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綾子の相談

お借りしたお題は「散策」「ドーナツ」「川」です。

 武藤綾子は、かつての同僚であった勝呂すぐろ達弥たつやの告白に動揺し、寝付けない夜を過ごした。

「どうした、武藤君? 元気がないようだが?」

 アメリカから単身帰国し、常務に昇進した平井卓三が尋ねた。綾子はハッとして微笑み、

「少し寝不足で……。申し訳ありません」

 深々と頭を下げた。平井は苦笑いをし、

「いや、それならいい。具合が悪いのかと思ってね」

「ご心配をおかけして、申し訳ありません」

 綾子はもう一度深々と頭を下げた。平井は彼女を自分の娘と重ねているのだ。帰国が決定したのに父親を選ばずに恋人を取った娘。あの時は悲しくて仕方がなかったが、妻の蘭子に、

「私も父ではなく貴方を選んだのよ。父親が必ず通らなければならない道なのよ」

 そうたしなめられた。そういうお前は何故アメリカに残るんだとは訊けない平井であった。


 綾子は自分のモヤモヤ感がどうにも我慢できず、ある人物に電話した。

「恵子さん、今度の土曜日、お暇ですか?」

 それは同僚の杉村三郎の恋人である吾妻恵子だった。


 綾子は恵子を川伝いにできた散策路に誘った。本当は杉村とデートの予定があったのだが、綾子が相談をしたいと言って来たので、杉村に事情を説明して、キャンセルにしてもらったのだ。杉村がどれほど驚いたかは言うまでもない。それでも、杉村を通じて仲良くなった綾子の事は放っておけないのが恵子なのだ。

「おはよう」

「おはようございます」

 二人は散策路の途中にあるドーナツ屋に立ち寄った。

「相談て、何? 仕事の事?」

 恵子は杉村から、綾子が秘書課で虐められていると聞いているのだ。但し、その情報は随分と古い。

「いえ、違います。個人的な事です」

 綾子は何故か恥ずかしそうだ。恵子はその表情を見て、察した。

「恋愛の相談?」

 もしそうだったら、あまり力にはなれないかも……。私も恋愛初心者だから。恵子はそう思いながら、綾子の答えを待った。恵子の予想通り、綾子の相談は恋愛の事だった。勝呂達弥に告白され、どうしたらいいのかわからず、眠れない夜が続いているというのだ。

(ちょっと意外……)

 杉村ばかりではなく、先輩社員の須坂や果ては部長になった梶部までも翻弄していると言われている綾子が、告白されて眠れない夜が続いているとは思わなかったのだ。

「綾子さんはどうなの? その人の事、好きなの?」

 恵子は微笑んで尋ねた。すると綾子はキョトンとした顔で、

「嫌いではないです。だから困っているのです」

「え?」

 妙な反応が返ってきたので、恵子は目を見開いた。

「だったら、お付き合いしてみたら? もし合わないようなら、別れればいいと思うし……」

 恵子は苦笑いして告げた。すると綾子は、

「では、恵子さんに男女交際の先輩としてお尋ねしたいのですが」

「は?」

 先輩って、確かにそうかも知れないけど……。ちょっと綾子さんて、疲れる人よね。そんな事を思ってしまった。

「恵子さんは、杉村さんの前でおならをした事がありますか?」

 綾子の質問は予想の遥か超絶斜め上を攻めて来た。恵子は一瞬起動停止状態になった。おなら? 何を言っているの、綾子さん? ええと……。混乱が収束するのに時間がかかった。

「恵子さん?」

 いつまでも動かない恵子を訝しく思ったのか、綾子は彼女の顔を覗き込んだ。恵子は綾子の視線に気づき、我に返った。と同時に顔が火照るのがわかる。

「お、おならって、そんな、彼の前でした事なんかないわよ」

 恵子は両手で自分の顔を扇ぎながら応じた。すると綾子は、

「そうですか。では、どうしても我慢ができなくなった場合、どうしていますか?」

 何故そんな事を深く掘り下げようとするのよ? 恵子は顔が引きつってしまった。

「トイレに駆け込んで、水の音で誤魔化してするかな……」

 一回だけ杉村のアパートで経験した事を話した。ますます顔が熱くなってくる。

「なるほど……」

 綾子はバッグから手帳を取り出してメモし始めた。

(まさか、名前つきで書いていないよね?)

 心配になった恵子が覗き込むと、「トイレで誤魔化す」と書かれていただけだったので、ホッとした。

「でも、それもいつか限界が来ますよね?」

 綾子は手帳をパタンと閉じて恵子を見た。恵子は思わずビクッとしてしまった。

「これは私の個人的な考えなのですが、本当に好きな人なら、おならを我慢しなくてもいいと思うのです」

 綾子の変わった恋愛観に恵子は顔を引きつらせたまま笑うしかなかった。

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