力丸拓海の知られざる趣味
お借りしたお題は「「編み物」をテーマに物語を書く。鉤針編み、棒針編みのいずれかを指定。」です。
力丸拓海は、配達先で知り合った香と恋に落ちた。香も拓海に運命を感じたというのだから、ドラマチックな恋だ。
いよいよ結婚という時に、拓海は転勤の辞令を受けた。一瞬飛ばされるのかと思ったが、所長代理を拝命しての栄転だった。
しかも、転勤先は香の生まれ故郷のT県だ。拓海は二つ返事で承諾した。
結局、あまりの忙しさに式はできず、東京で入籍だけをすませ、T県に引っ越した。
香の両親は非常に喜び、拓海は親族一同に手厚い歓迎を受けた。
香の親族は皆酒豪で、どちらかと言うと下戸である拓海は毎朝ヘロヘロになって出勤していた。
それを見かねた香が親族を窘め、ようやく手厚いから手荒いに代わった歓迎会は終了した。
仕事も一段落した頃、二人は身内と今の職場の同僚だけを集めて式を挙げた。
誰を呼んで、誰を呼ばなかったと揉めるのが嫌だったので、自分達の以前の職場の同僚には招待状を出さなかった。
新婚旅行はしばらく先にして、二人は新居に移った。
香の父親は不動産会社を経営していたので、格安物件を見つけてくれた。
持ち家率日本一の県だけあって、拓海の想像以上の立派な家だった。
そして、結婚祝いだと言って、香の両親が頭金まで出してくれた。
(嬉しいんだけど、しばらく頭が上がらないなあ)
拓海は非常に恐縮していた。
新居に移り、仕事も落ち着き、拓海は自分の趣味を久しぶりに始める事にした。
彼の趣味は編み物だ。
小さい頃、母親がよくしているのを見て興味を持ち、仕事をするようになってから、道具を買いそろえ、手袋やマフラーを作った。
彼がするのは棒針編み。これは今のところ、妻の香には内緒にしており、彼女の誕生日にプレゼントをして、びっくりさせようと思っている。
(何を作ろうかなあ)
拓海はあれこれ想像した。
自分が編んだ手袋をはめて雪合戦をしている香。
自分が編んだマフラーを巻き、嬉しそうに微笑む香。
自分が編んだセーターを着て、腕を組んで来る香。
妄想はドンドン広がり、顔がついニヤけてしまった。
「思い出し笑いなんぞしおって、気色悪いやっちゃなあ」
営業所の所長に言われてしまい、拓海はハッとした。
「いくら新婚さんでも、仕事の時はしゃきっとせいよ、力丸」
所長は大阪の激戦区の営業所を大きくして、T県の新営業所を任された辣腕の人。
拓海はしまったと思って焦った。
「申し訳ありません」
拓海が深々とお辞儀を知ると、所長は笑って、
「まあ、お前の奥さん、別嬪さんやから、しゃあないわな」
「はい」
香を褒められて、拓海は嬉しくなった。
(よし、思い切ってペアルックのセーターを作ろう!)
拓海の思いはどんどん大きくなっていった。