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須坂津紀雄の決心

お借りしたお題は「医者」「ふくろう」「小説」です。

 須坂津紀雄。入社四年めの営業マン。成績は中の上といったところだ。だが、彼は今まで以上にやる気満々になっていた。ベタ惚れして結婚した妻の蘭子が妊娠したのだ。思ってもみなかった訳ではないが、思っていたより早かった訪れに彼は感謝した。すぐに蘭子の両親に報告をした。蘭子の母親は喜んでくれたが、父親は素っ気なかった。愛想がない人物なので、あまり気にならなかったが、それでももう少しリアクションをして欲しかったと思った。

「ごめんね、つっくん。父も悪気がある訳じゃないのよ」

 蘭子とは嬉しそうに話すのに須坂が出ると途端に言葉少なになるのだ。

(結婚式の時もそうだったな)

 バージンロードを歩いて来る蘭子を待っている時、並んで歩いている父親がずっと自分を睨んでいるのに気づいて以来のやり切れない感が漂った。あの時も蘭子が、

「父は緊張していたのよ。つっくんを睨んでいた訳じゃないの」

 誰かから訊いたらしく、そうフォローしていたのを思い出した。

「大事な一人娘を連れ去ったんだから、それくらいの仕打ちは覚悟しろ、バカ者」

 自分の両親に報告した時、蘭子の父親の事をそれとなく話すと、父に怒られた。須坂の父も、一人娘と結婚したので、同じ目に遭ったらしい。

「何にしても、おめでとう、蘭子さん、津紀雄」

 その一人娘だった母が割って入ってお祝いを言ってくれたので、蘭子が涙を零した。

「ありがとうございます、お義母かあさん」

 須坂は蘭子の涙を見てもらい泣きしてしまった。


 しばらくして、須坂は蘭子が通っている産婦人科に同行する事になった。そこの病院は、必ず初産の女性の夫に話をする事になっているのだそうだ。何を言われるのだろうと須坂はドキドキしながら病院に行った。

「担当医の袋井です」

 ギョロッとした大きな目の年配の女性の医師だった。須坂はその目に一瞬身がすくんだが、

「蘭子の夫の津紀雄です。よろしくお願いします」

 すぐに挨拶を返した。

( ふくろう先生かと思った……)

 それくらいインパクトのある目だった。蘭子は定期検診のため、席を外した。蘭子を待つ間、須坂は夫のすべき事を袋井医師から説明された。

「妊娠中は、女性はいつも以上に過敏になります。ですから、他の女性との誤解を招きかねない行動は厳に慎んでください」

 袋井医師は目をギョロッとさせて告げる。

「あ、はい」

 武藤さんが秘書課に転属になって良かった。妙な事にホッとしてしまう。

「あと、一緒にお出かけの時、歩く速度に注意してください。奥さんは今までのようには歩けなくなって来ますから」

「あ、そうですね」

 須坂はハッとして鞄から手帳を取り出してメモした。袋井医師は感心したように微笑み、

「奥さんが話す事にはできるだけ耳を傾けてください。妊娠中は不安が多くなりますから、抱え込ませないように気をつけてください」

「はい……」

 須坂は真剣に聞き入り、メモを取っていく。

「そして、できるだけ一緒の時間を作ってください。そうすれば、奥さんは安心しますから」

「はい!」

 須坂は元気よく応じた。そして、妊娠というものがどれほど大変なのか、袋井医師に説明を受け、

(自分が女だったら、絶対に無理だ)

 そう思ってしまった。

(今夜から、小説の時間は中止にして、蘭たんと話をしよう)

 早速実践をしようと思う須坂だった。

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