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諸悪の根源

「やあ、暑気がとぶようだよ、気持ちいいねぇ」


「訪う方も皆様、そう仰います」


「ただ、神気はかなり落ちちまってるねぇ、水神様の御身体が心配なほどだよ」



そう、この庭に宿る神気はあくまで残滓程でしかない、ぜんたい、件の水神様とやらは何でまたこんなに弱っちまったんだか。



「はあ、新しい主人が井戸を埋めただけじゃあき足らず、祠も壊しちまいましてね。信仰する者は屋敷から追い出すと奉公人にもきつく言い渡したもんで」



5年ほど前に息子の銀之助へ代を譲ったのが運のつきで、水神様への信仰を初めから懐疑的にとらえていた銀之助は、水神様への信仰を一切合切やめてしまったというから恐ろしい。



「怖いことするねぇ、いったん崇められて力を得た神を打ち捨てるなんて、家どころか土地や一族が報いを受けても仕方ない愚行なんだがねえ」



主のいう通り、そりゃあ普通、命を取られても文句は言えないよ。


ところがこの優しい姫神様は祟った形跡すらない。なんせこの庭に満ちているのは、消えそうなほど弱くったって、ただただ慈しむような神気だ。優しい、でも少し物悲しいその気が、この暑気をほんの少し柔らげている。


なんだかねえ、随分と人のいい事で。



「奉公人達も最初は信仰をすてるのを怖がっておりましたが、特に障りもありませんで。いまとなっちゃあ水神様を信仰しているのは先代と、あっしだけになりやして」



金次郎と共に創世記の店をもり立ててきたこの作治は、長い年月の中で幾度となく、神の恵みとしか思えぬ雨を見てきたという。そして、そんな不思議な雨が降る前の晩には必ずといっていいほど、金次郎がこの庭の井戸に腰掛け胡弓を奏でていたのだ。



「そんじゃあ、金次郎さんに会わせて貰おうかねえ」


「へい、ただ今は病を拗らせちまってもう起き上がる事もできねえ有様で」


「そんなに悪いのかい」


「へい、それであっしを使いに出されたんで。水神様が心配してるだろうから雨を祈ってやって欲しいって。……水神様を井戸からもっと気持ちのいい場所に移してやって欲しいって仰るもんで」


「うへえ、神様を移すってそりゃあまた簡単に言うねえ。それ、命がけなんだがねえ」



額を押さえて呻いてみせてるけど、主、意外と余裕なんじゃないか?なんせ顔に悲壮感がない。……と思ったら。



「なあ、ところで作治さん、水神様ときたらやっぱりとびっきり別嬪なんだろうねえ」



やにさげた顔が情けない。ああ、主はそんな輩だった、別嬪さんが三度の飯より好きなんだ。本当に、わっちはなんでこんな男に惚れてあっつい長屋で不自由な暮らしを共にしているのかと悲しくなる。



「ウメさんはどうする?」



ふん、しるもんか。


答えの代わりに、木と塀を足場に屋根まで一気に飛び移った。だいたいむさい男が三人額寄せ合おうって席にいたくはないよ。男が三人も寄りゃあどうせ姫神様の話で盛り上がるんだろう?


わっちはわっちで、猫だから聞ける話がないかをあたっておくさ。

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