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勝呂達弥の秘策

お借りしたお題は「東京」「大阪」「秘策」です。

 勝呂すぐろ達弥たつや。かつては武藤綾子と同じ建設会社に勤務していた彼は、偶然綾子と再会し、また彼女への恋心が燃え上がっている。只、綾子は恋愛に疎いらしく、決死の覚悟でしたはずの告白は通じていない可能性が出て来たと思っていた。そこで彼は、綾子の先輩で、入社当時、何かと声をかけてもらった波野陽子と大磯理央に連絡を取り、相談に乗ってもらう事にし、コーヒーショップに呼び出した。

「ふうん……」

 陽子と理央は、綾子からも話を聞いているので、あまり乗り気ではなかったが、それでも達弥と会って話ができるので、彼の願いを聞く事にしたのだ。だが、達弥の相談事を聞き、またテンションが下がり始めていた。

「どうして私達が貴方と武藤さんの交際を応援しなくちゃならないのよ?」

 どちらかと言うと、かなり本気で達弥を狙っていた理央は目を細めて尋ねた。陽子も、理央程ではないが、達弥をいいなと思っていたので、半目になっている。

「そこを何とかお願いします」

 達弥はテーブルに額を擦り付けるようにして言った。望みは薄くなったとは言え、理央はその仕草にキュンとしてしまった。そして、

「陽子、勝呂君がここまで言っているんだから、力になってあげましょうよ」

 ニコッと達弥を見る。陽子は理央の変化を感じ取り、

「わかりました」

 肩を竦めて応じた。

「ありがとうございます!」

 達弥は余程嬉しかったのか、二人の手を取って喜んだ。理央がますますキュンキュンしてしまったのは言うまでもない。

「あ、うん……」

 ポオッとしてしまっている理央、そして、理央程ではないが、同じくキュンとしてしまった陽子。達弥はそれには気づいていなかった。


 達弥は綾子の趣味を教えてもらった。それを聞いた時、彼は一瞬尻込みしそうになった。自分の不得意分野だったからだ。

(だが、ここで止まる訳にはいかない)

 達弥は意を決して、綾子攻略の秘策を実行する事にした。


 翌日、いつものように勤務先である唐揚げ専門店に行くと、店長の足立松子に店長室に呼ばれた。

(何だろう? ここ何日か、失敗はしていないはずだけど……)

 足立店長は唐揚げの事に関してだけは本当に厳しい人だ。油の温度、揚げる時間、唐揚げ粉の配合、肉につける量、全て事細かにマニュアルがある程である。

「勝呂です」

 ドアをノックして言った。

「入って」

 足立店長の声が告げた。怒っているトーンではないので、少しだけホッとした。

「失礼します」

 ドアを開いて中に入ると、店長は椅子から立ち上がり、

「忙しくなる前に伝える事があるの。しっかり聞いてね」

 心なしか、彼女の顔が赤くなっているのに気づき、達弥は眉をひそめた。

(お身体の具合が悪いのだろうか?)

 そう思ったが、余計な詮索はいけないと思い、

「はい」

 姿勢を正して返事をした。すると店長は、

「このたび、私は結婚する事になりました」

 あまりにも予想外の事を言われ、達弥は一瞬ポカンとしてしまった。そして、ハッと我に返り、

「おめでとうございます!」

 頭を下げてお祝いを言った。店長は微笑んで、

「ありがとう」

 今までに見た事がない程、店長は女性らしい表情になっていると達弥は思った。

「それで、私は大阪に引っ越す事になりました。今後は大阪の店舗に勤務します」

「え?」

 更に想定外の話が続く。達弥はパニックになりそうだ。

「この東京のお店は貴方に任せるのが一番だと思ったのだけど、どうかしら?」

「えええ!?」

 達弥はあまりにも衝撃的な事を言われたので、何が何だかわからなくなりそうだった。

 それでも何とか落ち着きを取り戻し、店長にどれだけ信頼されているかを切々と語られ、次第に気持ちが固まっていった。

「時間がないのよ。だから、受けてくれると嬉しい」

 半分は脅しだなと思いながら、達弥は謹んで店長拝命を受ける事にした。

(一国一城の主を夢見ていたんだから、これは受けないと)

 達弥は綾子に胸を張って報告する事ができたと感動した。

「じゃあ、今日から今まで以上にガンガンいくわよ」

 嬉しそうに厳しい事を告げる足立店長の目が潤んでいるのを見て、達弥も泣きそうになった。


 そしてその夜、達弥は思い切って綾子と会う約束をした。断わられるかと思っていたが、綾子はあっさり承諾してくれた。

(今夜こそ、決める!)

 一張羅のスーツを着て、高級フレンチの店を予約した。一度も行った事がない店だが、理央が勧めてくれたところなので、信用している。

「高そうなお店ね。今回は私が奢るのよね?」

 妙な事をよく覚えている綾子である。達弥は苦笑いして、

「今日はいいよ。俺が奢るよ」

「大丈夫なの? 割り勘でもいいよ」

 何も知らない綾子は、達弥の財布を心配してくれた。

「大丈夫だよ。実は俺、店長になるんだ」

「そうなんだ」

 綾子はびっくりしたようだ。目を見開いている。

「綾子さん」

 達弥は鼓動が倍速になるのを感じながら、初めて綾子を名前で呼んだ。

「はい」

 綾子も顔を紅潮させているような気がした。達弥はカラカラになった口を湿らすためにグラスの水を一口飲んだ。

「僕と付き合ってください。真剣な交際がしたいんです」

 達弥は怖くなって俯いてしまった。綾子は黙ったままだ。しばらくそのまま時が過ぎていった。

(嫌ならすぐに断わるって波野さんが言っていたから、ダメ押ししよう)

 達弥は顔を上げて綾子を見た。綾子も達弥を見ていた。思わず息を呑んでしまう。

「そして、ホラー映画を一緒に観に行こう」

 そう言って、彼女の手を優しく握りしめた。

「はい。よろしくお願いします」

 綾子は達弥の手を握りしめ返した。達弥は心の中でガッツポーズをした。


 そして、数日後、二人はホラー映画を観に行った。映画のチョイスは綾子がした。達弥はその映画がどんなものなのか調べる事なく、当日に臨んだ。

(女の子が観るものだから、そんなに怖くないだろう)

 しかし、彼の読みは甘かった。二人が観たのは、失神者続出の最恐ホラーだったのだ。

 達弥はあまりの怖さに気絶してしまった。

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