非日常の世界へ〜14〜
「そのまんまでございますよ。“半魔”…読んで字の如く、悪魔と人間のハーフのことです。」
自身の発した問いへの答えがすぐ耳元で聞こえて来て、鶫はその肩を跳ねさせる。驚きのあまりドクドクと早鐘を打つ己の心臓を鎮めようと、胸に手を当てて抑えるような素振りを見せる。そしてそのまま首を動かして振り向けば、すぐ後ろにクスクスと愉快そうに肩を揺らすゴートの姿が。
慌てて目の前に視線を滑らせて見れば、そこには未だやんややんやと騒ぐヘル、ククリ、フレイの3人。
先程までそこに加わっていたゴートは当選のようにいない。
「あっちで騒ぐのも良いんですけれどもね、ちょっと飽きたので抜けちゃいました。
いやぁ…それにしても、良い驚きっぷりですねぇ。驚かし甲斐があるってもんですよ。」
「やめてくださいよ…本当にびっくりしたんですから…!5年は寿命が縮んだんじゃないかって思いましたよ。」
ケラケラと笑って揶揄うゴートに鶫は少し目付きを鋭くして言う。するとゴートはより一層ケラケラと笑いながらキッパリと言い放った。
「大丈夫ですって。“半魔”なら高々5年寿命が縮んだところで気に病む必要はございません。少なくとも300年は生きられますからね。」
やめてほしい、と心の底からの願いを込めて言ったというのに意味の分からない、見当違いな返答をされて鶫はバレないように小さくため息を吐いた。
鶫は何かが吹っ切れたようにゴートを見据え、質問を続けた。
「それで、その…ハンマ?でしたっけ?それって人間と悪魔のハーフなんですよね?だったら、僕の両親もどちらかが悪魔だったってこと…なんですか?」
「あ、その可能性はほぼほぼゼロだと思うのでご安心ください。」
「判断早くないですか!?」
意を決して、それこそ清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で聞いた質問だったにも関わらず、ゴートはあまりにもあっさりとそれを否定する。その呆気なさに驚き、鶫は声を大にして感じたことをそのまま口に出してしまった。しかし、ゴートはさして気にしていないようにパラパラと何かを流し読みながら解説を付け加えた。
「いや、簡単な話ですよ。異種族間で子供を授かるなんて普通は無理ですから。物凄く稀なケースとしてライガーなんて動物とかがいますけど、それだって意図的に人間の手が加わって生まれた生物ですし。
悪魔と人間のハーフである半魔が異種交配で誕生する確率は3億年に一度じゃないかとまで言われてます。」
「さ、3億…」
見つかったら良い研究材料にされますね、なんて呑気に言うゴート。研究材料、という言葉に鶫は己の背筋がヒンヤリとするのを何となく感じる。小刻みに震える鶫に気付いたのであろうゴートがご安心ください、と笑う。
「鶫さんはまた別の方法で半魔になったと思われますので研究材料にはされませんよ。まあ、上にバレたら要観察対象にはされると思いますが…。」
「え?別の方法があるんですか?」
明らかに聞き捨てならない言葉がゴートの口から飛び出したが、鶫は敢えてスルーした。もはや本能的に深く聞いてはならないように感じたのだ。
ゴートは目を丸くする鶫から視線を外し、その膝の上で居心地悪そうに明後日の方向を向いているイララバを見る。まるで、お前から話せ、と言っているようなそんな視線の圧力に、イララバはキュッと眉根を寄せる。
「…半魔は死にかけ、または死んだ直後の人間の肉体に悪魔が魔力を移し替える事でも稀に発生する。」
「え…?」
やがて視線に堪え兼ねたようにイララバが重々しく口を開く。あまりに衝撃的な事実に鶫は一瞬、イララバの言ったことが理解できなかった。ただの“音”として脳を通り過ぎて行ったその言葉の意味が、頭に入ってこなかったのだ。
「…先月、丁度群馬県で妙な事件が起きたんですよ。道路でバスが横転するそこそこ大きな事故があったんですけれどもね。死者は奇跡的に出なかったんだそうです。」
何の脈絡も無く話し出したゴート。一体何の話だ、と内心首を傾げつつも鶫は胸にザワザワしたような、妙な悪寒を感じる。この先は聞いてはいけないのだと脳ではなく体が叫ぶ。
「しかし、意識不明の、死線を彷徨っているような危篤状態となった方々が数人いたらしいのですが、その内の一人が事故のあったその日の夜中に病院から忽然と姿を消してしまったそうなんですよ。」
ぱらり。ゴートの手の中の本のような何かがとある一ページで止まる。そしてそのページをゴートは突き出すように鶫の方へと向けた。
新聞の切り抜きが貼られたスクラップブックらしきそれにはデカデカと「群馬県男子高校生、重体のまま失踪か!?」と書かれている。
それを見た瞬間、鶫の心臓はどくん、と一際大きく鳴り、嫌な汗が全身に噴き出した。大きく響く心音と、己の息遣い以外の音が消失してしまったかのように感じ、鶫はその見出しの記事を呆然と見つめる。
フラッシュバックのように目の前に流れる映像。大きな揺れ、湧き上がる悲鳴、浮かぶ体、迫り来る地面…知っているようで知らない感覚が鶫を支配する。
ぱたん。と勢いよく本を閉じる音を最後に鶫の意識は深く沈んで行った。
「…ありゃ。フラッシュバックでもしちゃいましたかね。まあ、また明日、ちゃんとお話聞かせてもらいましょうかね。」
意識が消える直前。鶫の視界に広がったのは、不自然なくらいに口元を歪めた不気味な羊の被り物だった。