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「う……ぐっ……?」
急に魔王が胸を抑えながら膝をつく。
何が起こったのか分からず、しかし近づく事も出来ず、その光景を立ったまま見ている事しか出来ない。
額に汗が滲み、苦しそうに息をする
ハッハッと
「くそっ、やってくれよる、や、ないかっ」
呼吸がどんどん荒くなっていく。
リベルア様が何かに気づいたように顔を上げ、呆然と口を開く
「アインリッシュ君……?」
「何!?」
「まさか……内側から……?」
「どういう事だリベルア」
ハインデルト様の問いにリベルア様も確信が持てないのか迷うように視線を彷徨わせる。
口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、おずおずと話し始めた。
「少しだけ、アインリッシュ君の魔力を魔王の中から感じるんだ。でも、そんな……」
「まだ魔王の中にアインリッシュ君がいるという事か!?」
期待を込めた様にリベルア様を見るが、かぶりを振る
その仕草にまた全員の顔が暗くなってしまった
「違う、けど、アインリッシュ君がなにかの魔法を発動させたのは間違いない。しかも、魔王を殺してしまう程の……」
「一体何をしたのよ……」
苦しむ魔王をただただ見つめる事しか出来ず、手を下す事もできない。
いや、手を下す事をしなくても、このまま魔王は、もう
「魔王様!!」
その時、突然空間が割れて一人の少女が飛び出してくる。
小さなその体で魔王にしがみ付き必死に声を掛け、揺すった。
「魔王様! やだやだやだ魔王様! 帰ろう! 早く!!」
魔王の体を支え立たせようとするが、もうそんな力も残っていないのか魔王は立ち上がる事が出来ないでいる。それでも懸命に立たせ、魔界に戻ろうと少女は必死だった。
「もどっりぃな、あかんっ」
「嫌です! 戻ってくるって約束したじゃないですか! 一人に何てしないって」
涙をぼろぼろ零しながら縋り付き泣く少女
訳が分からず戸惑いながらその光景を見ていると、少女がこちらに気づき敵意を向けむかって来ようとした。
慌てて臨戦態勢を取るも、魔王が彼女を守る様に引き留める
「聖女!」
ありったけの力を振り絞って魔王が叫ぶ
「魔界にっ、送って…っ、くれんかっ」
「……っ」
言葉に詰まる聖女に苦し気な視線を送り、少女を抱きしめる
「分かる、やろっ。どうせ、もっどっても、なごぉ、ない」
「魔王様!」
抱きしめられながら少女は、魔王の胸に顔を埋めて縋りつき泣く
「はっ、ぐぅっ…。頼むで、聖女……わかるやろっ。お前にはっ」
「何がだよ……」
「置いてっいかれる側の、気持ちやっ」
カッと頭に血が上る
お前に何が分かるのか。二度目は、お前が奪ったんじゃないか。
「どうしろって言うんだよ……」
「封印を、すればええんや。わかるやろっ。クライマックスやでっ」
噛み締めた唇から、鉄の味がする。
二人を見ても、あの時ゲームで見た光景とは一致しない。そもそもあんな少女は出て来なかったはずだ。
どうするべきだ。目の前にいる奴が憎い。憎くて仕方ないのに、少女の姿があの時の自分と重なってしまう。
「聖女様」
ギルバートの問いかけにうつ向いていた顔を上げる。
静かなその瞳と合うと、眉を寄せ再び俯く。
分かっている。封印するという行為自体が大事なのだという事位。このまま待っていても魔王はいずれ死んでしまったとしても。封印したという事実が必要なのだ。
それは、アインリッシュも望んでいた事で。
前世の、彼の顔が思い浮かぶ。
少しだけ目の前がぼやけた。
『汝が罪を 悔い改めよ 汝の枷をその手にその足に 汝のあるべき場所に縛りつけよ』
血がにじむ唇で、呪文を紡ぐ
二人の足元に魔法陣が浮かび上がり、風が吹き荒れる
『汝らを 永久に 目覚めることのない眠りに』
徐々に魔王と少女の姿が薄れていく。
最後に、ありがとうと、呟いたのが聞こえた。




