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弓子の休息

お借りしたお題は「寒い日」「雨」「カフェオレ」です。

 梶部次郎の妻、弓子。彼女は大学時代、梶部ばかりではなく、多くの男子学生を虜にしたまさにマドンナ的存在だった。しかし、彼女の一回目の結婚はうまくいかなかった。相手は最初に就職した会社の先輩だった。声をかけたのは弓子から。アタックし続けて、ようやく付き合うようになり、有頂天のまま結婚をした。ところが、その男は結婚した途端に正体を現した。ものを全く片づけられない。家事は一切手伝わない。些細な事ですぐに怒る。弓子が病気で寝込んだ時は、看病するどころか、

「大事な企画会議があるんだから、移すなよ」

 そんな暴言を吐き、しばらくホテルに泊まった。それでも弓子は好きで結婚したという思いがあったので、諦めずに生活を続けた。

 最終的に離婚を決断したのは、子供に対する考え方の違いだった。

「子供はいらない。生活の邪魔になる。もしどうしても欲しいのなら、産んでも構わないが、面倒は全部お前が見ろよ」

 そう言いながらも、彼は弓子を毎晩求めた。

(まるで野獣だった)

 それも結婚五年で終わり、夫は会社の若い女子社員と浮気を繰り返した。それがダメ押しだった。弓子は離婚後を考えて少しずつ貯蓄をし、それから更に五年後に夫に離婚を申し出た。意外にも夫は狼狽うろたえ、弓子に泣きすがった。どこまでも我がままな男だった。でも離婚に躊躇はなかった。


 弓子は雨が続いたために寒い日になった連休明けの日、ベッドから起き出すと頭が重いのに気づいた。

(風邪かな)

 そう思いながらも、愛する夫のために朝食を作ろうと無理して起き出した。隣に寝ているはずの次郎はすでにいなかった。新聞を読むために最近早起きなのだ。

「あら?」

 ベッドの横にあるベビーベッドを覗くと、愛娘の有香ゆかがいない。びっくりして寝室を飛び出すと、ダイニングで次郎が哺乳瓶で授乳してくれていた。弓子はホッとして微笑むと、夫に近づいた。

「おはよう。いつもありがとう、次郎さん」

 弓子は熱っぽい顔を撫でながら夫に礼を言った。次郎は有香にミルクを飲ませながら、

「ユーミンは妊娠中にずっと有香と頑張って来たんだから、これくらいはしないとね」

 前の夫とのあまりの差に、弓子は涙ぐんでしまった。

「今日は冷え込んだから、これを飲んで温まって」

 次郎が用意してくれていたのは、カフェオレだった。濃く淹れたコーヒーと熱い牛乳同量を、カップに同時に注いだものである。夫はそういうところにこだわりを見せている。

「ありがとう」

 弓子はダイニングテーブルの椅子に腰掛け、カップを手に取った。熱があるため、彼女は夫との決定的な違いを忘れてしまっていた。

「顔が赤いね。熱があるのかな? 無理しなくていいよ、ユーミン」

 次郎は未だに弓子の事を大学時代の渾名あだなで呼んでくれる。そんなところも、前の夫と大違いだ。前の夫は、結婚前は「弓子さん」「弓ちゃん」「弓子」と呼んでくれたが、結婚してからは「おい」「お前」としか呼ばなくなったからだ。

「ありがとう、次郎さん」

 だから、弓子も夫の事を「お父さん」とか「パパ」とは呼ばずに名前で呼んでいる。

「さ、冷めないうちに早く飲んで」

 次郎は微笑んで告げた。弓子は微笑み返して、カップに口を付け、一口飲んだ。


 そして、弓子は口の中を火傷やけどしてしまった。

 弓子にとって次郎の只一つの改善して欲しい事は、熱いものが好き過ぎるところだった。

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