作戦は
屋敷の台所で女中の愚痴をしこたま聞きながらおやつを貰い、店先で商いの様子を窺う。屋敷の中を散策し、戻ってみれば主の方もちょうど一通りの話を終えたところのようだった。
トテトテと歩いて主のもとへ向かい、体をスルリとすり寄せてから、ニャーン……と甘えた声をだす。
これが『情報あり』の合図。
「おや、戻ったようだねぇ」
主がにっこり笑ってわっちの頭をぽふぽふ撫でる。それが『了解』の合図。
「すいませんが厠をちょいと拝借したいんですがね」
手馴れた様子で座を辞し、わっちを胸にだいて厠へ向かう。そこらの廊下で情報をやりとりするんだろう。
「へえ、それじゃあ息子の銀之助さんも、元はといえば親父さんを案じての事なんだね?」
「そうさ、妖だと思いこんでいるからねぇ。本当に水神様だと納得すりゃあ和解できるんじゃないかと思うんだよ。息子とも仲違いしたままで、水神様の事案じたままじゃここの旦那だってこの世に未練が残っていけないよ」
「そうだねぇ、金次郎さんもそりゃあ心配していたよ」
「で?どうするおつもりだい?」
そう尋ねれば、主は「うーん」と腕組みのまま天を仰いだ。
「それで?わざわざ手前まで呼び立てて何をしようってんです?」
呼び出された銀之助は、そりゃあもう不満そうだ。それでもここは我慢して貰うしかないだろうねえ、なんせ本物の神様にだって我慢して来て貰おうってんだもの。
「いえね、どうも誤解があるように感じましたんで、一緒に見届けていただこうと思いましてね」
そう言い置くと、主はおもむろに井戸に近づいた。病床の金次郎さんも、今日だけは作治の力を借りて庭に出てきている。
「今日は金次郎さんの依頼でしてね、この旱でしょう?さすがにこれ以上雨がないと大火や疫病が心配になるところです。こちらの水神様に雨を乞おうと思うのですよ」
「何をバカな」
「そうお思いでしょうが、お時間は取らせません故、僅かばかりお付き合い願えませんかねえ」
「銀之助、私の最後の頼みだ、少しだけ時間を割いておくれでないかい?」
主の言葉にはつっかかるような物言いだった銀之助も、父親には弱いようで「親父、そんな悲しい事を言わんでくれ……」と力なく言ったっきり、黙り込んでしまった。
この銀之助ときたら、商売人の割に厳つい強面だけど、案外可愛いところがあるじゃあないのさ。
「さて、それでは麗しの姫神様をお呼びしましょうか」
主が柔らかい声で祝詞を上げる。
そして、それに合わせるように、埋め封じられた井戸端に腰掛けた金次郎が胡弓を奏でた。