杉村三郎の迷推理
お借りしたお題は「WEB拍手」です。
杉村三郎。遂に恋人の吾妻恵子に正式にプロポーズし、具体的な日取りなどを話し合い中である。
(幸せの絶頂って感じだけど、読まずにはいられないなあ)
今日は休日。もうすぐ恵子と式場の下見に行く時間だ。そんなちょっとした合間にも、ついつい気になってしまうのが、ネット小説の「エクスプローラーOKAYA」である。
(ますます面白くなって来たな)
OKAYAの掲載ページの末尾に設置されているWEB拍手を押しながらあれこれ思い出す。
(そう言えば、会社の誰が関係者なのだろうか?)
以前、机の上に置かれていた謎のメモの事が気になった。杉村は、三年先輩の須坂津紀雄とあれこれ推理してみたのだが、結局誰がそうなのかわからなかったのだ。
(東大出身の武藤さんなら、何かわかるかも知れない。今度訊いてみよう)
秘書課に転属になった武藤綾子。その綾子こそが、OKAYAの作者だとは、夢にも思っていない杉村である。
(でもなあ。武藤さん、真面目に考えてくれるかな? 妙なボケで返されるかもなあ)
頭が良くて、美人で、何故か落語家になりたがっている綾子が、杉村の質問にキチンと答えてくれるとは思えないのだ。そして杉村は、また綾子と結婚式を挙げている夢を見てしまった事を思い出した。
(こんな日にそれを思い出しちゃうなんて……)
恵子にどんな顔をすればいいのかわからなくなりそうだ。夢の事を頭から追い出そうと、杉村はOKAYAの作者の推理に集中した。
(まさか、中途入社の巻貝さんじゃないよね?)
確かに巻貝勤が入社したのとOKAYAの連載が始まったのは時期が近かった。だが、趣味はパチンコと競馬と言っていた巻貝からは、小説を書いている姿が想像できなかった。
(違うな。巻貝さんがもし小説を書くとしたら、ギャンブラーモノだろ)
杉村は変な納得の仕方をしてしまった。
(後は誰だろう? 平井常務はアメリカにいたんだから、違うよな)
だが、パソコンさえあれば、どこでも投稿できるのに気づき、
(まさか、平井常務?)
平井は若い頃、よく小説賞に応募していたと梶部部長から聞いた事があるのだ。
(そうだ、そうに違いない)
そして、かつて営業課の課長でもあった平井なら、机の上にメモを残す事も可能だ。だが、一つ疑問があった。
(常務が作者だとして、どうやって、僕と須坂さんが小説を読んでいるって知ったんだ?)
そこで更にはたと気づいた。
(そうか。常務の秘書は武藤さんだ。武藤さんが常務に話したのかも知れない)
杉村は、須坂とOKAYAの話をしていた時、綾子が営業課に来た事があるのを思い出した。彼の迷推理は果てしなく真実からかけ離れて行く。その時、ドアフォンが鳴った。恵子が来たのだ。
「戸締まりOK」
杉村は窓を確認し、ガスの元栓を閉め、ドアを開いて外に出た。
「おはよう、恵子。今日も相変わらず綺麗だね」
最近、杉村はそういう事を必ず言うようにしている。恵子も慣れて来たので、
「ありがとう」
妙な突っ込みはせずに素直に応じている。
「行きましょうか、お嬢様」
杉村が腕を出す。恵子はサッと自分の腕を組ませて、
「はい」
微笑む。杉村は大きく頷き、駅へと続く並木道を歩き出した。
こうして、OKAYAの作者の正体の解明は持ち越しとなった。杉村は実に惜しいところまで辿り着いていたのだった。




