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米山米雄の冒険

お借りしたお題は「丘の上の病院」です。

 米山米雄、三十六歳。中堅建設会社の営業課の課長である。生来の気の弱さから、部下達を引き連れて食事に行ったり、飲み会を開いたりできない。その上、妻は現社長の姪で、家庭での順位は彼が最下位だ。飼い猫より下なのである。

「米雄さん、同級生の方が入院したそうよ」

 妻が玄関で手紙を渡しながら告げた。彼宛の郵便物は全部妻の『検閲』が入るが、米雄はもう何も感じなくなっている。彼は封書を受け取って差出人の名前を見た。それは小学校の同級生だった。

(中学は別になったから、卒業以来一度も会っていないんだけどな。どういう事だろう?)

 しかも、その同級生にはよく虐められていたのだ。

(また何かされるんじゃないだろうか?)

 嫌な予感がしまくる米雄である。だが、そんな事情を知らない妻は、

「伯父はそういう事にはうるさい人だから、きっちりしてね。後で妙な噂が立ったりしたら、拓海にまで迷惑をかけるわよ」

 拓海とは、妻の弟で、米雄のかつての部下である香の夫になった男だ。もうT県に引っ越して一年が経つ。

(拓海君が離れたところに行ってしまってから、女房がまたきつくなった)

 拓海は米雄の肩を持ってくれたので、何かと助けられていたのだ。

「わかったよ」

 妻や社長はともかく、拓海に迷惑は大袈裟だろうと思ったが、そんな事を言おうものなら、こんこんと説教をされるのは目に見えているので、米雄は何も言わなかった。

 自分の部屋(と言うと聞こえがいいが、寝室を妻に占領されて、納戸を改修したものである)に行き、封筒から便箋を取り出して、内容に目を通した。どうやら、丘の上の病院に入院しているらしい。転地療養を兼ねているらしく、米雄の家から電車とバスで三時間程かかる場所だ。

(遠いな……)

 思わず溜息を吐いてしまった。


 溜まっていた有給を消化するいい機会だと考え、米雄は一週間で一番暇になる火曜日に休みを取り、病院へと向かった。新幹線で途中まで行き、そこからは地元の私鉄に乗り換え、山の麓まで行く。更にそこからバスに乗り、対面通行がギリギリの未舗装の道を通って、病院がある丘を目指した。

(凄い場所にあるな。昔のサナトリウムみたいだ)

 ふと気づくと、乗客は自分一人だ。何となく心細くなり、運転席のすぐ後ろに座席を移動した。ところが、その座席はバスの右前輪の上だったので、米雄は車酔いをしてしまった。

「ううう……」

 よろけるようにしてバスを降りた米雄は、帰りの時間を確認しようと思って、道の反対側にあるバス停に近づいた。

「え?」

 よく見ると、そのバス停はボロボロで、時刻がほとんどわからない。

(どうして修理しないんだろう? 乗客が困るだろうに)

 そう思いながら、米雄は病院に続く細いけもの道のような道を登り始めた。

(確かに空気はきれいで、空は近いし、鳥の鳴き声とか聞こえて、心は癒されるだろうけど、ご家族は大変だろうな)

 会った事もない同級生の妻や子供の苦労を案じる米雄である。

「え?」

 遠目に見たときから、少し変だと思っていたのだが、近くに行ってそれがはっきりした。その病院はどう見ても人がいるような状態ではなかった。草が伸び放題の庭、割れた窓ガラス、散乱した医療器具。

(まさか……)

 騙されたのか? しかし、そこまでするだろうか? 背筋がゾッとした時、

「米山、よく来てくれたな」

 背後で声がした。ビクッとして振り返ると、そこには小学校の時と全く変わらない同級生が立っていた。米雄はようやく自分が記憶違いをしている事に気づいた。

(そうだ。中学校が別になったんじゃなくて、あいつは病気の治療のために山奥の病院に入院する事になったんだ。そして……)

 全てを思い出した米雄は真っ青になり、不敵な笑みを浮かべている同級生から逃げ出した。

「ひいい!」

 追って来ているのではないかと思ったが、恐ろしくて振り返る事ができない。何事もなく、何とかバス停まで降りて来た米雄は、精根尽きてその場にしゃがみ込んでしまった。

「はあ……」

 どれくらいそうしていただろうか? いくら待ってもバスは来なかった。もう一度時刻表を見ようと立ち上がった時、軽トラが走って来た。

「こんなとこで何してるんだ、あんた?」

 農作業の帰りらしい老人が訝しそうに米雄に声をかけた。米雄は苦笑いして、

「この丘の上の病院に来たんですけど、もう潰れていたので、これから帰るところなんです」

 そう言ってバス停を指差すと、老人は、

「そのバスは十年前に廃止されたよ。いくら待っても来ねえぞ」

 すると、米雄は何かが切れてしまったかのようにその場に倒れてしまった。

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