紹介
「……ん」
朝、アルフェが目を覚ますと光が差し込んで来る。
「あれ?昨日は夢だった?」
昨日は奴隷から解放されてケンキと言う少年の家に泊まった。
そしてケンキと一緒のベッドで抱きしめて寝たはずなのに腕の中には誰もいない。
嘘だと毛布と飛ばすと、これまで過ごした部屋とは違って綺麗な部屋が目に入る。
部屋が違うだけでアルフェは夢じゃないとホッと一息を付いた。
少なくとも、こんなに綺麗な部屋で過ごしたのは奴隷にされる以前までだった。
それからは汚い部屋だった。
「って、ケンキ!また朝が早過ぎる!もっと遅い時間から鍛えろ!」
「……時間がもったいない」
「勿体無いじゃない!何時か、本当にぶっ倒れるぞ!」
「そうだよ。その所為で倒れたら無理矢理、鍛える時間を減らしてみせるし。回復するまでの間、動くことすら許さないから……ね。そんなのは嫌でしょ?」
「………その分、体力を付ければ問題ない」
「いや、そんな汗だくになっていて何を言っているの?」
「全くだ!」
ケンキの声が外からする。
アルフェが部屋の窓から覗くとそこには汗だくになった少年と、二人の少年少女がいた。
見た感じ同い年ぐらいに見えて中の良い友達なんだと察せる。
「………それよりも紹介した奴がいる」
ケンキは朝早くから汗だくになって鍛えているのを説教されているのを尻目に自分の部屋から覗いているアルフェに視線を向ける。
少年少女もその視線の向けた方を向くと、そこにはアルフェがいた。
ユーガはアルフェを見て誰だと不思議そうな顔をして、サリナはケンキの部屋に綺麗な女性がいることに不満そうに顔を膨らませる。
昨日も見た少女の顔にケンキはモテるのだとアルフェは楽しそうに笑ってしまった。
それを勘違いしたのかサリナは更に不機嫌になる。
「……あれ、誰?」
「少しの間、居候する女性。行き倒れていたのを拾った。ついでにお前らと一緒に鍛えようと考えているから」
「は?」
「文句は聞かない」
ケンキの急な提案に不満を持つが二人の少年少女は絶対に覆せないだろうと理解して何とか呑み込む。
「それじゃあ家に来るか?あの人に紹介したいし」
ケンキの言葉に頷いて二人はアルフェがいる部屋に向かう。
その際に少女はケンキの腕に抱き付いて腕を引っ張って歩いて行く。
少年もまた少女とは逆方向の手を掴んで引っ張った。
異なる二人にそれぞれの方向から力を入れて引っ張られケンキは転びそうになりながらも一緒に歩いて行った。
「ケンキ……。お前はまた……」
家に入るとケンキは両親に呆れられる。
自分達もまだ寝ている時間から鍛えていて溜息を吐いてしまう。
何度言っても止めないし、これでも最初よりは良くなったのだ。
最初の方は無断で家から離れて自分を鍛えていて昼になっても帰ってこなかったこともある。
それで心配になり、帰って来た時には泣きながら抱きしめてしまった。
その時に約束した朝は家に出来るだけ近い場所で鍛えてくれという言葉に今も律義に従ってくれている。
「すまないね、二人とも。いつもケンキに注意して貰って。もう治らないとは思うけど、心配はしていると訴えれば、これでも気に掛けてくれるし。これからも頼むよ」
「大丈夫です。こいつが何だかんだで俺たちを大事にしているのは知っているので」
「うん。毎日は流石に無理ですけど、約束をしたら優先もしてくれますし」
ケンキは基本的に約束をしてくるのは自分に鍛えさせないつもりだったのかと理解する。
休息には丁度良いから、これからも断る気は無いが自分を鍛える為に効率の良い方法を探る必要はあると考え直す。
「……それよりもアルフェに紹介したい」
だが今はアルフェと少年少女を会わせて自己紹介をさせる方がケンキにとって重要だ。
これからは一緒に鍛えていくのだから親交を深めさせたい。
「そうね。それじゃあケンキ、着替え直してご飯を食べなさい。まだ食べてないでしょ?」
その言葉と同時にケンキは腹が音が鳴る。
今まで鍛えていたせいか腹が減っていたこと気付かなかったが言われたことで思い出し空腹を感じてしまう。
「二人もご飯は食べた?なんなら一緒に用意をするわよ?」
その誘いに二人は是非にと頷いた。
「アルフェちゃんも一緒に食べましょうね」
そしてアルフェも両親たちの近くにおり、共に座って食事を取り始める。
「初めまして。アルフェです」
椅子に座り最初に自己紹介をしたのはアルフェだった。
名前だけだが、他に言うことは無いことに冷や汗を流す。
これまで奴隷として行動していたせいで趣味というものを忘れてしまっていた。
「初めましてユーガです」
「サリナです」
そしてケンキの幼馴染二人も名前だけを言う。
こちらは単純に一回りは年上の女性に何を言えばいいのか分からないのが理由だ。
サリナに関しては睨むように見ているから、それだけではないが。
「………ふぅ。アルフェちゃんは行き倒れてでケンキが拾ったのよ。住む場所が手に入るまで一緒に暮らすことになったわ。二人とも仲良くしてあげてね?」
お互いに何も言わない空間にケンキの母親が苦笑してフォローする。
その気遣いにアルフェは溜まらず頭を下げて感謝した。
「……すいません。ケンキが私たちと一緒に貴女を鍛えるって聞いたんですが強いんですが?」
不機嫌を隠そうとしない表情でサリナはアルフェに実力を質問する。
これまではユーガもいるとはいえ三人で鍛えてきたのにアルフェがいることで四人になり、自分に構う時間が減ることにサリナは不満を持つ。
出来れば拒否をしたいがケンキが無理矢理、参加させると言ったせいで拒否権は無い。
どうやっても一緒に鍛えるだろう。
「さぁ?ずっと戦いには参加できなかったけど、元冒険者ではあったわ」
元冒険者という言葉を聞いてサリナは驚き、ユーガは目を輝かせる。
男なら冒険者という職業に憧れを持っていて当然だ。
たまらずに、これまでの冒険について話を聞かせて欲しいと懇願してしまう。
「良いわよ。何が聞きたい?」
アルフェも目を輝かせて聞いてくる子供たちに機嫌よく話していった。
「……何を聞いているんだ?」
目を離している間に仲良く話している三人にケンキは何があったんだと疑問を持つ。
それに気づいたのはケンキの両親だけ。
「アルフェちゃんの冒険者時代の話をしているのよ。聞いていて面白いしケンキも話を聞いたら?」
答えてくれたのは母親だが、それに対してケンキは興味ないと返しご飯を食べる。
会話に熱中しているし今日は三人の親睦会として鍛えるのは無しにしようかと考えている。
当然、ケンキ自身は自分を鍛えるつもりでいる。
ご飯を食べ終わり外に出ようとしたところで肩を掴まれた。
「………待って」
掴んだ相手はサリナだった。
母親だったり、シーラだったり、サリナだったり自分を見て無いのに近くで離れようとすると掴まれることにケンキは少しだけ楽しく思える。
どうやって今度こそは逃げれるか何度でも試したくなる。
「ケンキ君は話を聞かないの?」
お前も聞けというサリナの視線に気付かずにケンキは頷く。
これから一緒に鍛える相手だから俺を抜きにして親交を深めれば良いと言ってケンキは手を離そうとするがサリナは掴んだ手を離さない。
むしろアルフェやユーガと一緒に溜息を吐く。
「いいから、ケンキも話を聞きなさい?」
今度は母親からも圧力のある言葉に素直に従った。
母親の意思に従ったケンキを見てアルフェは親には逆らい難いよねと生暖かい目を向ける。
「ふぅ。さっきまでは二人の聞きたい話をしていたけど、ケンキは何かある?」
そして聞きたい話は無いか質問する。
ケンキは幼馴染の二人を見ると満足そうな表情をしていた。
それ程に聞きごたえの話があったのかと思い、質問してみる。
「……じゃあ、特に厄介な魔物や人。後は強い魔獣と人」
ケンキのぶれない質問に思わず苦笑してしまう。
どうして、ここまで強くなることにこだわっているのか非常に興味深い。
だが今はケンキのリクエストに応える方が大事だと考えを隅に追いやる。
「そうだね。取り敢えず強い人はケンキが一番かな?」
その答えにケンキは不満そうな表情を浮かべ、他は嬉しそうな顔を浮かべる。
ケンキ以外は自分の息子が、幼馴染が褒められて嬉しいから。
ケンキ自身は煽てられて不満になる。
「煽てる必要はない」
不機嫌を隠そうとしないケンキの言葉にアルフェは苦笑するが本当の事なのだ。
事実、今まで見た人物で一番強いのは変わらない。
「まぁ、信じない信じるは任せるとして強い魔獣は一貫として巨大な魔獣ね」
ケンキは言いたいことがあるが、それよりも他の情報を聞きたくて我慢する。
自分がそれなりに強い事には自信がある。
ラーンやシーラに付いている護衛らしき騎士にも複数人で挑まれても勝った経験があるから普通よりは強いとは認識している。
「大きいというだけで攻撃は一撃一撃が重いし、こちらが攻撃しても掠り傷にしかならないという経験もあるわ。その分だけ動きが鈍いから逃げるのも比較的、容易いけどね」
アルフェの説明に納得する。
確かに巨大な魔獣を相手にして倒すというのは、かなり辛そうだ。
「逆に平均より、かなり小さい魔獣は厄介よ。一撃で斃せるのが殆んどだけど、小さいからこそ攻撃も当てにくし素早くて逃げるのも辛いわ」
「つまり、どちらも極端な大きさの魔獣は気を付けるべきでしょうか」
ユーガの言葉にアルフェは頷く。
かなり勉強になる。
「あとは毒を持った魔獣ね。麻痺何てされたら動けなくなるし、放って置いたら死んで仲間が減ってしまうから毒消し何て絶対に用意しておいた方が良いわ」
本当に勉強になる。
想像したせいで話を聞いていたユーガとサリナは顔を引き攣らせている。
「特に麻痺は酷いと言葉も発せられないから回復魔法を過信したらダメよ」
回復魔法に適性のあるサリナは何度も頷く。
自分が陥りやすい状況だと心に戒めた。
絶対に各種の回復アイテムを持っていくことを心に誓う。
「で、厄介な人物だけど………」
そこでアルフェは口をつぐんでしまう。
ケンキはどうしたのかと思うが、買った場所とそこに至る経緯を想像して忌々し気な表情になる。
「話せないなら、話さなくて良い」
ケンキの突然の言葉にユーガ達は視線を向ける。
どういうことかと聞きたいが、忌々しそうな表情で聞ける雰囲気ではない。
おそらくは聞いても誤魔化せられるだろう。
「いえ。話すわ」
そこで一息を付く。
そして何度も何度も息を深く吸っては吐く。
アルフェにとってはトラウマであることを話そうとしていた。
「厄介な相手は見知らぬ相手とパーティを組もうとする人物よ。中には女性を奴隷にしたり、報酬を分け合うのを嫌がって新しく入れた相手を殺して分け前を増やしたりとか。まぁ、初めて組む冒険者は後ろから刺されることを想定した方が良いわ」
余りにもブラックな内容にユーガ達は顔を引き攣らせる。
嘘だと思いたいがアルフェの真剣な表情に信じざるを得ない。
「………ケンキ、冒険者になるのは止めなさい。それよりもサリナちゃんと一緒に喫茶店で働いた方が安心できるわ」
「え!?」
「………そうだな。否定はしない」
「え!?」
ケンキの母親とケンキの将来は自分と一緒に働いた方が良いという言葉にサリナは動揺で声を上げながらも嬉しそうに顔を赤くする。
将来のことはともかく冒険者になるのは基本的におススメしないとアルフェも頷く。
平穏無事に暮らしたいなら冒険者になるのは、有り得ない選択肢だとすら口に出す。
そんなアルフェにケンキ以外は何があったんだと冷や汗を流してしまう。
「………ねぇ、ケンキくん。今日は私の家がやっている喫茶店で働かない。ケンキくんの料理はお客様に人気だし」
サリナはついでとばかりに一緒に働こうと誘う。
一緒にいたい時間が欲しくて上目遣いで頼み込む。
「……構わない。じゃあ早速、行く?」
ケンキの言葉に嬉しそうに頷くサリナ。
本当ならユーガも一緒に遊ぼうと誘いたがったが、それよりも先にサリナが約束してしまったから何も言えない。
少しだけ悔しいがケンキの料理は好きだから、そこまででもない。
それにケンキを訓練から休ませるという点でも悪くは無い。
「じゃあケンキくんを借りますね!」
「良いわよ」
サリナはケンキの腕を引っ張って自分の家へと連れて行った。
ケンキは大して抵抗するこもなく、されるがままになっていて。
ユーガはそんな二人の後に付いて行く。
ただケンキは断られたら何をしようか考えていた。
「さてケンキ達が家から出て行ったし、少し私たちと話をしようか」
ケンキ達を見送ってケンキの両親はアルフェと向かい合う。
子供の前でする話では無いとの判断から視えなくってから始めることに決めていた。
そしてアルフェは急にケンキの両親が真剣な表情に向かい合っていることに緊張する。
「ねぇ、君は厄介な人物について教えるときに辛そうに、そして忌々しそうに話していたけど。奴隷だったの?」
その質問に息を詰まりそうになるが頷く。
勘が良い相手には自分の実体験を話していたことを理解できるだろうと分かっていたからだ。
だから奴隷だとバレても何も驚かない。
「………本当にケンキは」
両親が最も呆れているのはケンキのことだった。
アルフェが事情持ちなのは知っているが、奴隷だったのは予想外だった。
本当に何に巻き込まれているのか心配でしょうがない。
たしかに大人顔負けの実力者だが子供であるのも事実なんだと理解して欲しい。
何度言っても改めやしない。
「えっと。私の見た限りでは王族か、それに近い貴族の人達にかなり信頼されているように見えましたよ」
アルフェがフォローをするが、それでも更に両親は溜め気を吐く。
自分たちの知らないところで本当に偉い人達と知り合いになるのは止めて欲しい。
それを知った時には心臓が止まりそうになるのだ。
「偉い立場の人だとは思っていたけど、まさかの国のトップとか……。情報はともかく、非合法組織のスパイとかも嘘だったんだな」
父親の言葉にアルフェは頷いた。
そして、どれだけの嘘を付いているのか呆れてしまう。
ケンキが両親を護るための不必要な情報を与えないのは分かるが嘘を付くのもダメだろうと思う。
何れ信じられなくなってしまう。
「………確認だけど、犯罪は犯してないわよね」
「当たり前だ!私は後ろから仲間に襲われて売られた結果、奴隷になったんだよ!」
犯罪なんか犯してないと、つい疑われて怒声を上げてしまう。
それだけでアルフェは犯罪を犯してないと両親は信じてしまう。
本当に犯罪を犯していたなら、少しの間が空くか何かしらの行動を取るだろうと思っていたが、そんなことはなく即座に怒声を上げたからだ。
「そうか。なら信じる」
「へ?」
アルフェは自分を疑った癖にあっさりと信じた両親たちに信じられない顔を向ける。
疑ったり、そんなあっさりと信じり意味が分からない。
「さてと結構話し込んだしケンキ達の行こうか」
「そうね。そろそろお店の時間も空いているだろうしね」
両親は立ち上がりアルフェへと手を向ける。
「ケンキが厨房に立って料理を作るのは親の贔屓目を抜きにしても美味しいわよ。一緒に食べに行きましょ」
両親の誘いにアルフェは手を取って立ち上がった。
「ケンキ君!こっちはピザを一つ!」
「ケンキちゃん、こっちはプリンを頂戴!」
「ケンキ君、ナポリタンをお願いします!」
アルフェがケンキの両親に案内された喫茶店に入ると何処からもケンキの名前を呼んでメニューを頼んでいる。
ケンキの名前を呼んでいることからサリナが引っ張って行った喫茶店だと理解できるが肝心のケンキが見つからない。
目につくのはサリナやユーガだけだ。
「あの?先程から呼ばれているケンキは一体、何処に?」
「おう!なんだ嬢ちゃん?ここに来たのは初めてか?ってお前さんらはケンキ君の両親じゃないか。もしかしてケンキ君の姉か?」
不思議に思ってアルフェが首を傾げていると見知らぬおじさんが話しかけて来て警戒をしてしまう。
後ろから話しかけられたせいで思いっきり警戒する形になってしまった。
「違いますよ。私たちの子供はケンキしかいません。この女性は家の居候ですよ。それと彼女がこの喫茶店に来たのは今日が初めてです」
そのまま警戒した体勢でいるとケンキの父親が代わりに説明してくれる。
親し気に話していることから仲が良い友人らしい。
「へぇ、そうなのか?私はこの店の常連だからね。聞きたいことは何でも聞きなさい」
その言葉を聞いてケンキの両親に視線を向くと頷かれる。
どうやら常連という言葉も、この喫茶店に詳しいことも事実のようだとアルフェは把握する。
ならばと気になったことを質問する。
「どうしてケンキがいないのにケンキの名前を呼んでいるのかしら?」
「あぁ、それはね。彼が厨房で料理を作っているからだよ。彼の料理は同じメニュー。同じ作り方なのに明らかに他の者たちより美味いからね。彼の料理が作った料理が来るように願掛けだよ」
確かに一人で回すには厳しい客の多さだが味の差が出ることは良いのかと思ってしまう。
ついでにそこのことも聞いてみると。
「あぁ、もしケンキ君が将来、喫茶店を継ぐなりをするなら一人でも回せるようにメニューを減らしたり店の中ももう少し客席を減らしたりするらしいね」
更に続けて
「一人で客全員の料理を作るのは無理だって、みんなも分かっているからね。逆にケンキの料理が出てきたらラッキーな日として占い代わりにしている者もいるくらいだ」
それで良いのかとアルフェは溜息を吐いて呆れてしまう。
ケンキに甘すぎる。
「言いたいことはわかる。ケンキに甘すぎると言いたいのだろう?」
おじさんの言葉にアルフェは頷く。
自分の態度で察したかもしれないが言いたいことを察せられる。
そして、わかっているのに何で甘やかしているのか理解できない。
「こっちに来てくれ。この喫茶店の店主が追加で作った厨房を覗けるガラスだ。向こうからは気付けない」
アルフェはおじさんの誘導にしたがいガラスを覗く。
そこにはケンキが台座を使って汗水を流しながら必死に料理を作っている姿があった。
「……あんな小さな子供が汗水を流して私たちの為に料理を作っているんだ。癒されないか?」
「……癒されるわね」
おじさんの言葉にアルフェは呟くように同意する。
自然に言葉が出て来て本心だと誰もが察せる。
そして癒されるという言葉に大人たちが全員が同意していた。
「ケンキは言っちゃアレだけど同年代の平均より、かなり低いからね。料理を作るのに他の人より遅くてもしょうがないと思うんだよ」
聞きながらもケンキを見るが、別の料理を作る度に台座を運んでいてアレは確かにどうしても他の人より遅くなってしまうと理解する。
正直、アルフェはケンキを働かせなければ良いんじゃないかと思う。
いくら料理が美味くても台座を持って移動しているせいで誰か怪我をしそうだ。
「アレは本当に大丈夫なのかしら?台座をぶつけられたら怪我をするなり他の人の邪魔になりそうだけど?」
「あぁ、大丈夫だよ。あの台座、特別用の物らしくてね。ここからじゃ見えないけど、ぶつかって怪我をしないようにクッションで台座の周りを囲っているらしいよ」
怪我をしないように気を遣っていることだけは理解した。
そこまでしてケンキを働かせたいのかと思う。
よくよく考えたらケンキはまだ十二歳。
アルバイトをする年齢ですらない。
「まぁまぁ、取り敢えず料理を食べよう。ケンキが働いているのは喫茶店の店長が許可を出したからなんだ。本当にダメだったら、そもそも働いていないよ」
アルフェはその言葉に不満も何もか呑み込む。
ケンキの父親が言う通り許可を出したのは店長だ。
何かあっても責任はケンキにもあるが店長にもある。
自分が何だかんだと言う責任は無い。
「それじゃあ、いい加減に料理を頼みましょう。私は久しぶりに甘いものでも食べようかしら?」
ケンキの母親はそう言ってメニューを選び始める。
同時にアルフェたちも良い加減に座ってメニューを決めなさいと注意をした。
その言葉にアルフェもケンキの父親もおじさんも席に座ってメニューを眺める。
おじさんも一緒の席に座っているのはご愛嬌だろう。
「お待たせしましたー!」
そしてメニューから商品を選び、運んで来たのはサリナだった。
お店の制服を子供用にして運んでいる姿が可愛らしい。
思わずアルフェも、その姿に微笑まし気な視線を向けてしまう。
「それではごゆっくりどうぞ!」
アルフェが頼んだのはパンケーキだった。
何となく周りを見ていると同じパンケーキを選んでいる客で拳を天に突き上げ喜び、周りから羨ましがられている者。
残念そうにがっかりしている者がいる。
パンケーキだけではない。
ありとあらゆる全ての料理で、どちらかの反応をしていた。
「そんなに当たりは美味し………うまっ!!」
アルフェがパンケーキを口に運ぶとほっぺが蕩け落ちそうな味が口の中に広まった。
そして、もっと食べたいという気持ちと少しでも長く味わいたいという気持ちがぶつかり合って食べるスピードが一口ごとに異なってしまう。
「まぁ、そんな反応になるわよね」
「全くだね。本当に我が息子ながら、ここまで料理が美味いと嫁の相手も直ぐに見つかって孫も早く視れそうで楽しみだ」
「そう?私は逆に女の子が争いあったり、独占させるのは防ごうと男の子も邪魔をして孫は時間が掛かりそうに思うけど」
アルフェが一口一口を味わっている最中に嬉しそうな表情をしながらケンキの両親は運ばれた料理を食べる。
自慢の息子の料理が気に入ってくれて何よりなのだ。
「羨ましい。まさかケンキ君の料理が当たるなんて。客がいる数だけ当たる確率は低くなるだけなのに」
おじさんはパンケーキを食べているアルフェを羨ましそうに眺めていた。
「すごく美味かったわ……」
パンケーキを食べ終えアルフェは満足そうに腹を抑える。
満腹で幸せな気分だ。
そしてアルフェはそういえばとケンキの両親に質問する。
「ケンキって普段から料理をしているのかしら?」
あの年齢で料理がここまで美味いのだ。
普段から料理をしていると思うがケンキの両親は首を横に振る。
「そうでもないわよ。基本的には家で作るのは偶にしかないわ。アレは才能よ」
アルフェは納得いかない。
あれだけ強くて料理も万能とか世の中、理不尽にも程がある。
容姿も普通よりは整っているように将来はモテるだろう。
実際に今もアルフェが昨日今日で見た中でシーラとサリナという娘は好意を持っているように感じた。
「まぁ、作らせない理由は他にあるんだけどね」
作らないではなく、作らせない。
その言葉にアルフェは興味を持つ。
どういうことかと質問をする。
「これと同じぐらい美味しいものを毎日食べてたら他のものじゃ満足できなくなるでしょ?」
その言葉にアルフェは納得した。
こんな美味しいものを毎日食べていたら舌がバカになってしまう。
美味しすぎて偶にしか食べれない。
「そういうことですか」
「成程。ケンキの両親だから羨ましいと思っていましたが、それを考えるとそうでも無いのかな?」
一緒の席にいたおじさんもケンキの両親の言葉を聞いて同情的な緯線を送る。
料理が美味すぎる人物と一緒に暮らすのも良い事だけでは無いと考えたようだ。
「それでもケンキの料理の美味さの秘訣は知っているんでしょ?家族だから普通に教えそうだし」
おじさんの言葉にケンキの母親は苦笑する。
「ケンキが私以外にも教えないと思いますか?聞かれたら教えますよ」
「そうなのか!?」
ケンキの母親の言葉におじさんも含めアルフェも驚く。
本当に教えているなら何でここまで差があるのかが分からない。
少なくとも味の差はあっても、ここまで酷くは無いはずだ。
「それなのに何でこんなに差があるのよ?おかしくない?」
その質問に対してケンキの母親は頷く。
「もう一度言うけどケンキは天才なのよ。ハッキリ言って、教えて貰っても言っている意味が分からないわ」
どういうことかと視線で問う。
「普通は焼き上がるのを時間で確認するけど、ケンキは時間を使わずに自分の眼で確認しているのよ。どのぐらいの色なのか確認しても私たちの目には色の違いが分からないわよ。多分、常人には分からないものを認識しているのよ」
溜息交じり言われた言葉におじさんは天才とは、そういうものだと思い出す。
何かの話でケンキの母親と同じ天才は常人とは違う世界を認識しているということを聞いたこともあった。
それが本当ならケンキの真似ができる筈がない。
「まぁ、それでもケンキの料理を会得しようとどのくらいの時間で焼きあがるか。どういう風に調理をしているか眼で盗もうと喫茶店で働いている者達は努力しているけどね」
ケンキが喫茶店の働いている者達に歓迎させられている理由はそれなんじゃないかとアルフェは思う。
同時に相手がかなり年下の子供でも学ぼうとする姿は尊敬に値した。
「どう?ケンキの料理は美味かったでしょ?」
喫茶店から出て帰路についている最中にケンキの母親が何度も言っていたことを繰り返す。
アルフェはそれに対し、どれだけ自分の息子を自慢したいんだと苦笑しながら頷くとケンキの母親だけでなく父親も嬉しそうにする。
どれだけ息子ことが好きなんだと、ついつい呆れてしまう。
「そんなに親バカでケンキは健全に成長するのかしら?」
あまりの親バカにアルフェは嫌味を言い、両親は目を逸らす。
自分たちのあずかり知らぬところで色んな者達と知り合い、行動を起こしているせいで健全とは言い難いと両親たちも思っている。
「はぁ……」
そんな両親たちにアルフェは責めることは出来ない。
少なくとも自分はケンキが、それだからこそ奴隷から助けて貰えたと自覚している。
「言い訳をさせてもらえるならケンキは私たち唯一の子で生まれたのも奇跡なのよ」
「どういうことですか?」
「……私たち、お互いが子供が出来にくい体質なのよ」
ケンキの母親の言葉にアルフェは言葉を失う。
片方がそうだとしても言葉通りに出来にくいだけで生まれる可能性はある。
だがお互いに出来にくいというのが本当だとしたら子供が生まれる可能性は絶望的だ。
「それを知っても、お互いが好きだから結婚したのだけどね」
「両親も元々、子供が出来にくいということは知っていたからな。私たちの子供が生まれるのは諦めていた」
マジか、とアルフェはケンキの両親のカミングアウトに驚く。
言っていることが真実なら確かにケンキが生まれたのは奇跡だし、親バカにもなるのも納得できる。
「だから私たちが甘くなってしまうのは許して欲しいの。代わりに貴女たちが厳しく注意しても何も言わないわ。あの子の友達の親にも言ってあるけどね」
ケンキの母親の言葉にアルフェは本当に悪いことは厳しく注意しようと決意する。
同時にケンキに甘い理由を聞いても叱る時は叱るようにケンキの両親に苦言を言うことも決めていた。