第一話
朝になって小鳥の囀る声が聞こえてくる頃……お姉ちゃんは、いつも早起きしている私がお姉ちゃんが起きる頃にも起きないので起こしに来てくれている所……
「秋菜ちゃぁ〜ん……おきなさぁ〜い」
「……」
返事は無い。ただの屍の様だ……
「秋菜ちゃんが返事しない……救急車救急車っ! えっと、えっと110だっけぇ〜117だっけぇ〜あ、104だったかもぉ〜」
どれもはずれである。ちなみに順番に、警察、天気予報、電話番号を教えてくれる所……だったと思う。
「お、お姉ちゃん焦らないでっ! 救急車は119だし、私は健康だからっ」
「よかったぁ〜私の秋菜ちゃんが生きてるぅ〜秋菜ちゃんが死んだらこれから私はどうして生きていけば良いのか……」
「取り合えずそのオーバーアクションやめようよ。あと、何で抱き付いてるのか説明して欲しいかな」
「大好きだから……じゃダメ?」
「出てけっ!」
私はお姉ちゃんに少しキツく言ったかな……と思ってお姉ちゃんの顔を見ると、想像以上にショックだったのだろうか……? お姉ちゃんの瞳からは涙がポロポロと流れ落ちていた。
「な、何で泣いてるのっ!?」
「本当に心配したんだよ……? いつも私より早起きな秋菜ちゃんが起きてこないからって……それなのにいきなり出ていけなんて……ちょっと酷すぎると思わないかな?」
「あ……ごめん」
「なら抱きついてても良いよね?」
お姉ちゃんはベッドに座っている私のお腹くらいに顔を擦り付けて背中に手を回して抱き付いてくる。こう言う時のお姉ちゃんはとても幸せそうな顔をするから見ている私も嬉しい。だからお姉ちゃんが理由を付ける時は拒んだりは絶対にしない。
「時間無いんだからすぐに済ませてよね」
「やだぁ〜」
「ヤダって子供みたいな事言って無いでさ……」
「じゃあこうする」
お姉ちゃんが私に立つ様に言うから私は立ち上がる。そして、首に背後から手を回して抱き付いてくる。
「これなら行動できる〜」
「はぁ……もう好きにしなよ」
お姉ちゃんの甘えんぼっぷりは今に始まった事じゃなく、確か三年前の、私が中一の頃にはすでにお姉ちゃんは私に甘えて来て校内でも有名な公認カップル(?)になっていたのだ。確か私が中一の頃と言えば丁度両親が亡くなった頃である。それが原因でもあるのかな……私に甘える事で悲しさとか忘れてるのかな……私も嫌な気はしないから少しくらい許してあげても良いのかな……
別に学校でも恋とかしないし、男の子と付き合うくらいならお姉ちゃんが甘えてくる方が楽しいし……って、これって私も好きって事なのかな? まぁ今さらだけどお姉ちゃんに高校生になってファーストキスも取られてるし……ま、お姉ちゃんになら取られても嫌じゃ無かったし中学の時にファーストキスの話とかしてたけど、自然にお姉ちゃんの顔が出てきた。男の子となんて考えられなかった。
「秋菜ちゃん」
「ん? なぁにお姉ちゃん」
「ご飯食べよ」
「お腹減ったの?」
「ペコペコ」
ご飯作れない、掃除洗濯出来ない、こんな生活能力0なお姉ちゃん。でも、私が出来る事だしこうやって頼ってくれると嬉しい。一番嬉しいのはこうやって可愛いお姉ちゃんが見れる事、それが何よりの幸せなのです。
「秋菜ちゃん。ご飯〜」
「はいはい。今するからちょっと待ってぇ〜」
「愛情たっぷりでお願いねぇ〜」
「却下」
私は一言で切り捨てた。お姉ちゃんはブーブー言っている。それがまた可愛いとか思ってしまう私も私だけど、甘えんぼなお姉ちゃんもお姉ちゃんだよねぇ〜
私は速攻でご飯を用意してお姉ちゃんの前に並べる。
「はい、学校行く前に片付けも終わらせるから早く食べてよね」
と、私が言うのも聞かずにお姉ちゃんは目の前においたご飯を『いただきます』も言わずに頬張っている。
「ん?」
「はぁ……もう良いや。お姉ちゃんってホントにご飯美味しそうに食べるよね」
「秋菜ちゃんの愛情のこもったご飯だもん」
「こもって無いから……」
「まぁ〜た照れちゃってぇ〜」
私は無言で空っぽになった皿を台所に持って行き洗剤のついたスポンジでお皿を洗う事にした。
「秋菜ちゃぁ〜ん。何やってるのぉ?」
またお姉ちゃんが私の首筋に抱き付いてくる。正直嫌では無いが食器がとても荒いにくい。
「もぉ〜抱きつくなってば〜」
「やだぁ〜秋菜ちゃんと一緒にいるの」
「……じゃあ食器拭くの手伝ってよ。そこのタオルで拭いてくれたら良いからさ」
「判ったぁ〜」
お姉ちゃんがタオルを持って片手でお皿を持っている。そのお皿が滑って床に落ちて割れる。
「あ……」
「ごめんごめん。生活能力0のお姉ちゃんに頼んだのが失敗だったよね……うぅ〜んもっと簡単な作業は……」
私がそんな事を考えているとお姉ちゃんがまた抱き付いてくる。
「もぉ〜抱きつく……」
「ゴメンね」
私が良い終わる前にお姉ちゃんに謝られた。お姉ちゃんのこんなにも真面目な声を聞くのは産まれて初めての事かも知れない。
「どしたの?」
「私が生活能力0な女の子だからいっつもいっつも秋菜に迷惑かけて……本当に……ダメなお姉ちゃんでゴメンね……」
お姉ちゃんが私の事を秋菜って呼び捨てにした。これも初めての事でびっくりしたけれど、何よりもびっくりしたのはお姉ちゃんは冗談で泣く事は良くあるけど、この涙は本気の涙なんだって思えた事にびっくりした。
私は手についた泡を水で洗い流して手をキレイに拭いてから泣いているお姉ちゃんを真正面から抱きしめた。
「別に良いよ……お姉ちゃんが生活能力0なのは今に始まった事じゃ無いし、お姉ちゃんに何かをしてあげれるのってスゴク嬉しいから……だから、お姉ちゃんはこのままで良いんだよ……何も出来なくても、その出来ない所は私が埋めてあげるから……ね?」
「ムリだよ……秋菜だっていつか好きな人が出来て……その人と結婚して……この家を出て行くかも知れないじゃない……」
私に好きな人が出来て結婚して……この家を出て行くなんて……そんな事は全く考えられなかった。好きな人……それはお姉ちゃん。今の状態だって充分結婚と言えなくも無いし……この住み慣れた家を出るのも考えたく無かった。
「大丈夫……ご飯も作れないお姉ちゃんを一人で置いて家を出て行ったらお姉ちゃんがいつか餓死するんじゃ無いかって心配になるから……だから、お姉ちゃんが一人で生活出来る様になったと私が認めるまでは……秋菜がお姉ちゃんの側にいる……」
「秋菜ちゃん……」
何で最後だけ自分の名前を使ったんだろう……とか思い出すと急に恥ずかしくなって照れ隠しに『早く学校行くよっ!』とだけ言い残して私は部屋に戻った。
そして登校……まだ高校に入ったばかりなので、まだ登校路には慣れない感じかな。でもお姉ちゃんがいるから迷う事は何も無いんだけどね。お姉ちゃんは野生の感とでも言うのか……感覚が凄く強い。直感や偶然とか、幸運に恵まれ過ぎてる。
「お姉ちゃん、手つないで行こ……」
「え?」
「あ、ほら。お姉ちゃんは富士の樹海でも目をつぶったままで町まで帰れるくらい運の良い人じゃん? お姉ちゃんと手つないでたら……迷子にもならないかなぁって……ダメ……かな?」
「………………」
「だ、ダメなら良いんだよ。ちゃんと一人で歩けるし……」
私は少しだけしょんぼりとしてしまう。すると、お姉ちゃんが私の腕を掴んで引っ張った。少し嬉しい……うぅん凄く嬉しい。
「走るよ秋菜ちゃん」
「えぇっ!?」
野生の感と無駄に体力のあるお姉ちゃんは私の体力なんて全く気にする事も無く学校まで走って行った。その距離約2キロ……学校に着く頃にはバテていたけど、お姉ちゃんは深呼吸を数回やったら呼吸が整ってた。陸上部入れば良いのに……
ま、入らない理由は私と一緒にいる時間が減る……との事らしい。
私が教室に入って席につくと既に起き上がっている気力も体力も底をついており、机にベターっともたれかかった。
「どしたの秋菜?」
私の親友が朝から疲れ果てた私に声をかけてくれた。
「お姉ちゃんが……ちょっとね」
「そういえば秋菜のお姉さん……春希さんだっけ? 中学の頃からラブラブだったよね」
「いや、ラブラブじゃ無いし……ただの姉妹だから」
「ただの姉妹であそこまで……ねぇ?」
「ねぇ〜」
何だ……私の事心配しに来てくれたのかと思ったら……私を冷かしに来ただけか……今日は私がこの高校に来てから初の授業である。中学生の連れとかも多いので友達がいないと言う事態にはならなかったけど……今日は少しつらい。
「あ、そう言えば朝からドタバタしてたからお昼ご飯用意してないや……」
「あらあら……お昼大変だね秋菜は」
「私の少しあげるよぉ〜」
大変嬉しい情けなのだけど……私がお昼ご飯用意しないともちろんお姉ちゃんは……
まぁもしお腹減ったら私の所に来るよね……学校で餓死なんて事は無いだろうと思いとりあえず昼間ではお昼ご飯の事を忘れて授業を受ける事にした。のだけど……そんな元気はすでに無く……授業中は座ってるだけで精一杯だった。
キーンコーンカーンコーン
ようやく午前最後の授業が終わりを告げ私はお昼ご飯を食べようと中学からの連れと一緒に固まっていると……
「秋菜ちゃぁ〜ん」
急に二年生の制服を着た人が私の教室に飛び込んで来た。もちろんお姉ちゃん以外にいない訳だけど……もう少しマシな登場が出来ないのかなぁ……男女問わず全員が引いている。
「何、お姉ちゃん……お腹空いた……わりには元気そうだね?」
「何と、今日はこの春希お姉さんが料理したのだぁ〜」
とお姉ちゃんは言って弁当箱を取り出した。私はお姉ちゃんに料理が出来る訳……などと思いながらビクビクしていた。
で、お姉ちゃんの取り出したお弁当の中身は……ご飯とレトルトのカレー……周りの人達は料理じゃ無いじゃんと突っ込みたかったカモ知れないけど、私はそれよりお姉ちゃんがレトルト食品を扱える事に感動していた。
「す、すごぉ〜い。お姉ちゃんがレトルト食品を温められるなんてっ!」
「えっへっへ〜」
屈託の無い笑顔を浮かべるお姉ちゃんは、私に褒められたのがよほど嬉しかった様でした。お弁当箱を私に見せ付ける様に渡して来ます。
「そだ、お姉ちゃんも一緒に食べよ」
私は教室にいない人のイスを借りて私達のグループが机を並べている所にイスを置いてあげた。お姉ちゃんがそこに座ると朝と同じくらいのスピードでバクバクと食べ終わってしまった。
これが優しくて、一人じゃ生活出来ない人で……でも素敵な……私の自慢のお姉ちゃんなのです。