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翌日は早朝から世界樹に向けて出発した。
あの後テントに戻ったら嘘の様にぐっすり眠れてしまった。
きっと僕は誰かに弱音を聞いてほしかったのかもしれない。
前回の馬車が襲われた時の様に魔獣が行く手を阻むかと思っていたけれどその気配は全く無かった。
「何も出て来ないねぇ。魔獣の気配すらしないよ」
「嵐の前の静けさと言うやつかもしれないな。油断はできない」
もくもくと森の中を進む。
世界樹が近くにあるからだろうか。穢れを纏っていたとしても、清浄な空気を感じる。
「うん…今日はこれ位にしておこう。三日ほどかかるかと思ったが、意外と明日には着けそうだな」
辺りが少し薄暗くなった所で、今日は進むのを止める事にし、完全に日が落ちる前にテントを張った。
食料は昨日、ハインデルト様とナタリアが狩ってきた獲物の残りで足りた。
本当に思いの外大きな獲物を狩ってきたらしい。
ナタリアに凄いねなんて言った時には得意げに微笑まれ、これ位の事が出来ないとアルフレッドの嫁なんて務まらないわと言われてしまった。
部長の嫁になるには並々ならぬ努力が必要らしい。
「アインリッシュ君、ちょっといいかい?」
「はい」
ハインデルト様に呼ばれてテントから出る。
そこにはリベルア様もいらっしゃった。
「アインリッシュ君、君に伝えておかないといけない事があるんだ」
「……何でしょうか」
嫌な予感がする。
聞いてしまったら、僕は僕でいられなくなってしまうような
「……君と魔王を引きはがす術が見つからないんだ」
「申し訳ない…あの教会の司祭にも、何か方法は無いかと聞いたんだが、こんな事は初めてだと言われてしまって……」
「世界樹を浄化した時に、もしかしたらが起こるかもしれないけれど、その保証は全くない。そして、君をそのままの状態で帰すわけにもいかない」
「……分かっています」
分かってる。分かっている筈だった。
でも、改めて言われてしまうと、心に黒い影が落ちる
「明日、もし浄化しても切り離せなかった場合……君は……その……」
言葉を詰まらせるハインデルト様を見て、口角を上げる
「大丈夫です。分かってはいたことですから」
「…すまない。君を、無事にベリッシュの所に帰すと約束したのに」
「しかた……っ!」
仕方のない事なんですと言おうとした言葉は声にならず、僕は後ろに倒れるように意識を持っていかれる
この、感覚は
驚き目を見開きながら支えようとかけて来るハインデルト様とリベルア様を見て、僕は少しだけ目尻から涙が流れた気がした。




