ひそひそ話は気をつけてその弐
お借りしたお題は「ノンバーバル」です。
大磯理央。入社四年目の秘書課の中堅。お嬢様学校をエスカレーター式に進学し、建設会社に就職したのは、
「これからは絶対にガテン系男子の時代だ!」
そう読んだ結果だ。確かに同期入社の男子にはイケメンが多かった。だが、その中の誰も、理央の眼鏡に叶う者はいなかった。一期後輩の波野陽子の言葉を借りれば、
「高望みし過ぎ」
だが、理央は諦めなかった。三年目、後輩秘書となった武藤綾子と同期の男子達の中で、只一人、眼鏡に叶った人物がいた。それは勝呂達弥。ルックスも学力も身長も申し分なかった。だが、理央が近づこうにも、達弥のそばには常に同期の女子達の壁ができていて、酷い時には達弥の姿すら見る事ができなかった。ようやく、達弥に間近で会えたのは、彼が退社をする時だった。理央は悲し過ぎて、陽子や他の秘書課の後輩達を強引に誘い、自棄酒を飲みまくった。
(このままでは、主任と同じ運命を辿ってしまう)
秘書課の主任である加部千代子は、三十代後半の独身。理央には千代子の姿が自分の将来に思えてしまった。そして、理央は自分の交際相手のランクを大きく下げた。だが、既に時は遅かった。同期の男子のほとんどは既婚者となり、一期二期後輩でも、結婚しているか、交際相手がいた。焦って合コンに参加したが、目当ての男子は他の女子とカップルになってしまい、いつもあぶれる事が多かった。
「大磯さんはちょっと高飛車なんだよね」
トイレから戻って来た時、男同士でヒソヒソ話しているのを聞いてしまった事があり、合コンに参加するのを躊躇った時期があった。
理央の自尊心を完全にへし折ったのは、未だに忘れられない勝呂達弥が、後輩の綾子と交際を始めた事だった。綾子は事情を知らないので、彼女を責めるのは間違っていると思い、理央はもっぱら一番の仲良しである陽子に愚痴を言う日々が続いた。陽子も始めはそれ程ではなかったものの、綾子と付き合いたい達弥が相談して来て、俄然達弥に興味が湧いたため、理央程ではないが、ショックを受けていた。だから、理央の気持ちがよくわかったのだ。
そんなある日。秘書課の室長と千代子が揃って研修に出かけ、一日課を空ける事があった。そのせいなのか、理央はいつも以上に千代子の事で愚痴り始めた。
「もう、主任たら、私にばかりきついのよ。自分に彼氏ができないのを私のせいにしないで欲しいわ」
給湯室で茶碗を洗いながら、理央は普段よりボリューム高めで話している。いつもならそれを窘める陽子も、千代子がいない事を知っているので、何も言わない。
「そうですよね。理央先輩、可哀想です」
それどころか、理央を煽るような事まで言ってしまう。
「うん?」
ふと綾子の方を見ると、右手で何かを合図している。陽子が首を傾げていると、次にメモ用紙に矢印を描いて見せて来た。それでも陽子が不思議そうな顔をしていると、綾子は次はメモ用紙に誰かの顔を描いて、頭に角を付けた。そこで、陽子はやっと何の事かわかったのだが、理央の悪口はボルテージマックスになっており、給湯室のドアの脇まで来ている千代子にどうやっても誤摩化しが効かない状態に陥っていた。
(またお説教だ……)
陽子は項垂れてしまった。
ということでした。




