8 恋人達の推察
「 こんにちは」
そういうと今日も梅ちゃんがひょっこりと店の中から顔を出した。
そして私の顔を見て花が咲いたように笑む。可愛らしさにこちらも思わず顔が綻びるのを自覚した。
「 冬之助様!こんにちは」
まだ想いが通じ合ってから日が浅い。
こうした挨拶も少しばかりお互い堅苦しいような気はするが、これはこれで心地良い距離感だ。
「 今日はお仕事お忙しいのではありませんでした?」
梅ちゃんが茶の用意をしながら不思議そうな表情で問いを口にした。
小首をかしげる様子がなんとも言えず可愛らしい。
「 ああ、そうなんだけどね・・・。善太郎がねえ」
梅ちゃんの仕草も表情も言葉も何もかも可愛くて、この子の姿を見ているとついつい顔が緩んでしまう。
毅然とした私が好きだと言ってくれた梅ちゃんの目には情けなく映るかも知れないと思うが、私が笑むと嬉しそうにする姿はいつ見ても何とも言えず可愛い。
そしてまただらしない顔を晒してしまうのだ。もう考えるのを止めよう。無駄だ。
「 ああ。兄さん最近変ですものね。でもご心配いりませんよ」
「 どうしてだい?」
善太郎のことはともかくサエちゃんのことを心配しているだろうと思っていたが、意外にあっけらかんとした口振りだった。
「 兄さんから理由はお聞きになりました?」
「 ああ、無理やり聞かされたよ」
「サエのことだったんでしょう?」
「ああ」
「すぐには難しいかも知れませんけど、いつかは上手く行くと思いますよ」
「ああ、そうなの?」
「はい」
梅ちゃんはにっこり笑った。梅ちゃんがそう言うのならそうなんだろう。
「 なんだ、何か損した気分だな。だいぶ善太郎に時間をとられたのに」
「まだ、続くんじゃないですか?ふたりが上手く行くまで」
梅ちゃんはくすくす笑いながらそう言った。
「止めてよ。私は善太郎と会うより君と会いたいよ」
梅ちゃんが手を止め、嬉しそうに私を見つめ言った。
「 私もです」
こちらの軽い言葉に素直に返してくれただけなのに、何故こんなに衝撃的なんだろう。
「 ・・・・・今日も可愛いね」
「 ということは、サエちゃんも善太郎のことを憎からず思ってるのかい?」
梅ちゃんの真っ直ぐな可愛さに心臓を射抜かれていたが、気を取り直して尋ねた。
「 うーん。私はそう思いますけどね。サエに聞くと怒り出すから確かめることは出来ないんですけど」
梅ちゃんは苦笑いだ。
「 え?君にもそうなの?素直じゃないんだねえ」
「 うーん。今思うと、それも兄さんのことに関してだけなんですよね。大体は思ったことをはっきり言う子だから、兄さんのことについても本心から言ってるんだろうとそのまま聞いてたんですけど、あれが素直じゃないサエで、本心じゃなかったらって思ったら色々分かったことがあって」
「 善太郎は相当酷く言われてたみたいだね・・・」
サエちゃんが苦笑いを続けながら答えた。
「 ・・・まあ、そういうことです」
「 それが本心じゃないことを私も願うよ・・・・。何か善太郎が気の毒になってきたよ」
梅ちゃんは表情を変え、可愛らしくくすくすと笑った。
「 サエね。子供の頃は兄さんが大好きだったんですよ。私にいいないいな、って言って。すごく羨ましがられてたんです」
「 ・・・・あいつが兄だっていうことを?」
梅ちゃんはあ!っという顔をした。ころころと変わる素直な表情が愛しい。
「 そうですね。お兄ちゃんとして欲しいって意味だったのかしら?それなら嫌っては無くても上手くは行きませんね・・・。うーんでも、そうじゃない気がするんだよなあ」
梅ちゃんは考え込んでしまった。
思わず立ち上がり、梅ちゃんの髪に触れてしまう。
意図して爽やかにぽんぽんと頭を撫でると、梅ちゃんが下から私を見上げた。
正直善太郎のことなどどうでも良くなって来たが、邪な思いを悟られぬよう穏やかで真剣な表情を作り、努めて清らかな思考を取り戻した。
「 いや、一度だけサエちゃんと善太郎が一緒にいるところを見たけど、私も上手くいくと思っているよ」
川に落ちそうになる善太郎を見て、金切り声をあげるサエちゃんを思い出し、そう言った。
いや、待てよ。梅ちゃんなら清秋が川に落ちようとしていても取り乱すだろうな。
長らく外野でグダグダとお待たせしました。次はようやくサエに気持ちが。