バランス感覚
お借りしたお題は「スマートフォン」「大豆」「新書」です。
杉村三郎は入社三年目を迎えた建設会社の営業マン。会社の最寄り駅に隣接している百貨店の受付嬢である吾妻恵子と結婚を前提に交際している。公私共に順調だ。
「またスマートフォンを買い換えたの?」
恵子が呆れ顔で頬杖を突く。杉村のアパートのキッチンで、恵子の手料理を食べた後の事だ。杉村は頭を掻きながら、スマートフォンを操作し、
「どうもさ、新しいのが出ると、欲しくなっちゃうんだよね」
「大体、何が違うのよ、前のと?」
恵子は食器を片付けながら尋ねた。すると杉村は、
「何っていうか、デザインが一新したんだよ。それに今ならキャッシュバックもあって、お得だったからさ」
恵子がムッとしているのに気づき、顔を引きつらせながら応じる。
「はいはい」
恵子はいくら言っても治らないと諦めたのか、おざなりの返事をした。杉村にも実は言いたい事がある。最近、恵子は大豆料理に嵌っており、あらゆる料理に大豆を利用するのだ。大豆入りのカレー、大豆入りの肉じゃが、大豆入りのオムレツ。大豆入りの味噌汁に至っては、味噌がそもそも大豆なのだから、意味がないのではと思ってしまう。健康にいいのは理解できるのだが、何もかも大豆で満たすのはやり過ぎではないかと思っているのだ。しかし、恵子には言えないでいる。
(惚れた弱みかな)
ニヤけていると、恵子がそれに気づき、
「何思い出し笑いしてるの? 嫌らしいな」
杉村はビクッとして恵子を見ると、
「嫌らしいなんて、誤解だよ。恵子とずっと付き合ってこられてよかったなって思っていたんだよ」
「ホント?」
恵子は目を細めた。疑っているようだ。杉村はここで怖気づいてなるものかと考え、
「本当さ」
恵子の手を優しく包み込む。恵子は頬を朱に染めて、
「何よ、急に。恥ずかしいな」
二人は見つめ合い、口づけを交わした。恵子は顔を赤くして席を立つと、洗い物を始めた。
「お風呂、入っちゃえば? 新書の続きを読むんでしょ?」
「あ、うん」
最近、二人である出版社の新書のシリーズに嵌っている。読書が共通の趣味なので、その話題になると、結構強めの喧嘩をしても持ち直せる。ほとんどの場合、杉村が謝って終わるのだが。
「男が謝るのが一番早い解決法だよ」
三年先輩の須坂に言われた言葉は、杉村にとっては至言である。
「たまには一緒に入らない?」
杉村が冗談交じりに言うと、恵子はギョッとした顔で振り返った。
(あれ、引かれた?)
嫌な汗が出てくる杉村である。ところが、
「ちょっと待ってて。もう少しで洗い物、終わるから」
俯いて顔を赤くする恵子の返事に杉村は鼓動が高鳴った。以前にも何度か一緒に入った事があるのだが、その際は必ず恵子が先に入り、髪と身体を洗い終わってから杉村が入るという順序と決まっていた。洗っているところを見られるのが嫌なのだそうだ。杉村はそんな恵子を可愛いと思った。
「あ、わかった。じゃあ、新書を読んでるよ」
「うん」
恵子は洗い物をすませると、そそくさと入浴の準備をして、浴室に入った。
(まだ実感がないなあ。恵子と付き合っているの、夢じゃないかって思う時がある)
目が覚めたら、恵子は隣に寝ていないのではないかと怖くなった事がある。そんな事を思い返していたら、
「三郎君、いいよ、入って来て」
恵子が浴室から呼んでくれた。更に高鳴る鼓動を感じ、杉村は浴室のドアノブに手をかけた。




