人との付き合いも最小限だった。

 それでもノウルやロングと親しいのは、ノウルが積極的に関わってきたからだ。

 そのお陰でメイは飛び級をして宮廷魔術師になった。

 ノウルがいなければメイは宮廷魔術師にもなれなかったし多くの親しい相手が出来なかっただろう。

 だからメイはノウルに感謝している。


「それで先程から手にしている紙は何だ?」


「これ?メイちゃんの訓練所で鍛えていた子を眺めている時の横顔♪」


 本気でメイに好きな者が出来たと広めるつもりだ。

 写真でも見る者が見れば本当だと理解できてしまう。

 ロングはそんなノウルに引く。


「そうだ。彼と一時的にパーティを組めないかな?それで、どんな人物か知りたいし」


「ふむ。三学年の彼と組むパーティに相談するか?本来なら彼らが訓練所にいた子にパーティの重要性を教えるようだが」


「どういうこと?」


「ゴーレムを瞬殺した一学年がいるのは知っているな?」


 ロングの言葉に頷くノウル。

 それだけで、その一学年が誰なのか理解するが続けられた言葉に驚愕する。


「彼はそれだけでなくパーティの重要性を教えるための迷宮をソロでクリアしたらしい」


「は?」


 何度も言うが有り得ないのだ。

 一学年の生徒が最初の試験で挑ませる迷宮をソロでクリアするのは。

 だからこそ、それを成したケンキに注目が集まる。


「有り得ないわ!私もパーティで挑んだことがあるからソロだとクリアできないのは理解しているわ!どうやったのよ!」


「さてな。それよりもパーティの重要性を教える役割を俺たちが貰うか?早ければ早い程、迷惑ではなくなるから直ぐに決めた方が良い」


「当然、役割を貰うわよ!」

 

 そしてロングとノウルは学園の教室で行われる朝の挨拶をして三学年の教室に向かう。

 目的はケンキにパーティの重要性を教える役割を譲ってもらうためにだ。

 そして向かっている最中に通りすがった学生は全員が二人を凝視をしたり近づいたら自然と道を開けられている。

 畏れられているのが、よく理解る。


「あれ?ロングはどこの教室にいるのか知っているのよね?」


「当たり前だ。でなければ、既に誰かに聞いている」


「それもそうね。で、ここね。………ねぇ、悪いけどヒイロ君たちっている?」


「はい!」


 ノウルが三学年の教室の一つに入って声を掛けると何かしら準備をしていたヒイロが驚いて声を高く返事をする。

 そのままパーティ全員が急いでノウルの前へと移動する。

 途中、机にぶつかったり転びそうになっても変わらない速度で来るヒイロたちにノウルとロングはドン引く。


「何の用でしょうか!?」


 正直、ここまで緊張をされてショックを受けている。

 たまらずに、もう少し気楽にしても良いと言っても無理だと返される始末。

 何故だと溜息を吐いてしまう。


「すいません!何か悪いことをしてしまったでしょうか?」


 ちょっとした仕草で大袈裟に捉えられてノウルは頭に手を当て、ロングは溜息を吐く。

 そのせいで、またざわつく。

 話が進まないとロングは一歩前に出る。


「はぁ。ヒイロ、ソロでクリアした一学年にパーティの重要性を教える役目があるのだろう。俺たちに譲ってもらえないか?」


「勿論です!他の方ならともかく生徒会長なら構いません!」


 ノータイムで返事をするヒイロとそれに頷くパーティメンバーどころか教室にいる面々。

 そこまで信頼されていることに自分のことながらロングたちは顔を引き攣らせる。

 無論、信頼されているのは嬉しいが僅かながらに崇拝の念が見て取れるのが理由だ。


「あ、ありがとう。それじゃあロング。職員室に行って先生たちに報告に行くわよ」


「あ……あぁ」


 すんなりと受けいられたために後は教師だけだ。

 そして、そこでも受けいられた。


「構わないよ。むしろ生徒会長の君がこの役割を果たしてくれるなら確実だね」


 何か言われると思っていたが何も言わずに認められた。

 本来なら学園から任された仕事を奪った形になるから何か言われると思っていたのに予想外だ。


「不思議そうな顔をしてどうしたんだい?」


「学園から依頼をされた仕事を奪った形になるのに、どうして認められたのかが理解できない。俺だったら学園から依頼された仕事を奪われたら良い感情を浮かばない。それなのに笑って受け入れられる」


 ロングの言葉に本気で言っているのかと視線で問う教師。

 それに何か間違えただろうかと首を傾げる。


「たしかに学園からの依頼を請けて達成したら評価も上がし成績も色を付けられるから、本来なら良い感情を持たれないかもしれない」


 なら、と言いかけて説明はまだと手を止められる。


「これが、いつもの迷宮にしか回収できないモノだったりするならお前でも良い感情を持たれなかっただろうが今回は違う。後輩への教育と言ったモノだ。初めての試みだし失敗して後輩に間違った認識を覚えられてしまうよりはマシだと思ったんじゃないか?」


 ここでの間違った認識とは当然、自分ならどんな迷宮でもソロでクリアできるという認識だ。

 そういった意味ではプライドよりも後輩のことを考えて任せたとも考えられる。


「成程。………後輩の為に身を引いたか。案外、次代の生徒会長かもしれないな」


「ロング君の言う通り、教員の間では七学年になったら生徒会長になるなと言われているなぁ」


 やっぱりかと教師の言葉にロングは頷く。


「もともとお人よしとも学園でも有名だから当然か。最近では学園で最強の者が生徒会長になると言われているが変わって来るのかな?」


「あぁ、それは正解だぞ。とりあえず数年以外には学園最強ではなく人望と言ったモノも含めて決められる予定だ。……早くても二、三年後かな」


 学園も制度というモノが変わるのだなと聞いていて思う二人。

 同時にその時期には既に卒業していることが残念だと考える。

 学園の変化を直に見たいなら教師になるという選択もあるが、ノウルはともかくロングにはなる気はない。

 卒業したら国の騎士になる予定だからだ。

 それも只の騎士ではない。

 国の中でも精鋭の騎士が集まる騎士団に入ることが内定している。


「そうかぁ。残念」


 変化を見れないことを残念に思いながら二人は職員室から出て訓練所に向かった。




「やっぱり凄いなぁ」


 そこにはボーとした表情でケンキを見ているメイがいた。

 ロングたちも見てみると未だにケンキは訓練所を縦横無尽に動き回りながら剣を振るっている。

 離れていたのは少しだったとはいえ全く動きが衰えていない。

 それどころか更に動きのキレが増している。


 そして、そんなケンキを見ているメイの表情に自分たちの疑念が確信へと変わる。

 あんな横顔は同じ女性が見ても抱きしめたくなるぐらいには可愛い。

 もちろんノウルはメイに抱きつく。


「えっ!?急に何!?何で抱きついてるの!?」


「もう!メイは可愛いわね!」


 いきなり抱き付かれたことにメイは混乱する。

 ケンキだけを集中して見ていたから意識外の行動に対処が出来ないでいる。


「本当に可愛いわ!」


 そう言って更に抱きしめていたメイの頭を撫で始めるノウル。

 その光景にロングは懐かしいモノを見たと言わんばかりに目を細めている。

 どうやらメイの学生時代はいつも抱きしめられていたようだ。


「最近、会うたびに抱きしめられるのは減ったと思うのに何で再発しているんだ!?」


「可愛いからに決まってるじゃない!最近は凛々しさが勝ってきたと思ってたのに、まさかギャップで可愛くなっているなんて予想外!」


「ギャップって何だ!?」


 メイとノウルは抱きしめ合いながらギャアギャアと言い合いをしている。

 それを尻目にロングはメイに自分たちがケンキとパーティを組むことを伝える。


「この状況で何を言っているんだ!三学年のヒイロたちじゃないのか!?あとノウルを止めてくれ!」


「興味を持ったから譲ってもらったんだ。それとお前が学生の頃は毎日のようにやっていただろう。我慢しろ」


「ふざけるな!ってノウルも良い加減に放せ!」


「ロングも言ってたけど学生だった頃は毎日のように抱き付いていたじゃない。だから嫌!」


 メイに抱きつきながらノウルは楽しそうに笑っている。

 こうやって学園でじゃれつくのは本当に懐かしくて楽しそうだ。

 よく見るとロングも微かに笑ってるし、口では何だかんだ言ってもメイも笑っている。


「それにしてもロング。貴方なら彼に勝てる?」


 ノウルの質問にロングは口元に手を当てて考える。


「絶対に勝てるとは言い切れないな。実際にやり合わないと分からない」


 その言葉にノウルは驚く。

 まさか勝てるか分からないという言葉は予想していなかった。

 てっきり勝つと言うかと思っていた。


「期待に応えられなくて悪いが本気で勝てるか分からないな。年下で後輩だが実に挑み甲斐がある」


 ロングの戦意を昂らせた瞳に今にでもケンキに挑みそうだと思わせられる。


「だからって早速、勝負を売るつもりかい?生徒会長なんだろう?強そうだからと直ぐに勝負を挑もうとするのはどうなんだい?」


「わかっているさ。少なくとも今日は勝負をするつもりは無い」


「なら良いけどね」


 そう言っているが、おそらくは近いうちにケンキに戦いを挑むのだろうと予想してメイは溜息を吐いた。


「そういえば彼って、何て名前なの?聞いて無かったわ。それに彼は動きっぱなしだけど少しは休んでいるの?」


「……………名前はケンキだよ」


 ノウルの質問には名前だけは教える。

 ケンキが休んでいることに関しては沈黙で答えるメイ。


「いや動きっぱなしって私たちが教室に向かって用事を色々済ませて訓練所に戻って来るのに一時間は超えているわよ。それなのに休息を入れずに動いているの?」


 ノウルの言葉に頷くメイ。

 それに対してケンキに感心した目を向ける。


「ふむ。それが本当なら私たちが挑む迷宮に一緒に挑んでも体力的にも大丈夫だな。戦闘能力も問題なさそうだ」


「それ、私も参加して良いかい?」


 メイの言葉にロングもノウルも楽しそうに笑う。

 久しぶりに一緒に迷宮に挑むからだろう。

 メイもロングとメイと一緒にパーティを組むことになると思い当たると楽しそうに笑っている。


「当然!って、もしかして途中までケンキ君と一緒にパーティを組むことに頭がいっぱいで私たちと久しぶりに組むってこと忘れてたでしょ」


「………うるさいよ」


「かなしー」


 ノウルはそう言っているが口元には笑みが浮かんでいる。

 メイをからかうのが楽しいといった感じだ。

 

「それにしても何故、彼は鬼気迫る表情であそこまで鍛えているんだ?」


 ロングはメイに問いかけても首を横に振るだけで知らないと答える。

 続けて知り合ったのは昨日だと聞いて思わず聞き返してしまう。


「は?昨日、知り合ったばかりだと。それなのにケンキと会うために学園まで来たのか?」


「悪い?それだけ興味深いことをしていたんだよ」


 メイの言葉に二人とも天を仰ぐ。

 ここまで恋に盲目だとは思っていなかったからの反応だ。

 それでも興味深いこととは何かを聞く。


「彼、初級魔法を改良して新しい魔法を作っていたんだよ」


「はぁ!?それって固有魔法ってこと!?」


 メイの言葉に驚き声を上げるノウル。

 固有魔法とは完全に個人専用の魔法で他の者は誰では決して使えない魔法だ。

 ケンキの場合は違い誰でも扱えれるが、だからこそ重要性は固有魔法よりも高い。


「それって魔法の革新じゃない!?彼、かなりの重要人物じゃない!」


 ノウルの言葉にメイは頷き、ロングもこわばった顔を見せる。

 一学年なのに強すぎるからといって自分たちの挑む迷宮に連れて行くのは問題だと考え直す。

 少なくとも死んでしまったら魔法の革新が無になってしまう。


「そうだね。まぁ、本人は自覚していないし私もまだ報告していないけどね。まずは一緒に迷宮に行って色々と威力とか真偽を検証する必要があるしね」


 メイの報告していない理由には納得する。

 これでケンキにしか使えないとなったら固有魔法でしかなく万人に使えるものでは無い。

 そうなると重要性は一気に下がる。


「そうか。ところで何時から使えるようになったとか聞いたのか?」


「昔っから使えていたみたいだね。本人にとっては出来て当たり前の技術だったらしい。私たちが驚いていたことに不思議がってたよ」


「なるほど。無自覚な天才と言うべきか?」


 ロングの言葉にいつの間にか増えていた学生がケンキに対する評価に納得する。

 今も訓練所を鬼気迫る表情で使っている少年には、むしろ尊敬の念を抱く。

 あんな表情で必死気に鍛えていれば才能に奢ることなく鍛えていることに好感を持てど悪感情を持つことは難しい。

 自分たちも訓練所を使って己を鍛えたくなる。  


「それにしても……。彼の訓練が終わったら一人で独占して使うなと注意する必要があるな」


 ロングの言葉にその場にいた全員が頷いた。




 そしてケンキが訓練を始めて数時間後。

 ケンキの大剣を強く握っている手からは血が滲んでしまっている。

 それでも何度も何度もケンキは大剣を振るう。

 朝から何時間も剣を振るっているのに全く手を緩めない。

 足も止めない。

 絶えず動き続ける。


「クソが!」


 だがケンキは自らの大剣の振るう速度が上がらないことに怒りが湧く。

 だから何度も何度も同じ体勢から大剣を振るっていく。

 それだけで何十、何百、何千と繰り返す。

 漸く満足できる速さになっても更に磨き上げるために何度も繰り返していく。

 別の体勢から繰り出される剣技も同様に何度も何度も同じことを繰り返す。


「ガァ!」


 移動に関しても同じだ。

 足がズタボロになっても気にせずに速度を上げていく。

 むしろ遅くなっていることに憤りを感じながら更に踏み込みを強くしてスピードを速めようとする。

 その所為で足からは血がまき散らされいる。


「あぁぁぁぁぁあぁぁ!!」


 ケンキの表情は泣きそうになっている。

 全く強くなれない自分に憤りを感じている。

 そんな一朝一夕で強くなれないことは理解している癖にケンキは納得できていない。

 強くなりたいと必死に足掻いている。


「もっと、もっと、もっと!」


 更に大剣を振るう。

 体が流れてしまい転んでしまう。


「らぁぁ!!」


 移動しようとするも体勢を崩して壁にぶつかってしまう。

 もう体中がボロボロだ。


「っつあ!」


 それでも、もう一度大剣を振るう。

 だけど握力が無くなってしまったのか大剣を投げ飛ばしてしまう。

 それでも、もう一度剣を振るうために歩きながらでも近づいて行く。

 走って移動しないのは、それだけ血が流れている多く走れないから。

 もう足を引きずってでしか移動できていない。


「もう一度……!」


 それなのに更にケンキは大剣を構えて移動する。

 最早、斬撃は跳ばない。

 移動してもスピードは無いし、当然ながら衝撃波も生まれない。

 それでもケンキは動き続ける。

 身体がどれだけボロボロになっていても一切気にせずに動いて行く。

 もう何度も身体を壁にぶつけて痣だらけだし腕も持ち上げるのも辛いはずだ。

 それでも大剣を手にしたのと同時にケンキは倒れた。

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