表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/50

記念日

お借りしたお題は「ケーキ店」「デニム」「新曲」です。

 須坂津紀雄。入社四年めの営業マン。ベタ惚れで結婚した蘭子は妊娠中で幸せな新婚生活を満喫している。


(早いもんだなあ)


 ふと気づくと、すでに結婚記念日が近づいていた。男にありがちな記念日失念症候群とは全く無縁の須坂は、着々とその日に向けて準備を整えつつあった。


 蘭子は妊娠中なので外出は須坂がいる時にしている。常に行動を共にし、何かあっても対処できるように両親や先輩から適切なアドバイスを受けている。


 そもそも、結婚した当初から彼が家事全般をこなしていた。だから、蘭子が妊娠して困る事はほとんどなかったのが実情である。


 ある日の帰り道、須坂はCDショップに立ち寄り、蘭子が大ファンのグループの最新アルバムを予約した。


 当然の事ながら、蘭子には内緒である。


(蘭たん、喜ぶだろうなあ)


 蘭子にありがとうのキスをしてもらう事を妄想してニヤついてしまい、店員にギョッとされたのを気づいていない。


 そして須坂は、その隣にあるジーンズショップで、ノースリーブのデニムのジャンパーを自分へのプレゼントとして購入した。


(結婚記念日は二人にとっての記念日だからな)


 須坂は月初めに蘭子に決定される小遣いをやり繰りして、プレゼントを購入した。


 喜んでもらえないと、次の月の小遣いに影響が出るのだ。それだけは避けたかった。


 他人が聞けば、「どこまで管理されているんだ?」と不思議に思うだろうが、須坂自身はそれに心地良さすら覚えているのだ。


(惚れた弱みだよな)


 舗道を歩きながらまたニヤついてしまい、すれ違ったOL二人組に、


「キモ!」


 そう呟かれたのにも気づかない程、浮かれていた。


 蘭子は妊娠中なので、食べられるものが限られるため、外食は諦めた。


 それはまた出産後にとっておこうと思っている。


(でも、授乳をしている間も、食事には気をつけないといけないんだっけ?)


 既に須坂は出産後の事まで考えていた。


 


 そして、記念日当日になった。須坂は同僚の誘いを全て断わって、スキップを踏みながら帰った。


 まずはCDショップに寄り、アルバムを受け取る。当然の事ながら、ラッピングをしてもらった。


 それには自分で作った手紙も添えるつもりだ。


 それから、隣のジーンズショップに寄り、デニムのジャンパーを受け取った。


 結婚当初、蘭子が店のディスプレイのノースリーブのデニムのジャンパーを見て、


「あれ、かっこいいね」


 そう言っていたのを覚えていたのだ。


 その後、ケーキ店で結婚一周年と書いてもらったデコレーションケーキを受け取った。


 須坂はまたスキップ混じりに歩を進め、家路を急いだ。


 


「只今」


 防犯のために常に玄関のドアにはロックをかけてあるのは承知していたが、その日は何故か、ドアチェーンもかけられていた。


「あ、ごめん。今日は遅くなるかと思ってた」


 決まりが悪そうな笑みを浮かべて、蘭子がチェーンを外してくれた。


「え? どうして? 今日は早く帰って来るつもりだったけど?」


 須坂は蘭子の言葉を疑問に思った。すると蘭子は、


「今日は給料日直後の金曜日だったから、飲みの誘いがあるんじゃないかなって思ったの」


「誘いはあったけど、全部断わったよ。だって、今日は結婚記念日だから」


 須坂は微笑んで蘭子を見た。すると蘭子は、


「あれ、そうだっけ? 忘れてた」


 須坂は愕然と仕掛けたが、蘭子は妊娠しているので、それどころではなかったのだと自分に言い聞かせた。


「大した事はできないけど、ほら」


 須坂はCDのアルバムが入った紙袋を蘭子に渡した。


「え? 何?」


 蘭子は興味津々の顔で中からラッピングされたケースを取り出した。


「蘭たんが楽しみにしていたエクセルの新曲のアルバムだよ」


 須坂はどうだと思いながら告げた。すると蘭子は、


「ええ!? CDを買ったの?」


「うん、そうだよ」


 誇らしそうに応じる須坂だったが、蘭子は半目になって、


「それなら、発売日にネットでダウンロードしたんだけど?」


 須坂は仰天した。蘭子はラッピングを解きながら、


「毎日、朝から聴いていたのを気づいていなかったの?」


 あっとなる須坂。そう言えば、音楽がかかっていた……。嫌な汗がドッと出て来る。


 蘭子は呆れ気味に溜息を吐き、


「そっちの袋には何が入っているの?」


 ジーンズショップのロゴが入った紙袋を見た。須坂は何とか気を取り直して、


「ノースリーブのデニムのジャンパーだよ。蘭たんがカッコいいって言ってた奴!」


 得意満面に取り出して、広げて見せた。蘭子の目が更に細まった。


「それって、もう随分前よね。それに全然カッコよくないんだけど?」


 須坂は唖然とした。


(今までの準備期間は一体何だったんだ?)


 とうとう項垂れてしまった須坂を見て、


「でも嬉しいよ、つっくん。ありがとう」


 蘭子がキスをしてくれた。それも口に。夫婦なら当然なのだろうが、蘭子はキスが嫌いで、この一年でも、数えるくらいしかしていない。


 そして、蘭子からキスをしてくれた事は一度もなかったのだ。


「蘭たん……」


 あまりにも嬉しかったので、須坂は泣いてしまい、蘭子にドン引きされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ