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最終回

お借りしたお題は「最終回」です。

 武藤綾子。中堅の建設会社に勤務する女子である。東大卒で、美人、そして、落語家に憧れている。その上、大人気ネット小説を執筆している。

「武藤さん」

 会社のロビーで、先輩社員の杉村三郎に声をかけられた。

「何でしょうか?」

 綾子は目をウルウルさせて、早速ボケ全開だ。まさか、朝からそんな攻撃を受けるとは思っていなかった杉村は、すっかり動揺してしまい、

「あ、いや、ええと……」

 顔を赤らめて俯いてしまった。綾子はフッと笑って、

「失礼します」

 さっさとエレベーターに乗り込んでしまった。

(何やってるんだ、あいつ?)

 それを、杉村の三年先輩である須坂津紀雄が首を傾げて見ていた。


「武藤君、今日、宝くじを買ってくれるかな?」

 綾子が常務室に書類を届けると、平井がへらへら笑いながら告げた。

「いいですよ」

 綾子は微笑んで応じた。平井はホッとした顔になり、

「そうか、じゃあ、頼むよ」

 そして、机の上の掃除を始めた綾子に、

「加部君には彼氏はいるのかね?」

 妙な質問をした。綾子は手を止めて平井を見ると、

「主任は只今恋人募集中だそうです」

 平井はその答えにニンマリし、

「そうか、そうか」

 すると綾子はすかさず、

「主任は京都男子が好きみたいですよ」

「え?」

 平井はギクッとした。

(京都? 嫌な事を思い出させてくれるな、加部君……)

 平井は、今は宇治市で機織り職人として名をなしているかつての愛人の真弓の事を思い出してしまった。


 梶部は部長室で愛娘の有香ゆかの写真を見て、ニヤついていた。その時、インターフォンが鳴った。梶部はハッとしてボタンを押し、

「どうした?」

「部長、営業部の会議のお時間です」

 課長の米山米雄の声が告げた。梶部は有香の写真を机の引き出しにしまい,

「わかった。第二営業課立ち上げも兼ねての重要な会議だったな」

「はい」

 梶部はボタンを戻すと、席を立って部長室を出た。

(有香のためにも、頑張るぞ!)

 朝から気合い十分の梶部である。


「武藤さん、今日は取締役会があるから、会議室のセッティングに行くわよ」

 秘書室で、二年先輩の大磯理央が言う。綾子は、

「もう準備終わりました」

「え?」

 理央は意外な返事にキョトンとしてしまった。そこへ一年先輩の波野陽子が戻って来た。

「理央先輩、専務が取締役会の議題の確認をもう一度したいとおっしゃっていました」

「わかったわ」

 理央は机の上の書類を抱えると、足早に秘書室を出て行った。

「武藤さん、相変わらずフットワーク軽いわね」

 陽子が微笑んで言った。綾子は微笑み返して、

「そろそろ慣れて来ましたので」

 陽子は綾子をグイッと給湯室に連れて行き、

「それで、勝呂すぐろ君の同僚を紹介してくれるって話、間違いないのね?」

 勝呂とは、綾子の恋人の勝呂達弥の事である。綾子は大きく頷いて、

「間違いありません。主任は京都男子、陽子先輩は特に希望なし、理央先輩は神戸男子でしたよね?」

 すると陽子は、

「敢えて言えば、イケメン希望ね」

「わかりました」

 綾子は手帳にメモした。

「あ、武藤さん、昨日の件なんだけど」

 そこへ秘書課主任の加部千代子が入って来た。陽子は千代子を見て、

「只今、確認済みです」

 千代子は苦笑いして、

「そ、そうなんだ」

 実は脂取り紙の店の京都男子に告白して、営業スマイル全開で左手薬指に光る結婚指輪を見せられた千代子なので、やや慎重になっているのだ。


 梶部の妻の弓子は、有香を連れて買い物に出かけていた。

「今日はパパ、早く帰って来るといいね、有香」

 すると有香はそれに反応したのか、キャッキャッと嬉しそうに笑った。

(二人目、頑張っちゃおうかな)

 新たな決意をする弓子である。

「いらっしゃいませ」

 弓子が訪れたのは、杉村の婚約者の吾妻あがつま恵子けいこが受付嬢をしている百貨店であった。

「今日は」

 お互いを知っている弓子と恵子は会釈を交わし、恵子は有香に手を振った。

(私も早く赤ちゃんが欲しいな)

 笑顔が弾けている有香を見て、恵子はシミジミと思った。

(そう言えば、蘭子さん、いつ出産だっけ?)

 恵子はすっかり仲良しになった須坂の妻の蘭子の事を思い出した。


「順調ですよ。予定通りに出産ですね」

 蘭子は産婦人科の定期検診に来ていた。彼女は随分大きくなったお腹を愛おしそうに擦りながら、

「そうなんですか」

 笑顔全開で応じた。

(早く会いたいな、私達の赤ちゃん)

 蘭子は心の中で我が子に呼びかけた。


「藤崎さん、この契約、絶対にモノにしましょうね。第二営業課発足に弾みを付けるためにも」

 中途入社の巻貝まきがいつとむは、取引先に一緒に来ている営業課のエースである藤崎冬矢を見て言った。藤崎は微笑んで、

「もちろんです。さ、行きましょうか、巻貝さん」

 二人は気合いを入れて、ビルの中に入って行った。


(この繁忙期が過ぎたら、綾子さんにプロポーズするぞ)

 一人で店の厨房で仕込みをしている達弥は綾子への思いを新たにしていた。

「ひ!」

 風もないのに、棚からボウルが落ちたので、達弥は思わず悲鳴を上げてしまった。

(他に誰もいなくてよかった……)

 苦笑いする達弥である。まだ怖がりは克服できていない。


「武藤さん」

 杉村は廊下を歩いている綾子を呼び止めた。今度は何をされても動じないぞと思いながら。

「何でしょうか?」

 すると綾子はごく普通の笑顔で振り返った。杉村はちょっと拍子抜けしたが、

「あのさ、武藤さんて、ネット小説の『エクスプローラーOKAYA』の作者なの?」

 惚けられたらどうしようと思いながら、直球勝負に出た。ところが綾子は、

「そうですよ。知らなかったのですか?」

 また普通に返されたので、杉村は顔を引きつらせた。

「杉村さんと須坂さんが全然気づいてくださらなかったので、次回で最終回です。永らくご愛顧賜り、御礼申し上げます」

 綾子は深々と頭を下げると、くるりときびすを返し、歩いて行ってしまった。

「ええ?」

 杉村は何も言う間もなかった。

一旦、お開きと致します。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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