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猫舌はつらいよ

お借りしたお題は「「口の中のイベント」主人公は女性一人称。」です。

 冬は憂鬱。食卓に並ぶ料理の大半は熱々。しかも、夫の次郎は火傷しそうな極熱の物が大好物。


 私の憂鬱は更に加速度的に酷くなっていく。


「ユーミン、熱いうちに食べないと、美味しさを半分捨てるようなものだよ」


 四十代半ばになった私を未だに大学時代の渾名で呼んでくれるとても優しくて頼もしい夫。


 でも、熱いものを勧めるのだけは余計なお世話だと思ってしまう。


 私が一言、


「実は猫舌なの」


 そう言えばすむ事なのだが、それが言えない。


 何しろ、今まで、彼に対して、服装がだらしないとか、好き嫌いが多過ぎるとか、入浴後に裸で歩かないで欲しいとか、たくさん要望を出した手前、自分の我が儘を言うのは気が引けてしまうのだ。


 もし仮に私が猫舌だと言っても、彼はその事を我が儘だとは言わないだろうし、むしろ、


「気がつかなくてごめんね」


 そう詫びてくれるだろうと思われる。いや、必ずそうなると断言できるくらい、彼は私を大切にしてくれている。


 だから、尚の事言い出せない。彼に余計な気遣いをさせたくないのだ。


 夫婦なんだから、そんな事を考える必要はないと他の人なら思うだろうが、私は梶部君(敢えてかつての呼び方で言う)が繊細な人間なのをよく知っているので、逆に気を遣ってしまうのだ。


 バツイチ同士の再婚だから、尚更お互いに相手の事を思って行動しているのかも知れない。


 だからと言って、それは苦痛ではない。むしろ喜びを感じる事すらある。


「ほら、取り分けてあげるよ」


 そんな私の心の葛藤を知らず、気のいい彼は取り皿にもうもうと湯気を立てているおでんを盛ってくれる。


 煮汁を程よく吸った大根、竹輪、茹で玉子、しらたき。


 見た目は極めて美味しそうだが、猫舌族にとっては恐怖でしかない。


「ほら、早く食べて。美味しさが逃げちゃうよ」


 笑顔の彼を見ると、どうしても猫舌だと言い出せなくなる。仕方なく箸を手に取り、一番熱くなさそうな竹輪を取った。


「ああ、ダメダメ、ユーミン。最初は大根。こいつは冷めると信じられないくらい味が落ちるからさ」


 こうなって来ると「鍋奉行」だ。いや、「鍋将軍」と言ってもいい。


 これ以外の事で私に指図する事はないのに、鍋に関しては人格が変わってしまったのではと思うくらい上から来るのだ。


 よりによって、一番避けたい大根とは……。煮汁を吸って、一際ひときわ熱くなっているのは見ただけでわかる。


 私は苦笑いしながら、箸で大根を切り分けてなるべく小さくして食べようとした。


「そんなに刻んだら、煮汁が全部溢れちゃうよ、ユーミン」


 ダメな子供を諭すような彼の言い方は少しだけ癪に障ったが、悪意がないので何も言えない。


 仕方なく、もう少し大きく分けて目をつむって口の中に放り込んだ。


 それが間違いだった。まるで真っ赤に焼けた鉄の塊を入れたような衝撃が走った。


 目から涙が出て、思わず椅子から立ち上がり、キッチンのシンクに走ると、三角コーナーに吐き出した。


「どうしたの、ユーミン? 美味しくなかった?」


 夫はキョトンとした顔で私を見ている。


「ううん、そうじゃないの。ちょっとね」


 猫舌なので、熱かったの。そう言う機会を放棄した。何してるんだ、私……。

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