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齋藤一明 小噺集

ある孤独死から考える

作者: 齋藤 一明

 私は大都会に住んでいる。決して賑やかな住宅地ではないが、高層住宅が林立した狭い一角に住んでいる。南北二キロ、東西五百メートルほどの狭い地域に住む、還暦の男である。

 この狭い地域の人口は一万二千人。そこに独居高齢者がどれだけいるやら。

 地域のつながりが希薄になったと言われて何年たつだろう。

 改善されるどころか、日を追うごとに薄いものに変わっていく。

 その最大の原因は身勝手。煩わしさからの逃避、そして住宅構造にある。


「今何してる? ちょっと手ぇかしてくれんか、鎖斬る工具持って来てくれよ」


 正月四日、午後八時半のことだった。明日は仕事始め、正月休みで弛んだ気を引き締めておこうと思いながら、テレビに釘付けになっていたら知人から電話である。

 腑に落ちないながらも工具を探す。鎖ならクリッパーで十分だが見当たらない。そうだ、妹に貸したままになっていたんだ。

 しかたなく電動工具と延長コードを用意した。ひょっとすればと、ポンチとハンマも用意する。鎖の穴にポンチを打ち込んで継ぎ目を広げようと考えたのである。

 それを工具箱に入れて指定場所に急いだ。十階建ての集合住宅、その最上階である。


 現場にいたのは知人夫婦と民生委員、そして交番の警察官。

 年末三十日以来姿をみせない住人がいるという。それが独居老人で、身寄りは遠方に一人いるだけだとか。


 廊下から室内を窺うとぼんやり明かりが燈っている。電気メーターも在宅を思わせる速さでクルクル回っていた。

 知人が預かっていた鍵で玄関ドアは開いたものの、チェーンロックがかかっている。それで呼び出されたのである。

 やはりクリッパーがあればと頭をよぎるのを打ち消す、無い物をねだったところでどうにもならない。とりあえずサンダーで切れないか試すことにした。

 延長コードで電気をもらい、ドアの隙間に差し込んでみたものの届かない。ならばとポンチを打ち込んでみた。しかし、ポンチの先が鎖の穴より大きくて鎖の継ぎ目を広げることができない。

 少し削ってくればよかったと後悔して、物は試しとハンマで鎖を叩いてみた、

 しかし、固定されている物と違い、びくともしない。

 こうなれば金鋸か大きなヤスリで切るしかあるまい。急いで工具を取りに家へ戻る途中、「鎖が切れた」と携帯が伝えた。



 慌てて戻ると、警察官が玄関から出てくるところだった。


「だめだった、入浴中だったようだよ」


 歓迎せざる予想は得てして当たるものである。部外者四人、真冬の廊下で瞑目するほかなかった。

 やがて消防が到着し、次いで救急も到着した。しかし、ただ死亡を確認しに来ただけですぐに帰ってしまう。

 そして、しばらくして警察が到着した。そこで待っているよう指示があり、じっと待ったが次の指示がない。解散してよいかと屋内に声をかけ、ようやく開放されたのである。すでにあと三十分で日付が変わる時刻であった。


 待つ身は辛いが、冬だから好かったとも言える。これが夏なら異臭と蛆が……。


 この住宅の三分の一は高齢者、しかも独居世帯である。

 ひるがえって自分の住む町内は半数以上が高齢者世帯。独居はその半数以上。いつ同様のことがおきるか予測がつかない。なのに、この町内には民生委員がいない。

 町内会長が推薦をしたにもかかわらず、町内会連合会を退会したことを理由に行政への推薦を拒んでいるのが理由である。たかが町内会の取りまとめ役が行政を蔑ろにしているのが現実である。

 その不条理を役所に訴えても、役所は身勝手な理屈で放置しているのである。

 行政が任命した推薦準備会委員の決定で民生委員不在の状況をつくったのであれば、公務員職権濫用で告発するほかないかもしれない。

 かほどに無定見な者が町内会を取り仕切っている。

 つまり、掛け声とは裏腹に孤独死は減らないということである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 難しい問題ですね。 民生委員の不足も在りますから独居老人宅を回るのも大変なんでよね。 民生委員って法律だと公務員待遇なのに奉仕者扱いで殆んど無料で働いて居るから成り手も少ないんだよね。 いっ…
[一言] 大変な経験をされましたね。心中あまりあるものがあります。私はここ数年で死ぬのなら家族がいるので家で死んでも問題はありませんが、その先を考えると頭が痛くなります。 やっぱり屍はさらしたくない…
[一言] 「死神に、寄り添われて。」に書かれた事はこの事だったのですね。義母の住所がここなので、係の方が見回りに来てくださいます。今まで深く考えた事が無かったのですが、熊本は行政がしっかりしているとい…
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