そこらの野良が言う事には
そこらの猫達に聞けば、簡単な状況なんかはもちろんすぐに分かったよ。
猫又のわっち程じゃあないけど、猫は元来人の見えざるものにも目はしがきく。どの野良も、口にするのは姫神様の健気さと、金次郎の跡を継ぎ現当主に収まった銀之助がいかに聞く耳を持たず横暴に事を進めたかの愚痴ばかり。
ただねえ、わっちはなんだか、銀之助だって哀れに思えてさあ。
そもそも銀之助に代替わりしたのは、五年前に金次郎が大病を患って大きく体調を崩したのがきっかけだったんだってさ。息子の銀之助だって水神様だと父親から言われて育った祠を初っ端から壊そうとしてたわけじゃなかったみたいなんだよ。
それが急に変わったのは、親父さん……金次郎の寝所で、姫神様をその目で見ちまってからなんだってさあ。
姫神様は体調を崩した金次郎が心配で、少しでも涼やかな空気を送ってやろうと寝所を毎夜訪ねていたそうなんだが、銀之助にはそうは見えなかった。
「おのれ化生め!さては親父の病もお前のせいか!」
眦を吊り上げて騒ぎ出し、そりゃあ凄まじい剣幕だったそうだよ。
「この冷気!お前まさか親父の精気を吸うておるんじゃなかろうな!」
激昂した銀之助の行動は速かった。朝が来ると同時に井戸は埋められ祠は打ち壊され、屋敷中、お店の末端に至るまで水神様に纏わるものは全てが取り払われていた。
金次郎がいくら止めてももはや銀之助は聞く耳をもたない。
そこらの猫はそれを憤ってるんだがねえ、無理もないんじゃないかねえ。なんせ銀之助から見りゃ、痩せおとろえて息も絶え絶えに水神様を庇う父親は、化生に魅入られて普通の判断が出来ぬように思われたんだろうよ。
金次郎は姫神様に申し訳なくって毎日「すまん、すまん」と泣いて悔やんだらしいが、姫神様は「これで良いのじゃ」と笑ったそうでねえ。
「妾は力を奮う事も出来ぬようになるほど、そも人に必要とはされておらぬ。今があるのは金次郎、おぬしが祀り盛り立ててくれたがゆえじゃ。おぬしの命が消える時、また、妾が消えるのも筋かも知れぬ」
わっちは……姫神様のお気持ちも、分かるような気がするんだよ。
だってねえ、わっちみたいなそれこそ化生だって長い年月を生きるのに疲れることもある。愛しい者が先に 逝く寂しさだってあるもんさ。
わっちも今の主とはちょっと長く一緒にいるもんだから、情が移っていけないよ。女好きで生活能力もないような駄目な主でも、あの優しく撫でてくれる手も「ウメさん、ウメさん」ってうるさい声もなくなっちまったら、わっちはきっと泣くだろう。