譲れない思い
お借りしたお題は「減った話を書く」です。
須坂津紀雄。入社四年目の営業課の二番手。中途入社の巻貝勤に脅威を感じている。巻貝は社交性抜群で、ぐいぐい営業先を拡大している。
「おちおちしていられないな。あと何か月かで、巻貝さんに抜かされてしまうかもな」
営業課のエースの藤崎冬矢がそう言っていたので、須坂も焦っていた。
(ランキングが落ちると、自動的に小遣いも落ちてしまうシステムはやめて欲しい……)
妊娠して、家計のやり繰りに更に目覚めてしまった妻の蘭子が、出費を削る方向に進み始めているのだ。最初の標的になりそうなのが須坂の小遣いだった。
(何を諦めようか?)
すでに須坂は弱気な事を考えている。小遣いで買っているものと言えば、食後のコーヒー。これは絶対に譲れない。となると、昼食のメニューを落とすしかない。定番の日替わりランチをメインに据え、月に一度食べている特上ヒレカツ定食をやめる事にした。
(それとも、蘭たんと交渉して、小遣いの減額を延期してもらおうかな)
だが、そんな交渉をしても、蘭子が折れる確率は限りなくゼロに近いと思っていた。
(むしろ、蘭たんの方が営業に向いていると時々思う事がある)
完全に尻に敷かれている須坂である。
しかし、ダメ元で挑んでみようと思い、その日の夜、夕食の洗い物が終わった後で、須坂は蘭子に話を切り出した。
「あのさ、経費削減の事なんだけど……」
恐る恐る話してみた。すると蘭子は、
「聖域なき改革を断行するつもりよ、つっくん」
非情な答えを返して来た。須坂の顔が引きつる。ところが蘭子は、
「つっくんの昼食なんだけど、外食ではなくて、お弁当にしてもらえないかしら? その方が圧倒的に節約になるのよ」
須坂が予想していなかった方面から提案して来た。
「そ、そうだね。その方がいいね。栄養のバランス的にも、それはいいと思うよ」
須坂は今までより一陣間早起きして弁当を作っている自分を思い浮かべている。
「私も早起きして頑張るから」
蘭子はニコッとして須坂の手を包み込むように握った。須坂はドキッとして蘭子を見た。
「何よ、私の手作り弁当では不満なの?」
須坂の顔を見て、蘭子がプウッと頬を膨らませた。
(可愛い……)
思わずデレッとしてしまう須坂である。そして、ハッと我に返り、
「いや、そうじゃないんだ。僕が作ろうと思っていたから……」
「つっくん……」
蘭子は須坂の言葉に感動したらしく、目を潤ませて彼の手を更にギュッと握りしめた。
「でも、それは私がするから。つっくんにばかり負担をかけられないし」
「そうなんだ。ありがとう、蘭たん」
須坂も蘭子の手を握り返した。だが、聖域なき改革はそこでは終わらなかった。
「だって、子供が生まれたら、もっとたくさんお金がかかるようになるんだから、つっくんには晩酌も控えてもらわなくちゃだし、オムツの交換もしてもらったりもするし、夜泣きの対応もお願いしたいし……」
減るのは小遣いではなく、楽しみと酒の量と睡眠時間だったのか……。それでも須坂は笑顔で頷いてみせるのだった。
須坂はずっとこのままです。




