すれ違う二人
お借りしたお題は「夕闇」「数え唄」「着替え」です。
武藤綾子はとある建設会社の秘書課に勤務するホラー好きの女子である。ある日、綾子は先輩の波野陽子に呼ばれ、誰もいない会議室に行った。普通の女子なら、
(怒られるのかな?)
そんな風に妄想するのだが、綾子は何も勘ぐったりせずに会議室に赴いた。
「武藤さん、勝呂君とはうまくいってる?」
陽子は前置きなしで本題に入った。綾子はキョトンとしたが、
「おかげ様で順調です」
ところが陽子は訝しそうな顔で、
「ホント? 武藤さんだけそう思っているんじゃないの?」
「え? どういう事ですか?」
綾子は首を傾げて尋ねた。陽子は溜息を吐き、
「勝呂君から相談されたの。武藤さんがホラーが好きなんだけど、自分にはどうしても合わせられないって」
その話に綾子は目を見開いてしまった。
(達弥君て、ホラーが好きではなかったの?)
つい先日会った時も、「髑髏烏帽子 丑三つ時」と言う映画の事を訊かれたので、好きなのだと思っていたのだ。陽子は綾子の反応を観て溜息を吐き、
「やっぱりね。勝呂君、随分無理しているみたいだったよ。全然わからなかったの?」
やや非難めいた口調で続けた。綾子はションボリしてしまった。
「全然、わかりませんでした……」
予想以上に綾子が目に見えて落ち込んでいるのがわかり、陽子はギクッとした。
(うわ、言い過ぎたかな?)
元々先輩の大磯理央の命令で、綾子を問い詰める事になった陽子なので、綾子が可哀想になってしまった。
(理央先輩ったら、自分は何もしないで狡いわ)
陽子は取り敢えず心の中で理央に不満をぶつけてから、
「そんなに気にしないで。これから気をつければすむことだから」
それでも綾子は俯いたままだ。
「はい……」
陽子はバツが悪くなってしまい、最後には綾子を励ました。
一方、理央と陽子に相談した達弥は、夕闇に包まれた店内で、一人で唐揚げ粉の調合をしていた。それは先代の足立松子店長が独自に開発したもので、達弥以外誰も配分を聞かされていない。
「唐揚げの味を守るのが、貴方の務めよ」
大阪に旅立つ朝、達弥に足立店長が涙ながらに語った言葉は今思い出しても感動で震えてしまうのだ。
「あ……」
そんな時、嫌な事を思い出してしまった。綾子とデートして、「髑髏烏帽子 丑三つ時」が全然怖くなかったと言われてしまったので、その後別のホラー映画をレンタルして観たのだ。それをかなり鮮明に思い出してしまった達弥は、背後が気になり始めた。
「え?」
どこからともなく、数え唄が聞こえて来た。空耳ではない。確実に誰かが歌っているのだ。
(もう無理だ!)
達弥は素早く片付けをし、制服から私服に着替えると、逃げるように店の裏口から出た。外はすっかり暗くなっていた。
「一番始めは一の宮……」
店の前に出ると、綾子がいて、歌を口ずさんでいた。達弥はホッとして笑顔になり、
「綾子さん、どうしたの?」
綾子はニコッとして達弥を見て、
「私のせいでごめんなさい。晩ご飯を御馳走するから、許してください」
「え?」
達弥は何の事かわからなかったが、
「喜んで」
二人はそこから歩いてすぐの居酒屋に寄り、ビールで乾杯して、いろいろ注文していろいろ話をした。
「達弥さんがホラーが苦手だって知らなくてごめんなさい。私の苦手なものを教えるので、それで許してね」
酔って来た綾子がトロンとした目で言ったので、達弥はドキドキした。
(無敵そうに見える綾子さんの苦手なものって何だろう?)
すると綾子はにんまりして、
「私はおまんじゅうが苦手です。それから、熱いお茶も苦手です」
どうやらボケたらしいのだが、落語をあまり知らない達弥にはそれが伝わらなかった。
(綾子さん、甘いものが苦手なのか。猫舌な女の子って、可愛いよな)
おかしな妄想をしかけて、にやつく達弥である。
「そうなんだ、覚えておくよ」
達弥は嬉しそうに応じた。綾子はニコッとすると、そのまま酔い潰れてしまった。
しばらく綾子の寝顔を見ていた達弥は、終電の時間が近づいたので、慌てて綾子を起こした。
「ごめん、寝ちゃったみたいね」
照れ臭そうに言う綾子を見て、
(可愛過ぎる!)
達弥は感動していた。
駅のホームで別れて、お互い違う電車に乗り込んだ。しばらくして、お休みを言っていなかったと思い、メールを送信した。するとすぐに綾子から返信が来た。
『今日は達弥君と会っていないけど? どうしたの?』
危うく気絶しそうになった達弥だった。




