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炎術師  作者: かーさとー
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プロローグ

はじめまして。お目汚しですが読んでいただけると幸いです。拙い文章なのでアドバイスや感想くださると泣いて喜びます。

――魂の最も純粋な部分は火でできている。精神の火は移ろうことを知らないため、純粋な魂は永遠である。しかし実際の魂は様々な不純物で濁っている。。それゆえ我々の魂は揺らぎ、弱り、やがては消えてしまう。ただしそれは単に悲観すべきものでもない。何故ならそれが人間にとっての心ということであり、我々が時の流れを感じるということなのである。


背後に気配を感じ、読みかけのページを閉じる。

振り返ろうとすると、途中でわっと言う無邪気な声とともに両肩を掴まれる。

その声ですぐに誰が後ろにいるのかが分かった。

振り返ると、少女が悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「まーた、こんな木陰に隠れて。それ、また書庫からから黙って持ち出したの?」


「脅かすなよリリィ。いきなり肩を掴むから、首を痛めるかと思った。」


「あー、ごめんごめん。で、それ何の本なの?」


こちらの言葉を軽く流し、リリィは俺の手元を指さした。


「なんだっていいだろう。」


「もう……。まあいいけど、もしばれても私は知らないからね。日ごろから素行不良ってわけじゃないし退学にまではならないだろうけど、巻き込まれるのはごめんだわ。それよりこれ。」


そういってリリィは亜麻色の紙切れを差し出す。

彼女は常習化した僕の不正にもはや慣れてしまったようだ。

このごろでは呆れるだけで煩く注意することもなくなってしまった。

単に言っても無駄だと諦められているだけかもしれないが。


「これは……アイザ語だな。薬草の利用について書かれたもののようだが。」


おそらく講義に関するものだろう。

いかにも優等生の彼女らしい美しい字がきれいに整列している。


「その4行目からの文の意味がいまいちわからなくて。」


「どれ……。ええと、これは……『モノイワズの葉は加熱すると苦味が消え食べやすくはなるが解熱剤としての効果は薄れる』……それからその先は……、うーん、確かにあまり見ない単語が多いな。多分だが、訳するとしたら『そのため、あくまで薬として用いる場合には生のまま使い、苦味をおさえる必要がある場合にはゴシキマメや甘味の強いトウザサの茎を一緒にすり潰すなどの工夫をする。』大体こんな感じだろう。」


「ふーむ……なるほどね……。トゥラ・ヌンテってあるのはゴシキマメのことだったのね。……うん、わかったわ。確認のためもう一回はじめから訳してもらってもいい?」


俺は頷いて同じ訳文を繰り返す。

リリィは目を閉じ眉間にしわを寄せながらそれを聞いている。

それは彼女が何かを記憶するときの癖だ。

彼女は記憶力が抜群にいい。

二度もきけば大抵のことは彼女の脳に詳細にいたるまでしっかりと刻まれてしまう。

入学試験のころからずば抜けた成績で、普通の人間が数年かかるところの課程を1年と半年で終えてしまった。

このぶんならあと1、2年もたたないうちにこの学校で得られるほとんどの知識を吸収し終え、将来有望な炎術師としてのキャリアをスタートさせるのだろう。

彼女より1年はやくオークウェルに入学した身としては彼女にあっさり抜かされてしまったことが歯痒くもあるのだが、どこか清々しくもあった。

そう思わせてしまうところが、やはり彼女は天才なのだ。

勉学の面で俺が彼女に勝っているものはそう多くはなかったが、ひとつだけ彼女が苦手とする語学でだけは俺が教える側だった。

苦手と言っても、平均的な学生より彼女のほうが1年ほど先を進んでいるのだが。


「うん、よし、オーケー。助かったわ。いつもありがとね。」


僕が訳文を言い終えてしばらくしてから、リリィはパチッと目を開け、あまり見せないが人好きのする笑顔で礼を言った。

この分だと語学でも抜かされる日はそう遠くないな、と思いながらも、少し彼女をからかいたくなってくる。


「ああ。いつでも来な。だけどいい加減友達増やしなよ、優等生さん。」


「はあ?仕方ないでしょう、他の人たちはみんなお互いに付き合いが長いんだから!それに、友達がいないわけじゃないわ。ただ、多くないってだけよ。」


彼女は予想以上にムキになって反論してくる。どうやら気にしていたらしい。


「友達ねぇ……」


わざとらしく首をかしげると、彼女は少し顔を赤くしてうろたえる。


「なによ……。」


「もしかしてこの前一緒に歩いてた女たちのことを言ってるのかい。お前さん、遠目から見て大分浮いてたぜ。」


「う……。」


意地悪くニヤニヤしながらそういうと、リリィの顔が歪む。

まさか見られていたとは、という本音がその顔から透けて見えるようだ。

実際、彼女が並んで歩いていた女学生たちははた目から見ても彼女とはまるでタイプが違っていた。

学生には少々華美な赤や黄色の色とりどりのローブをまとった女生徒たちの隅で、学者然とした質素な格好のリリィは地味を通り越して何か切ない感じさえ抱かせたのを思い出す。


「無理して付き合ってるだろ。」


「だって、女の子なんてほとんどいないし、それに男とばっかり話してるとあの子たちから嫌味言われて面倒なんだもの……。」


リリィは急にしゅんとしてしまう。たちまち俺のほうには罪悪感が芽生えてくる。


「いや、そんな、落ち込むなよ……。その……普段どんな話してるんだ?」


「ほとんどお洒落のこととか、流行のこととか。」


むすっとした顔である。

なるほど、友人の会話についていけずに必死に話をあわせる彼女の姿が目に浮かぶようだ。

それも無理からぬことだろう。

もともと炎術を学ぶのは殆どが男であり、女もいるにはいるがかなり少数である。

さらにそのほとんどが裕福な出の娘で、結婚前に多少の教養を身に着ける意味で学校に入るのが一般的だ。

高い学費が払えれば入学することはできるため、彼女のように競争の激しい試験を受けて入学する女学生は稀である。

もっとも彼女の境遇は少々特殊なのだが。

学業へのモチベーションなどもまるで違う。

要するに彼女らは遊び半分なのである。

そういう意味で、話が合わないのもある程度仕方がないのだ。


「まあ、その、なんだ。頑張れよ。」


俺は何を言うか考えた挙句、取りあえずそう言ってぐっと親指をたてた。


「なによそれ!面倒くさいって思ってるでしょ!」


無言で目を逸らすと彼女は半分涙目になって怒り出す。


「何かいいなさいよ!ねえ!ああー、もう、いいわ。午後の講義があるからそろそろ行くから。あなたも少しは真面目にやりなさい!」


最後にそう言い残すと彼女は亜麻色の紙を手元でひらひらさせながら足早に去っていった。


「真面目に、ね。」


後ろ姿を見送りながら俺は苦笑した。

俺どころか大方の人間は彼女と比べれば不真面目になるのだろう。

生まれてから今日にいたるまで、彼女ほど炎術にすべてをかけてきた人間はいないのだから。


---------------


それから1年と半年後、リリィは18という若さにして炎術の学位を修め、炎術師として働くことを正式に学校に認可された。

卒業の日、本来男子生徒用のぶかぶかのアカデミックドレスに身を包んだリリィはひどく不格好だったが、彼女はそんなことを気にする様子もなく満面の笑みを浮かべていた。

まぶしくなるような笑顔の彼女に、俺は心から卒業おめでとうと言った。


「ありがとう。まあ、1割くらいはあなたのおかげね。」


「そうかい。じゃあ俺は炎術史に残る偉大なる天才、リリィ・フォアサイズの恩人だな。悪い気はしない。」


そういうとリリィは少しはにかんだ。


「うぬぼれすぎよ。それに買いかぶり過ぎ。でもまあ、あなたにはいろいろと感謝してるわ。」


「君の活躍を応援しているよ。君は俺たちオークウェルの学生の誇りさ。」


「ええ、そうなるよう努めるわ。」


遠くのほうでリリィの両親が彼女を手招きするのが見える。


「ほら、君の両親が呼んでるぜ。」


「ええ。」


リリィはそちらに駆け出した。

しかし途中で立ち止まり、こちらを振り向く。

その顔は何か言いたげだったが、俺が笑って手を振ると、またあの眩しい笑顔をこちらに向けて手を振り返した。

そのまま彼女は色とりどりの花が咲く明るい花壇のあるほうへ駆けていった。


------------------


リリィが卒業して2年間の間、炎術師として活動する彼女の功績はことあるごとに耳に入ってきた。

彼女の噂を学校の友人の口から伝え聞くたび、僕は普段通りの表情の裏で小躍りしたい衝動に駆られたものだった。

彼女は母校の先輩として、そして一人の友人として俺自身の誇りになっていた。

彼女は各地を周りながら炎術の研究と技術の普及に尽力していた。

彼女の活躍は力学から基礎炎理学、炎術工学、心炎術、さらには医学や薬学と分野を問わず目覚ましかった。

学生の頃からリリィは天才的な才能の片鱗を見せていた。

彼女は全く違う複雑な概念を彼女なりの方法でつなぎ合わせ、時には誰にも理解できないようなやり方で答えを発見する。

炎術師となった今、彼女はその才覚を思いのままに発揮しているようだった。

彼女の名声が高まるにつれ、炎術師として世にときめく天才リリィ・フォアサイズと並んで仕事をすることが、いつしか俺の夢になっていた。


戦争がはじまったのは、リリィが学校を去ってから2年と少し経った後、俺が炎術師となって間もない頃だった。

長年友好的だった我らがメディシア王国と隣国トラゴテスタの関係は、トラゴテスタの国王がその実弟によって暗殺されて以来、一転して緊張状態となった。

メディシアは前国王の息子が王位を継承するよう要求し、小麦などの貿易を制限していたが、前国王の弟は頑として王位を譲らなかった。

やがてしびれを切らしたトラゴテスタは国境のムーラン川を越えてメディシアに侵攻した。

炎術師は軍医や技術兵として、あるいは将官として戦争に参加した。

俺は薬学の成績が良かったから、軍医として傷ついた兵の治療に当たった。


戦争は悲惨なものだった。

もともと、戦力では両国はほとんど五分のはずだった。

実際、戦火が切られてしばらくの間は両国の戦況は硬直状態にあった。

しかし次第に、謀略に長けたトラゴテスタによってメディシア軍の方々で寝返りが横行し始めた。

炎術師もその例外ではなかった。

主に軍医や技術兵として戦列に加わっていた炎術師の中でもメディシアを裏切るものが後を絶たず、治療のための薬品や炎術を利用する火器を火種にし、多くのメディシア兵が味方の炎に包まれて死んでいった。

長くメディシアの国を支えてきた炎にその身を焼かれ、のたうちまわる兵士の姿は消えない傷になって俺の両目に焼き付いている。

あの戦場は地獄そのものだった。


俺の祖国、メディシア王国はそうして無残な最期を遂げた。

王侯貴族はほとんどが虐殺され、女性であれば一日に何人もの男に犯された挙句、娼館に売り渡されたり、農奴の妻に身を窶すことになったと聞く。

しかしそれよりも俺にとって衝撃だったのは、トラゴテスタが炎術という学問自体を弾圧し始めたことだった。

メディシアの発展を支えてきた炎術はトラゴテスタに吸収されることもなく、炎術師はトラゴテスタへの反逆者として扱われ、俺が学び、誇りとしてきたオークウェルは校舎ごと焼き払われることになった。


オークウェルが激しい炎に包まれたあの日、多くの旧友はトラゴテスタ兵によって捉えられ、街の広場で業火に焼かれて死んでいった。

炎に包まれる校舎を逃れ、俺は必死の思いで追っ手を振り切った。

手足に焼けどを負いながら逃げて、逃げて、逃げ続けた。

どこまで逃げればいいのかも分からなかった。

立ち止まれば追いつかれるという恐怖にとりつかれてただ足を動かした。

ついに動けなくなって倒れ込んだとき、不思議と脳裏をよぎったのは死への恐怖ではなく、また家族や祖国での思い出でもなく、かつての友人、リリィ・フォアサイズのことだった。

彼女は無事だろうか。

ぼんやりとそのことだけを思いながら、俺は冷たい地面の上で力なく目を閉じた。



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