三太頑張る
お借りしたお題は「前」「後」「時系列」です。
明石三太。大手の運送会社に勤務する引っ込み思案な男である。
三太は乳酸菌飲料のセールスレディである荒川真央に出会い、彼女に強く惹かれた。
そして、より真央と親しくなろうと考え、思い切って一歩踏み出す事にした。
「おはようございます!」
いつものように真央が元気よく現れた。
「おはようございます!」
三太は何っとか気後れする事なく応じた。
(今日は思い切るんだ)
三太は自分に強く言い聞かせ、気合いを入れた。
「あの?」
そんな三太の様子を見ていた真央は三太がどうかしてしまったのではないかと心配になり、声をかけた。
「あ、すみません」
気合いを入れていたのを真央に見られていたのに気づいた三太は照れ臭そうに頭を掻きながら苦笑いした。
(前にもこんな事があったっけ)
まだ生まれ故郷のG県にいた頃、同級生の女の子に恋をして、焦って告白したら、
「キモい」
そう一言言われて、あっさり振られた事を思い出してしまった。
(後で悔やむ事がないようにしよう。噛まずに言い切るんだ)
三太は夕べ何度も練習した真央への言葉を心の中で反復した。
(失敗して落ち込むのは嫌だ。せめて僕の気持ちを荒川さんにしっかり伝えるんだ)
その前に三太はいつも通り、ナクルトとヨーグルトを一週間分購入した。
支払いをすませた後、
「ありがとうございました!」
お辞儀をして立ち去ろうとする真央に声をかけた。
「荒川さん」
三太の素っ頓狂な声に真央はピクンとして立ち止まり、振り向いた。
「はい、何でしょうか?」
追加の注文だと思ったのか、満面の笑みで三太を見る真央。
時系列で順序立てて何度もシミュレーションを繰り返した三太は、もう一度それをなぞってみた。
大きく深呼吸をして、真央を見た。真央はキョトンとして三太を見ている。
「貴女の事が好きです。僕と付き合ってくれませんか?」
噛まずに言えた! 思わずガッツポーズをしてしまった三太だったが、真央はいきなり泣き出し、何も言わずにドアをバタンと閉じると、駆け去ってしまった。
「え……?」
三太は何が起こったのか、しばらく理解できずに立ち尽くした。
どれほどの時間が経ったのだろうか? 呆然としている三太の耳に電話の呼び出し音が聞こえて来た。
ハッと我に返り、三太は部屋の隅にある電話に出た。
相手は真央が勤務しているナクルトの営業所の課長の妻夫木と名乗った。
真央が泣きながら帰社したので、理由を問い質したのだが、要領を得ないので、最後に訪問した三太に電話をしたのだという。
「荒川が何か失礼な事をしませんでしたか?」
課長は探るような口調で尋ねた。三太は自分が真央に告白したので、真央がびっくりして泣き出したのだと思うと告げた。すると、課長はフウッと溜息を吐き、
「そうでしたか」
三太は真央のトラウマを思い出させてしまったらしい。
以前、真央は四十代後半くらいの独身男性に告白され、その時は冷静に断わったのだが、何度もしつこく交際を迫られ、担当を代えてもらった。するとその男性が営業所に乗り込んで来て、荒川を出せと大暴れしたのだ。警察が来て、男は逮捕されたのだが、それ以来真央は男性恐怖症になり、しばらく営業もできなかった。
(何て事をしてしまったんだ……)
三太は話を聞いて酷く落ち込んでしまった。
思い起こしてみると、真央とはナクルトを通じての話と同郷というよしみからの話しかしていなかった。
告白をする程、いろいろ話した事はなかったのだと思い知り、三太は自己嫌悪に陥った。
(真央さんに謝ろう)
三太は仕事帰りに営業所に立ち寄り、真央に謝罪しようと思ったが、すでに真央は辞表を出し、G県に帰ってしまった後だった。
(真央さん……)
三太は項垂れ、途中で買った花を持ったまま、アパートへの道をトボトボ歩いて帰った。




