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平井卓三の焦燥

お借りしたお題は「宝くじ」「靴ずれ」「うどん」です。

 平井卓三、四十六歳。つい先日、誕生日を迎えたばかりである。

(今までで一番寂しい誕生日だった)

 妻と娘をアメリカに残しての単身赴任となった昇格人事。アメリカで恋人ができた娘はともかく、妻の蘭子が帰国しないのは納得ができなかったが、

(逆に考えれば、今俺は独身同然だ)

 また悪い自分が復活しつつあった。

(真弓は元気かな?)

 課長時代に不倫をしていたかつての部下の真弓を思い出した。だが、連絡先は知らない。真弓と同期だった香から聞き出そうとしたが、彼女も知らないというオチが待っていたのを鮮明に思い出してしまった。

 部下を誘おうにも、常務となった自分と誕生日を祝ってくれる近しい存在がいない。営業課の藤崎や須坂もすでに米山米雄の方が関わった時間が長くなってしまっているので、呼ぶ事ができない。

(梶部でも呼ぼうか?)

 同期入社で、部長に昇進した梶部次郎を妻の弓子と共に招待すればいいと思った。しかし、先日、同じように弓子共々食事に誘った折、弓子を褒めちぎったせいで、梶部にはおかしな警戒心を抱かれたらしく、

「また食事会をしよう」

 そう誘っても、はぐらかされてしまっている。

(お前の女房にチョッカイかける程、俺も女に飢えてないぞ)

 そう言いたいところだが、弓子は蘭子と違い、穏やかで慎ましく、夫を立ててくれる女性だ。全く女として見ていないかと言うと、そうでもない。

(弓子さんと付き合えばよかった)

 バカな妄想をしてしまう平井であった。


 そんなある日、平井は大きな事業を請け負わせてもらった元請け企業の重役と会食をした。秘書である武藤綾子も同席させ、彼女の顔を売ろうとした。綾子は平井の期待以上の有能さで、てきぱきと仕事をこなし、スケジュール管理も完璧で、万事そつがない。

(武藤君が秘書になると聞いて、始めは不安だったが、下手に熟練して言う事を聞かなくなっている者より、ずっとよかった)

 本当は、秘書課のおつぼね様と呼ばれている加部千代子に担当して欲しかったのだ。三十代後半で、まだ独身の千代子は、平井のストライクゾーンだった。彼のストライクゾーンは上は五十歳、下は二十歳とほぼ節操がないのと同じだ。娘は今年度で大学を卒業するというのに。

(武藤君には恋人はいないのだろうか?)

 もしいなかったら、などと考え、慌てて首を横に振る。蘭子の父親は社長である。

(真弓の時は、まだ課長だったから、義父ちちも多めに見てくれたが、今は重役だ。今度そんな事をしたら、間違いなくクビだろうな)

 そんな益体やくたいもない事を思いながら、社用車で会社に向かっている時、平井は宝くじ売り場を見かけた。

(独身の時は、よく買ったな)

 結婚してから、ギャンブルが大嫌いな蘭子のせいで、パチンコや競馬、競輪、競艇はもちろんの事、宝くじも買わせてもらえなくなった。

(久しぶりに買ってみるか)

 平井は車を停めさせて、売り場に行った。そのまま列に並んで買おうとすると、

「隣のうどん屋できつねうどんを食べてから買うと当たるよ」

 売り場のおばちゃんに言われた。げんかつぎは結構信じてしまう平井は、おばちゃんに言われた通り、隣のうどん屋できつねうどんを食べる事にし、綾子も呼んで一緒に食べた。若くて美人の綾子とうどんを食べるだけでも、平井は新鮮なワクワク感を覚えた。髪がうどんに絡まないように耳にかける仕草を見て、更に興奮してしまった。

(俺、欲求不満なのかな?)

 妄想を必死に振り払う平井である。うどん屋を出て、売り場で宝くじを買った。綾子にも十枚買ってあげた。

「ありがとうございます」

 綾子は大事そうにくじをバッグの中にしまっている。

(ああ、娘とこんな事をしたかったなあ)

 すでにアメリカ人の恋人との結婚を決めてしまい、そのまま永住するつもりの一人娘と綾子を重ねて見てしまい、平井は涙ぐんだ。


 そして、それからしばらくして当選発表があったが、平井のくじは一つも当たっていなかった。全部で百枚も買ったのにである。

「武藤君はどうだった?」

 自分の十分の一だけくじを持っている綾子に尋ねると、

「十万円が当たっていました」

 平井は驚き過ぎて、しばらく動けなくなった程だった。

(あのババア!)

 そして、売り場のおばちゃんを逆恨みした。また外に出る機会があったので、運転手に売り場に回ってもらった。さすがに恥ずかしかったので、綾子は連れて行かなかったが。

(何て事だ)

 売り場前にはデモ行進している団体がいたので、平井は離れたところで車を降り、売り場まで歩いて行った。すると、売り場は休みで、誰もいなかった。平井はやるせない思いで、車に戻った。

「いてて……」

 降ろしたての靴で歩いたので、靴ずれができてしまった。

「何て日だ!」

 某お笑い芸人のギャグを真似たつもりはなかったのだろうが、ついそんな愚痴が口から飛び出してしまった。

平井の運は使い果たされてしまったようです。

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