思わぬ三角関係
お借りしたお題は「自転車」「予防接種」「ストレス」です。
武藤綾子は、映画の帰り、偶然見かけたかつての同僚である勝呂達弥と電話番号を交換した。
それからしばらくして、達弥から連絡があった。
「誰々?」
お昼時だったので、一緒にランチをしていた同じ秘書課の一年先輩である波野陽子と二年先輩である大磯理央が携帯を覗き込む。別に隠すつもりはない綾子は、
「同期だった勝呂君からですよ」
「ええ!?」
綾子が通話をしている間、陽子と理央はヒソヒソ話を続けていた。
「何々、付き合ってる訳、二人は?」
興味津々の顔で陽子が尋ねるが、通話を終えた綾子は携帯をバッグにしまいながら、
「付き合ってはいません。この前、お二人が逃亡した映画を観た後、向かいの唐揚げ専門店で働いている勝呂君と偶然会ったので、食事をしようって言われただけです」
全く事も無げに言ったので、陽子と理央は顔を見合わせた。
「思い出した! 武藤さんと同期の男子の中で、一番イケメンだって噂だった子だ」
理央が陽子以上に食いついて来ている。その当時から狙っていたようだ。
「何だあ、結局武藤さんが持って行っちゃったんだあ」
口を尖らせて残念そうに言う理央を見て、綾子は、
「ですから、付き合っている訳ではないです。食事をするだけですよ。多分、この前、私が唐揚げをたくさん買ったからです」
あくまでもそのお礼だと言い張る。理央は肩を竦めて陽子を見た。
「誰にも言わないから、ホントの事を教えてよ」
今度は陽子が声を低くして訊いて来た。綾子は溜息を吐いて、
「私、もしお付き合いしているのであれば、お二人には嘘を吐いたりしませんから」
そこまで言うと、二人は追及を諦めたようだった。
そう言い切ったものの、綾子は心がモヤモヤするのを感じていた。
そして、土曜日。綾子は達弥と待ち合わせた河川敷の公園の入口まで、買いたての赤いフレームの自転車で赴いた。所謂、ロードバイクである。
達弥が自転車に凝っていると聞き、買ったのだ。
(どうしてだろう?)
自分自身で、何故そうしたのかわからない綾子である。
「お、早いね、武藤。それ、凄いじゃん! 俺のより高いでしょ?」
黒いフレ−ムのロードバイクで颯爽と現れた達弥を見て、綾子は鼓動が高鳴るのを感じた。
(動悸?)
心臓が悪くなったのかと思ってしまう。
「そんなに高くないよ。五万円くらいだった」
「へえ、そうなんだ。もっと高そうに見えるのは、美人の武藤が乗っているからかな?」
さり気ないそんな一言にも、綾子の鼓動は速くなった。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
二人で川伝いの自転車専用道路を風を切って走る。落語が趣味の、どちらかと言うとインドア派の綾子は、思った以上に気持ちがいいので、驚いていた。
「何だか、信じられないよ。同期の中で憧れの存在だった武藤とこうしてサイクリングしているなんてさ」
達弥の言葉に綾子は首を傾げた。
「そんな事ないでしょ?」
思い返してみても、誰も綾子に告白して来た男はいない。達弥が嘘を吐いているのではないかと思った。
「そうだね。男共が全員、意気地なしだったからさ。東大出身で美人となると完全に高嶺の花だったんだよ」
綾子の鼓動がまた速くなった。
(私、仲間はずれにされているのかと思ってた)
それは半分当たっていた。男子達全員が綾子を狙っているのを知った女子の同期の一部が嫉妬して、他の女子を無理矢理巻き込んで、綾子を無視していたのだ。
「女子達の間では、勝呂君が一番人気だったらしいよ」
綾子は東屋がある休憩場所に立ち寄った時、言ってみた。すると達弥は、
「それこそ、そんな事ないでしょ、だよ。入社した頃は、俺、病み上がりでずっと顔色悪かったからさ」
綾子はその頃の事を思い出してみたが、達弥の事を思い出せなかった。
(入社したばかりの頃は、須坂さんや杉村さんを観察していたから、同期の男子の事を全然見ていなかった)
そう思うと、焦ってしまう。
「だからさ、それからは予防接種はできるだけ受けるようにしているんだ。そのお陰か、最近は寝込む事はなくなったよ」
達弥はスポーツドリンクを綾子に渡しながら微笑んだ。
「ありがとう」
綾子は受け取る時に指が触れたので、ドキッとした。
(武藤さん……)
そんな二人をたまたま通りかかった宅配業者勤務の明石三太が配送車の中から見ていた。
「ううう……」
ストレスを感じたのか、三太は胃がキリキリ痛んだ。