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パーティを追放されました。でも痛くも痒くもありません  作者: 霞風太
NTR?編

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22/62

決意

「レイナは大丈夫かしら?」


 先程の件でシーラは大丈夫かと声を掛ける。

 複数人に囲まれて暴力を振るわれかけたのだ。

 気丈にふるまっていたとして心配になる。

 最後には助けてくれたケンキから手を離そうともしなかったし。


「落ち付いたから大丈夫。それにしても、どいつもこいつも私の所為にするなんて」


 忌々しそうに言うレイナ。

 被害者なのに加害者として責められる。

 その気持ちは想像だけでも腹立たしくなる。


「元の場所に戻れる?戻らないで、この国に住むなら少しだけ協力できるわ。王城にある部屋も条件付きで残しても良いわ」


 シーラの言葉にレイナは嬉しそうに視線を向ける。

 正直、家族も自分を責めて来そうで元の世界に戻るのも億劫に思っていた。


「………条件は何?」


 予想はしていたが直ぐに条件を求めてくることにサリナは悲しそうにレイナを見る。

 レイナはその視線が煩わしくも感じるし、嬉しくも思う。

 だけど、元の世界に戻って責められるよりはマシだと決めた。


「最低でも私の護衛クラスの戦闘能力が欲しいわね。後は付き人としての礼儀作法。本当は他にも条件があるけど、貴女の特異な体質でクリアしているわ」


 王族であるシーラの護衛。

 それになれたらこの世界でも一人でも生活できると打算をする。

 しかも、本来より体質のおかけで楽な条件で狙えるのなら悪い条件ではないと目指すことを決意する。


「…………待て待て待て!」


 答えを返そうとすると急にラーンが話に入ってきた。

 女性だらけの場なのに席に入ってきて驚く。

 片手にはユーガも手を引かれていて疲れたように溜息を吐いている。

 先に馬車も使って王城から出て行ったシーラたちを追いかけ、探すのに時間が掛かった。

 そのせいで遅れて合流した。


「どうやって鍛えるつもりだ?礼儀作法はともかく、戦闘能力に関しては直ぐに最低限の実力を得るにはケンキを使うしか思い浮かばないぞ。仕事を増やすつもりか?」


「別に今の仕事が終わってからで良いでしょう?そうしたら、ついでに私たちも参加して鍛えて貰えるかもしれないし」


「本当の目的はそれか……」


「兄様だってケンキに鍛えて欲しくないの?」


「………最近は騎士団どころか魔術師まで俺たちに羨ましいという視線を向けてくるんだがな」


「………強くしてくれるからね。問題児でもあるけど、だからこそ親しみやすいところはあるし。あれで性格とかも完璧だったら距離を置かれて、今の様に騎士たちも強くなかったでしょうね」


「……そうだな」


 溜息を吐く二人。

 どれだけ問題を起こしているのか気になる。


「ケンキって、そんなに問題児なの?」


「……そうですね。騎士を鍛えるときはやり過ぎて仕事に支障が出るぐらいにはしますね。後は言わなくても問題は無いと勝手に判断して、その日の出来事や革命的なアイデアを話さないわね。後、私たち相手には最近はかなり手加減して相手をしているわね」


「………王族だから、しょうがないんじゃあ」


「わかっているけど、悔しいのよ」


 拗ねて顔を逸らすシーラに少しだけ皆が笑う。


「そういえば皆を元の世界に戻す方法は見つかったんですか?」


 レイナの話題の変更にラーンとシーラは頷く。

 だから、これからどうするかの話をしたのだと理解する。


「そうですか。私はさっきも言ったけど元の世界に戻るつもりは無いので」


 レイナの言葉に頷く王族兄妹。

 召喚した者の中でも最も欲しい人材が残ってくれると聞いて内心嬉しく思う。

 後は他の者たちだろう。

 全員の意見を聞く必要がある。

 レイナの様に残ることを決める者もいるのかもしれない。


「一つ言っておくけど、レイナ以外にも残る者がいるかもしれないわ。その場合、怒りで殺さない事」


「………わかったわ」


 少し不安になるが信頼することにする。

 殺しとは無縁な生活をしてきたことから決定的なことにならない限り殺そうとはしないだろう。

 むしろ殺してしまったら、それだけの何かをされそうになるはずだ。


「それで何時から鍛えることになるんでしょうか?」


「そうね。最低でも一週間後かしら。その頃にはケンキ以外にも専門の医師が王城に滞在させれるだろうし」


「まぁ、そのぐらいだろうな。厳しいのはわかっているだろうが、王城に部屋を残したいのなら頑張れ」


 ラーンの言葉に頷くレイナ。

 少しの間だけとはいえ鍛えられたからケンキがどのくらい厳しいのか理解している。

 だが、条件を達さなければ王城の部屋がなくなるから頑張るしかない。


「………少し良いですか?」


 ユーガの言葉に視線を向けるとユーガだけでなくサリナも強い視線で見てくる。

 何か頼みがあるのだろうかと黙って促す。


「あの……。私たちも参加させてもらえませんか?」


「最近は俺たちもケンキに相手をして貰っていなかったので。久しぶりに鍛えて欲しい。昨日までのはレイナの手伝いでしかなかったですし」


 二人の言葉にラーンたちは悩む。

 人数が増えるとその分、自分たちの時間が減ってしまう。

 だが強くなりたいというのに、それを邪魔すのも悪いと思う。

 結果として


「わかった。一緒にケンキに鍛えて貰おう。お前たちは幼い頃からケンキと一緒にいるんだろう。ケンキの補佐か俺たちの将来の護衛として期待させてもらう」


 将来の可能性としてラーンは頷いた。

 シーラもラーンの意見に不満だったが納得して頷いた。




「さて。一度、私たちで戦って実力を確かめようと思うが、どう思う」


 ラーンの言葉にユーガ達は嫌そうな顔をする。

 護るべき相手に武器を向けるのは心情的に辛いというよりは無理だ。

 その表情に自覚はあるからかラーンたちも失敗したという表情になる。

 自分たちが武力を持つのは本来なら最終手段であることは自覚しているのだ。

 むしろ平然と怪我をするのも構わず殴ったりするケンキがイカれている。


「そうだった。すまない」


「そうね。同じ過ちを繰り返すを起こすところだったわ」


 ケンキはラーンとシーラの本来の立場を知らないとはいえ傷付けた。

 その所為で最初は嫌われていた。

 それを一切気にせずに行動していたのは呆れるしかなかったが。

 むしろ何をされても全く相手にしていなかったケンキに心が折れていた。


「いえ気になさらずに……」


「そういう訳にはいかないのよ。私が嫌いだと言ったら排除するように動く者たちが多いのよ。中には私たちの提案を聞いて嫌そうな顔をしたからという理由でも動きそうだし」


 シーラの言葉に頬を引き攣らせる。

 今もそうだが自分たちが狙われているんじゃないかとユーガ達は心配になる。


「本当に何かされたら言え。俺たちの責任でもある」


 重々しい雰囲気にユーガ達はドン引きする。

 どれだけ厄介なのだと。

 王族と関りを持つのは光栄だと思うが同時に面倒臭いのだと理解した。


「わかりました。遠慮なく頼りますね」


 そしてサリナの言葉に嬉しそうにする。

 遠慮なく頼るという言葉が嬉しくなったのだ。

 ケンキは頼らないから、頼られるとなったら想像だけで嬉しくなる。

 ユーガも遠慮なくその場合は頼るようだ。


「本当に頼ってくれよ。俺たちが原因でもある以上は、俺たち自身が解決もしたいし、そうでなくても手助けはしたいからな」


 何度も言い含めるラーン。

 それだけケンキが頼って来なかったのだ。

 気軽に頼って来るれるのはラーンたちにとって初めてだから期待してしまっている。


「お………おう」


 たまらずユーガはレイナとサリナを呼び集めて会話をする。


「わかっていると思うが、お前たちも本当に大変な時以外は頼ろうとするなよ。あれは際限なく甘やかしてきそうだ」


「……うん、そうだね」


「だからこそケンキも頼らなかったんじゃ?」


 際限なく甘やかしそうなラーンたちにケンキが頼らなかった理由を何となく理解する三人。

 自分たちがどうしても解決できないときは頼ることを決意した。





「はい。どうぞ」


 レイナは部屋の扉を叩かれて入っても構わないと返事をする。

 誰が入って来るか分からないが元の世界からの者達より、この世界の者の方が安心できる。

 そして元の世界の者たちより自分の方が強いと思っているからこその対応だ。


「失礼する」


 扉を開けたのはケンキ。

 予想外の相手の登場にレイナは驚く。

 少なくともレイナはケンキはこちらから尋ねないと関わらないと思っていたからこそ予想外だ。


「質問するけど、これからどうするか決めたのか?」


 ケンキの質問に主語は無いが直ぐにわかった。

 レイナがこの世界に残るか残らないからの質問だろう。

 シーラたちも言っていたがレイナを鍛えるのはケンキだ。

 まだ先のこととはいえ気になるのは当然だと理解する。


「残るわ。って、ケンキさんも部屋の中に入ってよ。何時までも扉を開けっぱなしにするのは色々と聞かれて嫌なんだけど」


 レイナに促されてケンキはようやく中に入る。

 それまで、ずっと扉を開けて中に入らずに会話をしていた。

 紳士的かもしれないが会話が誰かに聞こえるようにしていたことは配慮が足りない。


「そうか。俺が鍛えれるのは基本的に体術だけだ。魔法は他が何を言っても最初から教わろうとするなよ。別の奴に頼め。それで良いなら鍛えてやる」


 ケンキの言葉に疑問に持つが頷く。

 魔法はダメだいう理由に興味は持つが、それ以上に体術を鍛えるという言葉につい最近までケンキに鍛えて貰っていたことを思い出して身を強張らせる。


「一応、言っておくが最近まで鍛えていたやり方は緊急性が高いからであって、次からは手加減する」


 ケンキの言葉に殴る蹴るは無いのだとレイナはホッと息を吐く。

 アレは緊急性が高いからだと理解し、あの男に更に敵意を抱く。

 死んだとはいえ、自分の幸せを壊し最悪な訓練をさせた元凶の為にレイナは心の中で悪態を付く。


「まぁ、基本的に地味なことをやらせるから精神的は辛いかもしれないが」


「……………何をやらせるつもり」


「朝から日が暮れるまで走り込みや素振りだが?」


「死ぬ」


「安心しろ。本当に走れなくなったら、その日は終了する」


「………それって走れる限りは走らせるってことよね?」


「当然だろ?最低限の体力は付けないと」


 地味に辛いことをさせようとするケンキに絶句する。

 今からでも別の者に頼ろうかと相談したくなるが、元の世界の者達に少しの時間で勝てる自信を与えた本人でもある所為で悩んでしまう。


「………一つ言っておくが、王宮で戦うことが得意な者は魔術師だろうと朝から晩まで走れるぞ。走れないのは完全な文官だけ」


「マジで?」


 ケンキの言葉に聞き返すが首を縦に振って頷かれる。

 王城に部屋を残したいレイナにとっては聞き逃せない情報だ。


「王城で暮らして働いたいなら体力は付けろ。真偽は明日にでも確かめるんだな」


 ケンキがここまで言うなら事実だと理解する。

 王城に勤めている者の殆んどが体力馬鹿なことに愕然としてしまうが、部屋を残すために頑張る。


「全力じゃなくても、絶対に一定以上のスピードで走ろよ。もう通常に歩いた方が早い状態になったら、そこで終了だから」


「……うん。ちなみにケンキ君だったら、どうやって早く体力を付ける?」


「…………常に重りをつけるとか?」


「それしかないよね………」


「一応、言っておくが重りを付けるのは体力や基本的な能力を上げる目的だけにしろよ。技とかになると、肝心な時にいつもより感覚が違ってキレが悪くなる時があるからな」


 ケンキの忠告に意味もわからずに頷くレイナ。

 実感もないから分からない。


「そういえば、ケンキさんって大剣も使うらしいけど私を相手をしたときは素手でしたよね?やっぱり素手でも戦えるようになるべき?」


「………そうだな。できるなら戦えるようにした方が良いんじゃないか?」


「他の者たちはどうなの?」


「戦える奴は戦えるし、逆に戦えない奴は戦えない。だから好きに決めた方が良い」


「ケンキさんにとっては戦えた方が良いんだよね?」


 レイナの質問にケンキは頷く。

 それなら鍛えようかという気にもなる。


「何をするにしても、まずは体力を付けてからな」


 だがケンキは先の事よりも体力を付けろと言ってくる。

 正論だからこそレイナも何も言えない。

 まずは体力を付けるべきだが、何日かかるかケンキの言った最低目標まで何日かかるか想像できいないでいた。

 辛い日々が待っているのだと思うとレイナもついつい項垂れてしまう。


「まぁ、頑張れ。俺の訓練に少しの間とはいえ耐えて目的の為に頑張れたんだ。意外と直ぐに最低限の目標ぐらいは達せれるだろう」


「わかっているわよ」


 ケンキの応援に少しだけ気分が楽なってレイナはベッドに倒れこんだ。

 本当に体力が目標に達せれることを祈りながら。

 そしてベッドを叩いて隣に座れと言外に指示をする。

 だがケンキは行動をしない。

 むしろ何故急にベッドを叩いているのか意味がわからない。


「いや、首を傾げてないで隣に座ってよ………」


 呆れながらに言うレイナにケンキは大丈夫なのかと思うが言われた通りに座る。

 ユーガの所為で男性恐怖症じゃないのかと疑問に思うが本人が大丈夫なら構わないだろうと隣に座る。


「平然と座るわね……」


 ケンキの行動時に自分が誘ったとはいえ呆れるレイナ。

 そこは少しでも戸惑うんじゃないかと思うが溜息を吐いて言いたいことを流す。


「…………まぁ、良いや」


「ん」


 ケンキは自然とレイナの頭を撫で、レイナも当たり前のようにケンキに撫でられる。


「泣きたいなら泣け。聞かれたくないなら防音でもするから」


 そう言ってケンキは懐から丸い何かを出して部屋の中央に投げる。

 レイナがそれは何かと聞くと世界を渡り歩くときに魔獣に襲われないように音を隠す道具の一つらしい。

 この部屋一つ分の音を隠す位は出来るようだ。

 それを聞いて


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 レイナはケンキに抱きついて泣いた。

 大事な友達だけでなく、それなりに親しかったクラスの友達にも否定された。

 強気で相対したが内心はショックで崩れ落ちそうだった。


「なんで!?なんで皆、私を責めるの!?わたしもひがいじゃだったのにぃぃぃぃぃ!!」


「さぁ?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 ケンキの反応に更に強く泣くレイナ。

 下手に慰めないのは有難いが、逆に自分でも責められた理由を考えてしまって理解できず更に悲しくなる。


「………俺が悪くないと知っているのだろう?」


 ケンキの言葉に頷く。

 何でケンキの責任が出てくるか分からなず、意味の分からない質問に更に自分の顔を押し付け強く抱きしめる。

 それよりもレイナは何で自分がケンキに対して強く信頼しているのか理解できていない。

 一番最初にあの男の危険性を理解してくれたからか。

 対抗策として鍛えてくれたからか。

 他にもあるかもしれないが、あの男と違って心当たりがあるからこそ不安には思わないでいた。


「なら、俺を理不尽に責めて良い。八つ当たりも本人がちゃんと八つ当たりだと理解しているなら別に構わない」


 ケンキの言葉にレイナは素直に甘えてしまう。


「なんで!なんで!私たちの世界にいなかったの!?あなたがいれば大事な友達がいなくならなかったのに!?」


 レイナはケンキの胸を叩きながら責める。

 ケンキが自分の頭を撫でている優しさも感じながら、それでも責めてしまう自分が止められないでいる。


「お父さんもお母さんも、あいつの言いなりならなくて、何時までも大事な友達と一緒にいられたんだよ!?なんで、私たちの世界じゃなくて、この世界に生まれたの!?」


 理不尽と不運にレイナは嘆く。

 ケンキに会えたことは幸運だが、出来れば元の世界で会いたかった。

 そうすれば誰も失うことは無かった。


「この世界はズルい!ケンキさんがこの世界に生まれなきゃ、あの男の能力に気付かなかったくせに!?何で私の世界には生まれなかったの!?」


 レイナは羨ましい、妬ましいとこの世界に叫ぶ。

 ケンキは何も言わない。

 ただ可能性としてはレイナの言うことも有り得るとも思っている。


「ズルいよ………。ケンキさんは、私たちの世界には来ないよね?」


 レイナの質問にケンキは頷いて答える。

 だが、それでもどうしてそんな質問をしたのか興味はある。


「私はケンキさんが私たちの世界に来るなら元の世界に戻る………。ケンキさんが来ないなら、この世界に残る」


 涙ぐみながら言われるがケンキは依存されてないかと不安になる。

 レイナのいた場所ではケンキぐらいしかユーガの能力に気付いて即座に対策をとった者はいなかった。

 だから近くにいたいと思っているのかもしれない。


「………俺はこの世界から去るつもりは無い。お前がこの世界に残るなら一・二年ぐらいは守ってやる。一人っきりてのは想像しただけでも寂しいからな」


 ただし、一・二年過ぎたら容赦なく放置するつもりだが。

 内心でケンキはそう思いながらもレイナの頭を撫でる。

 そしてレイナは守ってくれるという発言に涙を流しながらも嬉しくなって顔を押し付ける。


「………ありがとう」


 ケンキはレイナが一・二年過ぎても自分に頼らなくていけない状態のまま掘り投げたら、どうなるかゾクゾクとした楽しみを覚える。

 同時に、もしそうなっても大丈夫だろうと確信もしている。

 学生生活は最高でも七年間はある上に王城で働いて部屋を貰うなら、そのぐらいのことは異世界の人間でも出来ても当然だ。

 むしろ、ケンキは自分が鍛えるのだから大丈夫なようにするつもりだ。

 それでもダメだったら切り捨てるが。


「…………。子守唄でも歌うか」


 ケンキはレイナを見て泣いて疲れただろうと寝かせてあげようと考える。

 その手段が子守唄なのは呆れるほかない。

 レイナはケンキが急に子守唄といって困惑している。


「……すぅ。すぅ……」


 だがケンキが頭と背中を撫で、優しく歌われていくと直ぐに眠っていった。

 ケンキはチョロいと苦笑しながらも心安らかに眠れるよう祈って歌った。




「あれ?」


 翌日、レイナは目を覚ます。

 自分の髪と背中を撫でられている感触がくすぐったい。

 そして心地よさに、ついつい甘えてしまう。

 だからこそ離れていくのが嫌で強くしがみつく。


「………起きているだろ。いい加減に放せ」


 直ぐ傍に男の声が聞こえる。

 抱きついた相手だと理解して悲鳴を上げて飛び起きる。

 未だ防音の結界が張ってあるお陰で誰も入って来ないのが幸いだった。


「っつ~!」


 更にレイナは自分の手を抑える。

 驚いて跳び起きた際にケンキの頬を叩こうとしたが防がれたのが原因だ。

 叩いた腕がジンジンと痺れて少しだけ動かすのが億劫だ。

 まるで岩に思いっきり腕をぶつけてしまったような感覚だ。


「自分から俺に抱きついて寝たくせに危ない奴だな。取り敢えず手を見せろ」


「あ……」


 不満そうにケンキは強引に手を取って調べる。

 言っていることはともかく、真剣な表情で見ていて強引に手を取られたのを許してしまいそうになる。


「異常は無さそうだけど、手は痺れてるだけか?何か異常があったら言えよ」


「うん。……ありがと」


 レイナも自分も悪いところあると理解している。

 それでも恥ずかしいものは恥ずかしいし、つい手を出してしまったのは許して欲しいと考えている。

 手を出してしまったのは悪いと思うが、こちらの手を痺れさせたのだから相殺として考えてほしい。


「それじゃあ俺は部屋に戻らせてもらう。本当に後遺症があるなら言えよ。治療費ぐらいは俺が出す」


 そう言って部屋からケンキは出ようとする。

 レイナからすれば治療費を出してもらうのは嬉しい。

 同時に、こんな朝早く何処に行くのか気になってしょうがない。


「待って!こんな朝早く何処に行くのよ?部屋に戻るにしても何もすることないでしょ?私も目を覚ましてしまったし少しは一緒に話をしない?」


 目を覚ましてしまって暇だというレイナ。

 実際にまだ日が昇ったばかり、今の時間に起きているの者は少ない。

 起きていたとしても仕事の途中で邪魔にしかならない。


「一度、部屋に戻って着替える。そのまま訓練所を使うつもりだ。暇なら本でも読んでろ」


 ケンキの自分を無視しての行動にレイナは不満を抱く。

 折角、一緒に話さそうと言っているのにそれよりも自分を鍛える方が重要なのは、なけなしの女のプライドが傷付いた。

 普通、一般男子なら女子と会話することが嬉しいものじゃないかと思う。


「大体、お互いに抱きついて寝ていたせいで寝汗がひどい。わるいけど、さっさと着替えたい。お前も着替えないと風邪を引くぞ」


 ケンキの言葉にレイナはようやく寝汗が凄いことに気付く。

 先程まで男と一緒にベッドの上にいたことで動揺して気付かなかったが、たしかに寝汗がお互いに酷い。

 これはたしかに着替えたくなる。


「それじゃあね」


 そしてケンキが今度こそ部屋から出ようとするが、それをレイナは肩を掴んで止める。

 たしかに着替えるために部屋に戻るのは構わないが聞きたいことがある。


「さっき、訓練所を使うって言っていたけど私も訓練所に行って良い?」


 邪魔もしないし、むしろケンキの訓練を見るだけだからと付け加える。


「………別にいいけど、どちらにしても暇になると思うが?」


 ケンキの言葉を否定するために全力で首を横に振る。

 本を読んでいるより遥かに有意義な時間になるとレイナは力説した。

 見るだけじゃなく実際に使えよとも思ったがケンキは何も言わないことにする。

 何か考えがあるんだろうと思ったからだ。


「それじゃあ私も着替えて訓練所に行くから!」


 レイナは早速、動きやすい服装を準備する。

 まだ自分が部屋にいるのにと思いながらも変態と罵られないようにと着替える始める前にレイナの部屋を出る。

 そしてケンキも自分の部屋に戻って動きやすい服に着替えた。






「ねぇ、ミカ?」


「わかっているわよ。私たちは同じ被害者だったのに、レイナを理不尽に責めていた。だから謝るぐらいはしないと」


「………だよね。私も一緒に謝って良いかな?」


 ユカの質問にミカは頷く。

 理不尽に責めた自分達とは話したくないかもしれない。

 謝っても自己満足だと受け取ってくれないかもしれない。

 それでもミカはユカと一緒にレイナに謝ることを決めた。


「それじゃあレイナの部屋に行くわよ。まだ朝が早いし部屋の中にいるでしょ」


「うん!」


 二人はお互いに頷きあってレイナの部屋へと向かった。

 だが当然ながらレイナはケンキと一緒に訓練所へと向かったせいで部屋にはいない。


「……レイナ!レイナ、いない?」


 部屋の扉を叩いても何も反応が無いことに、部屋の中にはいないんじゃないかと怪しむ。


「レイナ、もしかして部屋の中にいないのかな?」


「そうかもしれないわね。だとしたら、どこにいるのかしら?」


 レイナのいる場所についてミカとユカは一緒に悩む。

 今まではあの男を中心に考えていてしまったせいで王城に何の施設があるのかほとんどわからない。


「………二人ともレイナさんの部屋の前でどうしたんですか?」


 そんな二人の前に王城で働いているメイドが声を掛ける。

 二人揃って互いの部屋とは違う別の者の部屋の前にいたら何かあったのか質問したくなる。


「すいません、レイナと少し会いたくて。部屋の中にはいないみたいですけど何か知りませんか?」


「レイナさんですか?レイナさんならケンキ君と一緒に訓練所にいましたけど」


「本当!?ありがとう!ミカ、いる場所がわかったし訓練所へと行こう!」


 ユカの言葉にミカは頷き、教えてくれたメイドへと頭を下げて訓練所へと向かう。

 そこに行けばレイナに会えると信じて。

 そして


「あれ?誰もいないね」


 訓練所へと着いたが誰もいなかった。

 ところどころに先程まで誰か使っていたような気配もある。

 いないということは既にレイナたちは去った後かもしれない。


「……そうね。あまり来たことは無いけど、ところどころ地面が抉れているし、入れ違いになったのかしら?」


「本当だ。地面が抉れている。どれだけの力を込めたら、こうなるんだろう?」


 思わずユカは訓練所の抉れている地面へと近づく。

 近くで見ると、離れて見ていたより、かなり深く抉れていると感じる。

 下手に脚を突っ込むと怪我をしそうだ。


「何をしているのよ?レイナがいないなら訓練所にいる意味は無いから出るわよ」


 ミカの言葉にユカは頷いて一緒に訓練所から出る。

 そしてお腹がすいたから探すよりも先に朝食を食べようと誘う。

 探している最中にお腹が減って動けなるのは避けたいからミカも頷いた。

 ミカはユカもお腹が減って動けなくなる寸前だと付き合いから理解していた。


「なにこれ、うま!」


 そして食事場へと近づくとレイナの声が聞こえてきた。

 レイナがいると分かってミカとユカは一斉に走り始める。

 そこにはレイナがケンキと肩を並べて料理に舌鼓を打っていた。


「あ……レイ「これ、ホントにケンキが作ったの!?無茶苦茶、美味しい!」」


「そうか。そう言ってくれると俺も嬉しい」


 そこには、かって自分達に向けていた笑顔を男に向けていたレイナがいた。

 男といっても女性であるレイナより背が小さいから年下かもしれない。

 それでも付き合って短いこの世界の者が長い付き合いの自分達と同じ笑顔が向けられているのが悔しく感じる。


「いくつか後で食べるために持って帰っていい?」


「構わないが誰かに分けるのか?」


「ううん。夜食でお腹が減ったら食べようと思って……」


「そうか。仲直りの為に使うのかと思ったが」


 ケンキの言葉にレイナは首を傾げる。

 仲直りとは誰の事を指しているのか分からないのだ。


「仲直りって誰と?」


「……?大事な友達が二人いるんじゃなかったのか?」


「もう私は元の世界とは縁を切るつもりだし。あの二人とも、もう友達でも何でもない」


 レイナの言葉にショックを受けるミカとユカ。

 自分たちが理不尽に傷付けたことも冷静になって理解できるから何も言い返せない。


「そうか。本当にこの世界に残るつもりなんだな」


「うん。何を言われても考えを変える気は無いわ」


 レイナの言葉にケンキは何も言わずに頷く。

 決めるのはレイナ自身だと口を挟む気はない。

 そんなケンキの行動がレイナにとって嬉しく思う。


「………何で?」


 レイナの嬉しそうに笑う顔が自分達ではなく、この世界の男に向けられていることにユカたちは嫉妬する。

 そして女の勘なのか自分達に二度とあの笑顔が向けられないことも悟ってしまった。

 今、レイナが最も心を許しているのが大事な友達だった自分達ではなく、一緒に食事をしている男だということが悔しくて二人は食事場から走り去った。

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