非日常の世界へ〜6〜
「悪魔…?馬鹿なこと言わないでください。悪魔なんている筈ないじゃないですか。」
「そのいる筈のない悪魔を頼って来たのは貴方でしょう?
それに悪魔なら貴方の目の前にもいますし何より、すぐ側にくっついているじゃないですか。」
悪魔、と言う単語に嘲りを含んだ冷笑を返した鶫を見て、ゴートは面の下の目を細めて丁度鶫の顔の辺りを指差す。そこに視線を沿わせたフレイが何かに気付いたように、なるほど…と息を吐き出す。そして一瞬にして鶫と距離を詰めせいっ!という掛け声と共に鶫の額を軽くチョップした。
ゴートの後ろにいた筈のフレイが瞬く間に目の前に移動していて、しかも何の備えも無しにチョップをかまされた鶫は然程痛くもないチョップにも生理的な涙をこぼす。その瞬間、ガリガリガリと何かを引っ掻くような音がして鶫は咄嗟に瞑った目を開き固まった。
何故なら、フレイがその相貌におよそ似つかわしくないファンシーなぬいぐるみを片手に持っていたからである。それだけでも充分すぎるほどの衝撃ではあるが、もっと鶫を驚かせたのはそのぬいぐるみだった。
どういう原理なのか、襟首を掴まれた二頭身のぬいぐるみは短い手足を一生懸命に動かし、腰の辺りから生える羽をバサバサと動かしてフレイに抵抗していたのだ。
「そ、その子…」
「ん?あぁ、コイツは見ての通りあく」
「ラバちゃん!!」
謎の藻掻くぬいぐるみに呆気に取られる鶫に、目の前の光景についてフレイが説明しようとすると、それを見事に遮って鶫は悲鳴にも近い大声を出した。
「ラバちゃん、何でここに!?っていうかどうやって…!?」
「「………………………………ん?」」
どうやらこのぬいぐるみを知っているらしい鶫の言動にゴートとフレイは揃って反射的に声を漏らし、互いに顔を見合わせる。
どういうことだ?いや、知らん。とアイコンタクトのみでの会話が成立する中、フレイの意識が自分から逸れたのをこれ幸いと言わんばかりにぬいぐるみはフレイの手から抜け出した。そのまま、ここが避難所だとでも主張するかの如く、半ば体当たりする勢いで鶫の胸の中に飛び込んだのだ。
「もう…ラバちゃん、三ヶ月も何処に行ってたの?心配したんだよ?…っていうか、なんでこんな所にいるの?」
「なぉん」
口ではキツく咎めながらも、鶫は愛おしげに自分の腕に擦り寄るぬいぐるみを見、ぬいぐるみもまた鶫に甘えるかのようにスリスリと鶫の腕に頬ずりする。長年会えていなかった家族との再会のような暖かな雰囲気が流れる。……鶫の腕の中の生物が異形でなければ。
真っ黒な体毛に覆われた二頭身の生物は、ピンと尖った三角形の耳を持ち、アメジスト色のアーモンド型の目を細め、満足そうに細く伸びた尻尾を揺らす。
……ここまでなら、普通の黒猫に過ぎないだろう。異質なのは、アーモンド型の瞳の上から覗く小さな白いコブのようなものと、尻尾の付け根よりもほん少し上から生えた一対の羽だ。何処からどう見ても地球上の生物とは到底思えないだろう。
だが鶫は当然の如く、その珍妙な出で立ちの生物を受け入れた。その生き物の名前であろう、『ラバちゃん』という名を呼んで。
「え、えっとォ…ツグミサン…?それ、何ニ見えているマスカ?」
フレイは勿論のこと、先程まで散々鶫を振り回していたゴートでさえも激しく動揺する。それも、発した言葉が片言な上に異国の言葉を喋るようなたどたどしさになってしまう程に。
「何って…猫、じゃないんですか?二頭身で短足ですけど。」
「猫は子猫でも二頭身じゃ無かった気がすんだけどよぉ…」
きょとんとし、さも当然のようにゴートの質問に返した鶫。そんな鶫の少々ズレたコメントにフレイは回らぬ頭を必死に動かしてツッコミを入れる。一方、驚きの所為で先程ぬいぐるみを掴んでいた状態から微動だにできていないフレイを見て、幾分か落ち着いたらしいゴートはむむむ、と唸りを上げる。
「幻術系統の魔術…?でも、そんな気配は微塵も…。
あ。鶫さん。それ、ツノと羽が生えていませんかね?ワタクシの見間違いでしょうか?」
「そうなんですよね……世の中には面白い突然変異を起こす動物がいるんだって、僕も驚きました。不思議ですよね。」
「そうですかぁ…やっぱり見え……てる!?見えてるんですか!?見えててソレが猫だと!?」
頭の中で自分の考えをグルグルと巡らせてゴートが問えば、鶫は「ちょっとそこで珍しいイベントやってるよ」くらいの気軽さで返事をする。それに自分から聞いておきながら生返事をし、再び思考の渦に潜っていこうとするゴート。しかし、一拍置いてから鶫の言葉を理解し、身を乗り出して叫ぶ。
しかし、何がおかしいんだ、とでも言うように小首を傾げる鶫は「違うんですか?」と能天気に尋ねる。
「違います!違いすぎますよ!
ソレ、ワタクシ共の同志である“悪魔”ですからね!?」