野宿
「料理は俺が作る。お前たちは魔獣を相手しろ」
ケンキが調理道具を手に、そんなことを言うとユーガとサリナはお互いに武器を取って立ち上がる。
メイとレイナは状況に理解できずに狼狽えてしまう。
「ケンキは動かないのか?」
「お前たちで狩れ。俺が行動するのはギリギリになってからだ。誰かが死にそうになったら助けてやる」
「ケンキくん。私は攻撃手段が無いんだけど……」
「頑張れ」
「………はぁ。ユーガ、私が出来る限り貴方の能力を強化したり怪我したら治癒するからフォローお願い」
「わかっている。だが俺の力を借りなくても、ある程度の攻撃位は避けれるようになる必要はあるはずだ。だから最低限のフォローしかしないが、構わないな」
「……そうだね。怪我も自分で治せるし、そのぐらいでないと先に行けないもんね行けないもんね。攻撃手段も何か一つでも得ないと………」
ユーガ達二人がケンキの言葉に何が起こるのか理解していることに、何が起きるのか確認しようとする。
「うん?あぁ、さっきケンキも言ったが魔獣が襲ってくる。警戒しないと油断して食われるぞ」
ユーガの説明にメイは首を傾げる。
全く魔獣が近くに来ている気配が無いのに本気で言っているのだろうかと。
逆にレイナは話を聞いて驚き自分の武器を手に取って立ち上がる。
例え、嘘だとしてもケンキの幼馴染である二人が武器をとったことに警戒しない理由は無い。
「ふぅ。私には全く分からないけど、そこまで言うなら分かったよ。信じてみようじゃないか」
メイも武器を構える。
その間もケンキは調理の手を止めない。
一人だけ全く別の行動をしているせいで気が削がれてしまっている。
ついつい武器を持っている手から力が抜けてしまう。
「はぁ。下から来るぞ」
それと同時にケンキが忠告する。
直後に地面から魔獣が襲い掛かって来る。
地上でも空中でもなく地面から襲い掛かって来るがレイナだけが驚いて行動することが出来ず、他の三人は落ち付いて対処している。
「すごい……。ってケンキ!?」
レイナが三人の行動に感嘆の声を上げるが幾つかの魔獣は調理をしているケンキに襲い掛かっている。
だが三人とも助けようと動かない。
背後から襲い掛かって来る魔獣にケンキは気付いていない。
そして魔獣の爪が突き立てられると思った瞬間、魔獣の首が崩れ落ちる。
いつの間にか手にしていた大剣でケンキが魔獣の首を刎ねたのだ。
大剣を手にしたのも首を刎ねた瞬間も全く視えなかったことに背筋が凍ってしまう。
「レイナ!ケンキに関しては心配するな!見えなかった魔獣に反応していたのがケンキだぞ。心配するだけ無駄だ。それよりも今は自分の事に集中しろ!」
ユーガの言葉にそう言えばとレイナは頷く。
確かに心配する必要は無いなと剣を構えて魔獣へと挑んでいく。
一体一体が弱いが剣を振るうたび伝わるに肉を切り裂く感触に気分が悪くなる。
自分が命を奪っているという実感に息が荒くなり、攻撃も激しくなっていく。
レイナは運が良かった。
今、相手している魔獣が数が多いだけで弱いということに。
ハッキリ言って暴走してしまっていて、他のメンバーがいなかったら途中で体力が尽きて殺されてしまっていた。
「どうせ毎日のように数だけが多い雑魚魔獣が襲ってくるんだ。命を奪うことに慣れて貰わないとな」
レイナが暴走している姿を見て計画通りと笑うケンキ。
ケンキにとっては今回はレイナに命を奪わせることで戸惑いを無くすことが目的だった。
同じ人相手だったら美徳になるかもしれないが魔獣相手や自分を殺そうとする相手にも、そうしてしまった場合、殺されてしまう。
元の世界に戻るつもりだとしても、この世界で生きている間は他者を傷付け殺すことに慣れて貰う必要がある。
そう考えると他の召喚者たちも同じだが、ケンキにとっては何人も見るつもりは無い。
見るとしてもレイナ一人だけだ。
他は別の者がやって来るれるだろうと考えている。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それにしても魔獣を殺すために剣を振るう度に絶叫をしているレイナの姿にケンキは溜息を吐いてしまう。
本格的に戦うことに向いていない。
ユートに色々と狙われているから戦えるようにしようと思っていたが、その前に壊れてしまいそうに感じてしまう。
それでもケンキは止めるつもりは無い。
少なくとも魔獣ぐらいは殺して当然だと考えれるようにならない限り、簡単に死んでしまう。
レイナに対するこれは荒療治の様なものだ。
「だいじょぶかな?」
「さぁな。少なくともケンキの目的は彼女が命を奪うことに慣れさせるためだろう。そうでなければ魔獣に殺される世界だ。多少の荒療治はしょうがないと思うがな」
「魔獣相手にも殺すことに戸惑っていたものね。今は勢いよく殺しているけど、暴走しているからだし。理性的に殺せるようになるまで、多分ケンキくんは続けそうだよね」
「全くだ」
自分よりケンキについて詳しい幼馴染の二人の会話を聞いてメイは溜息を吐いてしまう。
レイナには魔獣を殺すことにできるだけ早く慣れてもらい、余った時間でケンキとは色んな事を語り合いたいとメイは思っていた。
そもそもメイがユーガ達に協力したのはケンキと話をする機会を得るためでレイナの手伝いをしているのも、ついででしかない。
だから野宿に強制的に付き合わされることになって少しだけ後悔していた。
「はぁ……。はぁ……」
そしてレイナが疲れを見せ始め、背後に迫っていた魔獣の牙が突き立てられようとしている。
一緒に魔獣を倒していたユーガ達も、いくら魔獣が弱くても数の多さに疲れて気付いていない。
近くにいる魔獣を倒すのに意識を割いている。
「………思ったんだけど、レイナの世界って肉って食うの?」
そして、魔獣の牙が背中に突き刺さる瞬間にケンキが魔獣の首を斬り落とす。
背後からの声にレイナは振り向くと魔獣の首が落ちており、ケンキの手には大剣がある。
後ろから襲ってきた魔獣を殺して助けてくれたのだと理解する。
「もう一度、質問。お前の世界では肉というモノは食べているのか?」
ケンキは質問をしながらも剣を突き刺す。
突き刺した位置はレイナの真後ろ。
「ギャッ!!」
殺されるかと思ってレイナは地面に座り込んでしまう。
それを見てケンキは溜息を吐く。
「………今日はここまでか。明日もやるぞ」
そう言ってケンキは圧倒的な気を放出する。
それだけで襲い掛かって来ていた魔獣は立ち止まり、しり込みするように後ろへと下がっていく。
ユーガ達も圧倒的な気に動くことが出来ない。
「全員、地面に這いつくばれ」
ケンキは自分の指示に全員が従ったことを確認して手にしている大剣を横に構える。
そして横に大剣を振り、地上にいた魔獣を殲滅する。
ただの一振りで魔獣を殲滅した光景にユーガ達は目を擦ってしまう。
これだけのことを成すには上級の魔法を使うしかないと思っていたのに物理で片付けたケンキに目を疑ってしまう。
「………もう魔獣はいないな。それで、もう一度質問。レイナの世界では肉を食わないのか?」
何度も同じことを質問するケンキ。
レイナは、あれだけの光景を見せながらも同じことを繰り返すケンキに笑ってしまう。
そんなに気になることなのかと。
そしてレイナは自分たちの世界でも肉を食うと答えた。
「………おいしい」
レイナたちは魔獣を倒した後、ケンキが調理した料理に舌鼓を打つ。
漂ってくる匂いと同じように美味い料理にメイとレイナは女性として負けた気分になる。
例外としてサリナはケンキと料理のことで語り合っている。
あまりにも熱中していて、話に入れない。
「………ごほん!」
ユーガが咳ばらいをして注目を集めても、直ぐに二人は会話に戻ってしまう。
ケンキと会話をしたいユーガとしては寂しいために無理に会話に入ることにする。
「そういえば、何でレイナに肉を食うか聞いたんだ?」
「俺からすれば肉を食っているくせに魔獣を殺せないのは意味が分からないからな」
ケンキの言葉の意味を分からずに首を傾げてしまう三人。
これ以上はケンキも説明をする気は無いのか話さない。
そのことに溜息を吐いて美味しい料理に舌鼓を打つことにした。
「………何でこんなに料理が美味いのよ」
男なのに美味しいケンキの料理の腕前に嫉妬するようにレイナはぼやいてしまう。
ケンキは男が料理ができて悪いのかと不満に持つが、何も言わない。
それよりもサリナとの会話の方が大事だ。
「もしかしてケンキ、これから目的に達するまで毎日、お前の料理が食べれるのか?」
ユーガは今、気付いたと言わんばかりに質問するがケンキはそれに頷く。
それにユーガは拳を握って喜ぶ。
その姿にケンキも口元を少しだけ緩める。
自分の創った料理を求められているとわかると嬉しくなるものだ。
「食べながらでも聞け」
ケンキの言葉にユーガ達は佇まいを整える。
食事も止めたことにケンキは溜息を吐く。
食べながらでも良いと言ったのに、こうまでされると気後れしてしまう。
ユーガ達の行動に動揺して焦って真似をするレイナを見て癒される。
「取り敢えず全員、魔法使いは体術をユーガは魔法を一つでも覚えろ。覚えていたとしても使いこなせなきゃ意味が無いだろうが。その点、メイさんはどちらも上手く使いこなしていました。まぁ、学園を卒業して宮廷魔術師になった者だから当然でしょうが」
ケンキの批評にメイは喜び、他は落ち込む。
言われたことは事実だが、やはり劣っている部分を指摘されるのは辛い。
「…………そうだよね。………!ケンキくん、私に体術を教えてくれない!」
サリナの落ち込んでいたと思っていたら突然の提案にケンキは少し考えてから頷く。
ケンキ自身も悪くない考えだと思う。
何よりも自身の技術を他人に教えることで欠点の見直しが出来ることが良い。
「やった!」
両手を上げて喜ぶサリナ。
その反応にケンキはそこまで喜ぶものかと疑問に思う。
よく見るとユーガは悔しそうにサリナを見ている。
ケンキはユーガには悪いが今回は譲るつもりは無いと思っている。
(羨ましい……!サリナの奴、ケンキと訓練が出来るなんて……)
だが実際にはユーガはケンキに嫉妬をしているのではなく、サリナに嫉妬をしている。
そして、もう一人。
(私もケンキ君と訓練がしたいな。とはいえ始めるには、まだまだ時間があるはずだ。最低でもレイナちゃんがある程度のレベルに達するまでだろうね。それまでに加わる方法を考えないと)
メイは自分も一緒に訓練する方法を考え始める。
頼めば簡単かもしれないが、断られると怖いと思って策を弄してしまう。
「始めるのはサリナの件が終わってから。あと誰かを追加する気は無いから、誰かを連れてくるなよ。一度に複数人を見れる気がしない」
メイの予感は当たっていた。
ケンキは訓練をするのは一人だけだと明言する。
今はメイたち複数人を見ているが、自分の技術を伝えるとなると違って感じるように思っているのかもしれない。
「うん、わかった!」
サリナの笑顔が眩しい。
羨ましさでユーガとメイは顔を歪ませてしまっている。
そして、もう一人。
(うっわ……。どんだけケンキさんのことが好きなの?サリナさんは凄い笑顔だし、他は凄い嫉妬の表情でサリナさんを睨んでいるし)
レイナはユーガ達の反応に引いてしまっている。
あまりにもケンキへの執着ぶりにユートと同じ洗脳をしているのではないのかと警戒をしてしまう。
そもそも王城ではケンキと近い年頃の者はほとんどいなかった。
話を聞く限り最近になって出入りをする様になったと聞く。
思わずケンキから距離を取ろうとする。
「一つだけ言っておく、俺は洗脳系の技術は持っていない。というか、使うと考えたら面倒だ。バレたら犯罪だし、そんなことより研究や自分を鍛えることの方が大事だ」
その言葉にもジロっとした目を向ける。
その事にユーガ達は文句を言おうとするが、その前にケンキが答える。
「流石に自分が洗脳されたり親しい友人が洗脳されたら嫌だからな。ある意味、日常生活でも戦闘としても一番怖いし。まさか日常生活で警戒するのが正解だったと思う日が来るとは思わなかったけど」
ケンキはそう言って溜息を吐く。
その考えにはレイナも深く深く頷く。
何せ幼馴染二人を奪われ自分も狙われている。
この場で一番の恐怖を覚えているのはレイナだろう。
「…………わかった」
色々と飲み込むようにレイナは納得する。
その様子に更に説明を続けるケンキ。
「更に言っておくが、王子と王女は昔からの知り合い。立場を知ったのは最近だけどな。………本当に知らなかったから立場的に無礼なことを、かなりやらかしてきたけどな……」
ケンキはそう言って胃を抑える。
表情も暗くなっており、明らかに演技ではない。
「………そうなの?」
「ケンキ、俺たちは知らないぞ」
ケンキの言葉にユーガたち幼馴染が食いつく。
ユーガ達は王子たちとは会ってもいないし話も聞いていない。
それも当然だ、ケンキはその頃から夜に訓練をしていてバレると怒られるから話をしていなかった。
そして今更とはいえ怒られる気がするから説明する気が無い。
それに。
「何故か誰にも言うなとお付きの者と本人に言われていたからな」
ちなみに、その者たちからも子供がこんな遅くにいるなとケンキは怒られていた。
何度も何度も繰り返していると諦めたのか怒ることは無くなっていた。
「そうか。まぁ、相手は王族だからな。そういうこともあるか」
ユーガは納得しているがサリナは厳しい目でケンキを見ている。
おそらくは話していないこともあるのだと察しているのだろう。
そしてレイナはケンキの話に半信半疑だ。
それなら王城の者とも出入りしたのは最近でも親しいのも納得できる。
だが嘘でないとも限らない。
レイナはそんな信じられない自分が嫌になる。
「………はぁ。気にするな。お前の受けた災難を考えれば悪いことでは無い。俺は勝手にお前の受けた災難を想像して同情しているだけだ」
ハッキリと同情と言ってくるケンキにむしろレイナは好感が上がる。
そして自分の受けた災難を想像できるということはケンキもユーガ達を大事にしているのだと微笑ましくってしまう。
「………ありがとう」
レイナの感謝の言葉にケンキは何も言わず、何かを言えとメイに頭を叩かれていた。
「………それにしても、何でケンキ君が城の中をあっさりと通して貰えたのか漸く理解できたよ」
「あぁ、そのこと?俺も最初は何で検査もせずに通すなと思っていた」
「そうなのかい?」
「メイさんに王城に連れて行かれた日に初めて王族と関わっていたことを初めて知ったので。それまでは身分は高いとは思っていたけど王族とは想像もつかなかった」
あぁ、と納得するメイ。
話を横で聞いていたユーガ達もだ。
いくら身分が高そうな者と知り合っても正体が王族とは普通は思わない。
よくても貴族くらいだ。
「………そういえば貴族って、どんな人が多いのよ?私たちの世界では、国ごとに違うけど、ほとんどいないし」
「…………可哀想な者達」
ユーガたちはレイナの言葉に引っかかるところを覚えるが、それよりもケンキの言葉に冷や汗を流す。
可哀想とか、なんでそうなる!?
「可哀想って、何でよ?」
「王から預かっている土地と民を飢えさせないように努力する必要があるから。幼い頃、俺たちが遊んでいる頃は貴族の者たちにとっては勉強の時間でしかない。俺たちの数倍は勉強をしているのが貴族だ」
ケンキの説明にレイナを除いた全員は顔を引き攣らせる。
説明された内容はしっていたが改めて聞くと貴族じゃなくて良かったと思える。
今の説明に無かったが土地や民を飢えさせたりすると処刑されてしまうのが貴族だ。
正直、貴族より平民の方が余裕のある生活が出来る。
「へぇ。平民を虐げたりはしないんだ」
明らかにホッとしたような表情。
レイナの世界では、そんな貴族がいるのかと心配してしまう。
この国ではないが、どこか別の国でそんな貴族がいると聞いたことがあるが本当だとは思ってもいなかった。
「あっ。私たちの世界ではないよ。そういう話を聞いたことがあるだけだから」
レイナはそう言うがユーガ達は信じられない顔をしている。
少しレイナは興味本位で余計なことを言ったことを後悔してしまう。
「それよりも!ケンキさんとシーラ様の関係って、どんなの!?王城で偶々、見かけた仲が良さそうだったけど!」
話を逸らすために内容をケンキのモノへ返させてもらう。
だが直ぐに失敗したと気付く、どうもケンキに執着している三人がいる中で聞くべきことでは無かった。
三人の視線が鋭くなる。
レイナは自分に向けられているわけでは無いとわかっていても身を竦む。
「ケンキ。シーラ様とはどんな関係だ」
「……そうだよ。王族とは知らなかったとはいえ古い付き合いなんだよね?」
ケンキはサリナの言葉に頷く。
むしろ、それ以外の何があるのか疑問だ。
「流石に恋人とかでは無いんだろう?」
「当たり前だ」
頓珍漢な答えにケンキは溜息を吐きながら答える。
ただの幼馴染なだけだ。
ユーガ達には秘密にしていたが。
「それでもラーン様もシーラ様もケンキ君といるときは普段よりも楽しそうだけど?」
「自分の身分がバレても変わったのは口の利き方だけで基本的に接し方は変わっていないからじゃないか?」
「………本当はダメだと思うけどね」
当たり前だ。
ケンキが口の利き方を変えただけで基本的な接し方を変えていないのは王に頼まれたからだ。
どうも王であっても子供に甘いらしい。
年齢が近い対等な友人を与えたいらしい。
それに対し貴族ではダメなのかと思ってしまう。
「ふぅん。もしかしてケンキ君って貴族とも仲が良かったりしない?」
メイは冗談て言ったつもりだったのだろう。
ケンキはメイの言葉に首を縦に振って頷くと驚き固まる。
「ついでにユーガとサリナも、そう。二人は気付いているかは知らないけど」
「「は?」」
ケンキのカミングアウトにユーガ達も驚き固まる。
メイはこいつはどんだけ隠し事をしているんだとケンキを白い目で見ている。
「いや、俺たちは貴族と会ったことは無いはずだが……」
「そうだよ。それとも、もしかして学園にいる貴族の子たちのこと?」
「いや。普通に学園に来る前から知り合って遊んでいたが?多分、親たちは貴族の子供だと気付いていたぞ」
何それ知らない、とユーガ達は頭を抱える。
しかも親たちは気付いていたって、何で教えてくれなかったのか不満に思う。
「まぁ、そんなことはどうでも良いや。明日も朝から鍛えるから早めに寝ろ。俺はちょっと野暮用で離れる」
ケンキはそう言って頭を抱えて不満そうにしている幼馴染を置いて外に出ていく。
突然の行動に誰もついて行けない。
そのまま誰にも止められらないままケンキは外に出て行った。
「え………?ちょっ!?………本気でどこかに行きやがったわね」
ケンキはレイナたちから距離を取ると一気にスピードを上げて見えなくなった。
もう何処に行ったか分からず追いつけないだろう。
「はぁ。相変わらずマイペースだね。もう少し私たちに配慮をして欲しいよ。それとも気付かないうちに色々とやって安全だと確信できたのかな……?」
ケンキのこれまでの行動にユーガ達もため息を吐いて頷く。
もともと男性より女性の数が多くなるように行動していたし、宮廷魔術師のメイがいるからユーガが多少、暴れても大丈夫だと考えたのかもしれない。
この場合、ユーガが信頼ないのではなくレイナに配慮しての結果だろう。
「………ふむ。どうする?ケンキを追うか?どうせ位置なんて直ぐに把握できるだろうし、遠くからでも見れるぞ。逆に言えば近くに寄れば寄るほど危険性が増すが」
ユーガの提案に直ぐに頷くレイナ。
ケンキが何をするのか気になる。
どうやらユーガとサリナは予想出来ているらしく、メイとレイナは分からない。
「それじゃ……」
ユーガがそこまで言った途端、崖の崩れたような音が響く。
「何の音だい!?外に出て確認しよう!」
メイの言葉に従って設置したテントの中からユーガ達が出てくる。
そこで目にしたのは明るいうちに見えていた崖の一部が崩れて地面に落ちていた。
夜の暗い時間でも見えるのは月明かりで、まだ見えやすいからだ。
「ケンキの仕業だな」
「そうだよね。早速、色々とやらかしてしまっているし。明日の朝になったら説教ね」
どうやら二人にはケンキの仕業だと理解しているようだ。
メイもケンキの実力は知っているし、このぐらいのことはやりかねないと納得している。
レイナは、自然の光景を壊すケンキの実力に引いてしまっている。
「なんか、もう疲れた。明日もケンキの言葉通りに鍛えられるんだろうし、早く寝るか。特にレイナ、お前は早く寝ろ。俺たちの中でも最も体力無いんだからな。ぶっ倒れるぞ」
ユーガの言葉にレイナは色々と言いたいことはあるが、最後に自分を心配しての言葉だと理解して何も言わないことにする。
「そうだよね。多分、私たちにも限界まで追い詰めてきそうだから早く寝て体力を回復しないと。眠れなかったら一緒に横になってレイナさんの国の事を教えてくれませんか?」
レイナはサリナの提案に頷くと手を掴まれて上下に振る。
そこまで喜ばれると話すのも悪くない気がしてくる。
そして一緒にテントの中に入って横になった。
「………それでって、寝てるわね」
レイナはサリナ達に自分たちの世界のことを教えているが途中でユーガとサリナが寝ていることに気付く。
他に同性がいるとはいえ男性と一緒のテントで寝ていることに少しだけ不安になる。
「あぁ、悪いね。だけど安心してくれ。私は彼より強いから乱暴な行動はさせないよ」
乱暴と聞いて顔を赤くするレイナ。
それにメイは笑ってしまう。
「………っつ」
「メイさん?」
「ごめん。レイナちゃんは、ここで待っていて」
急にメイは顔を険しくしてテントの中から出ていく。
何が起きたのだろうとレイナは不安になる。
「………!………!………………!」
「………」
外で何か会話をしている。
最悪の状況を想定してレイナはメイたちを起こそうとする。
「何だ、レイナさん以外は寝てたのか」
入ってきたのはメイとケンキだった。
その事に安堵して肩を降ろすレイナ。
そしてケンキはもう一度、外に出る。
「中に入らないのかい?」
「夜に誰か襲ってくるか分からないだろう?見張りをする必要がある」
「君も年齢で言えば私より幼いのだから私に任せれば良いのに……」
「じゃあ明日は任せる。メイさんも寝ろ」
「はあ……。わかったよ」
どうやらメイが起きていたのは夜の見張りもあったかららしい。
ここまでして護ってくれていることにレイナは心の中で感謝する。
口に出して言わないのは寝ようとしているのに声を掛けて邪魔をしたくないから。
明日になったら礼を言うことに決めて寝ようとレイナは目を瞑った。
(寝れない!)
だがレイナは目がハッキリと覚めていて眠れない。
たまらずに起き上がりテントの外へ出る。
「………何をしている。寝ないのか」
外に出てテントの前にはケンキがいた。
威圧感さえ感じる声にレイナは何も言えない。
「寝れないのか?」
何も言えなく黙ってしまっているとケンキの方から聞いてきて、それにレイナは頷く。
それを確認したケンキは溜息を吐いて自分の目の前で座らせるように指示をした。
「…………失敗した」
ケンキの忌々しそうな声にレイナは身体を震えさせる。
何に失敗したとか気軽に聞ける雰囲気でもない。
ただ目の目にケンキが淹れたコーヒーが差し出される。
「それを飲んで寝ろ。少しだけ眠くなる作用を入れた薬も混ぜた」
「………それって催眠剤じゃあ」
「そうだが?」
何を当たり前のことを言っているんだという様子のケンキに渡されたコーヒーを投げつける。
なんてモノを飲ませようとしたんだと、怒りを込めて。
眠れないから何とかしようとしたのは理解できるが薬を掴うのはダメだろうと頭が痛くなる。
そのせいでユーガ達がケンキに執着する理由が何となく理解してしまう。
「はぁ。薬以外でないの?」
「あるが?」
自分の質問に即答してきたケンキにレイナはイラっと来る。
最初から、それを出せと睨んですらいた。
もう最初の威圧感にビビっていたレイナはいない。
そもそも勝手に威圧感だと勘違いしていただけかもしれない。
「そういえば、さっき失敗したって言っていたけど、どういうことよ?」
先程は聞く勇気が出なかった言葉について質問する。
あんな忌々しそうに言われてると気になってしょうがない。
「………今回の件。お前を鍛えた意味がないかもしれない」
「どういうことよ!?」
ケンキの答えに聞き流せる筈もなくレイナは詰め寄る。
だがケンキは顔を逸らして答えない。
「………何となく思っただけだ。確証も無いから鍛えるのは止めるつもりは無いが」
ケンキが何を予想したのか、さっぱり理解できないが言いたいことは解るのでレイナも頷く。
「はぁ。死んだとは思うけど、意味がわからない。………もしかして好意を操るだけ?指示に従っていたのは、あくまでも好意から?恋は盲目とよく聞くし」
好意、指示に従う、そんな言葉が聞こえてレイナはケンキに顔を向ける。
ある一人の男を思い浮かべ、同時に死んだという言葉に激しく動揺する。
「ん?……あ、やべ」
ケンキの焦った表情が見えたと思った瞬間、目の前の視界が暗くなっていく。
「迂闊だった。ついつい、こいつの前で余計な事を言ってしまったな。これで前後の記憶を失えば良いんだけど………」
レイナは僅かに残っていた意識でケンキの声を聴く。
急に意識がなくなっていく原因はこいつかと理解する。
いずれ仕返しをしてやると決意してレイナは意識を暗闇の中に落としていった。