宅配の男(冬バージョン)
お借りしたお題は「宅配」です。
武藤綾子は親元を離れて一人暮らしをしている。離れて、とは言っても、同じ区内だ。彼女の父は警察官。だから、若い女性の一人暮らしが如何に危険か、よく知っている。そのため、妥協に妥協を重ねて、家から五キロ以内にある女性専用でセキュリティシステムがいき届いているマンションになった。綾子は、何のために一人暮らしをしているのか、と思ってしまうくらい、父親の訪問を受けている。管理人ともすっかり顔馴染みになり、その上、綾子と同じ階に住んでいる女性達にまで顔を覚えられ、警察官だと知られたせいで、あれこれ相談にまで乗っている始末だ。
(本当の一人暮らしをしたい)
綾子はそればかり願うようになっている。
そんなある日の事。最大手の通販サイトで購入した「日本の神社百選」の配達予定日だったので、綾子はまっすぐにマンションに戻っていた。今日は父親は関西に研修に行っているので、来る事はない。久しぶりにゆっくり、神社の写真を見て癒されようと思っていた。
「あ」
配達予定は、午後八時以降。まさに八時を過ぎた瞬間、ドアフォンが鳴った。インターフォンに駆け寄り、受話器を持つと、モニターに宅配業者のドライバーの顔が映った。いつもの人だ。
「三毛猫ハルナの光速便です」
「どうぞ」
綾子はドアのチェーンを外して、ロックを解除した。
「密林通販さんからのお荷物です」
ドライバーは笑顔で告げた。綾子は荷物を受け取って脇に置き、ハンコを押そうとして振り返ると、
「ありがとうございました」
ドライバーはドアを閉めて立ち去ってしまった。
(またか)
綾子のマンションの担当ドライバーは三人程いるらしいのだが、今日来たドライバーはいつも何かを忘れてしまう慌て者なのだ。前回はハンコを押した後、荷物をまた持って行こうとした。綾子は溜息を吐くのを我慢し、ドライバーを追いかけた。
「あの、受け取りのハンコを忘れてますよ」
声をかけた時に息が白く立ち上り、思わず身震いをした。するとドライバーはあっと振り返り、
「申し訳ありません!」
帽子を取って頭を下げた。綾子は苦笑いをして、玄関に戻った。
「こちらにお願いします」
ドライバーは受領書を綾子に差し出した。綾子はそれにハンコを押して返した。その時、彼女の指先がドライバーの手に触れた。
「あ、すみません」
ドライバーは火傷でもしたのかというような早さで手を引っ込め、
「申し訳ありませんでした!」
もう一度帽子を取って深々と頭を下げ、駆け去った。
(あんな調子で首にならないのかな?)
他人事ながら、心配してしまった。
ドライバーは綾子のマンションが最終だったので、そのまま営業所に戻った。
「どうだった?」
先輩ドライバーが荷物を整理をしながら声をかけた。するとそのドライバーは、
「何とか渡せましたよ」
「そうか、それで、彼女は?」
先輩が興味津々で尋ねると、ドライバーは顔を真っ赤にして、
「渡しただけです」
「はあ?」
先輩は唖然としてしまった。
綾子は荷物を部屋に持って行こうとして、送り状に何かが挟まっているのに気づいた。
『今度飲みに行きませんか? 明石三太』
それだけ書かれていた。
(これは一体?)
綾子は首を傾げてしまった。勤務先の先輩である須坂や杉村ばかりでなく、営業部の次長である梶部まで勘違いさせるような事をやってのける綾子だが、実際の恋愛には鈍感だった。明石の思いは伝わらないかも知れない。