どうしても気づいて欲しい
お借りしたお題は「ブログ」です。
武藤綾子。ある建設会社の秘書課に勤務する入社二年目の優秀な社員である。彼女にはある悩みがあった。
(誰も気づいてくれない……)
綾子は、インターネットの小説投稿サイトで連載している「エクスプローラーOKAYA」が大人気の覆面作家なのだ。ところが、会社の同僚である須坂津紀雄や杉村三郎にその小説を読まれている事を知り、彼等に自分がOKAYAを書いていると気づいて欲しくなっていた。
(誰も読んでくれていないと思っていた頃は、気づいて欲しいとは思わなかったけど)
綾子はOKAYAが大評判だから知って欲しいのではない。実際に顔を知っている人に自分が作者だと知って欲しいのだ。その欲求は日増しに大きくなり、遂に彼女はブログを始める事にした。もちろん、ブログは匿名ではなく、名前を明かして書くのだ。そうでなければ、意味がないと思っていた。
(タイトルはどうしようか?)
少し考えて、すぐに決まった。
『あやこの探検』
かなり際どいヒントになるタイトルだ。何しろ、「エクスプローラーOKAYA」を逆さにしたものだからだ。
「ブログを始めてみました。よかったら、読んでください」
綾子は営業課のフロアにわざわざ出向いて、アピールした。
「へえ、武藤さん、ブログするんだ」
須坂と杉村が興味を持ってくれたので、綾子は心の中でガッツポーズをした。
「特に杉村さんに読んで欲しいんです」
目をウルウルさせてボケをかます。杉村はわかっていながらもドキドキしてしまった。
(武藤さんには彼がいるし、僕にも彼女がいる)
そんな事を考え、綾子のボケを凌ごうとしている杉村を哀れんだ目で見る須坂である。
(お前、早く結婚しろ)
そんな風にまで思ってしまった。
「逆転の発想で読んでみてください」
綾子は更なるヒントを投じた。
「ふうん、凝った内容なんだね」
言葉通りに受け止めた須坂の反応に綾子はがっかりしてしまった。
「後ろから読むと意味がわかる話を書きますね」
続けてギリギリなヒントを出したが、
「難しそうだなあ」
杉村が腕組みをして眉間に皺を寄せている。
(ダメかな?)
綾子は苦笑いして、秘書課に戻って行った。
「武藤さん、元気なかったね? どうしたんだろう?」
須坂が言うと、杉村が、
「彼氏とうまくいってないんじゃないですか?」
見当外れの推理を展開した。須坂は笑って、
「違うと思うな。秘書課の先輩に意地悪な人がいるんだと思うよ。だから、たびたびここに顔を出すんだよ」
同じく間抜けな憶測を述べた。
そんな事があったので、その日、恋人の勝呂達弥と夕食を共にした時、彼にブログを始めた事を話してみた。
「そうなんだ。毎日覗くよ。コメントもするね」
ニコニコして言われた。綾子は苦笑いして、
「ありがとう、達弥君」
達弥には自分がネット作家だと知られたくない綾子は心中複雑であった。
それでも、淡い期待を込めて、綾子は毎日ブログを更新した。須坂と杉村もコメントしてくれるのだが、「あやこの探検」という妙なタイトルにも反応せず、逆から読むと言うヒントにも全く何も気づかない。むしろ、二人以上に達弥がコメントしてくれていて、ありがたいのか迷惑なのか、微妙になっていた。しかも、達弥のハンドルネームは「ヤッタ君」という気づいているのかいないのか判断に苦しむようなものなのだ。
(でも、達弥君には知られたくない)
綾子の乙女心は揺れていた。




