秘書課のお局様
お借りしたお題は「読み手が温度を感じられる物語を書く。温度の捉え方は、気温でも心情でも構わない。」です。
武藤綾子は念願の秘書課に転属になった。しかし、それは茨の道だった。
「武藤さんは梶部次長のお気に入りらしいわね」
転属初日早々、秘書課のお局的存在である加部千代子が言った。
ひっつめ髪で吊り上がった目に合わせたかのような三角形の眼鏡をかけている。
「そのような事はありません」
綾子は梶部から千代子の事を聞いていたので、言葉遣いに気をつけて応じた。
すると千代子は鼻で笑って、
「どうだか。どんな手を使って秘書課に転属できたのか知らないけど、コネや容姿だけで勤まると思ったら大間違いよ」
綾子に息がかかりそうなくらい顔を近づけた。
「はい、主任」
綾子は返事だけした。何か言うと逆らったと難癖を付けられるからだ。
「ま、精々頑張りなさいよ」
千代子の言葉で部屋の中が凍りつきそうな感じがした綾子は、千代子が退室すると身震いしてしまった。
「武藤さん、気にしない方がいいわ。あれが主任の挨拶なんだから」
一年先輩の波野陽子は小声で言った。
「ありがとうございます、波野さん」
綾子は陽子に頭を下げて礼を言った。
「これからしばらく研修を兼ねて主任と一緒に行動するから、携帯のカイロを持っていた方がいいよ」
二年先輩の大磯理央が言う。
「そうなんですか。私は冷え性ではないのですが、主任の声を聞くと、寒気がしてしまいます」
綾子は小声で二人に言った。陽子と理央は顔を見合わせてクスッと笑った。
「武藤さんて、あまり主任を怖がっていないみたいね」
陽子が席に着きながら言うと、綾子は、
「そんな事ありません。私、小さい頃から感情表現が下手なので、そう見えるだけです」
「そうなんだ」
陽子と理央は感心したように頷いた。
綾子はその後、千代子に付いて秘書の研修を受けた。
「武藤さん、物覚えはいいわね。私もあまり時間は割けないから、確実に取得して頂戴ね」
千代子は何かいい事があったのか、秘書課にいた時とは全く対応が違った。
「はい、主任」
綾子は身体を真っ直ぐにして応じた。すると千代子は満足そうに微笑み、
「貴女、なかなかいい子ね。期待してるわよ」
ポンと肩を叩いて歩き出す。その手の冷たさに綾子はビクッとしてしまった。
(主任は極度の冷え性?)
もしかしたら雪女だろうかと思ってしまうくらい、千代子の手は冷たかった。
(手先の冷たい人は心は温かいと聞いた事があるけど)
綾子は昔、母親に言われた事を思い出した。
「さあ、今度は実践よ。ついてらっしゃい」
千代子の声にハッと我に返り、
「はい、主任」
綾子は彼女の後に続いた。
さて、本当は千代子どういう人なのでしょうか?