出会い
「さぁさ!次はこの女奴隷!若く美しい女性だ!もちろん、アッチの方の仕込みもしてあります!10万コルから!」
とある街中の裏で奴隷のオークションをしていた。
本来なら許されざる行為だが王都から離れて気付かれにくく行動している。
そのお陰で未だに国にはバレていない。
「20万だ!」
「25万!」
「40万、払う!」
「なら60万だ!」
女性に対する値段が釣り上がり60万まで上がると、感心した声が上がる。
これで決まりだと次のオークションに期待を寄せる。
「これで決まりかぁ!?」
オークションに売られている女性は憎々し気に売買に参加している客と主催者たちを睨んでいる。
身に着けたくないのに習得させられた性技はこの為かと理解する。
そして絶対に逃げ出してやると決意をあらたにする。
「100万」
そして誰もこれ以上は出さないだろうと、にやけた男が引き取りに行こうとすると一人の子供がそれ以上の金額を提示した。
目の前の女性はたしかに若く美しいが、それだけの金額を出す少年の客たちは失笑する。
お金の使い道を間違えているだろうと。
自分たちも大金を使おうとはしていたが、女性の為に100万を超える金額を出す気は無かった。
「おっとぉ!!ここで100万が出たぁ!他に誰も出しませんか!?…………いないようですね!なら、この女性の所持者は、この少年になりました!」
金額を払い、少年は女性を受け取る。
そしてオークションから出て離れていった。
買われた女性は困惑する。
まさか自分を買うのが自分よりも一回りは小さい少年だとは思わなかった。
だが、あのオークションに参加をしているなら、これからも自分を奴隷にした者達や忌々しいことを覚えさせた者達と関りがあるのかもしれない。
だからこそ殺そうと決めた。
丁度良く、不用心なのか誰も通らないような道を歩いている。
(今だ!死ね!)
近くにあった大きな石を持って少年の頭を殴ろうとした瞬間、首を斬り落とされた気がした。
「え?」
思わず女性は地面に尻もちをつく。
そして首に手を当てて繋がっていることを確認する。
「………やっぱり良いな」
少年はそう言って地面に尻もちを付いている女性を持ち上げる。
背の小ささもあってか持ち上げて肩に担がれても顔が地面に近くぶつかりそうで怖かった。
「はじめまして。ケンキです。十二歳」
担がれた先は国の外にある森の中だった。
殺意を持たれているのはわかっているはず。
それなのに殺されても判明するまで時間がかかる、ここに来た理由が分からない。
余程、自分の実力に自信があるのだろう。
「………自己紹介した。あんたの名前は?」
(本当に意味がわからない………!)
女性は頭を抱えたくなる。
少年の行動の意味がわからなく殺意も萎えてしまう。
「もう一度、言う?」
純粋な瞳に溜息を吐いて女性は教えることにした。
こんな少年がなんで、あんな場所で自分を買ったのか理解できない。
「私の名前はアルフェよ。なんで私を買ったのかしら?」
だから名前と共に質問することにした。
「面白そうだから。どうせ復讐をしたいんだろ?あいつらが言うには俺は王族に貸しがあるみたいだからな。お前を売っていたオークションは、そいつらに潰してもらうとして。オークションに売った本人にはお前が復讐したいだろ?それを俺に見せてくれれば良い」
楽しそうに愉しそうに笑う少年ケンキに女の勘で本気だと理解するアルフェ。
自分の復讐が暇つぶしの様に楽しまれるのは気に食わないが復讐を出来るのなら構わない。
だからケンキの協力を快く受け取る。
「じゃあ、まずは着いてきて」
ケンキは協力を求めたのを確認して歩き始める。
目的は夜に出会う幼馴染に出会うためだ。
「いた」
そこには明らかに貴族的な立場の少年少女と、それらを護る騎士たちがいた。
「ケンキ!」
「……この人、お前が言っていた怪しい場所で開かれていたオークションで買った女性。お前たちのお金だけど少しの間、借りて良いか?」
「構わない。そもそも子供のお前に、あんな所を行かせた俺たちが悪いからな。たかが100万程度、軽いものだ」
アルフェはケンキが100万ものお金を持っていた理由に納得する。
見かけからして貴族の子供たちが非合法活動をしている者達を見つけるために渡したお金だったのだろう。
王族が潰すというのも非合法だからこそ行動に移すということかもしれない。
「………女性を買ったんだ?」
「そうだけど?」
「男性じゃなくて女性なんだ?」
「見つけたから、さっさと報告したかったからな。それに客とか主催者たちを敵意の眼で見ていたし。他にチラリと見えていた心が折れていたのよりはマシだと思う」
さっき自分に面白そうだと言ってなかったかとケンキを見るアルフェ。
たしかに自分以外のほとんどは心が折れていた眼をしていたが。
「………だからって女性を選ぶんだ」
この少女を見ているとアルフェは荒んでいた心が癒されていきそうになるのが実感する。
兄らしき少年も騎士たちも少女を見てほっこりとする。
「それの何が悪い?」
だからケンキの言動にはイラっと来る。
少女の気持ちが分かっていない。
明らかと言う程ではないがアルフェへと嫉妬しているのが良く分かる。
「はぁ…。取り敢えずケンキ、シーラ。俺たちは離れるぞ。お前たちは女性から話を聞いてくれ」
女性の騎士たちにアルフェを任せてラーンはケンキ達を連れて離れる。
話を聞かせるなら男性よりも女性の方が良いという判断からだ。
シーラを連れてきたのは話を聞かせるのはまだ早いというラーンの考えだ。
そしてケンキ達が離れるとアルフェへの質問が始まった。
「さてケンキ。今日こそは勝たせてもらうぞ」
「……絶対に勝つ!」
ラーンは普段通りだがシーラの常より強いやる気にケンキは思わず首を傾げてしまう。
何かあったのだろうか?
「……どうしたんだ?シーラ、いつもよりやる気があるみたいだが」
ケンキの言動にラーンが折角、落ち着かせようとしたことが無駄になる。
シーラの不満が再燃する。
「はっ!」
シーラは怒りのままにケンキへと攻撃をするが、溜息を吐いたままケンキに叩き落とされる。
「何で怒っているのかは知らないが単純すぎる。それで俺に攻撃が当たるとでも?」
つまらなそうに話しかけるケンキに更に激情で攻撃をしていく。
ラーンも全く気持ちが分かっていないケンキにため息交じりに挑んでいく。
「ラーンもか。溜息を吐いている暇があるのか?少なくとも俺はあるがお前らには、そんな余裕は無いだろう?」
ケンキの余裕の言葉にラーンもまた激情を奔らせる。
それでも直情的に攻撃に走らなかったのは、それでも勝てないと分かっているからだ。
勝てないどころが一撃も与えられないのは、これまで何度もケンキに挑んできて分かっている。
「そこ!」
後ろからシーラがケンキを襲い掛かる。
だが、それもケンキの手にしてる大剣を背中に背負うようして防がれた。
「今だ!」
それをチャンスにしてラーンはケンキに最速の突きを放つ。
これなら傷を与えられると絶好のチャンスだと思ったのだ。
ケンキは大剣を背中に回しており、身の丈を超える武器だからこそ軽快に振り回すことは難しい。
ようやく目標を達せれるとラーンの攻撃の最中にニヤけてしまう。
「狙いは悪くないんじゃないか?」
ケンキは大剣を手放して回し蹴りをラーンとシーラへと放つ。
二人ともケンキに接近していたからこそ同時に攻撃されてしまっていた。
ある意味ケンキにとっても反撃のチャンスだったのだろう。
「痛ッ!!」
「くぅっ!!」
あと、もう少しで攻撃を与えられたのに失敗したからこそ尚更に悔しそうに顔を歪める二人。
それでもケンキの言う通り、あと少しだったからこそ嬉しさも内心で湧き上がる。
次こそはとラーンたちは立ち上がる。
「まだ、やるのか?」
ケンキの問い掛けにラーンたちは首を縦に振る。
お互いの武器を持つ手にも力が入っていて、まだまだヤル気があるとわかる。
ケンキは少しだけ楽しそうに笑って受け入れた。
「そういえば魔法を使わないのか?」
ケンキの疑問。
先程まで使っていなかったことに対する疑問にラーンたちは今、使うことで答える。
「今、使うのか?最初の時に使っていたら攻撃を当てれたのかもしれないのに」
ケンキは思ってもいないことを口にする。
結果的にそう見えるだけで使っていたら、別のやり方で避けていた。
それを分かっているからこそラーンたちは何も言わない。
「おぉ!!」
「くらえっ!!」
それぞれ得意な炎と雷の魔法でケンキに撃ち込んでいく。
普通に剣を振るよりも速く、矢よりも威力が高い魔法をケンキは全て避けていく。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
同時に剣をケンキに向かって振るが、それも避けられていく。
明らかに重い大剣を手にしているのに動きが軽快だ。
「遅い」
ケンキは自分の言葉を証明するかのように攻撃している途中に相手の肩を叩いてから避ける。
自らは一切、攻撃をしないでケンキはそれを繰り返し、ラーンたちは攻撃の速度を上げていく。
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
それでもケンキは避けて、避けて、避けていく。
普通なら、こんな目に合わされれば心が折れるだろう。
ラーンたちが折れないのはケンキなら、やりかねないと覚悟していたからだ。
そのぐらいの実力差はあると知っていた。
「……いい加減に攻撃をするか」
ラーンたちにも聞こえない声でケンキは呟くと一振りでラーンとシーラの二人を弾き飛ばす。
上手く武器を狙ったお陰で腕は痺れているが怪我は無い。
腕が痺れて武器を手放してしまったシーラをケンキは後ろから抱きしめる。
「なっ!」
そしてケンキは武器を捨てて抱きしめたシーラの首に手を当てる。
良く見えるようにして、これで何時でも殺せると見せつける為だ。
当然、実際に首を絞めるつもりは無い。
負けを認めなくても普通に開放する。
「ラーン、これで俺の勝ち。後、念のためにシーラを病院へと連れて行け」
「は?」
「………」
ラーンはケンキの勝ちという言葉に理解は示すが、シーラのことに関しては理解できないでいた。
シーラがこちらから見ても、かなり顔が赤く熱があるように感じるのはケンキが抱きしめて首筋を撫でているからだと判断している。
シーラが何も言わないのは恥ずかしてしょうがないからだろう。
それを察せずにケンキはシーラを心配する。
「はぁ。そうだな、シーラを連れて俺は先に帰らせてもらうぞ。ケンキも気を付けろよ」
ラーンの言葉にケンキは頷いてアルフェの元へと戻ろうとするが途中で立ち止まる。
ケンキが急に立ち止まったことでラーンは、どうかしたのかと声をかける。
「見てたのか」
ケンキのその言葉と同時にアルフェと女の騎士たちがケンキの前に現れる。
「お前たちか。丁度良い、今日の訓練は終わりだ。帰るぞ」
ラーンはケンキに帰ることを伝えて貰おうとしていたが、伝える相手がいたので自分で口にする。
女の騎士たちはラーンの言葉に返事して整列をする。
男の騎士たちも会わせてラーンたちを囲むようにならんでおり、どれだけラーンたちが大事にされているか理解できる。
お陰でケンキからはラーンたちが見えなくなる。
「それじゃあな」
それでもラーンはケンキに聞こえるように別れの言葉を言い、ケンキも聞こえるように返事をした。
「貴方は強いのね。ラーンという男の子やシーラという女の子も、今まで見てきた中でもトップに近い実力を持っているのに、それを二人同時に相手をして一蹴するなんて」
アルフェはラーンたちが見えなくなるとケンキ達の事を褒め称える。
持ち上げているように聞こえているが嘘は一つも言っていない。
アルフェが奴隷に落とされる前に見てきた実力者の中でもラーンとシーラはトップクラスに位置をしていた。
つまり二人は大人顔負けの実力者だということになる。
「……そうか。復讐の為に力が欲しいのか?必要なら鍛えてやるが」
それに対してケンキは復讐を決意していた眼から力が欲しいのかと察し、鍛えてやろうかと提案する。
ある程度の暴力があった方が復讐もやりすくなるだろう。
「お願いするわ!私はあいつらを地獄に叩き落とすとために力が欲しい!」
そしてアルフェは食い気味にケンキに力を求めた。
ケンキはその言葉を聞いて愉しそうに哂う。
目の前の女性がどんな復讐をするのか非常に愉しみだ。
「まぁ、今日はやらないが」
奴隷売り場から買ってきて直ぐに夜の時間に外まで歩かせたのだ。
休ませる方が良いとケンキは考えた。
平然と歩いているが、状況が変わり過ぎて精神的に疲れているはずだとケンキは考えている。
それに時間も今から鍛えるのしても遅すぎる。
「そんな!今からでもやれる!」
復讐の機会を得られて気分が高揚としているアルフェには不満だろう。
欠伸をしながらケンキはアルフェを殴って黙らせる。
「なっ!」
アルフェにはケンキが自分を軽く殴ったが、それだけ動けなくなることに理解が出来ない。
本当に軽くで殴られても全く痛みは無かった。
「………成功。取り敢えず、俺の家で何日間か生活してもらう。復讐する場合は家から出てからにしろよ。それまでは、どう復讐するか相手の情報を探るなりしろよ」
ケンキの言葉に高揚していた気分が落ち着く。
ただし、復讐の熱意は変わらない。
感情のままに復讐するのではなく理性を持って復讐しろとアルフェには聞こえる。
今の状況だけでもアルフェにとっては有難い。
「つまり感情のままに行動して殺すんじゃなく、相手に絶望を与えさせて殺せってこと?」
「そこら辺は好きにしろ。復讐は見たいが関係ない者達を巻き込むなよ。クズ相手ならともかく善良な一般市民を復讐に利用したら、俺はお前を止める」
ケンキは復讐を見たいが、第三者に被害が生まれて復讐が復讐を呼ぶのは避けたいと考えている。
あくまでも被害者が加害者に復讐をするのは良いが、被害者が関係の無い第三者に被害を与えるのはダメだ。
「例えば?」
「復讐したい相手の妻と子供はオッケー。復讐したい相手の過去を知っていて付き合っているのもオッケー。知らないのはダメ。後は子供は復讐したい相手以外のは全部ダメ」
ケンキの危害を加えていけない相手を頭に叩き込む。
子供と過去を知らずに付き合っている相手はダメだと理解する。
「あと本当に復讐するのは家を出てからにしろ。お父さんとお母さんが、お前の復讐に関わっていると世間に勘違いされたくない」
アルフェはケンキの言葉に頷くが本当に子供かと目を疑ってしまう。
復讐の段取りや被害を抑える方法など子供が思い付き手を打つようなことじゃない。
「それとお前。家族に説明する時は行き倒れていたとこを拾ったことにするから、お父さんたちに話を聞かれたときは話を合わせて」
ケンキの言葉にアルフェは頷く。
どうも自分がやろうとしていることが両親にはバレたくないようだ。
もしかしたらケンキの両親はケンキに対する弱みになるかもしれないと覚えておく。
それにしても両親にバレたくないとは規模が桁違いとはいえ悪戯を隠したがる年相応の子供に見えて少しだけアルフェは安堵した。
それまでは少年の皮を被った規格外の何かとしか思えなかった。
「それじゃあ俺に出来るだけ強く捕まって」
ケンキは力が上手く入らないアルフェに無茶を言う。
落とさないようにケンキ自身も痛いぐらいに力強く担がれているが何をする気なのかと疑問に思う。
「………」
そしてケンキはアルフェを担いだまま走り始める。
(速い速い速い!!)
その速度は少年が女性とはいえ大人を担いだ速度では無かった。
身長差もあって担がれても地面にぶつかりそうになるぐらいにはギリギリなのに、この速度もあってアルフェは恐怖を感じる。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃぃぃぃぃ!!)
涙目でアルフェは怯えてしまい早くケンキの家に着くことを祈っていた。
「……着いた」
ケンキのその言葉と共にストップしアルフェは一息を付く。
正直、余りの速さに現実逃避をしてしまった。
少しでも恐怖を逸らそうと正面を見ようとしたが、余りの速さに目を開けることが出来なかった。
子供が出せるスピードでも無いし、大人でも出来る者は限られている。
「……ただいま」
そんな少年の家は何処にでもある一軒家であることにアルフェは驚く。
規格外の生まれ育った家なら、どこか普通とは違うと思ったのに外見は普通。
なら両親か家の中は普通じゃない筈だと覚悟をした。
「おかえり」
「帰ってきたか。友達と訓練をしてきたのだろう?迷惑を掛けてないか?」
ケンキの言葉に両親が反応をして出迎えてくれる。
見た感じでは普通の人にしか見えない。
「………かけていない。それよりも、この人、行き倒れていた。意識はあるみたいだけど家に置いていい?」
「構わないよ。ケンキと同じ部屋で良いかい?勝手に連れて来たんだ。そのぐらいはしてもらうよ」
ケンキのお願いに条件付きで許される。
アルフェも急な願いを受け入れて貰えたことに少しでも首を動かしてお礼をする。
「それじゃあケンキも汗を流して今日は寝なさい。もう遅いだろう」
そんな時間までケンキの好きにさせる両親は心が広いとアルフェは思う。
少なくとも、この寛容さが自分を受け入れてくれたのだと理解すると感謝しかできない。
「………わかった。この人、アルフェって言うんだけど部屋に運んだらシャワーを浴びる」
ケンキはそう言ってアルフェを自分の部屋に運んでベッドへと寝かせる。
アルフェは運んでベッドに寝かせてくれたことにお礼を言いたいが、ぐったりして口を動かすのも億劫でお礼を言えない。
「……お礼は言わなくて良い。それよりも回復しろ」
そんなアルフェにケンキはそう言って自分の替えの下着の準備する。
しかも異性のアルフェの前でだ。
アルフェも異性とは言え男の、しかも少年の下着を見ても何も思わないが、それでも配慮はしてほしいと溜息を吐く。
ケンキの行動はいずれ恋人の女性を部屋に連れ込む時にも同じことをしたら嫌われてしまうと心配をしてしまい、もう一度溜息を吐いた。
「ケンキ」
シャワー中、ケンキは父親に呼びかけられる。
「あの女性はやんごとな身分の者か。この国でも上の立場のものから気を使えと言われたが」
「……それなのに俺の部屋?」
「どこかの部屋に一人でいるよりは信頼している者と一緒にさせた方が良いと思ったからな。精神的にもかなり疲労していると聞いていたし」
両親が自分の頼みを条件付きとはいえ、あっさりと認めたのはラーンたちの仕業だとケンキは理解する。
身分を教えてもらっていないが貴族、それも王に近しい貴族だと予想はしている。
アルフェの情報で人身売買をしている組織を壊滅できるだろうから、そのお礼だろうかと推察する。
それはそれとしてケンキは父親に否定する。
「……やんごとなき身分では無いと思う。ただ非合法組織の情報を持っていて、それの救出に関わってしまっただけ」
「………ケンキ、お前が規格外に強いのは知っているが無茶だけはするなよ。親としては赤の他人よりお前の方が大事なんだ」
父親はケンキが連れてきた女性が非合法組織でスパイをしており、ケンキが彼女を救出したと聞いて、かなり嫌そうな顔をする。
自分の息子のケンキはまだ十二歳になったばかりなのに、そんなことに参加をさせられて、この国に不満を抱いてしまう。
いくら息子が規格外でも心配になってしまうのが親だ。
そんな父親の言葉にケンキは
「……俺も家族と幼馴染たちは大事だ」
自分の正直な気持ちを告げる。
父親だから嘘を言っていないことが分かり、複雑な表情と嬉しそうな表情が混ざり合ってしまう。
そこは幼馴染を含めるのではなく自分達、家族だけにしてほしかったのだ。
「そうか……。そう言ってくれるなら俺も嬉しい」
父親としては当然そんなことは言わないが。
それでも息子が友達を大事にしているのは素直に嬉しい。
それなのに余計な事を言って友情を壊しかねないことを言うのはダメだと自戒した。
「ふぅ。終わった」
そしてシャワーの流れる音が止まる。
父親もケンキの邪魔をしないようにタオルを置いてシャワー室の前から離れていった。
「……起きている?」
ケンキはベッドに寝かせてあるアルフェに意識があるか確認する。
「起きているわよ」
アルフェの返事にケンキは少しの間だけ会話をしようとする。
「……父さんたち、詳しいことは知らされていないみたいだけど、お前が行き倒れじゃないことは知っていたみたい。多分、ラーンたちが根回ししてくれたんだと思う。ある程度、隠さなくても大丈夫」
それを聞いてアルフェは少しだけ安堵の溜息を吐く。
下手に嘘を重ねると、どこで綻びが出るか分からず、そこから怪しまれてしまうのは避けたかった。
「わかった。何か聞かれてもラーンっていう少年の名前を使って黙れば良いわね?」
「そう」
アルフェの確認にケンキは頷く。
「それと復讐は最初に言った通りにしろ」
復讐に関しては最初と変わらないらしい。
そのことにアルフェは少し不満に思う。
詳しいことは知られていないとはいえ訳アリだとは知られているなら復讐を実際に行動に起こしても良いだろうと考える。
「……案を考えるだけだ。後は俺と訓練をしてもらう。何度も言うが復讐に俺の両親を巻き込むな。家族が怪しまれない為に実行に移すのは家を出てからにしろと言っているんだ。我慢できないなら復讐を出来ないようにしてやる」
ケンキの家族を巻き込むなという言葉にアルフェは渋々、納得する。
アルフェは自分に一番必要だと思う戦闘能力を鍛えてくれるのに自分の我儘で、その機会を失くすよりはマシだと我慢する。
それはそれとしてケンキはどうやって復讐を出来ないようにするか気になって質問する。
「………どうやって?」
ケンキはアルフェの質問に少しの間、考え始める。
そして考えている間、上に向けていた顔をアルフェに向ける。
「例えば、アルフェの脚や腕を斬り落としたり?」
物理的な方法だった。
実際にそれをさせられたらと思うとアルフェは冷や汗が止まらない。
やらないとは思いたいが念のために気を付けることにする。
そんなアルフェに気付かずに、ケンキはまだまだ復讐を出来なくするように考える。
「アルフェを気絶させて過去のこと犯罪者として突き出すとか。あとはアルフェを拘束して復讐相手を痛み付けたりして本当はアルフェがやりたいであろうことを目の前で見せつけたり?」
「止めて。復讐を実行するのは君の家を出てからにするから止めて。特に最後」
アルフェはとんでもないことを口にしたケンキに家を出てからにするから止めて欲しいと懇願する。
考えられる限り最悪な手段を提案するケンキに絶対にケンキの家に住んでいる限りは復讐しないことを決意する。
実際にやられたらアルフェは発狂してしまいそうだ。
「……なら良い。それじゃあ、話を始めたのは俺からだけど今日はもう寝ろ。回復して明日に備えておけ」
ケンキの言葉に頷こうとしてアルフェは気になったことがある。
同じ部屋で過ごすのは構わないがベッドは一つしかない。
しかもアルフェが使っているからケンキは寝る場所が無い。
どうするつもりなんだと気になって眠れない。
「待って」
「……どうした?」
「君は何処で寝るの?寝る場所が無いんじゃ?」
アルフェの疑問にケンキは毛布を準備して床に寝ようとする。
それに慌ててアルフェはケンキが床で寝ようとするのを止める。
自分の様な大人がベッドを使って子供が床で寝ようとするのは、いくら疲れていても見逃せない。
むしろ罪悪感で眠れなくなる。
この部屋にあるベッドは一人用だが、使っている感じ子供一人ぐらいは一緒に眠れる。
だからアルフェはケンキを同じベッドで寝ようと誘った。
「……えぇ」
ケンキの嫌そうなアルフェは楽しそうに笑う。
嫌そうな顔も女性と同じベッドに入るのが恥ずかしいのが理由だと考えるとケンキが可愛くて仕方がない。
正直に言うならアルフェ自身がケンキと一緒に寝たくてしょうがない。
「良いから早くベッドに来なさい」
ケンキの嫌そうな顔も無視してアルフェは毛布を広げて誘う。
その状態のまま一分近く維持していたのもあってケンキは渋々、床からベッドの中へと移動する。
「やっと入ってきたわね」
ケンキがベッドの中に入ると同時にアルフェは抱きしめる。
思いっきり胸の中へと抱きしめられているせいでケンキは息苦しく感じている。
もう少し成長した男性なら顔に感じる柔らかさと匂いに反応していたかもしれないがケンキにとっては暑苦しいだけだった。
「………どうしたのよ?」
離して欲しいと胸の中でモゴモゴと言っているケンキに気付いたのか少しだけ抱きしめていた力を緩める。
その隙にケンキは胸の中から抜け出して一息を付いた。
「……強く抱きしめるな。息が出来ない」
ケンキの言葉に今度は軽く抱きしめる。
「これなら大丈夫よね?」
ケンキはアルフェの言葉に頷いて黙って抱きしめられていた。
何を言っても自分を抱き締めるのは変わらないだろうし、もう反論するのも面倒なくらいに眠かった。
二人が寝息を吐き始めると二人の男女がケンキの部屋に入って来る。
「ケンキが抱きついて寝るなんて。私たちが思った以上に信頼できる娘なのかしら?」
「たしかにな。私たちやユーガ君たち以外は一緒のベッドで寝るのは絶対に拒否をしていたのにな。本当に珍しい」
入ってきたのはケンキの両親だった。
可愛い我が息子が、同じ部屋で一つしかないベッドをどう使うか確認をするために入ってきた。
アルフェが床で寝ていたら何も言う気は無かったが、逆にケンキが床で寝ていたら何だかんだとアルフェを家から出すために色々とやるつもりだった。
だが実際はケンキが懐いているようで一緒のベッドで抱きしめ合って寝ている。
これだけ懐いているなら家にこれからもいて欲しいぐらいだ。
「それにしても我が子ながら本当に可愛い……」
親贔屓の眼だろうが寝ている我が子が可愛くて母親は息子の頭を撫でる。
その際にアルフェが邪魔だと顔を顰めた。
「そうだな」
そして父親もケンキの頭を撫でる。
これだけ愛していてもケンキは自分達より強くなることを優先しているから両親は寂しく思っている。
家族で出掛けることで自らを鍛える時間が減ってしまい不満そうな顔で外へ出掛けたことが何度もある。
それなのに誘われたら絶対に来てくれるケンキが愛おしい。
ケンキも自分たちを愛してくれているのが理解できる。
「このままケンキにとって大切な子たちが増えていくと良いんだけど」
そうすれば自分を鍛えるよりも他のことを優先してくれるようになると母親は期待する。
母親としては子供の頃から求道者として力を求めるよりは友達と遊んでくれた方が安心できるのだ。
「さてとケンキは仲良くベッドで寝ているし戻るぞ」
父親は母親の肩を叩いて部屋から出るように促す。
現時点での心配事も解消したため、何時までも部屋にいるのも悪いと考えたせいだ。
母親も女性がいるのに、いつまでも寝顔を見るのは悪いと考え直す。
特に興味は無いが年頃の女性の顔をずっと見ているのは流石に悪い。
「そうね。私たちも心配で起きていたけど、いい加減に寝ましょう」
それに父親も頷き、夫婦の寝室へと戻っていった。
「それにしても、アルフェちゃん寝顔も綺麗だったわね。私より可愛いんじゃないかしら?」
「たしかに」
「………へぇ」
母親の言葉につい父親は頷いてしまって底冷えした怒りを浴びせられる。
寝室に着くまで、そして着いてからも父親は母親に謝り倒していた。