梶部次長の切実
お借りしたお題は「「デザート」をテーマに物語を書く。主人公は男性一人称。」です。
梶部次郎、四十五歳。建設会社営業部の次長。再婚した弓子との間にもうすぐ子供が生まれる。
弓子は前の夫との間には子はなく、四十代半ばにして初産。
つい購入してしまった秘薬による精力増強があったとは言え、申し訳ない事をしたと悔いた。
「そんな風に思わないで、貴方。私は諦めていたのに授かれたのだから、感謝しているのよ」
前夫と一緒に不妊治療を受けた事もあった弓子は、妊娠を喜んでいた。
私は弓子の優しさに感動した。仕事を頑張ろうと決意を新にしたほどだ。
ところが、一つだけ困った事があった。
弓子の食事の量が次第に増えているのだ。
よくある悪阻にもならず、彼女の食欲は留まるところを知らないかのように強くなっていった。
私は弓子の食べっぷりを見てげんなりし、逆に体重が減り始めた。
それに気づいた弓子が私の身体を心配し、好物の焼肉や刺身を出してくれたが、精神的に参っている私にはむしろ逆効果だった。
「デザートなら食べられるでしょ?」
弓子ははちきれんばかりの笑顔で、冷蔵庫からクリスマスでもそんなに大きなのは食べないと思うようなケーキを取り出し、テーブルに置いた。
私は吐き気を堪え、顔を引きつらせて、
「いや、甘いものは好きじゃないんだ……」
「そうだっけ?」
弓子は微笑んで言う。妊娠前と随分性格も変わってきた気がする。
彼女は若い頃から甘いものが大好きで、よく付き合わされたのを思い出した。
今はそれに拍車がかかっており、どこのパティシエの何がうまいとか、使っている生クリームの品質が違うとか、講釈を垂れながら私に勧めてくるのだ。
二十代の頃は無理してでも付き合えたが、今はどう頑張ってもできない。
「じゃあ、プリンはどう? 甘さ控え目だから食べられると思うよ」
弓子はニコニコして、冷蔵庫から瓶詰めの高級そうなプリンを持ってきた。
「いや、もうお腹いっぱいだから」
私は目の前に置かれたケーキとプリンを見ているだけで気持ち悪くなってしまう。
「何言ってるの! 貴方、何も食べていないのにお腹がいっぱいの訳ないでしょ!」
弓子が仁王立ちで詰め寄ってきた。
「そんなに私の用意したものが食べたくないの?」
そう言って涙ぐまれてしまうと、従うしかないと思う。
「そんな事ないよ」
私は苦笑いをして焼肉を無理矢理口に押し込み、刺身を醤油に溺れさせるくらい浸してパクついた。
そして、瓶詰めのプリンは、飲み物のように喉に流し込んだ。
「そんなに慌てて食べると、身体に良くないわよ、貴方」
笑顔に戻った弓子が気遣ってくれる。
胃に穴が開くのもそう遠くないだろう……。