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「アインリッシュ!!」
よろよろとベリッシュが駆けて来る。その後ろで、聖女もふらふらしながら此方にやってきた。
「アインリッシュ! アインリッシュ!! 良かった! 良かった!!」
ボロボロ涙を流すベリッシュを抱きしめたいのに、腕が重くて持ち上げる事が出来ない。
気持ち悪さも治まらない。
どうして、何が起こったんだろう
バタバタと廊下を走る音がし、勢いよく扉が開くと、少しやつれた父上が現れた。
ベリッシュの腕の中にいる僕を見て限界まで目を見開く。
あんなに驚いた父上は初めて見るなぁと呑気に思いながら、あまりの気持ち悪さに耐えられず意識を手放した。
次に目を覚ましたのは、見慣れた天井のベッドの上だった。
「ここは……僕の部屋……?」
右手に暖かさを感じて横を見ると、ベリッシュが僕の手を握って座ったまま眠っていた。
柔らかいその髪に左手を伸ばして撫でる。
じんわりとした温かさが手に広がり、夢じゃないのだと実感した。
僕は、戻ってきたのだ
「ん……」
身じろぎしたベリッシュに構うことなく撫で続ける。
ふわふわしたその髪は、とても柔らかくて気持ちいいいものだった。
ゆっくりと目を開け、僕の瞳と合う。焦点の合わない瞳でこちらをみているベリッシュにふっと笑みが零れて声を掛ける。
「ただいま、ベリッシュ」
「………っ!」
途端に涙を瞳に溜め、こちらに手を伸ばしてくる。
その手に触れられるように、顔を近づける。
最初は片手で、次第に両手で僕の頬を包む。
「温かい……」
「うん」
「本当に……?」
「うん」
「アインリッシュ……?」
「うん。いるよ。ここにいるよ。ベリッシュの所に、帰って来たよ」
頬を包むベリッシュの手を、上から包むように握る。
少しだけその手が震えていた。
お互いの瞳にお互いしか映らない。ベリッシュの瞳に映っている僕は、情けない泣き顔だった。
見つめ合ったまま、涙を拭うのも忘れて見つめ合う。
あぁ、拭ってあげなければ
ベリッシュの目尻にキスを。もう片方にもキスを。
頬を伝う涙にもキスを。
「ん……」
擽ったそうにベリッシュが身をよじる。
お返しとばかりに、僕の目尻と頬にキスを。
幸せだと、思った。
けれど、それでも涙が止まることは無くて。
僕らはそのまま、泣きながらキスをした。




