9 真剣な告白
「おい」
「 はあ、またなの?何?」
店にまで現れた善太郎の声に、サエはうんざりと答えた。
「 お前、昼休憩まだか」
「 まだだけど、嫌よ」
善太郎は肩を怒らせた。
「 まだ何も言ってねえだろ」
「 じゃあ何よ?」
「 昼飯奢ってやるからちょっと話聞け」
「 嫌よ」
善太郎は不機嫌な顔を隠そうとせず、さらに険しくさせた。
「 何でだよ?」
ろくに顔も上げず返事をしていたサエは善太郎のいつにない険しい顔に気付き、珍しく神妙に答えた。
「 ・・・・お弁当あるもん」
「 ・・・・・弁当持って来い」
「 ちょっと、どこ行くのよ!放してよ!」
「 煩せえ。そこの土手に行くだけだ。そこで飯食え」
善太郎はサエの腕を掴みずんずんと歩き続け、サエは引きずられると言うより、半ば宙に浮かぶような様子で運ばれていた。
「 嫌よ!店があるんだから帰る!」
「 煩せえなあ。親父が煩せえから行って来いつってくれたろうが」
「煩い煩いって・・・・! 誰の所為で煩いんだと思ってんのよ!」
「 ・・・・・・俺の所為なんだろうな」
「 ・・・・・は?」
予想外の返答だったのかサエが驚いていると、ちょうど土手を登りきり視界が開けた。
梅の水茶屋に続く川の上流にあたるこの場所は、土手が高く広い草原になっている。
川を見下ろすその眺めは広々と気持ちの良い場所だった。
「 よし、ここで食え」
善太郎は、めぼしい大きさの滑らかな石の上にサエを座らせると、自分はその横の草の上にどっかりと腰を下ろした。
「 久しぶりに来たなあ。相変わらずだだっ広い眺めだな」
善太郎は遠く景色を眺めながら言った。
子供の頃は善太郎兄妹を始め、サエやその他の近所の子供達にとって絶好の遊び場だったのだ。
「 ・・・・・何なのよ。気持ち悪いわね」
「 弁当食え」
「 ・・・・全く」
サエは諦めたかのようにつぶやき、少し身体をずらして善太郎の視線を避けると、さっさと弁当を広げて食べ始めた。
「 美味そうだな。お前が作ったのか?」
しばらく黙っていた善太郎が身を乗り出して弁当を覗き込みながら言った。
「 ちょっと止めてよ。見ないで」
サエは善太郎に背を向け弁当を隠そうとしたが、長い腕が伸び中身をさらわれた。
「 一個ぐらいくれ」
善太郎は無遠慮に口にそれを放り込むと、指を舐めた。
「 もう!きったないわね!」
サエは持参していた手拭いを善太郎に投げつけ、弁当の蓋を閉めた。
「 何だよもう食わねえのか?」
「 開いててもあんたが食べちゃうでしょ!何でこんなとこ連れてきたの!さっさと帰らせて!」
善太郎はサエの前に回りこみサエの片腕を掴むと、真剣な面持ちで言った。
「 落ち着け。頼みがある。土下座しても良い。一個だけ俺の言うことを聞いてくれ」
サエは目を見開き口を開けたまま固まった。
「 黙ってるということは了承したってことだな」
「 ち、違う!了承して無い!びっくりしただけよ!」
善太郎は覚悟を決めたとでも言うような表情で、サエの前に跪いた。
「 な、何?何してんのよ?」
サエの勢いが弱まった。
善太郎は絶好の機会だとばかりに、自身の太腿に手を突き頭を下げた。
「 頼む。今一時俺の話を黙って聞いてくれ。そんで信じてくれ」
「 な、な、何言ってんのよ?何を言うつもり?しかも二個頼んでんじゃないのよ!」
「 落ち着け!頼む。煩せえその口を閉じて、黙って俺の話を聞くと約束しろ。そして俺の話を疑うな」
「 あんた・・・。頼んでる割に腹が立つし偉そうね」
サエが善太郎を見下ろしそう文句をつけると、善太郎が不服そうに言い返した。
「 何だとおめえ。どっちが偉そうなんだ。お前俺がいくつ年上だか忘れたのか」
「 ・・・・・そうだったわね」
サエはひとつ溜息をつくと、しぶしぶという様子で言った。
「 いいわよ・・・。どうぞおっしゃって」
「 お!良いんだな。約束だぞ。話が終わったって俺が言うまでここを立つなよ」
「 あんた一個だけって言っといて、どんどん要求増やしてんじゃないのよ・・・・」
声を荒げずそう言ったサエに善太郎は目を輝かせた。
「 いいぞその調子だ。騒がず落ち着いて聞け」
「 しつっこいわね!・・・・・・分かった。騒がないから早く話して」
「よし」
善太郎はサエの真正面に膝をついたまま、サエを少しだけ見上げる位置で息を整えた。
「 お前は俺の言葉を信じていねえようだが、俺は本心からお前が好きだ。昔からずっとな」




