怒り
ある家族の光景。
娘には仲の良い友達がいる。
危険なことをしてしまっても注意をしてくれる身近な大人がいる。
妻も共に働いているお陰か理解があって協力し合っている。
幸せそうに夫の働いている姿にアルフェは憤怒の感情を抱く。
自分を不幸に陥れて幸せそうに過ごす姿が憎い。
「………ふざけているわね」
場合によっては妻と娘は騙されているだけなんだと見逃しても良いのではないかと考えていた。
だけど実際に眼にしたら、そんなことは考えることも出来ない。
娘も妻も、そしてその友達たちも絶望を味合わせたくてしょうがない。
「一つ言っておくが憎しみを他にぶつけて良いのは血縁者だけだ。その友達とかにはぶつけるなよ」
心を見透かしたように言うケンキに止められてしまう。
それに不満も抱くが、同時にしょうがないとも思う。
あくまでも憎い相手は夫であるジュダであって他の者ではない。
手当たり次第にやればケンキに止められて復讐の機会も失うだろう。
冷静に事を進めるには諫めてくれる相手もいてくれて運が良いとアルフェは考えてしまう。
「わかっているわよ。あくまでも復讐に巻き込んで良いのは、その家族だけ。他に巻き込んだら復讐すらさせないんでしょう?」
アルフェの確認にケンキは頷く。
完全にこちらの我儘だが受け止めてくれるようで何よりだと安心する。
知ったことでは無いと実行に移されたら後手に回るしかないからだ。
そうなったら余計な被害が生まれてしまう。
それにしてもとケンキは思う。
まさか、そんな犯罪者が王都で喫茶店を営んでいるとは思わなかった。
王都に住んでからの事件とか関りが無いか調べたくなってしまう。
「……まさか王都に住んでいたとはな」
「そうね。私を奴隷にしといて都会で暮らすなんて。……ふざけているわ」
ケンキの独り言が聞こえていたらしくアルフェに同意される。
犯罪を犯していたと自覚しているなら王都ではなく、むしろ田舎に住むとケンキは予想していた。
だとしたら犯罪を犯したという自覚が無いのかもしれないと考え背筋が凍る。
「………ケンキ?」
急に黙り込み、顔を青くするケンキにアルフェは心配して声を掛ける。
突然の顔色の変化もあった為に病気なんじゃないと心配する。
アルフェにとってケンキは恩人でパトロンみたいなものだから心配するのも当然だ。
優先するのは復讐だが、それ以外では気に掛ける存在だと意識している。
「………何でもない。場合に寄っては王都の警備兵や騎士も介入させる。被害者の一人として殴る許可は得られるかもしれないが、途中で止めることになるかもしれない」
「………ふざけないで!」
復讐に条件を付けられたことでも納得はしたが、心から頷いたわけでも無いのに言われた内容にアルフェは激高する。
「……被害者として捕まる前に会いに行けば絶望するんじゃないか?」
それに臆さずに意見を言うケンキの案を激昂にかられたまま想像する。
確かに絶望するかもしれないが自らが手を下せない。
「………それに、さっきも言ったが被害者として殴ることぐらいは許してもらえるはずだ。それとも、お前と同じ境遇の者を生み出したいか?」
ケンキの言い訳に少しだけアルフェも落ち着く。
こちらの復讐を優先して自分と同じ被害者が生まれると聞いたら黙らざるを得ない。
「………わかったわよ」
アルフェが頷いたことにケンキは少しだけホッとし息を吐いた。
最悪、復讐に手を貸すことを裏切るかもしれないのに理解してくれて有難いと思っている。
復讐する条件を後から後から付け加えられて付き合ってられないと逃げ出して個人で復讐に走られてもしょうがないと考えていた。
その場合、ケンキは責任を持って止めなくてはならない。
そんな面倒なことにならなくて良かったとケンキは安心する。
「ケンキ、こちらからも条件を付け加えて良いかしら?」
それで少しでも心から納得してくれるなら構わないと考え、ケンキは頷く。
余程の事でなければ頷くつもりだ。
「私にあの男を暴行する権利を与えて頂戴。最悪、殺してしまっても無罪にはしてほしいわ」
本来なら無理な願いだ。
ケンキも無理じゃないかと首を傾げている。
だがケンキならお願いすれば大丈夫だとアルフェは予想している。
「……友達のラーンやシーラという子供たちにもお願いしてみて。今まで見つかっていなかった犯罪者を発見したとなれば、そのぐらいは許されるはずよ」
どんな手を使っても直接、手を下したいと考えるアルフェ。
ケンキはそれを察して頷く。
「……出来るだけ頼んでみる。無理だったとしても恨むなよ」
ラーンやシーラが偉くても子供なのだ。
許可を実際に出すのはその親だから難しいと考えるケンキ。
妥協して欲しいとケンキの言葉にアルフェはそっぽを向く。
妥協を聞くつもりは無いようだ。
それだけ殺したくてしょうがないらしい。
「…………冗談よ。許可は欲しいけど無理だったら諦めるわ」
妥協してくれたことにケンキはホッと息を付く。
アルフェも分かっているがケンキを困らせて見たかっただけだ。
子供とは言え後から後からと条件を何度も付け加えられるのは勘弁してほしかった。
今回のこれは、これ以上は条件を付け加えないで欲しいという牽制だ。
「………ありがとう。期待しないで待っていて」
ケンキの言葉に反して、こちらの望みを叶えてくれることを期待して笑ってアルフェは返事をした。
「ケンキだったら、どう復讐する?」
アルフェはケンキだったらどう復讐するのか興味があるようだ。
参考にしようとも考えているのだろう。
「………取り敢えず証拠付きで家族や友達相手に自分たちがやられたことを伝えるな」
「まぁ、確かに家族相手に隠していたことを伝えるのは絶望するわね。それが犯罪なら尚更。問題はそれを知って夫婦になったのかどうかだけど」
ケンキの意見に良い案だと頷くアルフェ。
だが妻の方の情報は未だに無い。
知ってて夫婦になったのなら効果が無い。
「……別に知っていたなら知っていたで問題ない。付き合いのある者達に知らせれば良い。そうすれば身近な者達が勝手に離れていく。犯罪者だと周知させればいい」
まずは孤独にさせるという考えだとアルフェは理解する。
たしかに誰か味方がいるよりも孤独にさせた方が精神的に堪えるだろう。
それに喫茶店もしているし、いつもは来ていた客が犯罪者だとみなして来なくなるのも辛いはずだ。
「………それだけで娘も妻も友達が消えるだろう。妻は知らないが娘の方は父親の子供として生まれて絶望するんだろうな」
ケンキの意見を採用することをアルフェは決める。
自分の子供として生まれたことに娘が絶望していることを知ったら、あの男はどう思うのか想像しただけで堪らない。
あれだけ可愛がっているのだから、きっと自分の過去に後悔するのかもしれない。
それでも絶対に許すことは無い。
「………他には?」
他に案が無いかアルフェはケンキに聞く。
ケンキの意見はかなり参考になり、そのまま実行に移したいぐらいだ。
「……娘とその友達とその親に教えて娘だけを保護させる。妻の方が何も知らなかったら妻の方も騙された被害者として保護させる。大切な者が一気に失って、しかも嫌われたら、どうなるんだろうな」
それも実行に移したいとアルフェは考える。
といっても、これは妻の方が犯罪のことを知らなかったらだ。
だけど大切な者を失って、更にそれから嫌われるというのは最高の案だ。
「………心が弱い者なら自殺する可能性があるな。……お前って裏切られて売られたんだよな?」
ケンキの質問に頷くアルフェ。
売られたことを確認する理由に首を傾げる。
「………なら問題ないか?少なくとも犯罪を犯して周りに隠しているぐらいには図太いし、絶望して自殺することはないよな?」
ケンキの考えに何を心配していたか理解するアルフェ。
アルフェとしても憎い相手が自殺で終わらせるのは忌々しい。
あくまでも直接手を下したいのに自殺をさせられたら逃げられたとしか思えない。
「………何にせよ。妻の方が知っているか、どうかだな。それによって絶望を与えられるか違ってきそうだ」
深く深く頷く。
状況によって絶望を与えられるのは違う。
アルフェとしては、これ以上ないくらいの絶望を与えたいから手を抜きたくない。
だから妻と娘の事にも調べる必要がある。
「……やっぱり手を出して良いのは血縁者だけっていうのが邪魔ね。それさえ無ければ、もっと絶望を与えられるかもしれないのに」
アルフェの言葉にケンキは睨む。
条件を破ろうとするアルフェの言葉に警戒をするためだ。
それに気づいてアルフェは溜息を吐く。
「ただの愚痴よ。血縁者以外にも手を出せたなら絶望を深く与えられらたと言っているだけ。言葉に出すだけでも実際にやらないように自戒をしているのよ」
「………」
ケンキは溜まった不満を吐き出して解消しようとしているのだと理解するが、それでも不安が残る。
近しい相手が害された理由が自分だと知ればたしかに絶望をするだろう。
上手くいけば憎しみは下手人では無く元凶へと行くかもしれない。
それでも無関係な人物を巻き込むのは気分が乗らないし、やらせる気も無い。
「…………類は友を呼ぶ……か」
「何か言った?」
「………アルフェ。復讐相手の家族の友達も調べろ。犯罪者の家族だったら手を出しても良い」
「良いの?」
「……犯罪者だったらな。ちゃんと調べて証拠も見せるのが条件」
意見を変えたことに驚くが、それ以上の条件付きとはいえ手を出しても良いという許可にアルフェは喜んだ。
今は復讐相手の現状を調べただけで妻などの詳しい情報は知らないが調べるべき内容が増えていく。
それでも絶望に叩き落とせる材料が増えるのなら苦にならないと嬉々とする。
「それじゃあ早速、調べさせてもらうわ」
そう言ってアルフェは外に出ていく。
情報収集の為だろう。
どうやって情報を集めているか知りたいが今はそんなことよりも自分を鍛えたい気分だった。
「………後でラーン達にも情報を集めてもらうか」
ケンキはあいつらなら情報を集めることも可能だろうと考え、アルフェの頼みと一緒にお願いするつもりだった。
「………お友達について聞き込みもしないといけないわね。類は友を呼ぶというし彼らも犯罪者だったら良いのに」
そうすれば復讐として絶望を与えられるのに、とアルフェは期待する。
ケンキもそれを考えて許可を出したのだろう。
それでも調べなきゃいけないのは万が一にでも間違いが無い為だ。
「………情報屋からも聞きたいけど、お金が無いわね」
情報屋から、お友達の情報を買う手段もあるがその為のお金が無い。
頼めば情報の為のお金を貰えるのか疑問だ。
もしもの為に貰えないと考えて動くと決める。
「ちょっと質問しても良いかしら……」
今は少しでも情報を多く引き出すために妻や子供の友達の情報を聞き出していく。
途中で何度か怪しまれたりしたが何とか誤魔化していき情報を集めていった。
そして。
「………お友達たちは善良な人達みたいね。中には貴族もいるなんて。罪を犯している家は聞いた限りだといないみたいだし」
類は友を呼ぶという考えでいたが、彼らは違うらしい。
それとも妻の方が何も知らなくて、そっちの方で集まったのかと予想してしまう。
「あの男が犯罪者と聞いたら、お友達もどうなるのかしらね。………犯罪者だから距離を取るのか、それとも信じずに隣にいるのか」
興味深いとアルフェは笑う。
憎い相手だ。
アルフェとしては離れて欲しい。
「……大体、あの男が信頼できる相手と一緒にいるのが気に食わない!」
自分を絶望に叩き落とした男が信頼できる相手がいるのが気に食わない。
いたとしても絶対に離れさせてやると決意する。
アルフェは憎い相手の全てを奪いたい。
離れた所から憎い相手の姿を見る。
そこには客や妻と笑いながら仕事をしている姿が見える。
楽しそうにしている姿からは犯罪者だなんて全く見えない。
本人も自覚がないんじゃないと予想してしまう。
でなければ屈託なく笑うなんて有り得ない。
「おや、どうしたんだい?」
「……!」
ジッと眺めていたことに不信感を持たれたのかアルフェは後ろから声を掛けられる。
びっくりして後ろを見ると警戒したような視線を向けられる。
こちらを怪しんでいる視線に、あらかじめ準備をしていた言い訳を使う。
「久しぶりに懐かしい顔を見たら喫茶店で働いていたから、びっくりしてしまって……」
「おや、そうなのかい?」
「はい。知っているかは、わかりませんが冒険者だったのが、いつの間にか喫茶店を開いていて本当に驚きました」
「なるほど……」
どうやら、こちらの話を信じてくれたらしい。
納得してくれたのか何度も頷いている。
「なら私は彼らの常連だからね。一緒に来るかい?おススメのメニューも教えてあげるよ」
その誘いにアルフェは拒否をする。
流石に今は行く気になれない。
それよりも情報を集めたい。
「……ありがとうございます。けど、どうせならサプライズで驚かせたいので遠慮しておきますね」
そういうことならと声を掛けた相手も納得する。
そして常連だと言うのは真実だと言うように店の方へと入っていった。
そのまま自分の事を話されるかもしれないがアルフェとしては問題ない。
アルフェ以外にも女性の仲間がいただろうし、それら全員を奴隷に落として売ったとしても復讐に怯えて過ごすはずだ。
どちらにしても悪くないと考える。
「さて、情報集めに再開しますか」
集めるのは貴族以外の情報だ。
貴族だから、それなりに後ろ暗いこともやっていても可笑しくない。
反撃や防ぐ方法も経験から数多くある筈だと考える。
それなら一般人を調べた方が良い。
今は善良でも過去に何をしているのか分からない。
「近いうちに絶対に絶望に叩き落としてやる」
客と笑い合っている復讐相手を見てアルフェは憎悪を口にした。
あまりにも深い憎悪に周りを見ていない。
「………ふーん。あれがお前の復讐相手?」
だからケンキが接近していることに気付いていなかった。
聞きなれた声が直ぐ後ろから聞こえてきたことに酷く驚く。
「そ……そうだけど、何時の間に?」
「ついさっき。偶々、シーラとラーンに誘われて王都に来ていた。……訓練の時間の邪魔になるかと思ったけど有意義だった」
「あぁ、そう」
あくまでも訓練の事を話しているケンキにアルフェは呆れる。
訓練だけでは無く普通に遊びなさいよ、と思うが、だからこそ認められ巡り巡って救われて復讐の機会を得られたのだと思うと何も言えなくなる。
それでも訓練の代わりに何をしていたのか有意義な時間といったこともあり興味が出る。
「それで有意義な時間って何をしていたのよ?」
「……実戦形式の試合。互いに真剣では無かったけど大人相手に挑めて楽しかった。………って何?」
年相応に笑顔で話すケンキに思わず抱きしめてしまう。
普段があれだからギャップがあって可愛すぎる。
「……放せ」
「嫌よ」
「……放せ」
「嫌」
ケンキが何度も放せと言うがアルフェは断って抱きしめたままだ。
小さくて抱きしめたら子供の体温故か温かくて手放しづらい。
ケンキにとっては最悪だとも言っても良い。
何故なら人を待たせているからだ。
「何をしているのかしら、ケンキ?」
ケンキが抱きしめられているのを見てシーラは冷たい瞳で睨みを聞かせてくる。
ずいぶん待たせたと思ったら女に抱きしめられて苛立っている。
「……シーラ」
女に抱きしめられたまま呼ばれたことにシーラは更に腹立たしく感じる。
せめて無理矢理にでも離れてから呼んで欲しかった。
「……情報を集める為の金って融資できる?」
抱きしめながらお金を頼んで来るケンキにシーラは頭に青筋が浮かぶ。
アルフェもそんなケンキに白い目で見てしまう。
流石に溜息も出てしまう。
「申し訳ありません。どうしても私の復讐相手に親しい者を調べたいのです。類は友を呼ぶという言葉もありますし、どうかお金を貸してください」
そしてケンキから放れてアルフェは頭を下げる。
自分の目の前で抱きついていたことにシーラは文句を言いたいし、それを理由に跳ね除けたいが真面目な表情に、そんな考えも消え失せる。
それに言いたいことも分かるから頷くしかない。
ケンキを自分の傍に近寄らせて抱きしめてから考える。
「………」
(どう考えてもケンキを抱き締めていた私に嫉妬していたとしか思えないわね。女の子だし可愛いから許せるけど、大丈夫かしら?)
真剣な表情をしていても、ケンキを抱き締めている姿からは不安にしかならない。
嫉妬をされていると分かっているからこそ真面な考えになるか不安になる。
「………何をしているんだ?」
そしてラーンまで来る。
「そっちはケンキが面白そうだと買ってきた女性か」
頷き頭を下げる。
女の子だけかと思ったら男の子の方も出て来てアルフェは驚く。
まさか二人とも出てくるとは思わなかった。
「それでお前たちは何をしているんだ?」
「犯罪者についての情報を得たいから、お金を貸して欲しいみたいよ」
ラーンの質問にシーラはそのまま教えケンキも頷く。
嘘は言っていないのだと理解してラーンは頭を抱える。
その様子にアルフェはやっぱり無理なのだろうかと溜息を吐きそうになる。
「……犯罪者だろうしな。正確な情報を集める為にもお金は必要か。だが、そこまで自由に使える金があるかどうかだな。被害者による暴行も認めて貰ったばかりだというのに……」
「待ってください!今、何て!」
被害者にようる暴行が認められたと聞こえた気がしてアルフェは待ってくれと声を掛けてしまう。
「あぁ。被害者に復讐として暴行を加えても良いと言ったんだ。それだけのことを仕出かしたのだからな。それにお前に関しては今まで気付かなった相手の罪を明かした功績もある。条件付きとはいえ殺しても問題ない」
嬉しいが、また条件があると聞いてアルフェは複雑な表情を浮かべた。
何もかもが条件付きでアルフェとしては面白くない。
「どうした?」
「いえ」
「……多分なにをするにしても条件ばかりが付いて呆れているだけ。復讐するにも色々と条件をつけたし」
ケンキの言葉にそういうことかとラーンは納得する。
アルフェの表情を見ても呆れているように見えるから真実なのだろうと推測できる。
「それで情報を集めるために金が必要だと言ったな?それは本当に必要なのか?」
ラーンの言葉も最もだ。
嘘だとしたら許せることでは無い。
「……お友達のことも調べたいのよ。類は友を呼ぶというし犯罪を犯していないか確認したいわ。もし、それでしていたら絶望を味合わせるために攻撃したいし」
「そうか」
ラーンはアルフェの納得するが同時に無理だなと判断する。
ラーン自身もアルフェの復讐相手を調べたが娘の方で親しい者の中に貴族の娘がいた。
貴族には自身の身や情報を護るための経験を積んでいる。
中には王族ですら掴めない相手もいる。
アルフェの狙っている貴族はそこまででは無いが奴隷落ちさせられた一般人が相手になるはずが無い。
「何かしら?」
「貴族というのは自らを護るために幼い頃から勉強してきた者達だ。お前が相手になる筈が無いと思ってな」
「……それもそうね。裏切られたとはいえ奴隷に落とされた奴が勝てる訳が無いわね」
「………貴族というのは、そういうことも勉強しているのか?」
「えぇ。騙されないようにと色々と勉強や警戒の方法、隙を決して見せないように叩きこまれるわね」
その割には父親といった家族も含めて俺には警戒していないように見えるんだがとケンキは思う。
最近では騎士たちもケンキが行くと頭を下げたりして来る。
貴族の癖に警戒心が無さすぎではと思う。
その気になればケンキ一人でラーンとシーラの家を物理的に叩き潰せる自信がある。
もう少し警戒した方が良いとケンキは思う。
当然だがケンキは手を下すつもりは無いが、それはそれというやつだ。
自分以外にもそんな態度だったら不安にもなる。
「だから貴族を狙うのは止めて置け。逆に反撃を喰らって復讐を出来なくなるだろうからな」
ラーンの説得にアルフェは悔しそうに顔を歪める。
復讐をするのに妥協をしなければいけないのが悔しい。
それが関係の無い赤の他人を巻き込むとしてもアルフェにとってはどうでも良かった。
もし、そうした場合ケンキに止められると分かっていてもだ。
「……何度も言うが犯罪者でもない赤の他人を巻き込んだら止めるからな」
ケンキの言葉にアルフェは視線を逸らす。
わかっていても復讐相手に親しい者達も危害を加えることを考えるのは止められない。
「……俺はお前がどれだけ憎んでいるか知らない。だから余計な憎しみを生み出す行為は止める」
それに第三者への攻撃も含まれているのだろう。
無関係な相手を攻撃して恨まれるのは遠慮したいと考えている。
「………俺がお前に同情しても条件をこれ以上、緩めるつもりは無い。攻撃する相手は復讐相手だけにしろ」
そうでなければ復讐も止めると暗に言うケンキ。
アルフェは何度も言われているのもあって聞き飽きたというように適当に頷く。
本当ならもう少し言いたいがケンキは諦める。
何度言っても考えを改める気は様子に溜息を吐く。
この分だと復讐も止めるはめになりそうだと予想すらする。
「それは残念ね。だけど私も気を付けるわよ。下手したらあの男と同類か、それ以下の存在だとみなされるのも嫌だし」
それでも無関係な相手だろうと復讐相手と関りを持っているなら巻き込みたいと考えてしまう。
アルフェがこれまで生きて来て最も辛い経験を味合わせた元凶を視界に収めると条件なんて忘れて思うがままに復讐をしたくなる。
「………そこまで憎いのか」
「えぇ、憎いわ。今も滅茶苦茶にしたいぐらい」
行動に移していないのは恩人であるケンキの約束と、こうして会話をして気を少しでも紛らわせているからだ。
「………少しの間、ケンキに鍛えられていたら?私たちが調べて報告するから近づかない方が良いわね」
「それは……」
「悪いけど犯罪者相手ならともかく罪の無い無関係な人々すら巻き込みそうになるなら私たちも黙ってられないわ。ケンキも肉体的なモノだけでなく精神的なモノも鍛えたら?」
「……そうだな。このままだと無関係な人々を巻き込む。あくまでも復讐相手と罪人だけに止まらせないといけないな」
そう言ってケンキは考え込む。
精神的な修行といっても何をすれば良いのか思い浮かばない。
思わず冷や汗を流してラーン達を見る。
「どうした、ケンキ?」
「……精神的な修行って何をすれば良いんだ?」
「……座禅とか山登りじゃないのか?お前が普段やっている修行も精神が鍛えられると思うが?」
「……そうなのか?」
「取り敢えず俺たちは、そう思っている」
「……そうか」
ケンキに普段から鍛えられているアルフェからすれば顔が青くなってしまう。
ただでさえケンキに鍛えて貰って辛いのに、それが精神的なモノまで加わると聞いて絶望してしまう。
「……取り敢えず復讐相手にだけ被害が行くように洗脳すれば良いか。それ以外には目に映らないようにして、被害も与えないようにすべきだな」
精神を鍛える話だったのケンキが急に洗脳と言い出してアルフェは呆然としラーン達の方を見る。
そこには頬を引き攣らせながらも、その視線から逃れるように顔を逸らした二人がいた。
「………洗脳?」
助けを求めようとしたが無理そうだからアルフェはケンキに自分で質問する。
洗脳というのは聞き間違いだろと確信が得たくて。
「……洗脳」
だがケンキはハッキリと洗脳という言葉を認めた。
冷や汗が頬を伝い落ちるのと同時にアルフェは逃げるためにケンキとは逆方向を向く。
「………逃がさない。俺はお前を洗脳して余計な被害を生み出さないようにする」
ケンキの言葉にアルフェは恐怖で気絶した。
「ケンキ、お前……」
気絶したアルフェを肩に抱えたケンキにラーンは呆れたように声を掛ける。
「……悪いけど洗脳を止める気は無い。……何度言っても、こいつは無関係な第三者まで巻き込もうとする。……犯罪者相手なら構わないと言ったが、それも何度も頼んできて妥協した結果。……こいつことだから最終的に犯罪者じゃなくても手を出しても良いと認めさせそうだ」
警戒のし過ぎじゃないかと思うが、そこまで言うのならとラーンも納得する。
それにしても洗脳は問題じゃないかと苦言する。
「……そうでもしないと第三者まで手を出しそうになる、こいつが悪い」
「まぁ、そうだが」
ラーンもケンキの言い分には頷く。
たしかに、そうでもしないと第三者まで手を出してしまっていた可能性はあった。
「ちなみに洗脳って、どうやるつもりかしら?」
洗脳方法に興味があるのかシーラが質問する。
できればシーラ自身も、防ぐ方法など実際に見て勉強したい。
「……力の差を分からせて。……既にこいつは解っていたな。……その上で死ぬかどうかの瀬戸際でやってはいけないことを魂に刻み込ませる」
それは洗脳じゃなくてトラウマじゃないかとラーン達は疑問に思う。
どちらにしてもヤバい方法とも思っているが。
「ちなみに死ぬかどうかの状況は一日ごとに変える。目の前で何度も剣を突き立てて、偶に首筋や少しでもズレたら死ぬ箇所に掠り傷を作ったり。拘束して動けないようにして火であぶったり、水に沈ませて窒息死する寸前で浮かび上がらせたり」
それは拷問だ。
ケンキの考えている方法にシーラ達は冷や汗を流してしまう。
そんなことをされたら恐怖で従うしかないし、そんな方法を考えるケンキに引いてしまう。
「やめろ」
「……いやだ」
「やめて」
「……無理」
二人に止められるがケンキは実行に移すことに決める。
それでも二人はケンキに何処で実行に移すつもりか確認する。
自分たちがいなくても見られたら確実に止められる。
特に火を使うとなると目立つはずだと。
「適当に国の外でやれば良いだろう」
確かにケンキなら大丈夫だろうと思わず納得してしまう二人。
魔獣が襲って来ても拷問をしながら片手間に倒せるはずだ。
「……水も使うのよね?それはどうするの?」
「……それも国の外の湖でも使えば良いんじゃないか?」
「そこに住んでいる魔獣に食い殺されない?」
「………たしかに」
「あと家の中でやったら家族に普通に怒られるわよ」
「……そうなの?」
「そうよ」
当たり前の事を疑問に持つケンキに溜息を吐いてしまう。
少し考えれば分かることだろうに本岐で言っているのだろうか?
もしかして自分達をからかっているだけかと顔を見るが、何を考えているのか理解できない。
「……まぁ、どうでも良い」
「「………!!」」
少しだけ楽しそうに笑った顔を見せるケンキに二人は驚く。
そして加虐的な笑顔に背筋が凍る。
もしかしなくても拷問の内容を実行に移す気だと直感する。
見られたら流石にケンキが捕まってしまう。
どんな手を使ってでも止めなくてはいけないとシーラたちは決意をした。