面倒臭い女
お借りしたお題は「脂取り紙」です。
加部千代子。ある建設会社の秘書課の最古参の社員だ。
(もう、本当に面倒臭い肌で、嫌になる)
千代子は、冬は乾燥肌、夏は脂性で、ケアが欠かせない。
(これも加齢故なのかしら?)
やや悲観的になってしまっている。
(またいつものお店に行かないとならないわね)
千代子は退社後、大急ぎで、京都に本店がある有名な脂取り紙の店に向かった。
(何時までだっけ?)
確認のために電話をかけた。すでに携帯に電話番号を登録しているのも何だか悲しいと思ってしまった。そして、閉店時間は午後七時を知り、その日は行くのを諦めた。
(明日は確か、定時で帰れるはずだから、明日にしよう)
そう思い、その日は通勤路にある百円ショップで間に合わせ用に脂取り紙を買った。
(これはダメなのよね。拭いている途中で破れてしまうから)
やはり、脂取り紙は京都のものに限ると思った。
そして翌日。千代子は、後輩の大磯理央や波野陽子、そして武藤綾子が挨拶を返すのも待たずに、退社した。
「どうしたのかしら、主任?」
理央が首を傾げて陽子に囁いた。
「さあ……」
陽子も首を傾げて応じた。すると綾子が、
「デートではないですか?」
真顔で言ったので、理央と陽子は噴き出してしまった。
「そんな訳ないでしょ? 主任がデートなんて、想像ができないわ」
理央は涙を流して笑っている。陽子も、
「理央先輩、そんなに笑ったら失礼ですよ」
そう言いながらも、同じくらい笑っている。綾子は、
「そうですか? 常務は、主任をお気に入りみたいですよ」
その言葉に理央と陽子はギョッとした。
「武藤さん、そういう話、よそでしないでね」
理央が顔を引きつらせて言うと、綾子は首を傾げて、
「そうですか?」
怪訝そうに応じた。綾子は、常務の平井が以前不倫をしていたのを知らないのだ。
そんな話を後輩達がしているとは夢にも思っていない千代子は、お目当ての店に着き、心ゆくまで選んで、欲しいだけ買う事ができた。
(脂取り紙を買って、喜んでいる私って、どうなんだろう?)
ふと我に返り、自虐的になる。先日、実家のある北海道に帰った時も、両親が思った以上に老け込んでいたので、ビクッとしてしまったのを思い出した。
(結婚、焦った方がいいのかな?)
しみじみ考えてしまう千代子である。
「お客様、お忘れ物ですよ」
店を出た千代子を店員が追いかけて来た。ショルダーバッグから財布を出した時に、定期入れを置き忘れたのだ。
「あ、ありがとうございます」
その店員が図らずも若くて男前だったので、千代子はドキドキしてしまった。
「お気をつけて」
どうやら、その店員は京都生まれらしく、その独特なイントネーションに千代子はうっとりしてしまった。
「毎度おおきに」
それはまさしく千代子にとって口説き文句に等しかった。
(ああ、京都弁男子って、いいかも……)
そのまま誰もいないアパートに帰るのが惜しくなった千代子は、関西系列の居酒屋に行く事にした。
(この際、贅沢は言わない。京都弁を話す男子だったら、容姿も身長も最大限の譲歩をする)
それがすでに全く譲歩ではないと気づいていない千代子である。
千代子の妄想劇場でした。




