病み
「あれ?ここは……」
ユートが目を覚めると光が差し込まない暗闇の中にいた。
暗闇のせいで全く視えず、いま自分がどんな状況にいるのか分からない。
ただ分かることは自由に身体が動かせず手足が鎖か何かで縛られていることぐらいだ。
「………クソ!一体何が!?」
それでも鎖を外そうと視界が見えない中、ユートはガチャガチャと音を響かせながら動く。
そのお陰か部屋の扉らしきものが開いた音が響く。
「あ!ユート君、もう目が覚めたんだ?おはよう!」
少女の声らしき声が挨拶と同時にユートへと抱きつく。
ユートは少女の身体の柔らかさと匂いを満喫しながら鎖を外すように頼んだ。
「嫌だよ?これで、ずっとユート君が私のモノになるのに、なんで逃がすような真似をしなきゃいけないの?」
「は……?」
「あ、忘れてた。明かりを付けないと!」
少女が離れて少しすると明かりが付く。
そして自分の状況を確認すると全裸で鎖に縛り付けられていた。
「な……!?」
見知らぬ少女の前で全裸でいることに恥ずかしくて隠そうとするが鎖で縛り付けられていて隠せない。
「なんで、こんなことをしたんだ!?頼むから返してくれ!」
「だから嫌。あなたはこれから私のモノになるの。私のモノになってくれたら、この身体も好きにして良いんだよ?」
そう言って少女も服を脱ぎ、全裸になってユートに寄りかかる。
「クスッ。………誰にも渡さない」
そして、また一夜明けると隣に致してしまった少女がユートに寄りかかっていた。
今度は服をちゃんと着ている。
「ふふっ。やっと起きた。お腹がすいたでしょ?持ってきたら食べさせてあげるね。はい、あーん」
ちなみにユートは未だに全裸で服を着ていない。
それよりも服が来たい。
「悪いんだけど、服が欲しいんだけど。何時までも全裸なのは流石に嫌だし」
「何で?寒くは無いでしょ?それよりも食べないと冷めちゃうよ」
「いや、鎖も外してくれないかな?そうしたら自分で食べれるし」
ユートは少女に鎖を外してくれ、服を頼み込んでいく。
それを聞くたびに少女の目は冷たくなる。
「なら、これはいらないわね」
少女は食事をユートの前で投げ捨てる。
自分に指示されるのに腹が立ったようだ。
「ねぇ?私に従わないと食事を上げないわよ。取り敢えず服と鎖について何か言ったら食事を与えないから。だから、ご飯を上げない」
少女は本気だと示すために部屋から出ていく。
それを追いかけようとするが鎖の所為で手を差し伸べることすらできない。
そして空腹のまま、一日を過ぎていった。
二日目。
「おはよう。ユート君、昨日は反省した?私を不機嫌にさせなければ食事を与えてあげるからね。理解した?」
ユートは少女の言葉に首を必死に縦に振って頷く。
そんなユートに少女は持ってきた食事をあーんをして与えさせる。
目の前に持ってきた食事に必死にがっつくユートに少女は嬉しそうにする。
そして全部食べ終わると、よく出来ましたと頭を撫でる。
「ちゃあんと私だけのモノになったら鎖も外すし服を与えて上げますからね」
少女の言葉にユートは本当かと顔を上げる。
嬉しそうな表情をするユートに少女は本当だと満面の笑みを返す。
今、与えないのは完全に少女だけのモノになっていないからだ。
そして今日も己の身体を使ってユートを自分のモノにしようと行動する。
三日目。
少女はユートにいつも通りにあーんをして食事をさせる。
ユートは食事を与えて貰えるのは嬉しいが、やはり服を貰えないことと鎖を縛られていることに不満を持っている。
それを察した少女は食事を与えている最中に投げ捨てる。
「え………!?」
「私は言ったよね。鎖と服に関して何を言ったら食事を与えないって。何も口に出していない?眼で察せるわよ」
口だけなく態度でもダメだという少女に理不尽だと感じるユート。
それでも、いざという時に逃げるために体力を持続させるために必死に謝って食事を求める。
「ダメよ。これは罰なんだから。それに………」
口ではダメと言いながらユートに近づく少女。
これは許してくれるのではないかと期待する。
「私は絶対に貴方を逃がさない。どんな手を使ってでも私だけのモノにして見せる。だから逃げようなんて考えないでね」
少女はユートの耳元で告げて部屋から出て行った。
ユートは少女の言葉に身体を震わせて怯えてしまう。
四日目。
何も言わず不満も出来るだけ隠してユートは少女から与えられるモノを頂いていく。
少女も自分が与えたモノを素直に受け取るユートにご満悦だ。
ご褒美と言って自分の身体を味合わせてやる。
ちゃんと反応している事にも嬉しそうにする。
五日目。
この日は来なかった。
他にも誰も来なかったせいでユートは一日中、何も食べれなかった。
六日目。
この日も来なかった。
腹が減って何も考えられなくなる。
七日目。
腹が減り過ぎて寝て誤魔化すことすら難しくなる。
それでも、まだ来ない。
八日目。
空腹で眠ることすら出来なくなり徹夜する。
九日目。
ようやく少女が食事を持って部屋に入ってきた。
「はい。あーん」
少女は以前までのように食べ物をユートの口にまであーんをして運ぶ。
それに空腹もあって、がっつくユート。
それを確認しながら少女はユートの鎖を外す。
「あ………」
ユートは鎖を外されたことよりも少女が全裸であることに意識を向けてしまう。
これまで理不尽に縛り付けられ、いろいろなことを強要された憤りもあったのだろう。
目の前にいる少女に自分から手を出しにいった。
少女の口元の笑みに全く、気付かず。
そして自分の欲望を少女に思うがままに意識を失うまで叩きつけていた。
十日目。
ユートはまた鎖に縛られていた。
「またか……」
ユートはついつい鎖に縛られたことに不満を漏らしてしまい、直ぐにハッとして口を隠す。
周りを見るが少女の気配も姿も見当たらないことにホッとする。
(昨日は途中から鎖から外されていたのに、何で僕は逃げなかったんだ!?絶好の機会だったのに!)
逃げることよりも欲望を優先してしまったことにユートは後悔する。
もし欲望を優先しなかったら男女の差も有り、逃げることは可能だった。
「おはよう。昨日は鎖を外したのに私を求めてくれて嬉しかったよ」
少女が満面の笑みを浮かべながら、いつもの様に食事を持ってくる。
その言葉にユートは悔しそうに顔を歪める。
「ねぇ、ユート君はもう私のモノだよね?」
少女の言葉にユートは首を横に振る。
肉体的な関係を持ったとしても、それだけで誰かのモノになるのは認めたくない。
逆なら、むしろ積極的に認めさせていくが。
「なんで?」
だからこそ、少女の逆鱗に触れてしまう。
少女にとっては身体を許し、初めても上げたのに自分のモノにならないユートに怒りを覚える。
鎖に縛られたユートを怒りのままに少女は何度も叩く。
「なんでよ!?身体も許した!初めても上げた!それなのに何で私のモノならないの!?ねぇ、私のモノになった言いなさいよ!言ってよ!ねぇ!言え!」
何度も何度もユートを叩きながら少女は自分のモノになった言えと強要してくる。
だが何度も叩かれたからこそユートは何も言えなくなる。
何度も繰り返される痛みと口の中が切れ、腫れたせいで喋ることすら難しくなっている。
「…………何で言わないのよぉ」
少女は話すことが出来ないユートに何も言わないことに泣いて縋りつく。
ユートの現状を全く視ていない。
「ごめんなさい。顔も痛かったよね。ちゃんと貴方が私のモノになれば、こんなことはしないからね」
そして自分で痛み付けたユートの頬を撫でる。
その際に見せた少女の瞳にユートは背筋を震わせる。
少女の瞳は真っ暗で何も映していなかった。
「ちゃんと早く私のモノになってね」
それだけを言って少女は部屋から出ていく。
これまでユートは、誰か助けてくれるだろうと楽観していた。
だが少女の目を見てしまって、それが消えた。
自分が本当に少女のモノになるか死ぬかの二択だと理解してしまったのだ。
ユートが少女のモノにならなければ、無理やり心中してしまうことが分かってしまう。
それだけの目をしていた。
そして嘘でも少女のモノになると言えば、その場でバレてしまうのも直感で理解してしまう。
その場合は先程の様に激情のままに攻撃され、本人の意図とは関係なくに殺されてしまうかもしれない。
ユートは己の現状に絶望してしまう。
「…………どうしよう」
ユートは自分の能力を使っている。
それで自分の現状を変えようとしているが少女には意味がない。
むしろ使っているからこそ、今の自分の状況が更に厳しくなってくる。
好意を上げたからこそ、己だけのモノにしたいと行動をしていく。
共有しようとしていたユカやミカとは真逆だ。
かと言って能力を解くことも考えられない。
洗脳されたと気付いて逆に殺しにくる可能性を考えると、あり得ない選択肢だ。
「これだけの日にちも経っているんだ。異常を察知して誰かが助けに来てくれるはずだ。それに期待するしかない」
できればミカやユカが助けてくれることにユートは期待する。
ユカは周りを巻き込んで、ミカはその頭脳で探してくれているはずだ。
その時の為に鎖から逃げやすいように色々と仕込む必要がある。
十一日目。
「……ト!ユート!」
頬を叩かれて起こされる。
目を開けると眼に間にはユカがいた。
「ユカ!?助かった……。鎖に繋がれているんだが助けてくれないかな?」
「わかってるよ!ちょっと待って」
ユカは鎖を外そうとユートの鎖を確かめる。
捕らわれられている以上、外す部分もある筈だと部屋の中も確認している。
だが、ユカがいくら探しても見つからない。
「………え。ゴメン、ユート。私、もう逃げなきゃ!」
そう言ってユカは鎖を外そうとしていたのを中断する。
ユートには見えていないが他の者と一緒にユートを逃がすために来ている。
だが証拠も無しに入り込み、犯人は貴族の令嬢の為に逆に犯罪者として捕まえられる可能性がある。
平民よりも何倍も勉強して領地と領民を豊かにするからこその特権も貴族にはあるのだ。
簡単に言えば平民よりも裁判になったときに、ある程度有利になる。
しかも今回ユートを捕らえた貴族は善政を敷くことで有名で、人ひとり監禁したことが知られても何か理由があるのだろうと納得もされるぐらいには評価されている貴族だ。
裁判になっても、かなり貴族にとって有利な条件で終わるだろう。
むしろ逆にユカたちが貴族相手に裁判を起こしたとされて不評を受けかねない。
だからユカは鎖を外すことを諦めて逃げようとする。
「はっ!?ちょっ……!?ユカ!?」
あっという間にユカは部屋から出て消え去る。
理由も言わずに消えたことにユートは不満を持つが、そこまで文句を言うつもりがない。
少しだけ見えた表情にかなりの焦りが見えたの理由だ。
それでも、できれば教えて欲しかった。
そして数分。
「ユート。今日も………」
食事を持ってきた少女が会話を途中で切り上げて、鼻を鳴らす。
そして食事を床に置いて部屋中の臭いを嗅ぐ。
「ねぇ、ユート君。部屋の中に誰か来た?」
最後にユートに抱きついて匂いを嗅ぎながら質問する。
その質問にユートは顔を引き攣らせる。
ユカは時間にして数分ほどしかいなかったのに、臭いで誰かが来たことを察せる少女に背筋が凍る。
「いや、誰も来なかったよ」
「嘘だ!」
ユートの嘘に少女は激高する。
少女にとっては、この部屋に自分とユート以外の誰かの匂いがするのに誰も来なかったという嘘が許せない。
特にユートには女子特有の匂いがして、嘘だとわかってしまう。
「ねぇ、誰が来たの?折角、私だけのモノになるように閉じ込めたのに入って来るなんて。あぁ、でも良かったのかも。更に頑丈に閉じ込める必要があることが分かったのだし。それで、来たのはどんな娘なの?このぐらいは知っておかないと。ユート君は私のモノなんだから。絶対に誰にも渡すわけにはいかないわ」
ユートは顔を横に向けて話さないと意思表示をする。
その様子に少女は不機嫌になる。
その行動だけでユートはこの部屋から逃げたいのだと察することが出来たからだ。
以前から自分のモノになれば、この部屋から出しても良いと言っているのに、それを選ばず逃げようとするユートには怒りを覚えてしまう。
自分の身体をあんなに激しく求めた癖に何が不満なのか、少女にはさっぱり分からない。
「まぁ、良いわ。罰として今日も食事は無しね。…………あとは本格的に体罰も加えるべきね」
最後に付け加えられた言葉にユートは顔を青褪めさせる。
食事の量が減り、更に体罰を加えられることに顔が死んでしまう。
このままだと助けが来ても満足に動けなくなりそうだと予想してしまう。
逃げるときに足手纏いになって失敗してしまったら最悪だ。
「…………何度も言うけど私は絶対に逃がさないからね」
少女のまるで心を読んだかのような発言にユートは更に恐怖を覚えた。
十二日目。
「はぁ………。はぁ………」
朝から体を求められる。
ユートも快楽を得ているが最後の最後で止められる。
お陰で段々と快楽に我慢が出来なくなってくる。
「あぁ……!」
ユートは自分の思うがままに快楽を貪りたいと目の前にいる少女に手を伸ばそうとするが鎖に阻まれて叶わない。
その結果に悔しそうな表情を浮かべる。
「だから……言ったじゃない。私のモノになれば好きにして良いって」
少女の言葉にユートは何度も身も心も捧げると言うが、それでも鎖を外してくれない。
嘘なのかと捨てられた子犬の様な眼で少女を見る。
「本気じゃないじゃん。本気だと言うなら助けに来そうな子の実力や容姿とかも教えてくれるわよね。ただ快楽が欲しいから言っているだけでしょ」
少女の言葉にユートは否定できない。
だからユートは自分に近しい者たちの特徴を教えていく。
これなら快楽を最後まで与えてくれると期待して。
「へぇ!………なるほどね。良いよ、少しだけ素直になったご褒美に最後までしてあげる。鎖は外さないけど出来るだけのことは望むだけしてあげるよ」
少女はその言葉と共に更にユートへと密着した。
そして宣言通り、鎖を外さなかったがユートの望むことを全て叶えた。
十三日目。
「無駄だよ。君たちの特徴は全てユート君から聞いているから対策は万全だよ!」
外からユカやミカ、共に召喚された者達や学園で出会った者達の悲鳴が聞こえてくる。
快楽の為に情報を渡してしまったことにユートは後悔をする。
我慢して耐えれば今も鎖に繋がれていることは無かっただろう。
「ありがとう、ユート君!君の情報のお陰で返り討ちにすることが出来たよ!」
そして数時間後、少女がユートに抱きつく。
先程まで戦っていたせいか体中が汗だくになっていて、服が透けてしまっている。
その姿にユートは欲情してしまう。
「あら?」
当然、少女も察する。
今日の返り討ちに出来た理由はユートの情報だと考えているためにご褒美を上げようとしているくらいだ。
「ちょっと体を洗ってくるから待ってて!」
ユートにご褒美を上げる為に少女は身体を洗いに行った。
何時までも汗臭い姿で抱きつくのも嫌われるという考えもある。
それでも抱き付いてしまったのは、それだけ返り討ちに出来たことが嬉しかったのだ。
そして体を押しつける。
十四日目。
「ねぇ、ユートは私のことが好き?」
少女は自分が抱き付いている少年に自分のことが好きなのか確認をする。
それに対してユートは首を縦に振って頷く。
その事に気を良くした少女は更に踏み込んで質問する。
「私が一番好きだよね?私より好きな者はいないよね?」
「いや僕が今一番好きなのはレイナだけど」
ユートがそう答えた瞬間、少女に全力で殴られる。
「何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?」
同じ言葉を繰り返し何度も何度も少女はユートを殴る。
何度も身体を許した。
初めても捧げた。
それなのに自分以外の誰かが好きなのは感情が納得いかない。
これがミカやユカなら、まだ落ち着いて対処できた。
ユートの部屋でも何時も一緒にいることを知っていたから、更に好きにさせる為の努力も出来た。
それが全くの関係のない、しかも距離を取っている少女。
怒りでどうにか、なりそうだ。
「ねぇ、その娘ってユート君を避けていなかった?学園に来たのは、ほんの少しの間だけだったけど覚えているよ」
学園の殆んどの者がユートに近づいていくのに対し、逆に距離を取っていたレイナは酷く目立っていた。
他にも距離を取っていた者もいたが、ユートと同時期に転入してきたのが更に目立っていた原因だろう。
「……………っ」
ユートは少女の質問に答えることが出来ない。
先程、殴られたせいで意識が朦朧としている。
「それにしても一番好きなのは距離をとっている女性ね………。手に入らないからこそ好きになったのかしら」
少女は意識を朦朧としているユートを見て、どうすれば自分のモノに出来るか考える。
このままでは自分のモノになるのは拘束されている意地もあって難しいと少女は考える。
本当なら、このまま閉じ込めて自分以外に頼れるものがいないと依存させる目的だった。
だが一度、侵入された以上、どれだけ強固にしても二度目が無いとはいえない。
ならばとナイフを持ってユートへと近づく。
そしてナイフを隣に置いて、意識を朦朧とさせているユートを目覚めさせる。
最後は繋がっていたいからだ。
性的な興奮を促して少女は快楽を貪ろうとする。
既にユートの怪我も魔法で回復して全快させた。
「急に何で殴るんだ!」
ユートは鎖が外されたことに全く意識を傾けずに何度も殴られた仕返しだと少女の身体を使って快楽を貪る。
こうやって自分の身体に夢中になっている癖に一番ではないことに少女は不満に思う。
そして何度も何度も少女の身体で果て、ユートは少女の身体の上で満足げに倒れる。
その顔を見て少女は隣に置いてあったナイフでユートの首を掻っ切った。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
同時に少女は自分が本当に自分の意志でユートを好きになっていなかった事を知る。
好きでもない相手に自分の初めてを捧げ、身体を許したことに絶望してしまう。
あまりの嫌悪感に死んだユートの身体に何度も何度もナイフを突き立てる。
女性に偽りの感情を植え付け、意のままにする行為に怒りが溢れて治まらない。
「……………見つけた!無事か!?」
少女の両親らしき者が部屋に入ってくる。
ユートを紹介されて好意的に見ていたからこそ自分達よりも更に好意的に見えていた娘が心配になったのだ。
ユートが死んだことによって向けていた好意が消えて、それまでの自分に違和感を感じている。
ちなみに娘がユートを監禁していたことは知らない。
今日は久しぶりに家に帰っていたのだ。
普段は仕事場で泊まりになることが多い。
「あぁ、心は大丈夫?」
優しく少女に話しかけ近づいてくる両親に少女は今の自分に絶望し自分の胸にナイフを突き立てようとする。
大切に育てられたのに無駄にしてしまった自分が許せないのだ。
「待て!何を……するつもりだ!?」
少女の行動に両親は焦り走り寄る。
そして少女に辿り着く前にナイフが胸に突き刺さった。
「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」
少女の両親は娘が自分たちの前で自殺をしたことに狂ったように絶叫を上げた。
「どうかなさいましたか!?」
他にも少女の家で働いているメイドや執事が来る。
この者たちはユートが監禁されているのを知って黙っていたり協力していた。
可愛いお嬢様が好意的に見てしまう少年と付き合えば最高だなと善意で行動していた。
そして目の前で自殺をしている姿に意識が飛びそうになる。
「治癒魔法が出来る者は早くお嬢様に使用して!ナイフを抜くから絶えずに使用し続けてください!何もしないで死なせるより、行動した方が良い!」
一人の執事の指示に全員が従う。
新人だが誰よりも速く少女を助けるために動いているので従うことに否は無い。
そして。
「………。………」
ナイフを完全に抜き去り、メイドが少女の少女の息を確かめると呼吸をしていた。
その事を報告すると全員が歓声を上げる。
胸にナイフを突き刺したせいで心臓にも刺さっていたはずだが、的確な指示のお陰で一命を取りとどめれた。
少女が生きていたことに両親や使用人たちが指示を出した新人に感謝をする。
死なずに済んだのは新人のお陰だ。
「御主人様、奥様。話があるのですが……?」
そこに別のメイドが部屋に入って来る。
少女が自殺したことも、一命をとりとめたことも知らないからこそ新人に感謝するように手を握られている理由も知らない。
「あぁ、構わない。何があったんだ」
その状況のまま入ってきたメイドに何かあったか質問する。
その様子に困惑しながらメイドは要件を話す。
「その屋敷の前に複数の男女が絶叫を上げて気絶したり、自殺をしようとしているのですが……。今も何人かで自殺しようとしている者を止めているのですが、人手が欲しいです」
メイドの言葉に部屋に居た全員が少女を見て、今すぐ協力すると申し出る。
既に何人かが屋敷の前かと入ってきたメイドに位置を確認して向かっている。
「え……。え……?」
メイドはすぐさまに行動に移す同僚たちに困惑する。
だが、部屋に居た者達にとっては当然だ。
自分たちが仕える家のお嬢様と同じ被害者だと理解すれば助けたくもなる。
「ふむ。何人ぐらいいる?」
「はい!?えっと………二十名ほどですね」
「あら?意外といるのね。一部屋に複数人いれるとすると五部屋ぐらいかしら?」
「そうだな。あとは心療科の医師も呼ぼう」
至れり尽くせりな状況を作り出す屋敷の主人たちにメイドは呆然とする。
思わず、どうしてそこまでするのか確認してしまう。
「うちの娘も絶叫して自殺をしようとした」
「え!?」
父親の言葉に、そんなことは知らないと驚愕するメイド。
その姿につい先程の話だと聞いてメイドも、そういうことかと納得する。
そして同時に一つの考えが浮かぶ。
「それって数分前のことですか?」
メイドの突然の質問に両親たちは頷く。
何を思いついたのか興味があり、話を促す。
「実は屋敷の前でも急に絶叫を上げたりしたのが数分前なんです」
その者たちはおそらくユートの魅了を掛けられていたのだろう。
だから目が覚めて絶望したのだと理解できる。
それよりも、そのことに気付いていない、このメイドもまた気になる。
少なくともユートと会った者達は魅了に掛けられて多少は好意を寄せ、死んだら違和感を覚えるのに全く気付いていない。
そういう体質なのか、それとも鈍いのか判断が出来ない。
「そうか。やはり同じ被害者か。王宮にも連絡をしよう」
今はそれを置いておいてメイドの情報で確信を得て王宮へと連絡することに決める。
他にも魅了を掛けられている者もいるはずだと忠告をするためにだ。
「少しだけ離れる」
「わかったわ。直ぐに戻って来るだろうけど、それまで私が指示を出すわね」
「頼んだ」
そして少女の父親は王宮へと連絡する。
「知っている。今は対策の為にアイテムを造っていたのだが……。急にどうしてか彼に向けてしまう好意が消えてしまってな。何か原因は知らないか?」
王宮で働いている者は既に知っていたという事実に父親は驚き安心する。
自分に教えてくれなかったのは不満に思うが、下手に情報を広めるよりはマシだと判断したのは理解できる。
もし、知っていたらユートにバラシてしまった可能性もあった。
今は可能性のことを考えるよりも好意が消えた理由についてだ。
詳しい事情はまだ知らないが娘がユートを殺したことを報告する。
娘もユートを殺してから激しく絶叫したことにもだ。
「なるほど。ユートが死んだ影響か……。そのお陰で私たちが好意を向けることは無くなったか。………私の意見としては君の娘を処罰するつもりは無いが、どうなるか分からないな」
残念だが向こうの言い分も理解できる。
どんな理由であれ、娘は人を殺したのだ。
それでも可愛い娘なのだ。
出来ることなら罪をある程度、軽くしてほしい。
「………そうですか」
「安心しろ。君の娘も罪はかなり軽くなる可能性は高い。ユートを殺したことによって案外、感謝している者も多いだろう。罪の内容も形だけのモノになるだろうな」
相手の言葉に父親は安堵の溜息を吐く。
可愛い娘が処罰されることはあっても、直ぐに終わるのが嬉しい。
「それと君の娘も後で王宮に来るように。洗脳のことで後遺症が無いか確認する必要があるからな」
「それなら今、屋敷で洗脳された者達他にもいるので一緒に向かわせて大丈夫でしょうか?」
「そんなにいるのか?」
「えぇ。メイドが言うには屋敷の前に何人も来て絶叫を上げて倒れたらしく」
「そうか。………わかった。こちらから馬車を出すから、それに乗せてくれ」
王宮からの言葉に父親は従う。
馬車が来たら娘と屋敷の前で倒れた者達を乗せて、妻と共に王城へと向かった。