波野陽子の日常
お借りしたお題は「アロマキャンドル」です。
波野陽子は秘書課の中堅になりつつある女子。主任の阿部千代子は遥か先輩で、一年先輩の大磯理央はもっと離れていると思うくらいオバサン化していると思っている。
「お互い、男日照りを解消したいね」
理央は陽子を自分と同列にしたがるが、陽子は昨年まで付き合っていた男性がいたのだ。入社以来男に縁がない理央と一緒にして欲しくないと内心では思っているが、数少ない社内の同志である理央を邪険にはできない。
(今日は理央先輩は専務に付いて出張だから、久しぶりに一人で帰れる)
そうは言いながらも、理央を少し鬱陶しく感じているのも事実だ。
(しばらくぶりに、寄ってみようかな)
陽子は、高校生の時から嵌っているアロマキャンドルの店に立ち寄ってみる事にした。後輩の武藤綾子を誘おうと思ったが、彼女は元同期の勝呂達弥と食事の約束があると言っていたので、無理だ。
(勝呂君、早めに声かけとくんだったな)
今更ながら、昨年別れた男が達弥に比べて薄っぺらかった事に気づく陽子である。綾子と争いたくないし、争っても勝ち目がないのもわかっている。
(武藤さん、隠れ巨乳なのに気づいちゃったもんなあ)
先日、一緒にトレーニングジムに行き、綾子の身体を見たのだ。
(男は巨乳が好きだから)
陽子は達弥もご多分に漏れずだと勝手に思っている。仕方がないので、彼女は一人でアロマ専門店に足を運んだ。一人だと、時間も気にせずに選べるので、いつも以上に買い込んでしまった。
(荷物になるな)
大きな紙袋にいっぱいのキャンドルや石鹸や香水を詰め、陽子はすっかり日が暮れた街を歩いた。
「あれ?」
陽子は、舗道の先を歩いている綾子に気づいた。
(武藤さん、この辺で食事してたんだ)
思わず達弥を探しそうになり、
(それをしてしまったら、理央先輩と同じになってしまうわ)
そう考えて、思い留まった。
「え?」
そして、綾子の後をつけている男にも気づいた。
(誰だ、あいつ? 武藤さんをつけてるよね?)
陽子は綾子が心配になり、二人を尾行した。
男は綾子をつけていたが、何をするでもなく、綾子が住んでいるマンションの前まで行くと、フウッと大きな溜息を吐き、元来た道を戻り始めた。陽子は意を決して、男の前に立った。
「貴方、誰? 武藤さんのストーカーなの?」
陽子は勇気を振り絞って尋ねた。男の風貌と、結局綾子に声すらかけられずに終わったのを見て、気が小さいと判断したのだ。思った通り、陽子が立ち塞がると、男はビックリしたようで、動けなくなってしまった。
「ぼ、僕は、その……」
呂律も回らない男を見て、陽子は気の毒になってしまった。男の名前は明石三太と言い、綾子のマンションを担当している宅配業者の従業員だった。聞けば、以前、綾子に思いを伝えたが、綾子からは何もリアクションがなく、最近一目惚れした女性に告白する前に振られ、また綾子に告白しようとつけてしまったというのだ。
「そうなんだ。でも、武藤さんは恋人がいるから、諦めた方がいいよ」
陽子は三太が可哀想になったが、真実を伝えない訳にもいかず、教えた。三太は目を見開いて驚いたが、
「そうですよね。綾子さん程の美人に恋人がいない訳がない」
自嘲気味に笑うと、陽子に頭を下げ、去って行った。
(でも、タイミング的に言うと、明石君の方が勝呂君より早かったのかも知れない)
三太の恋の成就を祈りたくなった陽子だったが、自分がその相手になろうとは思わなかった。




