話の初めは半信半疑で
「へえ、そりゃあまた、難儀な話だねえ」
これっぽっちも信じちゃいない声色で、主が言う。
「へい、信じられねぇ話でしょうが、とにかく一緒に来ちゃあ貰えませんか」
主の前にいる痩せぎすの不健康そうな男は、このうだるような暑さの中、汗を手拭いで忙しなく拭きながら必死の形相で懇願していた。この様子じゃあ本人も信憑性にかける事を口にしている自覚はあるんだろう。
そりゃあねぇ、いくら主が妖異専門のよろず屋だとて、「この日照りはあっしの奉公先のお屋敷の井戸が埋まっちまったからなんで」なんて言われちゃあ、この陽気でちょっとおかしくなったかと思われたって仕方がない。
一介の商人宅の井戸が埋まったくらいでいちいち日照りになっちゃあ、雨なんてこれから先お目にかかるのすら難しいだろう。
「おあしが出るってんなら、おれに否やはないよ。そろそろおなつさんにしばかれそうだしねえ」
ああ、それは怖い。
主ときたらまだ長屋の家賃を払っていなかったのか、この前の報酬は一体何に消えたんだろうねえ。
わっちの主は目元に泣き黒子のある優男、顔もいい方だし気性も優しいこの主は姐さん方には大層人気がある。ただ、自分にも大層優しい人柄で、生活能力には欠けたところがあるんだよねえ。
「細かい話は道中で聞くよ。ウメさんも行くかい?」
そうだねえ、先の話を聞く限りこの男は奉公先の主人、金次郎の遣いで来ているだけなんだろう?井戸云々の話はもともと病床に臥せっている金次郎が言いだしたって言うじゃあないか。そんないかれた事を大真面目で言ってくるような御仁の顔、ちょっと拝んでみたいかもねえ。
この長屋で暑さに耐えてくさくさしてるよりはよっぽどいい、わっちの出る幕なんざないだろうが、ちょっとくらい遠出したっていいかもねえ。
う〜ん、と伸びをして、ついでに立ち上がる。返事の代わりに主の足元をするりとひと撫でして通り過ぎた。
「えっ、猫もですか」
「ああ、苦手な人でもいる?」
「いや、結構遠いんで」
「ああ、大丈夫、ウメさんは賢いから」
当たり前だ。これでも齢……年の猫又。そんじょそこらの仔猫共と一緒にしてもらっちゃあ女が廃る。主の言葉を証立てるように、尻尾をシャンと立てて主の横をついて歩けば、依頼人の汗かき男は感心したように驚いてみせ、納得したように歩き出した。
「で、金次郎さんの言い分を詳しく話してくれるかい?」
主に水を向けられて、作治という名の汗っかき男は、訥々と話し始めた。