始まり
「ただいま」
ジュダが買い物から帰ってきて、ただいまと言うが誰も返事を返して来ない。
妻のトレイや娘もどこかに出かけたのかとジュダは予想する。
今日は店も閉めているから妻も出かけているのだろうが、それなら鍵を閉めて欲しかったと思いながらジュダは家に入る。
家の扉を開けたら開いていて不用心だ。
妻にも娘にも注意する必要がある。
「………あなた」
そして居間に入ると妻が座って、こちらを見ていた。
暗い雰囲気も気になるが、それよりもいたのなら返事をして欲しかったと不満を持つ。
だが今、言うことでは無いと考え別の事を口にする。
「どうしたんだ?そんな暗い雰囲気で?それにユダはいないのか?」
夫の言葉に妻は机に手をダンと叩きつける。
それに吃驚した夫は黙り叩いた手を見つめて再度、驚く。
妻の叩きつけた手から落ちたのは自分の冒険者時代の写真。
それも奴隷を作って売りさばいていた時期のだ。
「………それは!」
「ねぇ。私たちも貴方の商売道具なの?」
「違う!」
即座にジュダは否定する。
そんなことは決してない。
好きになったからこそ足を洗い、真面目に喫茶店を経営してきたのだ。
だからこそ信じられなくても何度でも否定をしようとする。
「嘘よ!何人の人を奴隷に落として売ったの!?私は、奴隷にされた人に会った!証拠も見せられた!」
妻の言葉にジュダは顔を青くする。
まさか奴隷に落とした相手が妻に接触しているとは思わなかった。
どうやって奴隷から脱したんだとか。
どうやって今の自分を探し出したのか色々と疑問が頭に浮かんでは消えていく。
「………何も言わないのね」
その所為で黙り込んでいると自分が犯罪者なのだと警戒するような目で妻は見てくる。
「娘は友達の家に預けているわ。もしもの為に土下座して頼んで、お金も振り込むようにしてある。私は貴方と一緒に住むけどね」
妻の言葉にもしかして希望はあるのかとジュダは顔を上げる。
だが妻の眼は一切、信用しておらず警戒したまま。
「……一つだけ言っておくわ。私が一緒に住むのは貴方が娘を売らないか見張る為よ。少しでも怪しい行為をしたら犯罪者として突き出してやる」
強い警戒の視線で見られたまま告げられた言葉にジュダはショックを受ける
一体、誰が奴隷から抜け出したのか抜け出したのか不明だ。
絶対に見つけ出して報復をすることを決意する。
もしくは嘘だと言わせて写真も合成写真だと言わせるかだ。
折角の幸せを壊そうとする相手にジュダは容赦するつもりもない。
「………なぁ、写真を渡してきた相手はどんな相手だったんだ?」
「言う必要が無いわね。そもそも知る必要があるの?」
逆に問い質されてジュダは黙る。
こうなったら妻は教えてくれないだろうとトレイから情報を探るのは諦める。
まさか過去が今の時期になって襲い掛かって来るとは予想もしていない。
「なぁ?娘は友達の家に泊まらせたって言ったけど誰の友達なんだ?」
「教えないわ。売るかもしれない相手に大事な娘の居場所を教える訳が無いじゃない」
「…ふざけるな!お前にとっても大事な娘だが、それは俺にとっても同じだ!売る筈が無いだろうが!」
「自分の過去を考えなさいよ!信じられない!子供は可愛いけど貴女と結婚した私が馬鹿だった!」
そこまで言うかとジュダは内心、更に怒りが募る。
悪いのは確かに自分だろう。
それでも、これまで一緒に暮らしてきた中で妻と娘に向ける愛情に嘘偽りは無いと信じて欲しかった。
「頃合いを見て私も貴方の前から去るわ。私は、あの人の様に性奴隷にもなりたくないし、娘にもさせたくない」
性奴隷という言葉に自分の過去を教えた相手は女性だとジュダは察する。
少しでも高価にするために女性は容姿が優れていた相手にしていたことを思い出す。
この王都で普段から目にしない容姿の整った女性を探し出していけば余計なことを教えた犯人が見つかるはずだと考える。
「それじゃあ私は明日の準備があるから、もう寝るわ」
どうすれば関係を修復している間に妻は今から出て部屋に戻っていく。
昔の仲間にも頭を下げて探し出すしかない。
早速、今から連絡をすることにした。
「久しぶりだな。足を洗ったと思っていたんだが、まさか連絡をしてくるとは。何かあったのか?」
連絡をして一緒に奴隷を売っていた仲間が来てくれてたことに感謝しながらジュダは頷く。
「あぁ。俺の過去が妻にバレてな」
「そうか。俺に相談されても困るんだが……」
現役で奴隷商をしている自分に相談されても、と呼ばれた仲間は困る。
自分は結婚もしていないし、足も洗ったわけじゃないから助言を頼まれても何も出来ない。
「知っている」
ジュダの言葉になら何故呼んだと視線を強くして向ける。
正直、イラっとした。
「その原因が俺たちが奴隷にした女だ」
「それは……」
「かつて奴隷にしたのに、そこから逃げ出して復讐を着々と続けている。お前も無関係じゃない」
その言葉に頷く。
奴隷商といっても、それは裏の顔でしかない。
表の顔は別にあってバレたらヤバいと顔を険しくする。
「どんな女性か話を聞いたのか?」
「いや、聞いてない。何度か聞こうとしても無視をされてな。多分、絶対に話さないだろう」
「おい」
呼び出された仲間からすれば何を甘っちょろいことをしているんだと文句を言いたくなる。
聞きたださなければ未来が真っ暗なのに何をしているのかと不満を抱く。
「妻だから手を抜いているのか?なら俺がどんな手を使ってでも聞いてやる」
「待て」
「何だよ、その手は?邪魔をするつもりか?」
どんな手を使ってでも妻から聞き出すと言った男にジュダは肩を掴み、掴まれた男はそれを咎めるように睨み合う。
大事な女性を傷付けないためにジュダは更に力を込める。
「ちっ。わかったよ」
掴まれた肩を無理やり外し、男はジュダから離れる。
別の方法でかつて奴隷にした女性を探すつもりだ。
「じゃあな。お前も見つけたら教えてくれよ」
不機嫌そうに男はジュダの前から去っていった。
余程、男はジュダの妻に無理矢理、聞き出すことが出来ないのが不満らしい。
それを見てもジュダは妻に危害が与えなかったことに安堵していた。
「馬鹿が」
だが男はほんの少し離れたところからジュダの家へと向かっていた。
目的はジュダの妻に問いただすためだ。
この程度の嘘にすら騙されるなんて、本当にジュダは甘くなってしまったなと少しだけ残念に思う。
昔は頼りになっていたからこそ残念に思う気持ちが強くなる。
「………ここだな」
来るのは初めてだが、何処に住んでいるのかぐらい知っていて当然だ。
奴隷商なんてやるにはバレないように多くの情報を集める必要がある。
その中にはかつての仲間の情報も多くある。
「さて奥さんはいるかな?」
悪いのは問い質さなかったジュダだと思いながら鐘を鳴らさずに家の中に入ろうとする。
どんな手を使っても探さなくてはいけない。
それなのにジュダは妻だからという理由で問い質さなかった。
本気でどうにかしたかったら問い質すべきなのにだ。
「………あなたって、この家の者じゃないよね?」
そして、いざ中に入ろうとすると肩を叩かれ振り向いた。
そこには拳を振りかぶった女性が憎々し気な表情で男を見ていた。
それを見て既視感もあり、この女が奴隷だった相手だと理解する。
理解するが既に放たれた攻撃に避けられるはずもなく直撃し、男は意識を失っていく。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。元夫になる男の手先でしょうか?」
「さぁ?足を洗ったとは言え、話した日に襲ってくるから付き合いはあったんじゃないかしら?」
「……やっぱり、そうですか」
そして意識を失う直前にそんな会話が聞こえてきた。
「悪いけど、こいつは持っていかせて貰うわよ」
「かまいませんよ」
「そう、ありがと。囮としても扱っているし国からも兵士が陰から守ってくれているみたいだから安心しなさい」
自分以外にも貴女を護ってくれるものは数多くいると伝えて女性は男の脚を掴んで去る。
その姿に助けてくれたこともあって見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
「ねぇ、起きなさいよ」
男を掴んで去っていった女性アルフェは国の王都の外れまで歩いて行く。
誰も通らないような場所まで着くと意識を失った男を叩いて目覚めさせた。
「ぐっ。ここは……?」
「久しぶりね、クソ野郎。私のことは覚えているかしら?」
アルフェは意識を失っていた男に顔を近づけて自分を覚えているか問い質す。
自分を奴隷に堕とした相手だ。
確認はするが覚えていても覚えていなくても同じことだ。
「覚えてねぇよ。どうせ俺たちが奴隷に堕とした相手の一人なんだろうが、お前以外にも何人の女性を落したと思っているんだ。一々、顔を覚えてられっかよ」
この状況で、そんなことを言う男にアルフェは怒りよりもまず最初に歓心を抱いてしまう。
だが怒りを抱いたの事にも変わりはない。
アルフェは男の脚を斬り落とす。
「っつ!!」
悲鳴を上げないのは気に食わないが逃げるのを防ぐために斬り落とした目的もある為に今はその感情を無視する。
情報を持ってきてくれた者たちが渡す条件に誰に奴隷を売っていたかだけでも確認してくれと頼まれたのだ。
ある意味では自分の仲間を救うためにと頭を下げられた為に頷くしかない。
本当なら殺したいとアルフェは思うが痛み付けるだけで我慢する。
「それで?私を売った相手以外には何処に売ったのかしら?」
「は。誰が教えるかよ。…………っつぅぅぅぅぅ!?」
反抗的な態度を取る男にアルフェは魔法で攻撃する。
無論、殺してしまわないように手加減もしている。
どちらの立場が上なのか理解させるために死なないように配慮をしながら攻撃を繰り返していく。
「………まだ教える気にならない?」
それから数分間、悲鳴を上げ続ける男に死なないように回復をさせながら攻撃を繰り返す。
途中から情報を渡してくれた者たちの一人も加わり更に拷問がひどくなっていく。
「……どうせ……教え……ても……殺されるん…だろうが。……なら……意地で………も……教えて…やらねぇ……よ」
「殺す気は無いわよ。苦しめる気はあるけど」
事実だ。
今はアルフェに殺す気は無い。
それよりも長く苦しませた方が良いと考えている。
殺してしまったら、そこで終わりなのだ。
生きて長く苦しませた方がアルフェも気分が良い。
「そうか…よ。だから……と…いって……教える気……は…な…い……が」
「良い加減に回復させないと聞き取り辛いわね」
そう言って魔法を使って怪我を治療する。
それだけ焼けただれた腕も骨が折れた鼻も体中の至る所に着けられた切り傷や打撲の痕も完全に癒える。
「どんな手を使っても聞き出してやるから覚悟なさい」
そして翌朝の光が差し込む時間になるまで、ずっと拷問をし続けていた。
「アルフェ殿、これ以上はやじ馬が来そうなのでやめた方が良いと思います」
王都の外れとは言え誰も来ないとは言い切れない。
今まで、やって来れたのは遅い時間だったのと仲に入って邪魔をしないように見張っていた者達がいるからだ。
明るい時間だと怪しまれて乱入されるかもしれないと想像して撤退することを決める。
「そうね。それじゃあ、これ渡すわ」
「ありがとうございます。絶対に聞き出して見せますので、安心していてください」
そう言ってアルフェからを男を受け取って消えていった。
「さてと、あの男に対する復讐を再開しますか」
そう言いながらアルフェは欠伸をする。
同時に深い眠気が襲って来て、復讐の再開の前に寝ることに決めた。
「お腹が減ったわ」
目が覚めると丁度、昼になる時間だった。
近くの学校の鐘の音が聞こえる。
ついでにと復讐相手の娘の学校での様子を確認しようとする。
「よっと」
手にそこらの店で買ったパンを片手に学校へと侵入する。
誰も侵入したことに気付いておらず、その様子にアルフェは当然だと胸をはる。
むしろ気付かれたら今までのケンキとの訓練は何だったんだとショックを受けてしまう。
「大丈夫、ユダ?」
「そうだよ。具合が悪いなら保健室で休んだ方が良いよ?」
気遣いの言葉をかけてくれるがユダは首を横に振る。
健康には問題は無いのだ。
それでも具合が悪く見えるのは父親の過去の所為だ。
自分がここにいて本当に良いのか不安になる。
「……父親のことを気に病んでいるの?」
その言葉に頷く。
「もしかして父親を自分だけでも許せば良かったと思っていない?」
「そうなら私たちは貴女も許せなくなるわ」
リーデとエナジーは女性を奴隷に堕として売り物にしていた男を娘として許すと考えているなら友達を止めようと考えている。
「違う。むしろ、その娘の私がこの学園にいて良いのか不安よ。犯罪者の娘、しかも女を売り物にしていた男のよ。私も売られていた可能性があるとはいえ退学すべきじゃないかと考えてしまうわ」
「それなら大丈夫だよ?娘でも売られる可能性があったこと。父親の犯罪を全く知らず、関係も無かったこと。母親も貴女のかつての父が過去にやっていたことを全く気付かなかったことから退学にしないわよ。というより、させられないわね」
聞こえてきた会話にアルフェは耳を傾ける。
どういうことかと意識を集中する。
「何で?」
「いや、普通に私たちぐらいの子供が親に売られると知ったら関りのある大人が保護しようと考えるわよ。この場合、普通に子供は被害者でしかないんだし。最初の時間に私は授業にいなかったけど父に相談したら保護するために家に連れて来て良いって言っていたし」
「え!?おねえちゃん、それでいなかったの!?」
「ちゃんと教師には許可は貰ってあるわよ。緊急性が高いと判断してくれたのか認めてくれたし」
「そっかぁー。ユダはうちに来る?」
「その場合はいずれはメイドの仕事を覚えて働いて貰うけど」
「おねえちゃん。もしかして私たちと遊ぶ自由がなくなる?」
「多分ね」
「……それは嫌!」
エナジーは家に来た場合、ユダと遊べなくなると聞いてショックを受ける。
だがリーデは友達であるユダが無事に過ごせるなら一緒に遊ぶことは出来なくても満足だと考えている。
「あはは。とりあえず、今はユダちゃんは私の家で過ごしているから大丈夫だよ」
「そっか、良かった」
子供たちの会話に大人の責任に子供は関係無いと思わせられる。
その考えは確かに正しいが、理屈では納得できない。
あの男が苦しむなら巻き込みたいと思ってしまう。
その結果、あの男以下だと判断されてもアルフェに後悔は無い。
「あれ?ユダのお母さんは……」
「………お母さんは」
ユダはそこで言葉を区切って何度も深呼吸をする。
どうも言いづらいようで、それを何度も繰り返している。
「……えっと、ユダちゃんが言いづらそうにしているから私が言うね。ユダちゃんも良いよね?」
フレイの言葉にユダは頷く。
「じゃあ言うけど、ユダのお母さんは今、かつての夫と一緒にいるみたい」
「「は?」」
フレイの言葉にリーデとエナジーの二人は怒りを露にする。
そんな男と一緒にいる女の気持ちが理解できない。
「……お母さんが言うには完全に離れて何をするか予想も出来ない方が怖いから一緒にいることを選んだみたい。何かあったら直ぐに助けられるようにお父さんと相談しているみたい」
フレイの続けられた言葉にそういうことかと納得する。
周りの皆も聞き耳を立てていたのかホッとしたような雰囲気が流れていた。
「その場合、私たちの家にも相談してよ!助けるために協力を惜しまないから!」
エナジーの言葉にユダは嬉しそうに頷いた。
自分を信じてくれることが凄く嬉しいのだ。
犯罪者の娘なのに。
「………仲が良いわね」
アルフェは復讐相手の娘とその友達の友情を見て己の考えに迷いを抱く。
最初は相手の妻と娘も復讐として地獄を味合わせようと思っていた。
だが本人たちは過去を知らない事。
そして周りに信頼されている姿から巻き込まない方が良いのではないかと考えてしまう。
「はぁ。やっぱり復讐はあの男だけにしようかしら?娘は貴族にも護られているみたいだし」
貴族を相手にするなら娘に関しては手を引いた方が良いとも考える。
貴族が雇っている相手はいずれも手強く厄介。
万が一にもそこで失敗して肝心の相手に復讐できないよりはマシだ。
そこまで考えてアルフェは学校から離れる。
復讐相手の娘は見たし、やることは無い。
友達も娘の父親の過去を知っても本人には罪が無いとして接している。
この友情は自分では壊せないかもしれないとアルフェは考えた。
「次はどこに行こうかしら?」
そう言いながらもアルフェはサングラスをして髪型も変えて軽い変装をする。
行き先は喫茶店。
復讐相手の夫婦が営んでいる店だった。
「いらっしゃいませ!」
その店はいつも通りの営業状態だった。
少なくともアルフェが調べた限りだと、常と変わらない。
まだ夫の方が犯罪者だと知られてないから変わらないのは当然だが知られたら、どこまで減るのか興味はある。
その為に最後の確認として客の数を覚えておく。
「それにしても大丈夫かい?夫の方は犯罪者なんだろ。それなのに一緒に働いて、しかも周りに周知させるなんて」
「は?」
客の一人が妻に話しかけた内容に一人驚く。
娘の方もそうだが、妻の方も隠すことなく夫の過去を話していたらしい。
似た者親子だと思うが、度胸もかなりある。
「良いわよ。夫も働かせているけど、それも客観的な証拠を見つかるまで。それが見つかったら兵士へと突き出すつもりだし」
「証拠は無いのか?」
「あるけど、被害者だと言っている女性のものしかないからね。それが本当かどうかは調べる必要はあるみたい。私は長い付き合いから本当だと理解したけどね」
忌々しそうに言う妻の言葉に客に気圧されたように頷く。
同時に夫であるジュダには厳しい視線を向けている。
話しかけていた客だけではない。
他の店にいた客全員がジュダを睨んでいる。
「あの?」
思わずアルフェは近くにいた客に話しかけてしまう。
夫が犯罪者とか、どこで知ったのか分からない。
アルフェ自身も犯罪者だと教えたのは一日前だ。
「なんだ見てなかったのか?店の前に夫が犯罪者ですと書かれた看板があったんだが」
アルフェは全く気付いていなかった。
同時に何を考えているんだと妻の方へと白けた視線を向ける。
まさか話すどころか誰にも知られるように公表しているとは夢にも思っていなかった。
「なんで公表しているのよ……」
「本人が言うには罪を犯しているのは夫だけで、自分は犯していないかららしい。それに隠していて暴かれた時より最初から公表していたほうがダメージが少ないかららしいぞ」
その考えにはアルフェも納得するが同時に本当にヤル奴がいるかと呆れてしまう。
復讐相手の妻と子供は予想していた以上に心が強く潔癖の様だ。
普通は夫が父親が犯罪者だなんて公表できることでは無い。
「すごいわね……。普通は公表できることでは無いわ」
「全くだ。昔から変に度胸はあるだけはある。お陰で夫である男はともかく、妻や子供は騙された被害者として、この店に来た客は思っているよ」
自分よりも妻の方が復讐相手を苦しめているんじゃないかとアルフェは考えてしまう。
このまま復讐相手が兵士に突き出されるまで見ているのも充分、愉快な気分になってしまいそうだ。
復讐しに来た相手より会いした妻や子供に責められた方がジュダも苦しむだろう。
「……ついでに、この店のおススメを聞いても良いかしら?この店に来たのは初めてだから知らないのよ」
「ああ、構わないよ。これがおススメだから頼んでみるが良い」
「ありがとう」
そうして運ばれた料理は確かに美味しかった。
これからは毎日、兵士にいつか連行されるのを見るだけでなく料理自体も楽しみにしようと考える。
その為にもいつ連行されるかケンキに頼んで聞くのもよいかもしれないとアルフェは考える。
「ふぅ、美味しかった。ありがとうございます、わざわざ教えてくれて」
「気にしなくて良いよ。それにしても食べ終わって、直ぐに帰るのかい?休んだ方が良いんじゃ……」
「用事を思い出したので……」
食べ終わり、早速アルフェはケンキの元へ行こうと動き出した。
目的は当然、連行される日を聞くためだ。
「さぁ?」
意外と直ぐに見つかり話を聞くが分からないと返される。
話を聞いていないのか、そもそも話されていないのか、どちらかだろう。
「……いくらお前の証拠があっても本当かどうか調べる必要もあるから、まだまだ先。………もしかして殺そうという考えは止めた?」
ケンキの答えにアルフェは無言。
殺す気は確かに減っているが、まだまだ残っている。
犯罪者として連行されないなら、こちらで殺そうとも考えている。
「……まぁ、良い。今度、時間がある時に確認してみるが、それで構わないな?」
ケンキの言葉にアルフェは頷く。
どちらにしても教えてくれるのなら構わない。
「そういえばケンキは私の復讐相手の家族が犯罪者の家族だと自分から言っていたのを知っていた?」
アルフェの質問にケンキは首を横に振る。
むしろ、そんなことをしていたのかと驚いていた。
だが直ぐに愉しそうに笑う。
「ケンキ?どうしたのかしら?」
「……いや。ただ単に良い手だなと思って」
どういうことかアルフェは質問する。
「……意識していないのかもしれないけど、あらかじめ犯罪者の夫がいたと伝えることで被害者として思われるし同情も買える。それで興味本位で店に来る客も増えるかもしれないし、売り上げが上がるかもしれないな」
流石に考え過ぎじゃないかとアルフェはケンキに白けた視線を送る。
そのことはケンキ自身も分かっているのか何も言わない。
「………それじゃあ」
そう言って去ろうとするケンキをアルフェは肩を掴んで止める。
アルフェがケンキの家に出てから未だ数日しか経っていないが、久しぶりだからと何か奢ろうかと提案する。
だがケンキは首を横に振って拒否するが無理矢理にでもアルフェは自分に従わせる。
折角、甘えさせているのだから素直に甘えて欲しいと考えていた。
訓練の間は酷いことをされたが、それはそれとして可愛い弟分と思っているのも事実なのだから。
「人の好意は素直に受け入れなさい」
肩を掴んで止めていったことでケンキはようやく止まる。
面倒そうな顔をしていて少しだけアルフェは腹を立つ。
「……一人暮らしを再開して日が経ってないけど大丈夫なのか?」
ケンキの質問にアルフェはお金なら問題ないと返す。
そして無理矢理にでもケンキの腕を引っ張ってお店へと連れて行く。
「………まぁ、良いか」
「どう?この店の料理は美味しいでしょ」
「美味い」
ケンキが連れてこられたのはレストランだった。
そこでおススメめだと頼まれた料理は確かに美味いとケンキの舌をうならせる。
「なら良かった。私は復讐を終わったらこの店で働く予定よ。だから貴方にどうしても紹介したかったのよ」
そう言うことかと嬉しそうにケンキは笑う。
どんな目的があったとしても目の前で助けた者が第二の人生を歩んでいると知って嬉しくなった。
「……そう」
「えぇ。だから偶には遊びに来て頂戴。貴方相手なら私が特別に料金を減らして上げるわよ」
そこまで言うなら、今度ユーガ達と一緒に来るのも良いかもしれないとケンキは考える。
料理も美味しいし多分、気に入ってくれるだろうと想像する。
「……わかった。ユーガ達と一緒に来させてもらう」
ケンキの返答にアルフェは苦笑してラーン達は誘わないのか質問する。
「……あいつらは、ここより美味いものを食っているだろう?どうせ貴族なんだろうし」
ケンキの言葉に店で働いている者達は睨み付けるように見てアルフェは冷や汗を流したが、貴族相手だと視線は弱まる。
飲食店の中でここより美味しいと言わないで欲しいとアルフェは溜息を吐く。
「そうかもしれないけど飲食店で、ここより美味いとか言わないで……」
「……何故?」
当たり前の事を聞いてくるケンキにアルフェは頭にこめかみが浮かぶ。
「……貴族以外にも一般庶民には家庭の味の方が好きだと言う奴もいると思うが?」
それはそれとして当然だ。
そんなことで文句を言うような店員はいないとが聞いていた者達はアルフェを含めて頭を抑える。
だからと言って話すことも無いのに。
「ケンキ。これは常識の問題よ。だから、そういうことは言わないで」
そこまで言われてケンキはやっと反省をする。
「……わかった。反省する」
ケンキがそう言ったことにアルフェは漸く安堵した。
少なくとも、これ以上は余計なことは言わないだろうと考えている。
「はぁ。それで食べ終わったら帰るの?」
アルフェの質問に頷くケンキ。
今日は基本的にそれ以外にやることは無い。
「はぁ、それじゃあ送っていくわよ」
何を言っているんだとアルフェに視線を送るケンキ。
アルフェはケンキの視線をものとせずにケンキが食べ終わるのを待っている。
「ねぇ。アルフェさん、あの子は君の弟なの?」
「いえ、私の命の恩人です。常識が無いのは子供なので少しは許してください」
「それは良いけど、店長が彼を呼んで欲しいって」
「え」
この店で働くことになる先輩の言葉にアルフェは心配そうな表情をする。
先程の失礼な言葉に怒られるんじゃないかと予想した。
「子供だから私たちもフォローするわよ。少しだけ腹が立ったけど」
それに感謝してケンキが食べ終わるの待つ。
「店長!?相手は子供ですから寛大な気持ちで!?」
だが店長自身がケンキの前まで来る。
その事にケンキ少しだけ目を見開いて頭を下げ、店長は土下座をする。
「店…「料理を厨房で働いている者達に教えてくれ!」長?」
「やだ」
店長の土下座にも驚いたがケンキと顔見知りだということにも驚いた。
だが一番驚いたのは料理を教えてくれと頼んだことだった。