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さよなら噛みつきヒーロー  作者: ゆらゆらゆらり
20/23

ゴミ箱へのプレゼント

 奈々子は余韻にしたるように、しばらく馬場を眺めながら、今日のことを思い出していた。

 ふと、笑みがこぼれる。いつもと違い、積極的に動いていた自分になんだか笑ってしまった。


(どうしたんだろう……今日の私は)


 なんだか少しだけ嬉しい。

 なんだか少しだけ気持ちがいい。

 なんだか少しだけ変われたような気がする。


 奈々子は軽い足取りで出口へと向かう。

 そその時、どこからか大声が、


「ワン・ツウ・ワン・ツウ・スリー・フォー」


 周りの人たちが足を止め、声のしたほうへと視線を送っている。奈々子もつられるように、視線を送ると、


(野外ステージだろうか?)


 そこに一人立つ姿がある。

 本当の名前は知らないけど、奈々子が勝手に〝まるちゃん〟と呼ぶ男性の姿に、思わず微笑んでしまう。


 まるちゃんは奈々子と視線が合うとニッコリ笑い「いくぞー!」と叫んだ。そして、歌いながら踊りだした。

 それは、ちょっと前の女性アイドルの曲で、振りはめちゃくちゃだった。でも、大きな体を軽やかに動かし、大汗をかいている姿は誰もが笑顔になるような楽しさと、誰もが抱きしめたくなるような愛らしさがあった。


 だってほら、みんなが嬉しそうに、笑顔で拍手を送っているでしょ。

 奈々子はゆっくりとステージへと近づいていった。


 その時だった。


 奈々子の横を二人の男が駆け抜け、一気にステージへと上っていった。


「こら! 何してる。ダメだろ、ここにのぼっちゃ」


 警備員が少し微笑みながら言った。

 なんだか警備員も、そのまん丸顔の大きな男の踊りを本当は止めたくないような、もう少し見ていたいような、そんな感じに見えた。

 でも、自分がまとっている制服がきまりを破ることを許してはくれず、止めに入ったという感じだ。


「すいません」


 まるちゃんは苦笑いをし、顔をタオルで拭いた。


「はい、はい。下りて、下りて」


 微笑みながら言う警備員の言葉に従い、素直に下りてきた。

 警備員は「もう、のぼっちゃダメだぞ」という言葉を残し、去っていった。

 警備員に頭下げたまるちゃんが、奈々子へと顔を向けた。苦いを浮かべばがら、奈々子のもとへ――とその時、


「ダイマル! バスに間に合わないよ」


 まるちゃんはその言葉に後ろを振り返り、「ちょっとだけ。待っていて」と言い、奈々子のもとへと走ってくる。


「おーい! ちょっと」


 そんな声がまるちゃんの後ろに見えるスーツを着た男性や、OLらし女性たちから聞こえてきた。だが、まるちゃんは無視するように奈々子のもとにやってきた。


「マサル、すごかったねぇ。さっきマサルをバカにするようなことを言っちゃたから〝お詫び〟と〝称賛〟を込めて、歌って踊ってみました」


 笑顔で言うまるちゃんに、奈々子の顔も自然と緩む。


「そうですねぇ。マサルもすごかったけど、あなたのダンスもすごかったです。楽しかったです」


 まるちゃんは照れくさそうに笑った。

 そんなまるちゃんに「早く。乗り遅れちゃうって」という声が飛んできた。


「すぐ、行くって!」


 振り返って答えた後、ポケットから何かをだし、ペンで何かを書いて、奈々子に手渡してきた。


「あっ、これ」

「なんか一緒に、応援したくなって買っちゃった」


 奈々子は自分が手にしているものへと視線を落した。


 馬券、そこにある【マサル】という印字に目が止まる。


「ダイちゃん! 早く」


 女性のそんな声が耳に届いてくる。

 まるちゃんは「すぐ、行くって」と顔を向けた後、奈々子にへと顔を戻し、


「ごめん。急がなきゃダメみたいで」そう言いながら、奈々子が手にしている馬券に視線を送り、「それ、俺の名前」


 馬券にはサとルの文字の間にVがあり、その中にハの字があった。


「じゃー、呼んでいるから」


 その声に視線を上げると、走り去るまるちゃん、いや、マサハルが目に映った。

 一旦立ち止まったマサハルが振り返り、


「いらなきゃ、ゴミ箱にでもプレゼントして」


 そう言って笑顔を向けるマサハルに、奈々子も笑顔で応えた。


 マサハルが仲間たちのもとに戻ると集団は走り去っていった。

 奈々子とは違うバスに乗るようで、別の方向の出口に向かっている。


(大きなマサハルで、ダイマルか)


 突然、携帯電話が鳴りだした。

 バッグから携帯を取りだし、画面で相手を確認し、電話を耳にあてた。


「奈々子! どうしたんだよ?」


 そんな声が聞こえてくる。怒りと戸惑いが混じり合った声。


(そういえば、まさるは待たされるのなんて、初めてかもしれない。私はいつも待ってばかりだけど。だから、それにしても、今頃電話してくるってことは、今日も相当遅刻して駅に来たんだろう)


 何やら電話の向こうで、まさるがしゃべっている。

 奈々子はその言葉を無視するように、


「さようなら、まさる」


 カラッとして、想いのこもっていない軽い、軽い言葉だった。

 奈々子はスッキリした気持ちで電話を切った。

 すぐに電話が鳴りだしたが、気にすることなく、電源を切って、バッグにしまいこんだ。そして、視線をもう一度、馬券に向けた。


「マサハルか」


 そう呟き、名前の下に遠慮がちに小さく書かれた電話番号に微笑み、歩きだした。そして、ゴミ箱の前で立ち止ると、その中へ馬券をプレゼントした。


 ゴミ箱の中に【マサル】と印字された馬券が舞い落ち、もう一枚の【マサハル】の馬券が大事に財布の奥にしまわれた。


「さよなら、まさる」


 もう一度、そう呟くと軽やかな足取りで出口へ向かった。

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